タイプ
レポート
日付
2012/10/31

シルフミュージシャンによる吹奏楽指導とコンサート: 文化の壁を越え、生徒たちとつくりあげた音楽

カール=エマニュエル・フィスバッハ
シルフ・フェロー

 この4月、東京財団による「みちのくウインド・オーケストラ」というワークショップとコンサートのプロジェクトのことを聞き、私はすぐに心を惹かれた。まだ訪れたことがない日本へ旅立つのだと思うだけでも胸が高鳴ったが、プロジェクトのスケールの大きさを理解したときには、どうしても参加したいと切望するようになった。社会におけるアーティストの役割について常々「音楽家はその才能と情熱を地域の人々のために使うべき」と考えている自分の心に、芸術とヒューマニズムが一体となったこの構想が、強く響いてきたからだ。

 1年半前、東北地方の人々を襲った悲惨なできごとを目のあたりにしたとき、私は事態の重大さに大きな悲しみと無力感を覚えた。人々を救うこともできず、テレビ画面の中で展開されていく恐ろしいできごとを見ているしかないことに苛立ちを感じた。私が見たものは、持てる力と勇気のすべてを注いで市民を守ろうとしている一国の姿だった。シルフの東北プロジェクトに参加できたことは幸運だった。このプロジェクトが、微力ながらも自らの立場で被災地の再建のために活動し、貢献する機会を与えてくれたからである。

 ウインド・オーケストラには、13歳から22歳まで総勢100人あまりの若者が参加していた。その集団の中、18人のサクソフォン奏者とともに演奏をしながら、私は「日本の生徒たちの姿勢は、フランスとはかなり違う」と感じた。日本のアンサンブル・テクニックは優秀で、オーケストラとしての練習方法も非常に優れている。私が貢献する必要があったのは、個人的なテクニックの分野だった。フランスでは、この逆になったことだろう。これは、おそらく日本とフランスの音楽教育のシステムの相違から説明がつくはずだ。生徒たちの気迫はすばらしく、学びたいという強い意欲が感じられた。

 プロジェクト開始早々は、私が担当したグループは非常に控えめで内気に見えた。しかしそれは、長くは続かなかった。最後には全員が完全に心を開き、積極的な姿勢を示すようになっていた。また当初は、コーチ役の私たちが日本語を知らず、通訳者も不足していることが妨げになっているように感じられたが、これもすぐに問題ではなくなった。音楽の不思議な力が、言葉の壁を越えて、私たちと生徒たちの心を通わせてくれた。具体的な演奏方法のアドバイスが必要な個人レッスンも、数回行うことができたほどだ。私にとっては、自分自身の指導方法や心の通わせ方の見直しを迫られることになり、そこから学ぶことが多かった。最終日、サントリー・ホールでのコンサート本番後に開催された小さなレセプションで気付いたのは、生徒たちの多くが実際には多少の英語を話せるのに、それまであえて話そうとしていなかったということだ。これは、私にとって大きな驚きだった。

 あの悲劇の犠牲者でもある若者たちとともに、音楽に打ち込んだ数日は、とても感動的で心踊る経験だった。彼らは、ちょっとめには気が弱そうに見えるが、実は感性豊かで、思いやり深く、心の広い人たちだった。日本滞在のわずか1週間の間に、私はこの国の文化のありとあらゆる面を知ることになった。

 最も印象的だったのは、石巻への訪問だった。壊滅した街の姿には、本当に衝撃を受けた。かつて家やビルがひしめいていたはずの街の中心部は、いたるところが草むした空地になっていた。1階がめちゃくちゃになった多くの家々。津波にのまれた後の火災で、壁が黒焦げになって破壊されてしまった学校。日々の暮らしを思い起こさせる生活用品が、今もあちこちに打ち捨てられている。そのすべてが、あの悲劇の痛ましさを物語っていた。

 市街地をバスで訪ねた後、私たちはこの町でコンサートをおこなった。それは悲しくも感動的なものだった。集まってきた人々は、ほとんどが涙ぐみながら、私たちの演奏に耳を傾けてくれた。会場のコミュニティ・センターは、きっと避難所として使われていたのだろう。この人たちに、音楽を通じて、私たちの気持ちと未来への希望が伝わってくれていればいいなと思う。

 日本に滞在したことで、私はパリやニューヨーク、ウィーンからやってきたシルフ・フェローと出会うこともできた。共通の関心を持ちながらも、それまでまったく面識がなかったフェローたちと、共同生活を送るという経験も分かち合った。面倒見の良いシルフのコーディネーター、通訳やミュージシャンといったすばらしい才能を持つボランティアの人たちとの交流も楽しかった。このプロジェクトの関係者たちとは、これからもぜひ連絡を取り合っていきたいと思っている。

 サントリー・ホールでのコンサートの後、私はパーカッションのディビッド・パンツェルと共に室内楽のプロジェクトを始めることになった。今後はヨーロッパでコンサートを行う予定だ。フェイスブックのおかげで、多くの生徒たちと写真を共有したり、連絡をとったりもしている。

 振り返ってみると、私はコーチである自分自身も生徒たちと同じか、あるいはそれ以上に学んだのではないかと思っている。私はこの経験から深い影響を受けた。プロジェクトに参加できたことは、実に幸運だったと思う。今後も同様のプロジェクトには喜んで参加したいと思っている。学生である私たちは、大学や音楽のコースで教えを受けるために旅をすることも多い。それは、長距離の旅になることもある。しかし、このプロジェクトでは反対に、さまざまな国から「コーチ」たちが集まって、生徒たちとともに演奏し、ノウハウを共有しながら一緒になって音楽をつくり上げた。安倍圭子氏のような、優れた音楽家の存在も大きな意義があった。私たちが共有していたかけがえのない時間の中で、様々な隔たりを超越して、真に独創的なものが生まれていたと思う。この文化を超えたコラボレーションが、今後も続いてくれることを私は願っている。

 シルフ・プログラム、東京財団、パリ国立高等音楽院、ジュリアード音楽院、ウィーン国立音楽大学、そして、このプロジェクトに協力してくれた大勢の人々に心から感謝の意を表したい。



カール=エマニュエル・フィスバッハ

パリ国立高等音楽院にてクラシック・サクソフォンを学び、修士号を取得後、博士課程へ進学。フランス国内および海外で複数のコンクールに入賞し、国内外で定期的にコンサートに出演している。2011年3月、ピアニストのWenjiao Wangと競演し、スペイン音楽とタンゴを中心とするファースト・アルバムをリリース。アルゼンチンでツアーを行い、一般向けのマスタークラスを開催した。2010年、パリ国立高等音楽院で音楽学を専攻中にシルフ奨学金を受給した。