タイプ
レポート
日付
2008/2/14

奨学事業レポート「第2回SYLFF賞受賞者 リゴベール・ミナミ・ビフゾ氏の日本滞在記」

奨学事業部が運営するSYLFFプログラムでは、SYLFF奨学金受給者の中から、自分の知識、技能や経験を最大限に活かし、地域社会に大きく貢献してきたSYLFFフェローに対して「SYLFF賞」を贈呈しています。

第2回SYLFF賞は、コンゴ民主共和国のリゴベール・ミナニ・ビフゾ氏に決定し、東京財団ではこのほど同氏を日本に招聘しました。贈呈式及び東京財団創立10周年記念シンポジウム 「アフリカ平和構築への課題」に出席するなど、日本に約2週間滞在しました。今週は、同氏にとって初めての日本訪問でどのような出会いがあったのか、レポートします。


ミナニ・ビフゾ氏は、1月21日から2月1日まで日本に滞在しました。当初は、1月20日に来日する予定でしたが、コンゴ民主共和国(以下コンゴ)東部ルワンダ国境のゴマで開かれていた和平協議にNGO代表として出席していたため、日本への到着が遅れました。同氏の滞日中の最優先事項は、日本のアフリカ支援NGO関係者や、アフリカにおける紛争、平和構築の専門家との意見交換でした。また、人類最初の原爆被災地である広島を訪問したいという本人からの強い希望があったこと、京都にコンゴ情勢に詳しい研究者がいることから、週末をかけて京都、広島を訪問しました。


【NGO、JICAを訪問】

ワールド・ビジョン・ジャパンでは、チャイルド・スポンサーシップにより、コンゴ南東部にあるカタンガ州のトヨタ区(日本のトヨタ自動車に由来)に教育、保健衛生等の支援を行っています。今回の訪問では、プロジェクト担当者等に最新のコンゴ情勢を提供するとともに、コンゴにおけるNGOと政府の連携の重要性、実際にNGOコーディネーターとして活躍している同氏の考え方を共有しました。(特活)アフリカ日本協議会では、アフリカ問題・人道支援に携わる人々が集まり、コンパクト・セミナーを開催。同氏のこれまでの平和構築への取り組みや2007年の総選挙監視活動、直面している問題について報告を行い、現場サイドで実践的な視点を中心に意見交換を行いました。「NGOは政府の動きを待っていてはいけない。むしろ政府をリードすべきである」と熱を込めて語りました。また、国際協力機構(JICA)のアフリカ部を訪問し、黒川恒男 アフリカ部長らと面会をしました。同機構では、2007年8月、コンゴにキンシャサ事務所を開設しています。ミナニ・ビフゾ氏は、帰国後早急に同事務所を訪問し、現地政府やNGOとの連携について助言を行うことを約束しています。

【アフリカ研究者との意見交換】

ミナニ・ビフゾ氏は、アフリカにおける紛争、平和構築を専門とする以下の研究者と面会し、研究内容、関心分野に関する情報交換や共同研究の可能性、日本におけるアフリカ問題に対する取り組みについて議論を行いました。実際に訪問したアジア経済研究所では、アフリカ中央部に関する書籍が大変充実しており、ミナニ・ビフゾ氏の論文までも所蔵していることに驚き、間もなく出版される同氏の論文を寄贈することになりました。

勝俣 誠(明治学院大学教授、同大学国際平和研究所所長。専門:紛争、開発経済)
澤田昌人(京都精華大学副学長。専門:文化人類学、コンゴ研究)
篠田英朗(広島大学平和科学研究センター准教授。専門:平和構築)
武内進一(アジア経済研究所、アフリカ研究グループ長。専門:紛争、中部アフリカ諸国)

【京都・広島観光】

京都では、日本の古い歴史を知ってもらうため、金閣寺、銀閣寺、清水寺、平安神宮、三十三間堂を案内しました。イエズス会の神父でもある同氏は、仏教、神道と日本人の宗教について高い関心を持っており、僧侶、神主の教育や生活などについて同行の通訳ガイドに多くの質問をし、また、水、キャンドルやお香等とキリスト教との共通点について語ってくれました。

広島では、3時間近くをかけ、広島平和記念資料館を見学、その後、原爆ドーム、宮島、厳島神社を訪問しました。資料館では、なぜ広島に原爆が投下されることになったのか、戦争後の広島の急速な発展の理由、市民の米国に対する思いについて、広島市民である通訳ガイドに熱心に質問し、ガイドの彼女は家族から聞いた話も交えて説明してくれました。同氏は、資料館で購入した原爆に関するDVDを、帰国後平和構築に関するワークショップで上映し、原爆の恐ろしさを訴えたいと言っています(広島の原爆で使用されたウランはコンゴで産出されたもの)。また、訪問者用のゲストブックに「世界の平和を祈る」とのメッセージを記し、毎年8月6日に行われる平和記念式典にいつかぜひ参列したいとの希望を語っていました。


【最後に】

同氏が日本滞在中に大変驚いていた点をご紹介します。

まず、日本では、面会の約束にしても、交通機関にしても時間が正確で、時計なしでは生活できないのではないかという点です。アフリカのある人が「日本人には時計があり、アフリカ人には時間がある(They have the watch, we have the time)」と言っていましたが、日本人の生活は時計中心に進んでおり、コンゴの人々の生活とは大きく異なっているそうです。

二つ目は、超高層ビルやハイテクなどのモダニズムと、神道、仏教などの伝統が、自然に共存している点です。日本の急速な発展の陰には、文化を犠牲にしない独自の開発に関する考え方があったからだと言われているが、今後新しい情報伝達技術によって入ってくる西洋文化から独自の文化を守るためには、より多くの努力が必要だろうと語っていました。

最後に、日本の発展はアフリカのお手本ではあるが、それをそのまま真似するのではなく、日本を参考にしつつもアフリカにあった発展の仕方を考えてみたい、と語ってくれました。

リゴベール・ミナニ・ビフゾ プロフィール

リゴベール・ミナニ・ビフゾ氏は、1960 年、コンゴ民主共和国(旧ザイール)ブカブ生まれ。1987
年、イエズス会に入会し、同時にイエズス会の牧師、学者、組織者、また市民社会のリーダーとして活躍し始めた。人権擁護・市民教育に取り組むNGO、Groupe Jérémie の創設者・代表者として、同国内及びアフリカ大湖地域において活動。また、RODHECIC、CDCE(上記参照)といったNGOネットワークのコーディネーターを務め、2006 年に同国で実施された大統領選挙、国民議会選挙における選挙監視活動に大きな役割を果たした。2001 年からは同国の研究センターCEPAS (Centre dʼetudes pour lʼaction sociale /Center of Studies for Social Actions) の社会政治部門の責任者として活動を続けている。
1995 年から1997 年まで、SYLFF基金校の1つであるイタリア・パレルモ市所在ペドロ・アルペ社会研究センター在学中にヤングリーダー奨学金を受給、同校より高等研究学位(D.E.A.)を取得した。

(文責 井野麻美)