タイプ
その他
日付
2008/9/4

中国のSYLFFフェローによる四川大地震被災者のための支援活動

2008年5月12日に中国・四川省ブン川県を中心に発生した大地震。死者・行方不明者8万人超、負傷者37万人超という甚大な被害をもたらしたこの大災害は、日本でも大きく報道された。東京財団は、1992年以来「ヤングリーダー奨学基金(SYLFF)」を通じて、中国の10大学で学ぶ大学院生に奨学金を提供し、さまざまな分野におけるリーダーの育成を図ってきたが、事態の重大性に鑑み、中国の奨学金受給者(“SYLFFフェロー”と呼んでいる)に対して、被災者に対する支援活動を呼び掛けたところ、12件の提案が寄せられた。東京財団では、このうち、蘭州大学および重慶大学のSYLFFフェローをそれぞれリーダーとする2件のボランティア活動を財政的に支援することとし、8月、その活動が実施された。筆者は、これら二つのグループの活動ぶりを見るため現地に飛んだ。ここに記すのは、現地からのレポートである。なお、具体的な活動内容については、それぞれのグループからの報告を改めて掲載する予定である。

奨学事業部ディレクター 丸山 勇


赤いTシャツ、20時間のバス行程を経て現地で奮闘
――蘭州大学のSYLFFフェローチーム


8月19日、筆者は成田から五輪で湧きかえる北京を経て、空路、甘粛省蘭州に到着。夏の真っ盛りだというのに小雨混じりの肌寒い天候の中、真っ赤なTシャツを着た蘭州大学のSYLFFフェロー、曽向紅氏が笑顔で出迎えてくれた。曽氏は今回のプロジェクトのリーダーである。Tシャツの左胸には「心連心」(heart-to-heart という中国語)そして、背中には「東京財団―蘭州大学 資助文県一中高考録取生行動」(東京財団-蘭州大学 甘粛省隴南市文県一中の大学進学者支援プロジェクト)とプリントされた文字が目を引く。今回の活動のために、チームで作ったものらしい。「財団の援助を受けたからにはしっかりと、同胞たちを助けてきます」と曽氏。

蘭州大学のSYLFFフェローたちは、翌20日、南に360kmほど下った文県地区に赴いた。現地の高校において、180名ほどの大学入学予定者に入学当初必要な学習用品・生活用品を配布する他、大学生活のガイダンスを行うというのがミッションだ。筆者もそれに同行する予定であった。

ところがハプニングが起きた。蘭州に着いてから、地震の被害が大きかった文県のような地域には外国人の訪問を当局が許可していないことが分かったのだ。事前にフェローに問合わせた時には、問題ないとの返事を受け取っていたのだが。蘭州大学が甘粛省の担当部局に再度確認したが、やはり「認められない」の一点張り。四川では、本震後も大きな余震が数度発生、余震による犠牲者も出ている。今回は訪問時が北京五輪期間中であったため、外国人がからむ事故や事件が起きるのは極力避けたいという思惑が当局にあり、過度に神経質になっているのではないか、というのが大学やフェローたちの見方であった。

筆者はやむなく同行を断念。見送る筆者に手を振りながら、SYLFFフェローたちは、20日午後5時発の文県行き長距離寝台バスに乗り込んだ。順調に行ったとしても、文県までは20時間近い長旅である。中国の長距離寝台バスは、バスの中がすべて2段ベッドになっており、両窓側のほか、中央にも一列2段ベッドが縦に並んでいる。通路は人が横になってやっと通れる程度。寝返りも容易にはできないほど狭いベッドだが、「先日現地の下見もこれで行ったし、何ともない」(曽氏)。蘭州大学のフェローのうち、6名はこの直行便のバスのチケットが取れたが、残りの2名の男性メンバーについてはチケットが取れなかったため、前日出発して別の地域を経由して文県に向かっているとのことであった。

活動は二次災害を防ぐためもあって、支援先の校長と相談の上、当初予定を短縮して一日だけの集中的なものになったが、リーダーの曽氏は「今回、文県の高校生に対して提供した支援は極めて限られたものではあったが、被災した人々のために精一杯の貢献ができた。」と後日、東京からのメール問合せに答えてくれた。


子どもたちの心癒すカウンセリング
――重慶大学のSYLFFフェローチーム


8月21日、筆者は、蘭州から空路、四川省の省都である成都に到着、プロジェクト・リーダーである唐松林氏(重慶大学SYLFFフェロー)と合流した。彼のチームの活動は、成都から高速バス(といっても日本のマイクロバスのような中型バス)で2時間ほど走ったところにある綿陽市において、被災した中高生に対して、心理面でのカウンセリング支援を行うというものだ。大災害は多くの場合、物理的な損害のほか、被災者にPTSD(心的外傷後ストレス精神障害)という精神的な深い傷を負わせる。特に思春期の中高生にはその傾向は顕著だ。翌22日に唐氏の案内でバスに乗り込み、彼のチームが綿陽市近郊の北川中学で行っていた活動を見ることができた。

