タイプ
その他
日付
2012/6/6

シルフ・チェンバー・アンサンブル(Sylff Chamber Ensembles)

メンバー略歴、一言メッセージ



ウィーン国立音楽大学

Panju Kim
パンジュ・キム(トランペット)

「僕の父はトランペット奏者だったので小さい頃から楽器に触れ音を聴いて育ち、自然に自分でも吹くようになりました。始めは趣味でしたがすぐにどんどん楽しくなり、ソウルの芸術高校に行き、高校生の時にマスタークラスにいらした、父の師でもあるラインハルト先生についてウィーンの音楽大学に留学することに決めました。今はウィーンフィルのミュールフェルナー先生のもとで勉強中、まもなく卒業予定です。

日本には二年前に一度遊びに行ったことがありますが、すごく気に入ってまた行きたいと思っていたので、このプロジェクトのお話をいただいたときはとても嬉しくてその場で参加を決めてしまいました。今は毎日日本に行くことばかり考えてわくわくしています。また、東北に行くのは初めてなのでそれも楽しみですし、何よりみなさんに会えるのを心待ちにしています!」


Dietmar Nigsch
ディトマール・ニグシュ(トロンボーン)

音楽一家に生まれ、幼少のころからピアノを弾いていたが、7歳のとき地元の吹奏楽団にあこがれてトロンボーンを始めた。若いころから才能を発揮し、オーストリアの青少年トロンボーンコンクールなど数々のコンクールで優勝。ウィーン国立音大に進み修士号取得。ヨーロッパ各地の有名オーケストラで演奏するほか、国際トロンボーンアンサンブルのメンバーでもあり、世界各地をツアーしている。

「音楽を愛好し演奏するみなさん。音楽をつくりあげる喜びを、このプロジェクトに関わるみなさんと一緒に味わえることを、とても楽しみにしています。
東北で起こった大きな自然災害のことは、世界中の人が知っています。音楽を共に演奏することが復興への小さな一歩となり、未来に向かって前向きな気持ちになってもらえるのなら、僕はその一歩に貢献できることをとても誇りに、また嬉しく思います」



David Panzl
ディビッド・パンツェル(パーカッション)

オーストリアに生まれ、ギター奏者の母、ティンパニ奏者の父、ヴァイオリニストの姉の音楽一家に育つ。4歳よりパーカッションを始める。マンハッタン音楽学校、ニューヨーク音楽学校で学んだのち、ウィーン国立音大演奏科に進み、現在大学院に在籍中。この間、ウィーン国立歌劇場はじめ、各地のオーケストラでパーカッションやドラム演奏をおこなっている。

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「ぼくのうちは音楽一家だったので、いつも音楽に囲まれていました。コンサートに行くと、パーカッション奏者がうらやましくてしょうがありませんでした。自分が代わりにやりたかったからです。高校時代は、学校のオーケストラにはいり、合唱やジャズもやりました。プロになろうと思ったのは、家族がそうだったからと、高校時代のできごとが影響しています。2年のとき、数学と物理で有名な進学校に転校したのです。音楽をやる時間などなくなってしまいました。ところが2,3カ月してあるコンサートに行き、ドラマーの演奏を聴いているうちに『ぼくのやりたいのはこれだ』と気づいたのです。すぐにそこを退学し、元の高校に戻りました。それから前にもまして一生懸命練習しました。その後、マンハッタン音楽学校で学ぶ機会を得ました。これがぼくのミュージシャンとしての人生を決定づけたのです。みなさんに言っておきたいことがあります。プロになるのは、何が何でもプロになるんだという強い気持ちが沸き起こってからでいいのです。近道をしようと思ったり、余計なプレッシャーを感じたりすると、創造性や音楽家としての才能が損なわれてしまうと思います」


パリ国立高等音楽院
Dylan Corlay
ディラン・コーレイ(バスーン)

パリ国立高等音楽院在籍中。音楽以外の芸術を音楽と融合させる革新的な試みにも挑戦している。短編映画の音楽を作曲し、ハンブルグ国際ショートフィルムフェスティバルでベスト映画音楽賞を受賞。子どもも大人も楽しめるバスーンを使ったワンマンショーをおこなうなど多方面に活躍中。

「僕は4歳で音楽を始め、トランペットとギターをやったあと、18歳からバスーンを吹き始めました。音楽を自分の一生の仕事にしたいと決め、勉強を続けました。21歳のときパリ国立高等音楽院に進み、バスーン、作曲、教授法を学んでいます。またフランス国内の様々なオーケストラで演奏活動もおこなっています。音楽は僕にとって、感情そのものです。国籍は違っても、音楽を一緒に体験することができ、音楽が心と心をつないでくれます。みなさんと一緒の時間、気持ちや感受性、相手の音に耳を傾ける姿勢、そんなことを大切にしたいと、今から楽しみにしています」

Carl-Emmanuel Fisbach
カール=エマニュエル・フィスバッハ(サクソフォン)

パリ国立高等音楽院でクラッシックサクソフォンを学び、博士課程在学中。フランス国内および海外でのコンサートに数多く出演。2011年3月には、スペイン音楽とタンゴを中心としたナンバーをピアノと競演したファーストアルバムをリリース。このあとアルゼンチンツアーをおこない、一般向けのマスタークラスも開催した。

