タイプ
レポート
日付
2011/3/25

中国における日本語ブームの一〇年代

中国における日本語ブームの一〇年代

― 「80后」・「90后」日本語学習者への学習状況調査から―


はじめに

 国際交流基金によると*1、海外の日本語学習者人口は、1979年の調査以来一貫して増加し続けており、2009年時点で約365万人と、10年前の約12.2倍となっている。この背景には、日本国外における「日本語ブーム」がある。
 本稿では、特に中国の日本語ブーム(中国語では「日语热」、もしくは「日潮」とされる)に注目する。筆者は2009年から2011年まで、中国の高等教育機関の一つである上海・復旦大学外国語学院日本語学科*2において、「外国専家」として日本語教育の実践活動に携わった。担当した学生は、「中国を変える新人類*3」とも称される「80后」・「90后」(中国で1980年代・1990年代に生まれた若者達)であった。各機関の公開資料を参照しながら、筆者が担当した80后・90后に実施した調査を基に、学習者の継続的な増加を支えた日本語ブームの変遷と実態、そして、2010年代の今後の展望について私見を述べたい。

日中国交正常化以降の中国における日本語ブームの変遷

<中国の日本語教育 ― 高等教育機関で学ぶ学習者数世界最多 ― >
 現在、中国の日本語学習者の数は約83万人で、その増加は著しく、日本語能力試験海外受験者数は世界で最も多い。特に、高等教育機関で日本語を学ぶ学習者は多く、世界の約6割近くを占める*4。まずは、日中国交正常化以降のブームの変遷を追っていきたい。

<第1次日本語ブーム(1970年代):国交正常化 ― 国際交流の支柱としての日本語 ― >
 1972年に日中国交が回復し、両国の交流のために互いの言語を学び合う必要が生じた。中国の大学では、日本語を専門に学ぶ学生が募集され始め、「読む・書く」中心だった日本語教育に「聞く、話す」も加わるようになり、帰国華僑、日本人残留孤児等が教師として採用された(李,2007)。ラジオの日本語講座や訪日留学生の予備教育も開始され、経済・文化・科学など各分野における交流の深化が最初の日本語ブームをもたらした。

<第2次日本語ブーム(1980年代~1990年代前半):日中貿易の活発化 ― 経済的成功を得る一手段としての日本語 ― >
 【図1】は、1979年以降の日中貿易額と日本語学習者数の推移とを比較したものである。1970年代から80年代にかけて貿易額が上昇する中で、日本語学習者数も増加の一途をたどる。これは「第2次日本語ブーム」と呼ばれるもので、中国各地に日本語学科が増設され、テレビ日本語講座も始まった。各地で盛んに教材の開発が行われ、日本語は英語に次ぐ第二外国語としての地位を確立していったのである*5


 折しもその頃、私の父は、神奈川県の教育委員会が主催する高校教諭中国派遣事業の日本語派遣教師として、大連外国語学院に赴任した(1989-1991年)。私も母と共に同行し、中国大連で生活していたのだが、当時の日本語を学ぶ学生達の学習意欲はすさまじいものであった。教材を朝から晩まで朗読し、一言一句暗記する。ラジオを録音したテープをすり切れるまで聴き、路上で日本人を見つければ会話の相手を頼んで実践練習をする。本当に必死で勉強していた。当時、私を弟のようにかわいがってくれていた学生に対して、「どうしてそんなに沢山勉強するの?」と質問したところ、「日本の大学に留学→経済学を学ぶ→卒業後日系企業に就職→中国に帰国して起業」という計画を話してくれた。
 有馬・岩澤(2003)に「80年代の日本の好景気をきっかけに起こった『日本語ブーム』は90年代初めまで続き、その学習の動機や目的は日系企業への就職や日本の先進技術習得といったものがほとんどであった。」とあるように、80年代から90年代前半までの「日本語ブーム」は、日本の好景気や、日中の経済関係の規模拡大に関係しており、ビジネスチャンスが存在すると考えた者達が日本語を学ぶという、いわば「日本語学習=経済的成功を得る一つの手段」という図式が成立していたのである。