北川中学というと、地震前日に学校行事を楽しむ生徒たちのにこやかな姿と、地震の激しい揺れによって校舎の下層部分が潰れた無残な様子が日本のニュース映像でも流れ、記憶に留めておられる読者も多いと思う。だが、崩壊現場は綿陽からは直線にして50kmほど離れた山間部にあり、筆者が訪れた北川中学は学校ごと移転した後のものだった(筆者はそれと知らず「潰れた校舎はどうなったのですか」などと質問し、恥ずかしい思いをした)。


移転してきた現在の場所は、綿陽市郊外の聖水地区にあり、同市を拠点とする中国の大手電気機器メーカー「長虹」が自社の人材育成センターとして使っていた敷地及び施設を北川中学に提供したものである。現在はそこで授業が行われ、生徒たちも敷地内の寮で暮らしている。もちろん既存の施設だけでは足りないので、仮設の教室や寮が何棟も新しく建てられている。

このチームは唐氏を入れて全部で7名、唐氏以外はSYLFFフェローではないが、全員重慶で仕事をしたり、重慶の大学(西南大学など)で教えたり学んだりしており、唐氏の呼びかけに応じたとのことである。


ここでの活動は、PTSDを抱えている生徒たち(中学生)に対して、じっくりと話を聞きながらグループカウンセリングをするというものだった。1日だけだったが、北川中学の中学3年生14名(男子10名、女子4名)を対象にカウンセリングを行った。

カウンセリングは、チームメンバーの一人、賀国練氏が中心となって進めた。賀氏は普段は企業人を対象とする各種セミナーをしているが、カウンセリングの経験も豊富な人材だ。


賀氏らチームのメンバーは、教室で生徒一人ひとりに優しく声をかけながら、彼らと心を通わせていく。地震の際、生徒たちを助けようとして犠牲になった教師を思い出して泣き出す子や、地震のあったこと自体を思い出したくないと首をうなだれる子も…。あれだけ大きな災害に遭った彼らの心の傷の深さを改めて感じた。それでも、賀氏は、泣くのを敢えて止めたり、各々の発言を否定したりすることなく、彼らが自分の心を率直に見つめるのを助けるようにしていたのが印象的であった。賀氏の他にも、心理学を専攻し、以前も被災地でカウンセリングをした経験のある学生なども数人いて、賀氏を的確にアシストしていた。

カウンセリングの最後に賀氏は、生徒に将来の夢を訪ねた。それまで、うつむき加減だった彼らの表情も、その時は少し笑顔になり、「医者になりたい」「姚明のようなNBA(全米プロバスケットボール)の選手になりたい」「エンジニアになりたい」「パイロットになりたい」「歌手になりたい」「女優になりたい」等々、素直に自らの描く未来を語りだした。(日本の中学生はこれほど明るく夢を語るだろうか)。彼らの将来に幸あれと願わずにはいられなかった。

このチームは、北川中学での活動を終えた翌日から、北川県にあるライ(手へんに雷)鼓鎮(鎮は村のこと)の学校で約1週間、同様なカウンセリング活動をするとのことであった。「辺鄙な地域には物質的な援助や人々の関心が集まりにくい。自分たちの働きの必要性はより大きい」とメンバーの一人、陳岩氏。基本的には綿陽を拠点とするものの、状況次第では現地に泊まり込んでの活動になるかも知れないと話していた。

ここでも、外国人の入域は許可されていないということで、筆者は2日目以降の活動には同行できなかったが、北川中学での活動を見ることで、チームメンバーの熱意やコミットメントの強さは十分感じ取ることができた。

このチームの活動内容の詳細も後日紹介することにしている。

日本では四川大地震の件は、今ではあまり報道されなくなってきているが、被災者の受けた物理的被害や心の傷はそう簡単に癒されるものではない。SYLFFフェローのこうした活動を紹介することで、関心を喚起し、他のSYLFFフェローにとっての励みになればと願う。

SYLFFの目的は、さまざまな地域・分野において将来のリーダーを育成することであり、今回のように彼らが社会のニーズに応えて貢献しようという意欲を見せてくれたことは、SYLFFプログラムを担当するものにとって大きな喜びであり、また彼らの活動に対して多少の支援ができたことを嬉しく思う。今回は実験的に行った支援であるが、今後も、人類が直面する諸問題に対する、SYLFFフェローの熱意や取り組みに柔軟に応えていけるプログラムでありたい。