タイプ
論考
日付
2008/10/15

第3回「農業政策―人口減少時代に見えぬ自・民両党の将来ビジョン」

農業政策―人口減少時代に見えぬ自・民両党の将来ビジョン


東京財団上席研究員
山下一仁


農政の失敗
戦後農政の特徴は高い米価で農家所得を維持しようとしたことだ。95年の食管制度廃止後も生産調整という供給制限カルテルによって米価は維持されている。米価が上がったので、消費は減少する一方生産は刺激され、コメは過剰となった。このため、70年以降7兆円以上の財政負担を投入しながら生産調整を実施している。その面積は100万ヘクタールと水田全体の4割超に達している。

終戦時農地は500万ヘクタールを超え、人口は7000万人しかいなかったのに飢餓が生じた。1961年に農地面積は609万ヘクタールに達したが、その後110万ヘクタールの農地が造成される一方、250万ヘクタールの農地が宅地などへの転用と生産調整による耕作放棄等で消滅した。水田は生産調整を実施した70年以降減少に転じた。この結果、今ではイモとコメだけ植えて、かろうじて日本人の生命を維持できる470万ヘクタールが残るのみである。

品種改良による面積当たりの収穫量の向上はコストを低下させるが、生産調整の強化につながるので取り組まれなかった。また、コストの高い零細な兼業農家もわざわざ高いコメを買うよりも自らコメを作る方が得なので、農業から退出しなかった。農地は企業的農家に集まらず規模拡大は失敗し、国際競争力は低下した。1953年まで国際価格より低かったコメは、今では778%という高関税で保護されている。

米価引上げと兼業化(農外所得)によって農家は豊かになった。兼業比率の高い零細な稲作兼業農家の所得は801万円で勤労者世帯の646万円を上回るのに、農業依存度の高い稲作主業農家の所得は642万円である(2001年)。にもかかわらず、零細農家=貧農という戦前からのイメージが定着し、農業に専念しようとする主業農家を育成しようとする政策は貧農切り捨てと批判された。

高い価格維持のためには高い関税が必要だ。このため、政府はWTO交渉で関税引下げの例外を主張しているが、代償としてこれまでの消費量の8%に5%を上乗せした13%に相当する低関税の輸入枠(ミニマム・アクセス)を要求されている。かつては高価格支持政策をとってきたEUは、1992年以降穀物などの価格を大幅に引き下げ、農家に対する財政からの直接支払いによって補うという改革を行った。高い農産物価格で農業を保護するという消費者負担型の農政を続けている日本のみが世界から取り残され、関税引下げに抵抗している。





望ましい農政
私は10年ほど前から、「生産調整を段階的に廃止して米価を需給が均衡する水準まで下げれば、コストの高い副業農家は耕作を中止し、農地を貸し出すようになる。そこで、一定規模以上の主業農家に耕作面積に応じた直接支払いを交付し、地代支払能力を補強すれば、農地は主業農家に集まり、規模は拡大しコストは下がる」という提案をしてきた。市町村役場や農協の職員等サラリーマンとしての所得の比重が高く土日しか農業に従事しないパートタイム(兼業)農家に補償する必要はない。これらの農家も主業農家に農地を貸せば現在の10万円程度の農業所得を上回る地代収入を得ることができるし、主業農家の規模が拡大してコストが下がれば受け取る地代も増加する。また、生産調整廃止により国内の価格が輸入米の価格より下がれば、汚染米の原因となったミニマム・アクセス米も輸入しなくてもよいし、人口の増加する海外に輸出もできる。

全ての農家に一律に効果が及ぶ価格支持と異なり、直接支払いのメリットは必要な対象に直接ターゲットを絞って政策を実施できることである。しかし、この対象を限定するという政策上の最大のメリットが、政治的には最大のデメリットとなる。また、価格引下げには、与党の政治基盤のひとつであり、高い農産物価格により高い販売手数料等を稼いできた農業団体の抵抗も強い。

自民党の政策
しかし、農政が私の提案を採用しかけたことがあった。農産物関税に100%の上限を設けるというアメリカ・EUのWTO合意が2003年8月になされたため、同月末、唐突に「諸外国の直接支払いも視野に入れて」農政の基本計画を見直すという農林水産大臣談話が出された。778%のコメの関税率をそこまで下げると、EUのように直接支払いを導入しない限り日本農業は壊滅するからだ。

しかし、これは2度後退する。まず、翌9月のWTO閣僚会議議長案で、コメは上限関税率の特例にできるかもしれないという期待が生じたため、農水省はコメを直接支払いの対象からはずすと表明した。次に、04年8月のWTO交渉枠組み合意で、一定の品目については関税引下げの例外を設けることができるかもしれないという希望的観測が生じた。関税を下げなくてよいのであれば、国内価格も下げなくてよい。このため、コメのみならず麦、牛乳など他の農産物を含め価格引下げのための直接支払いは見送るという内容にさらに後退した。結局、農家保証価格と市場価格の差を補填している麦、大豆などの補助金の一部をWTOでは削減しなくてよい直接支払いに移行するだけになった。それでも、対象農家を4ヘクタール以上に限定したことは評価できた。

しかし、昨年の選挙に負けた自民党は対象農家について市町村長の特例を認め、「対象者を絞る」政策から後退してしまった。

民主党の政策
2001年の参議院選挙での選挙公約では、「事実上強制となっている米の減反については選択制とし、……新たな所得政策の対象を農産物自由化の影響を最も大きく受ける専業的農家」とし、03年のマニフェストでは、「食料の安定生産・安定供給を担う農業経営体を対象に、直接支援・直接支払制度を導入します」とした。ここまでは私の提案のとおりだった。

しかし、04年参院選のマニフェストでは、「対象者を絞る」という要素をはずしてしまった。そして昨年7月、自民党から対象者を絞らないバラマキの直接支払いと批判された「戸別所得補償」の導入と生産調整の廃止を主張した民主党は参議院選挙で大勝した。しかし、小沢一郎代表の「関税ゼロでも自給率100%」という主張の前提には生産調整廃止による価格引下げがあったはずなのに、今年6月に民主党「次の内閣」で承認された「当面の米政策の基本的動向」では、「米価下落の大きな要因は、米の需要を上回る過剰生産である。米の過剰作付けを抑制し、需給調整を確実に実行することが、米価安定のため、さらには自給率の向上のための基本要件であることはいうまでもない」と明確に生産調整の必要を述べ、選挙公約を撤回してしまっている。これを公約違反と批判する自民党も生産調整の強化を政策としている以上、批判は尻すぼみである。

結局、農政については両党に差がなくなってしまった。国内の食料需要が減少していく人口減少時代に、EUのように価格引下げと直接支払いによって人口の増加する海外に輸出を行い、国内農業を振興していくという選択はどの党からも提示されない。生産調整をさらに強化して日本農業を大幅に縮小させ、かつ米価を上げて消費者家計を圧迫するという単一の選択肢しかない。残念ながら、国家の大計として本来政治が主導すべき、消費者に対する食料安全保障と農業復興の将来ビジョンはどこにも存在しないのだ。