<第3次日本語ブーム(90年代後半~2000年代):鈍る日本の経済力と衰えない日本語学習熱 ― ポップカルチャーをきっかけとして出会う日本語 ― >
 しかしながら、日本の経済力の増進は、1990年代後半に鈍化する。【図2】は、内閣府が発表した日本の1974年から2009年の経済成長率(実質GDPの対前年度増減率)の推移と、1979年以降の中国における日本語学習者数の推移を筆者がグラフ化したものである。


 日本の経済成長率が鈍る1990年代、確かに中国の日本語学習者数は伸び悩んでいる。しかしながら、それは一時的な停滞に過ぎず、90年代末から2009年までに3倍強の増加を示しており、日本の経済成長率と中国における日本語学習者数の増加率は必ずしも比例関係ではなくなっていることが分かる。
 これはなぜか。外務省*6は、実利主義的な学習目的が多かった海外の学習者について、最近では、アニメやマンガなど日本のポップカルチャーをきっかけに日本語学習を始める者が増えていると指摘している。有馬・岩澤(2003)でも、若い世代においては、90年代末頃から日本のドラマ、歌、漫画、そしてゲームといった身近なものを通して日本に興味を持ち、日本語学習を始める者も増えてきたと指摘されている。日本の経済力に起因していた日本語学習者の学習動機がアニメ・ドラマ・マンガ等に移り変わることで、日本の経済成長率の動向が直接学習者数に影響しなくなったものと考えられる。

中国における日本語ブームの一〇年代

<80后・90后日本語学習者の眼差し:コミュニケーションを前提とした、日本社会や日本人の生活、考え方そのものへの探求心・知的好奇心>
 しかし、だからといって日本語学習者の日本への関心の中心が「経済」から「マンガ・アニメ」に入れ替わっただけであるとしては理解が不十分であると筆者は考えている。80后・90后日本語学習者と直に接していると、彼らの学びを支えている学習動機や学習目的は、それほど単純で普遍的なものでもないと感じるからである。
 80后・90后日本語学習者に実施した「復旦大学学習状況調査」(田中ほか,2010)*7によると、確かに学習者が日本語学習を始めるきっかけとして、アニメやドラマなどのポップカルチャーが大きな役割を果たしており(【図3】)、学習開始時の学習目的に関する回答においても、大学に入学したばかりの1年生では、約78%が日本のアニメやドラマを理解するためであると回答している。



 〇〇年代、一〇年代の日本語ブームを支える80后・90后日本語学習者達にとって、日本・日本語・日本文化への入り口は、「かんばん方式」「護送船団方式」「日本的経営」といった日本の経済的優位性の根拠とされた企業経営や行政手法への関心ではなく、日本のドラマやアニメ、マンガ、音楽、ゲームといったポップカルチャーであるということは確実である。
 しかし、一方で、彼らが日本語学習や日本関連の情報として、アニメやマンガ、ドラマだけを求めているわけではないことが、【図4】(*複数回答あり)、【図5】にまとめた調査結果から読み取れる。