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「ぼくがサックスを吹き始めたのは9歳のとき。アメリカのジャズサックス奏者ジョシュア・レッドマンのパリでのコンサートを聞きに行ったのがきっかけです。その後地元の音楽学校ですばらしい先生に出会い、この先生について音楽を勉強したいと思いました。それから10年、先生の音楽に対する情熱をしっかり受け継いだぼくは、プロのミュージシャンになる決心をしました。
今回東北で、みなさんと一緒に音楽の練習ができるのをとても楽しみにしています。ぼくにとって音楽とは、自分がどんな情熱を持って生きているかを伝えるいちばんの方法だからです」




Marie Collemare
マリー・コレマーレ(ホルン)

パリ国立高等音楽院修士課程在籍中。2011年6月からは、パリのオーケストラでソリストを務めている。プロのトランペット奏者だった父の影響で、5歳のときから遊びでトランペットを吹き始める。父にホルンを勧められたが、最初は女の子には大きすぎると思い、バイオリン、フルート、パーカッションなどを試した。しかし最後には、先生の影響もありホルンに魅了される。パリ国立高等音楽院に5年間学び、技術、音楽性、メンタル面についても学んだ。

「日本に行くのは今回が初めてですが、このプロジェクトにはぜひ参加したいと思いました。昨年日本で起こった大変な出来事、そしてそれをみなさんがどうやって乗り越えていらっしゃったかを思うと、私の胸は悲しみで一杯になります。そんなみなさんのために、私が少しでも力になることができれば、本当に嬉しく思います」



ジュリアード音楽院
Merideth Irene Hite
メリデス・ヒテ(オーボエ)

ジュリアード音楽院博士課程在籍中。オーボエ奏者としてメトロポリタン歌劇場オーケストラはじめ、数々のオーケストラで演奏するかたわら、オーボエ演奏指導もおこなう。

「私はサウスカロライナ州の小さな町で育ちました。私が小さいころ、父が母にピアノをプレゼントしました。そのとき私も、そのピアノを弾いてみたくてたまらなくなりました。楽譜を読むのが苦手で、ほとんど耳で覚えたように思います。そして15歳のとき、吹奏楽部にはいりました。今までとまったく違う世界。でもわくわくする世界でした。ピアノは一人で何時間も音と向き合うのですが、吹奏楽は友達とその経験を共有できるからです。私は最初クラリネットを希望しましたが、人数オーバーでオーボエにまわされました。でも不思議なことに、この楽器を吹き始めると、なんだかやめられなくなったのです。最初はクラリネットでなくがっかりしましたが、すっかりオーボエに夢中になりました。そしてこれからの自分の人生、音楽を演奏し、音楽を教える仕事をしていこうと決心したのです」


Moran Katz
モラン・カッツ(クラリネット)

ジュリアード音楽院修士号取得。2009年フライバーグ国際クラリネットコンクール優勝。2010-12年にはアンサンブルACJWのメンバーとしてカーネギーホールで室内楽を演奏するかたわら、カーネギーホール、ニューヨーク市の教育局などと連携して市内の公立学校生徒にクラッシック音楽を紹介する活動をおこなっている。

「母がピアノの先生だった影響でしょうか。5歳のときから自然に、リコーダーのレッスンを受けるようになりました。音楽を演奏することが大好きだったこと、良い先生に恵まれたことなどから、プロの音楽家を目指したいと思うようになりました。12歳のとき、先生がリコーダー以外にもうひとつ楽器を勉強するよう勧めてくれました。できればオーケストラで演奏する喜びを味わえるものがいいのではないかと。そこでクラリネットを選びました。クラリネットはクラシックもジャズも民族音楽も演奏できるので、とても気に入っています」


Bärli Nugent
バーリ・ヌジェント(フルート)

ジュリアード音楽院副学部長。同音楽院卒業生でもある。アスペン木管五重奏団の創設メンバーであり、千回を超す演奏会を世界各地で開催。また、コンコーディアオーケストラの首席フルート奏者を18年間務めた。アスペン音楽祭および音楽学校とのかかわりは31年におよび、マスタークラスを世界各地で開催すると共に、最近では2009年ロンドン国際弦楽四重奏コンテストの審査員を務めている。
 
「私は子どものころ、とても恥ずかしがりやでした。9歳のときフルートを始めたのですが、その理由は、学校中で一番人気のある女の子が吹いていたからです。学校の楽団で演奏したのは、とてもすばらしい思い出です。音楽の美しさに感動し、みんなで心を合わせて演奏することが楽しくてたまりませんでした。11歳から個人レッスンを受け始めました。14歳のとき有名な先生につくことができ、さらに真剣にフルートと向き合うようになりました。同じく14歳のとき、所属している楽団の監督から、年下の学生にフルートを教えてほしいと頼まれました。これも自分にとって、とてもやりがいのある楽しい仕事でした。プロの木管五重奏団で20年間演奏してきたことも、大変楽しくすばらしい経験でした」