タイプ
レポート
日付
2013/9/25

大変革期迎えるケニア-Sylffサポートプログラムで実現した新憲法を伝える会議

From Promise to Reality: Kisumu Leadership and Development Conference
(約束の実現を目指して:リーダーシップと開発を考えるキスム会議)

人材育成ディレクター 鈴木真理

ケニアはいま、イギリスによる植民地支配から独立した1963年以来の大きな変革期を迎えている。2010年に地方分権と民主主義を基軸とする新憲法が制定され、2013年には、各地域(county)の代表を選ぶ初めての地方選挙が実施された。この制度改革がケニアの民主化と発展に結びつくには、国民への理念浸透が不可欠である。その実現を目指した会議が、同国西部のキスムにおいて、SylffサポートプログラムのひとつであるSLI(フェローによる社会貢献活動支援)のもと開催された。

Sylff(The Ryoichi Sasakawa Young Leaders Fellowship Fund)は、日本語名を「ヤングリーダー奨学基金プログラム」といい、日本財団が基金を寄贈、東京財団がプログラム全体の運営を行っている。現在世界44カ国69大学に基金を設置。1987年のスタート以来、1万5千名を超える学生に奨学金を提供してきた。このプログラムの理念は「世界規模の諸問題が複雑化・多様化する現代社会において、国家・宗教・民族などのあらゆる差異を超え、文化や価値の多様性を尊重し、人類共通の利害のために貢献するリーダーを育成する」で、そのために、在学中の奨学金支援だけでなく、卒業後もフェロー(奨学金受給経験者)が自発的におこなう社会貢献活動等を支援する仕組みのあることが特徴である。これをSylffサポートプログラムと総称し、そのひとつとして、フェローの自発的なイニシアティブによる社会貢献活動を支援するSLI(Sylff Leadership Initiative)がある。SLI自体は2011年から実施しているが、2013年に内容を拡充し、再スタートした。今回がその記念すべき第1号である。以下はSylffプログラムの運営者である東京財団として、現地を視察したレポートである。

「約束の実現を目指して:リーダーシップと開発を考えるキスム会議(From Promise to Reality: Kisumu Leadership and Development Conference)」は、1999年にケニアのナイロビ大学でSylff奨学金を受給したOtieno Aluoka氏によるイニシアティブで実現した。

同氏は大学院卒業後、首都ナイロビでガバナンスのコンサルタントとして、国際機関、外国政府などをクライアントとして活動してきた。同時に自身の出身地であるキスムにおいても、地域コミュニティへの貢献活動を行ってきた。今回の会議実現には、ナイロビおよび地元で築いてきた彼のネットワークが生かされている。

ケニアの新憲法は、40を超える部族のパワーバランスによる政治を脱し、民主的な方法で長期的な問題解決を目指す画期的なものであるが、現実は部族優先の投票行動が続いている。Otieno氏はこの状況を地方から、そして市民レベルから変えることにより、ケニアの民主化と発展に寄与したいと考えた。そのためには、出身部族にとらわれず、政策ベースで政治家を選ぶよう、市民の意識と行動を変えること。そして選ばれた地方議員が、選挙区の声を確実に国レベルに届けることにより、開発の遅れた地域の振興につなげることが必要である。そこで、市民のリーダーと、地方政治に携わる議員(地方選挙自体が初めてなので、彼らも新米議員ばかり)を集め、新憲法の意義と、それぞれの役割を認識させる会議を企画した。民主化の遅れている同国で、しかも首都から遠く離れたキスムで、このような会議が実施されるのは初めてのことである。

会議開催地のキスムは、ケニア西部に位置し、新憲法のもと制定された47のカウンティのひとつ。オバマ大統領の父親(Barac Obama Senior)誕生の村として有名になったニャンゴマコゲロ(Nyang'oma Kogelo)があるシアヤ(Siaya)カウンティに隣接する。昔から、ルオ族とキクユ族が政治的に激しく対立する地域で、最近では、2007年末の大統領選挙の結果を巡り、キクユ族の虐殺事件が生じた。アフリカ最大の湖であるビクトリア湖沿岸にあり、東アフリカ共同体の交易の要所でもある。湖を利用した漁業が盛んで加工業も存在するが、利権は長らく中央政府の手に握られ、この土地に住む人々は発展から取り残されてきた。主要産業は、サトウキビ栽培と漁業である。


(写真左:サトウキビの収穫を畑から工場に運ぶ/ 写真右:頭にかごを載せ、バランスをとって歩く女性たち)

ここでこの会議の意義を理解していただくため、ケニア新憲法への歩みと、それに基づく政治体制を簡単に紹介しておこう。

ケニア新憲法への歩み
1963年 英国から独立。当時は地方分権が認められていた。
1966年 事実上中央政党の一党支配となる。 
1982年 軍によるクーデター後、政府の権限強化のため一党支配が法制化される。国全体を8つの地方(province)に分け、大統領が地方長官(provincial commissioner)を任命する形となる。
1991年 憲法で複数政党制と大統領の三選禁止が導入される。
2002年 モイ大統領任期終了後から、新憲法制定の要請が高まる。
2007年 新しい選挙法での大統領選挙実施。選挙結果を巡って、死者1,500名と数十万の避難者を出す大規模な暴動が起こる。
2010年 暴力阻止、権力の地方への委譲、少数派の尊重、長期的な問題の解決を目指して、新憲法制定。