 【図4】の日本語学習に求めるものに関する回答からは、「就職し、日本語を使って仕事をすること」「日本語で情報を得ること」「翻訳や通訳をすること」と、実際の日本語運用への関心が見られ、最多の「日本人とのコミュニケーションや日本人と友達になること」からは、日本人とのコミュニケーションのための能力を日本語学習に求める者が多いことがうかがえる。【図5】に示した日本について知りたいことに関する回答では、「日本の現状」が最も多く、「伝統文化」と同程度に「日本人の生活」が挙げられている。また、他にも、学習目的に関する調査項目では、「日本のドラマ、アニメ、新聞などの内容がわかるようになる」と回答した学習者の学年別内訳は、1年生が最も多くなっている一方で、「日系企業に勤めるため」と回答した学習者の学年別の内訳は、1年生が最も少ないという結果も得られた。学習開始時の1年生とは異なり、3年生、4年生になると就職を意識せざるを得ず、仕事の場で役に立つ日本語や表現を学びたいとの目的も目立ち始めるのである。この段階で学習者が最も必要としている能力(日本語学習に求めるもの)は、日本人とのコミュニケーションのための能力だとされている。日本人とのコミュニケーションには、日本語自体の能力はもちろん、社会背景、日本人の考え方や生活などの理解が欠かせないという立場から、学習者は、身近な日本人と実際にコミュニケーションをする上で必要となる情報を望んでおり、それは、固定化された日本像(技術大国、桜、歌舞伎、アニメ)や日本人像(礼儀正しい、勤勉等)ではなく、多様で流動的な日本の社会や日本人の考え、日々の生活といった情報なのである。
 このように、80后・90后日本語学習者が日本語を学ぶきっかけは、アニメやマンガが多いのではあるが、その後、学習活動を支える動機付けとなっているのは、具体的には日本の社会、人々の生活や日本人の考え方そのものへの探求心や知的好奇心なのである。学習を続け、日本語や日本文化を知れば知るほど、80后・90后日本語学習者はアニメやマンガ以外の価値を見出している。
 この現象にこそ、2010年代の日本語ブームの姿が象徴的に映し出されていると筆者は考える。学習者たちが見出す新たな価値とは、これまでの「日本語ブーム」に見られた経済的文脈における実利志向や、アニメ等のコンテンツへの希求とは異なり、多様で流動的な日本社会や日本人の日々の生活そのものなのである。

おわりに

 以上、中国における日本語ブームの変遷と現在の状況、そして一〇年代の展望について述べた。本稿で強調したいことは、日本のポップカルチャーを入り口として日本語を学ぶ80后・90后日本語学習者の眼差しは、学習を積むにつれ、日本人の考え方や日本社会そのものにも向けられているということである*8。このような学習者の日本・日本語・日本文化への志向性の形態は、ある意味非常にフラットなもののように私には感じる。経済力や、文化コンテンツへの欲求には、どうしても一方向のベクトルによる位置関係が生じてしまうが、隣国の人々を知り、コミュニケーションを求める気持ちには、上も下も左も右もないからである。
 現在、日本における中国語学習者数も増加し続けている(筆者もその一人)。日中両国の学習者が、コミュニケーションのために懸命に相手の言語を学び、互いの理解を深め合うことこそが、今後の日中関係を創造的に牽引する大きな要素となるであろう。そして、それこそが、第4次日本語ブーム到来の鍵となり、さらなる日中の良好な関係の実現につながると筆者は考えるのである。



