タイプ
レポート
日付
2012/6/11

中国の日本語学習者が学ぶ「日本国語」 (Page1/3)


0.はじめに


現在、中国の日本語学習者数は約83万人でその増加は著しく、日本語能力試験海外受験者数は世界で最も多い(国際交流基金・日本国際教育支援協会、2011*a)。中でも高等教育機関で学ぶ学習者が多く、中国の学習者全体の約7割を占め、また、【図1】に示すように、世界の高等教育機関で学ぶ学習者全体の過半数が中国の学習者となっている(国際交流基金、2011*b)。

中国の大学における日本語教育は1970年代から規模の拡大が著しく*1 、各地の大学に日本語専攻学科が設置された(李、2007*c)。修(2012*d)によると、現在1170にのぼる中国の大学数において、日本語専攻学科を設置する大学は466校であり*2 、「拡招」(学生募集定員拡大)政策が開始された1999年との比較においても、実に3倍に増加している。

本稿の目的は、世界の中でも大きな存在感を示す中国の高等教育機関における日本語教育に着目し、中国の日本語学習者はいかなるものから日本語を学んでいるのかについて明らかにすることである。具体的には、大学専攻日本語教育の主幹科目とされる「精読(総合日語)*3 」 で取り扱われている文章の特徴を、北京・上海・大連の各地域において用いられている主要現行日本語教科書の調査・分析により明らかにするものである。

結論から先に述べると、明らかになった特徴は以下の通りである。1)現在、中国で広く利用されている総合日語用日本語教科書では、日本の国語教科書に掲載された作品・作家が取り扱われていることが多く、日本語学習者は、非常に高い割合で「日本国語*4 」に触れていること。2)日本語教科書制作に際し、引用する読み物を選定する場合には、国語教科書が最も信頼のある参照対象の一つとして認識されていること。3)中国の日本語教科書に日本の国語教科書掲載作品が多数採用される背景には、中国の教学大綱*5 ・教師・学習者・教科書作成者・研究者間に「正しい日本語・日本文化・日本人の心」の習得と理解という目標が共有され、その目標の達成のためには、教科書の掲載作品・作家が、日本の高等学校国語教科書に重複することは、ある程度の必然性・合理性があると考えられていること。以上の3点が明らかとなった。
 

1.研究方法

本稿では、全国の日本語専攻学科の主幹科目とされ、設置時間数が最も多い総合日語科目の基礎段階*6 用日本語教科書(【表1】に示す北京・上海・大連の大学で広く採択されている5シリーズ計20冊)の内容(19の発音指導・346の会話・429の文章・119の文章作家)と、日本の小学校・中学校・高等学校国語教科書の内容との比較、および、総合日語科目の高年級段階(主に3・4年次)用日本語教科書(【表1】に示す北京・上海・大連の大学で広く採択されている6シリーズ計17冊*7 )の内容(529作品・365作家)と、日本の高等学校国語教科書の内容との比較調査*8 を行った*9

【表1】総合日語基礎段階・高年級段階用日本語教科書一覧

本研究では、上記日本語教科書の「本文」、「課外読み物」、「読み物」、「補助教材」のいずれかとして掲載された教科書作成者書き下ろし作品以外の作品*10 に注目し、比較の観点を(1)日本語教科書に掲載された作品が、日本の国語教科書に掲載されたことのある作品と一致するか否か、(2)日本語教科書に掲載された作品の作家が、日本の国語教科書に掲載されたことのある作品の作家と一致するか否か、の2点とした。また、教科書を利用している教師・学習者への調査、『教学大纲』(教育部高等学校外语专业教学指导委员会日语组、2000・2001)の記述、日本語教科書の前書きに記された制作意図、教材開発に関する先行研究の主張の4点をもとに調査結果についての考察を行う。



*1 背景としては、1972年の日中共同声明をふまえ締結された日中平和友好条約(1978年)の調印と改革開放政策によって、市場経済体制への移行だけではなく対外開放政策も進められたことや、「四个现代化」の一環として、日本の科学技術や社会システム、文化といったあらゆる方面への情報収集、及び研究活動も活発化したこと等から、高度日本語人材育成が急務となったことが挙げられる。
*2 全249種類の専攻のうち、英語(935校)、計算科学と技術(885校)、芸術設計(731校)などに続き、日本語専攻は第12位に位置づけられる(修、2012)。
*3 日本語専攻学科のカリキュラムの中心に据えられる科目で 、「综合日语」もしくは「精读」と呼ばれる。本稿では「総合日語」と記す。
*4 本稿での「日本国語」は、日本の学校教育の教科としての「国語」で読む・書く・聞く・話すといった日本語に関する技能や言語感覚の育成を目的に扱われる文章を指す。
*5 日本の「教育指導要領」にあたり、大学専攻日本語教育の教育目標や内容を定めるもの。
*6 基礎段階は主に大学専攻1・2年次の学習段階を指し、高年級段階は主に大学専攻3・4年次の学習段階を指す。
*7 中国の大学専攻日本語教科書を発行する主要出版社である外語教学与研究出版社・上海外語教育出版社・大連理工大学出版社に、北京・上海・大連の大学で使用されている主要日本語教科書について問い合わせた上で、各出版社によって、それぞれの地域の主要教科書として挙げられたものを調査対象とした。
*8 該当する日本語教科書の掲載作品を全てリスト化し、引用作品の出典を調べた上で日本の小学校・中学校・高等学校国語教科書に掲載された作品と対象させた。その際、国語教科書掲載作品については、戦後の小中高等学校国語教科書掲載作品データベースである日外アソシエーツ (編)(2008)および、阿武泉(2004)を調査データとして用いた。
*9 対象とした国語教科書の発行年を広く「戦後」 とした理由は、国語教科書に日本語教科書が影響を受ける場合、国語教科書が発行されてから、その影響が日本語教科書に及ぶまでには時差が生じることとなることから、日本語教科書と国語教科書とを比較する際は、単純に同じ年に発行されたもの同士を比較すると両者の関わりが見えなくなってしまう可能性があり、実際に現在発行されている日本語教科書を見ても、参照される国語教科書は過去の古い教科書から現在のものまであり、比較対象を「戦後」として幅広く設定する必要があると考えたためである。
*10 「本文」、「課外読み物」、「読み物」、「補助教材」のいずれかとして明確な表示がないもの、タイトルと出典が記載されておらず、引用された作品か否か判別不能なものは対象から除いた。

引用・参考文献
*a 国際交流基金・日本国際教育支援協会(2011).『日本語能力試験結果の概要』 http://www.jlpt.jp/statistics/archive.html
*b 国際交流基金(2011).『海外の日本語教育の現状 日本語教育機関調査・2009年』凡人社.
*c 李培建(2007).中国における日本語教育と日本語教材の編成及び使用について『中央学院大学社会システム研究所紀要』8(1)、209-244.
*d 修剛(2012)中国における大学の日本語教育の課題と教材開発.2012.1.15「中国における新しい日本語教材の開発を語る」中国大学日本語教材シリーズ完成記念公開研究会、於:国際交流基金日本語国際センター.