新憲法による新しい政治体制
かつては全国を8つの地方(province)に分け、中央政府が直接支配していた。新憲法では全国を47のカウンティに分け、それぞれに地域住民が選ぶガバナー(governor)と副ガバナー(deputy governor)を置き、中央に集中していた権力が、各カウンティに委譲される。ガバナーは通常男性。副ガバナーは女性のことが多い。権力の委譲は新憲法第11章に明記されている。複数の民主的な政党によって、政治運営がおこなわれる。さらに、弱い立場に置かれている女性、若者(18歳から35歳)、障害者などの権利に配慮し、国政でも地方政治でも、その代表を議会に送れる仕組みを整えている。

全国47のカウンティは、それぞれ人口に応じ、2~12の選挙区(constituency)で構成され、各選挙区はさらに5つの区(ward)に分かれる。各カウンティはガバナーを首長とし、各区を代表する議員(すべて1人区)を中心に構成する議会(county assembly)と協力しながら、政治を行う。選挙で選ばれた議員に加え、若者や障害者の声が反映されるよう6名の任命議員が追加されるほか、議会の男女比が2対1を超える場合は、男女のバランスを取るため、少ないほうの性別の議員を特別任命する。


国会は上院(Senator)と下院(National Assembly)の二院制。
上院は47のカウンティ(すべて1人区)から選ばれた47名の上院議員と、各党の割り当てで任命される16名の女性議員、若者代表2名、障害者代表2名の計67名で構成される。

下院は、各選挙区(すべて1人区)から選ばれた290名の議員(Members of Parliament)と、各カウンティから選ばれた47名の女性代表、および12名(マイノリティーの権利を守るため、障害者などが含まれる)の任命議員、合計349名で構成される。


各カウンティと選挙区で選ばれた上下院議員は、首都ナイロビで国会に出席する。国家予算の配分を決定するとともに、自分のカウンティの利益を代表して、予算を獲得するのが大切な役割となる。国家収入の0.5%は均等化資金(equalization fund)と呼ばれ、国内でも開発の遅れている地域が取得権をもつ。しかしこれは黙っていて得られるものではなく、要求していくことが必要で、各地域を代表する議員の働きかけが鍵となる。

約束の実現を目指して
キスムは7つの選挙区で構成されている。そのひとつであるムフロニ(Muhuroni)選挙区のチェメリル(Chemelil)区にある集会施設で、2013年8月26・27日の2日、「リーダーシップと開発を考えるキスム会議」が開催された。参加者は、カウンティ議会のメンバーはじめ、キスム各選挙区の代表的な市民リーダーたち(農業、漁業、ビジネス、アドボカシーグループ(NPO)、研究機関、法律関係、教師、女性グループなど)、キスムのガバナー直属の「大臣(minister)」と呼ばれる執行部メンバー、ナイロビからやってきた法律・人権団体関係者など、総勢150人を超えた。部族的にも、この地域の多数派であるルオ族を中心に、キクユ族、カレンジン族、ナンディ族など、複数の部族が参加した。

全体セッションでは、大学教授などの専門家、カウンティの執行部代表、下院議員(利害が発生しないよう隣のシアヤカウンティの国会議員を招へい)などから、新憲法の理念や、それに基づく新たな政治・行政制度について具体的な解説があり、質疑応答では参加者から次々と質問が出た。グループ討議では、医療、教育、運輸、水、治安の各分野について、キスムが直面している課題とその解決法を話し合った。

2日間の会議は、「今後も、医療、教育、道路など、テーマごとに関係する市民が集まって話し合いを続け、具体的な提案をカウンティにしていく」機運が盛り上がって終了した。この会議を通じて初めて出会った地域リーダーたちも多く、彼らの横連携が実現したのも大きな収穫であった。参加者はこの会議を契機に、憲法の約束の実現のため行動していくことを誓いあっていた。

会場で参加者の声をいくつかひろった。

キスムにある農業研究所(The Kenya Agricultural Research Institute)の研究員Teresa Okiyo氏は、「新憲法や地方分権といわれても、キスムでは今までほとんど情報がなかった。今回の会議でその意義と、自分たちの意見が政治に反映されることや、要求の実現にはどのように行動すればよいかを知ることができた。こんな会議ははじめて。」と話していた。Okiyo氏はJICAの研修で来日し、山形で米作りを学んだ経験がある。キスムには、降雨量が多い地域を中心に水田も広がっている。

キスムの観光・伝統・通商大臣(Minister of Tourism, Heritage and Trade)を務めるDr. Kisiaは、「今日の会議は、キスムが他の地域の先進事例になり、一歩次の段階へ進む重要な機会になった」話していた。

