タイプ
論考
日付
2012/6/11

中国の日本語学習者が学ぶ「日本国語」 (Page3/3)

4.おわりに

今回の調査から、筆者は現在の中国の大学専攻日本語教育には、日本の国語教育からの影響が確実に存在し、国語教育が一定の役割を担う側面もあると考える。勿論、現行日本語教科書の内容には偏りや不足があることは学習者も教師も感じており(田中ほか、2010*e)、また、「国语教育语法体系是针对日本人设计的,所以不太适合我国的学习者。(国語教育の文法体系は日本人の母語教育向けに設計されたものであって、中国の日本語学習者には適さない。)」(郑、2011、p.75、翻訳筆者*i)等をはじめ、「日本語教育」と「国語教育」とでは目的や対象について根本的な異なりがあり、厳密に区分して教育内容や手法を考える必要があることが指摘されている。さらに、「国語」そのものに規範や普遍性を求めることの危険性(イ、1996*j)には十分に注意しなければならないし、日本の学校教育のために作成され、内容的な偏りも指摘される国語教科書(石原、2005*k)を、「正しい日本語・日本文化・日本人の心」の習得と理解のための教材として優先的に参照する事の妥当性は、議論の余地があるだろう。しかしながら、「日本語教育」と「国語教育」との線引きを無理に行ったり、両者を無条件に別個のものと捉えたりすることだけでは中国の日本語教育の本質を捉えることが難しいことも事実である。現代中国日本語教育において織りなされてきた「日本語」と「国語」との切り離すことのできない関係性を複合的視点から捉え直すことは、多様で流動的なことばや文化をどのように捉え、大学専攻日本語教育は何を目指し、どのような学びを構築・展開してゆくのかについて再考する上でも非常に重要な課題の一つとなってくると筆者は考える。引き続き、調査・考察を進めて行きたい。

以上、中国の高等教育機関における日本語教育の主幹科目である総合日語用日本語教科書の分析・考察から、中国の日本語学習者はいかなるものから日本語を学んでいるのかについての一端を明らかにした。

中国の日本語教育を考える上で、本稿が少しでも参考になれば幸いであるし、現在の中国の日本語教育が、国語教育との深い関係を持っているということを、日本語教育界内外の方に広く知ってもらえる一助となれば至福である。


引用・参考文献
*e 田中祐輔・伊藤由希子・王慧雋・肖輝・川端祐一郎(2010).中国の日本語専攻大学生に対する日本語教科書の課題―学習者への学習状況調査を通して―『大学外語研究文集』11、362-381.
*i 郑爱军(2011).解读日语专业教材语法体系的应用『日语教学研究』152、72−77.
*j イ・ヨンスク(1996).『「国語」という思想-近代日本の言語認識-』岩波書店.
*k 石原千秋(2005).『国語教科書の思想』筑摩書房.


引用・参考文献一覧
阿武泉(2004).全教材リスト『戦後高等学校国語教科書データベース』調査機関:財団法人教科書研究センター附属教科書図書館・東書文庫・国立教育研究所教育図書館.
イ・ヨンスク(1996).『「国語」という思想-近代日本の言語認識-』岩波書店.
石原千秋(2005).『国語教科書の思想』筑摩書房.
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田中祐輔(2012).中国の大学専攻日本語教科書と日本の高等学校国語教科書との内容的近似性から浮かび上がる現代的課題『リテラシーズ』10、21-30.凡人社(2012年2月発行)
田中祐輔・伊藤由希子・王慧雋・肖輝・川端祐一郎(2010).中国の日本語専攻大学生に対する日本語教科書の課題―学習者への学習状況調査を通して―『大学外語研究文集』11、362-381.
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【付記1】本研究は、阿武泉(2004)「全教材リスト」『戦後高等学校国語教科書データベース』を利用したものである。阿武泉先生、及び、データベース利用を許可してくださった横浜国立大学の府川源一郎先生に心より感謝申し上げます。
【付記2】本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(特別研究員奨励費)「中国の日本語学習ニーズの多様化に対応する『学習者主体の教材開発』に関する実践研究」(2011年~2013年、課題番号23・4780)の研究助成による成果の一部である。
【付記3】本稿は、「中国の大学専攻日本語教科書と日本の高等学校国語教科書との内容的近似性から浮かび上がる現代的課題」『リテラシーズ』10、21-30.凡人社(2012年2月発行)、および、「关于中国大学日语专业基础阶段教科书与日本中小学国语教科书的比较研究—两者内容异同中所浮现的当代性课题—」『日本研究集林』37、32-42.復旦大学日本研究センター(2012年1月発行)、を加筆・修正したものである。

筆者略歴
1983年神奈川生まれ。日中交流事業の一貫として、高校国語教諭の父が1989年から1991年まで大連外国語学院に派遣された関係から、幼少期(6~8歳)を中国大連市で過ごす。中国大連市中山区第一幼稚園、中山区解放小学校を経て、現在、早稲田大学大学院日本語教育研究科博士後期課程所属。日本学術振興会特別研究員。研究と実践の両輪で、中国や韓国の日本語教材の制作に携わり、2009年から2011年まで復旦大学の日本語学科で教鞭を執る。専門は日本語教材研究・教材史研究。主な著書に『中国・大連と日本研究(第1章第4節)』(2004,筑波大学日本語・日本文化学類草書)、『名言読解日本語1 中上級編』(2008,DARAKWON.Inc)、『名言読解日本語2 上級編』(2008,DARAKWON.Inc)、『新编职业日语(第三册)』(2011,人民教育出版社)、『21世纪最初的十年―通过流行语学日语―』(2012,外語教学与研究出版社)(共に共著)などがある。