*1 「海外日本語教育機関調査」:国際交流基金(ジャパンファウンデーション)が、各国の在外公館、財団法人交流協会の協力を得て、海外の日本語教育機関を対象に、学習者数、教師数、学習目的、問題点などを問うために実施しているアンケート調査。
*2 復旦大学は、1905年に設立された重点大学である。外国語言文学学院日文系(日本語学科)は1970年に開設された。2010年12月時点で、定員は一学年24名、専任教員13名(うち、「外国専家」と呼ばれる日本人教師1名)となっている。
*3 「中国を変える新人類 バーリンホウ(80后)」(2011年1月24日付『朝日新聞グローブ』第56号)
*4 国際交流基金「2009年海外日本語教育機関調査―別表 国・地域別日本語教育機関数・教師数・学習者数(速報値)」
*5 国際交流基金「日本語教育国別情報―2009年度中国」
*6 外務省「わかる!国際情勢―にほんごできます!世界の日本語事情」
*7 復旦大学学習状況調査〔調査対象:復旦大学日本語科在籍の1~4年生53名(回収率約70%)、実施期間:2009年12月、調査内容:?日本語学習を始めたきっかけと動機づけについて、?日本語学習に求めるもの、?教科書についての考え、?日本語学習についての考え、に関する全23項目の自由記述式質問紙調査〕
*8 現状としては、「中国国内には『等身大の日本』を紹介する材料が不足している(p.163)」(加藤,2008)と指摘されているように、インターネットが普及している現在においても、学習者が知りたい情報を手に入れることは容易ではない。田中ほか(2010)では、日本語教育の課題として次のように指摘されている。
 学習者にとって、日本や日本人について得られる情報というと、従来から広く知られている画一的な日本像や偏った日本人への理解であり(中略)流動している多様な現代日本についての情報や日本人の日々の生活というものは、ありふれているからこそ手に入らないという現状がある。また、学習者の一番身近にある教科書が有益な情報源となっていないという問題もある。その背景には、教科書というものは日本語能力を向上させるためのものだという思い込みが教科書作成者にも、現場の教師や学習者にもあるという現状がうかがえる。しかし、教科書作成においては明確な方針はなく、そもそもの教科書作成の方針自体に再検討が必要である。(pp.380-381)
 実際、80后・90后日本語学習者の中からは、「勉強する時には日本語だけではなく、日本の歴史それから日本の文化(例えば、歌舞伎やお正月)も教科書で勉強します。もちろんアニメのポケモンやトトロ、コナンは大好きで沢山観ますよ。だけど、日本の社会は今どうなっているのか、日本人は何を考えているのかについて知るチャンスが少ないです。これをもっと知りたいです」といった声が挙がった。彼らは、日本・日本語・日本文化を理解するためには、それを生み出す人や社会への探求が欠かせないことに気付いている。教科書の役割を日本語能力の向上だけでなく、より広くその役割を考え、内容を再検討する必要があるだろう。そのためには、学習者の興味・関心、学習目的、学習動機などを総合的に分析した上で、どのような日本語教育がなされるべきかを設定し、そのために教材はどうあるべきかを考えなければならない。筆者も一教師として、学習者達の学習意欲や知的好奇心に十分に応えられるよう、教室活動や教材開発に取り組んで行きたい。


引用・参考文献
有馬淳一・岩澤みどり(2003)「中国における日本語教育活動の概況―現職教師研修と学校外教育活動を中心に―」『海外における日本語教育活動の概況(2002年度調査研究報告)』pp.14-21.
今井理之(2002)「様変わりする日中貿易」『季刊 国際貿易と投資』49、pp.37-54.
加藤嘉一(2008)「第8章 文化交流から見た日中関係」関山健(編)『量の中国、質の日本 戦略的互恵関係への8つの提言』東京財団
田中祐輔・伊藤由希子・王慧雋・肖輝・川端祐一郎・復旦大学学生実践調査員(2010)「中国の日本語専攻大学生に対する日本語教科書の課題―学習者への学習状況調査を通して―」『大学外語研究文集』11、pp.362-381.
吉岡英幸(2008)『徹底ガイド 日本語教材』凡人社
陳生保(1988)「継続する日本語ブーム―学習者の多様化―」『日本語教育』66、pp.209-216.
李倍建(2007)「中国における日本語教育と日本語教材の編成及び使用について」『中央学院大学社会システム研究所紀要』8(1)、pp.209-244.


本稿は、田中祐輔(2010年9月2日)「80后の日本語学習熱―日本への眼差しの変化からみる『経済』・『アニメ』の次の兆し」『excite.80后』Excite Japan Co., Ltd.を加筆・修正したものである。

筆者略歴
1983年神奈川生まれ。日中交流事業の一貫として、高校国語教諭の父が1989年から1991年まで大連外国語学院に派遣された関係から、幼少期(6~8歳)を中国大連市で過ごす。中国大連市中山区第一幼稚園、中山区解放小学校を経て、現在、早稲田大学大学院日本語教育研究科博士後期課程所属。研究と実践の両輪で、中国や韓国の日本語教材の制作に携わり、2009年から2011年まで復旦大学の日本語学科で教鞭を執る。専門は日本語教材研究・教材史研究。主な著書に『中国・大連と日本研究(第1章第4節)』(2004,筑波大学日本語・日本文化学類草書)、『名言読解日本語1 中上級編』(2008,DARAKWON.Inc)、『名言読解日本語2 上級編』(2008,DARAKWON.Inc)、『21世纪最初的十年―通过流行语学日语―』(2011年夏発行予定,外語教学与研究出版社)(共に共著)などがある。