ナイロビから朝一番の飛行機で駆けつけた法律情報を扱う財団(Legal Resources Foundation Trust)の最高責任者Janet Munywoki氏は「今回のような会議は、まだ数が少ない。案内状を見てとても重要な機会だと思い、ナイロビから自費でやって来た。こういう会議がケニア中で開催される必要がある。」と話していた。

歴史的意義と社会的インパクト
会議後首都ナイロビに戻り、米国国際開発庁(USAID:U.S. Agency for International Development)ケニア事務所の「民主主義、権利、ガバナンス」部局ディレクターJohn Smith-Sreen氏に話を聞く機会があった。「ケニアは、10年の歳月をかけて準備してきた新憲法をうまく機能させるのに、これから3~5年が勝負」とSmith-Sreen氏は言う。

ケニアは長年、政情不安や政治の腐敗・非能率が国の成長を妨げてきた。公正な選挙の実施と、地方分権の有効な実施は、国全体の開発を進め、経済成長を達成するための突破口となる。そのためにも新憲法の理念浸透は非常に重要な課題であり、米国のUSAIDはじめ、国連開発計画、英国、カナダ、北欧諸国などが積極的に取組んでいる。特にUSAIDは、国とカウンティの効果的な連携を重点的に支援している。これと同時に、市民社会に働きかけて、憲法の浸透を図り、彼らを地方政治に参加させることも非常に大切である。今回キスムで開催された会議は、地方分権についての市民の認知を向上させ、市民とカウンティをつなぐ役割を果たしている点で、社会的に大きな影響を果たしていると言えよう。しかもそれが必要とされている歴史的転換点に、タイムリーに行われたところに意義がある。ケニアは様々な面で大きな転換期にあり、国には市民レベルの認知向上に努める人的・経済的余力はない。だからこそ、Aluoka氏のイニシアティブによる今回の会議が意味を持つのであり、Sylffサポートプログラム(SLI)の支援が効果を発揮したと言える。この会議がなければキスムの地域リーダーたち150人余が新憲法を軸に繋がったり、新しい統治機構について専門家から直接話しを聞くことも難しかっただろう。

Sylffプログラムが目指すもの
今回Sylffサポートプログラムの支援を受けてキスムでの会議を成功させたAluoka氏は、14年前にナイロビ大学でSylff奨学金を受給して以来、Sylffのネットワークに積極的に参加してきた。それだけに、Sylffが掲げる「人類の共通の利害のために貢献するリーダーを育成する」という目的をしっかり理解してくれていたのだと思う。2007年のケニア暴動の直後には、Sylffウェブサイトに「ケニア大統領選後の暴動(Kenya’s Post-Election Violence)」という記事を寄稿し、『公正な社会の実現とそのための法整備』を訴えていた。奨学金受給時の専門は人類学であったが、同氏はこのあと一念発起し、ナイロビ大学法学部で改めて法律を学んでいる。

こうした学問成果を自分自身のために活かすだけでなく、広く社会に還元し、よりよい社会を実現しようとする姿勢こそ、Sylff奨学金プログラムの目指すものであり、それを後押しするのがSLI をはじめとするSylffサポートプログラムである。Aluoka氏はこの会議を「キスムの地方分権のスタート地点」と位置付けているが、今回はまさに、同氏が地域リーダーとして目指す方向性と、Sylffサポートプログラムの趣旨がぴったりと合致し、SLI支援が「生きたお金」になったと、活発な議論が続く会議の様子を見て強く感じた。(写真は参加者を前に話すAluoka氏)

奨学金制度と並んでこうした実社会における活動のサポートプログラムがあることは、奨学生にとって、奨学金の趣旨や期待される価値基準が明確になり、行動するための後押しにもなる。SLIの実施事例が積み上がっていくことで、奨学生にとっての色々なロールモデル(自分が目指したいリーダー像)が目に見える形で共有され、世界各地で地域リーダーが育つのを後押しするだろう。

人材の育成には長い時間がかかる。しかし長年かけてSylffプログラムが生み出した若いリーダーが成長を続け、国の大変革期にタイムリー活躍するのを見ることができた。Aluoka氏の活躍が、ケニアの、そして世界各地の若いリーダーたちに、刺激と励ましを与えてくれることを願う。

追記
キスム会議からスタートするケニアの地方分権
Aluoka氏は会議での話し合いに基づく提案をとりまとめ、9月9日、キスムの総合開発計画を担当するガバナー執行部に届けた。この動きには会議にも参加したチェメリル区の議員オサノ氏(Hon. Osano)も関与しており、提案の実現を促していくことになる。
会議での問題提起は全国紙3紙("THE PEOPLE" 8月28日、"The Star" 8月28日、"Sunday Express" 9月8日)に取り上げられ、大きな反響を呼んだ。この会議を契機に、様々な場所や機関で、政策決定に携わる人々に影響を与え始めている。