タイプ
論考
日付
2009/7/22

第2回「民主党は農政トライアングルを崩壊させる」

民主党は農政トライアングルを崩壊させる


山下一仁 東京財団上席研究員


EUは1993年に大農政改革を行い、穀物の支持価格を29%引き下げ、財政による直接支払いで農家所得を補償するという政策に転換した。これによってEUの小麦価格はアメリカのシカゴ相場をも下回るようになり、EU産穀物の国際競争力は飛躍的に増加した。その後も、これまで政治的に手のつけられなかった砂糖、乳製品など主要な農産物について、価格支持から直接支払いへという改革を着実に実施している。EUは加盟国が27カ国にものぼり、合意形成は相当困難であると思われるのにもかかわらず、なぜEUでは農政改革が進み、日本では進まないのだろうか。

それはEUになくて日本にあるものがあるからである。それはJA農協という存在である。JA農協にとっては米価維持が手数料収入の維持のために必要となる。つまり、農協の収益が高い価格維持とリンクしているのである。このような存在はEUには存在しない。このため、日本では価格の引き下げが困難となる。しかし、米価を求心力として結合した、自民党農林族、JA農協=コメ兼業農家、農水省から成る「農政トライアングル」によって行われてきた戦後農政は、民主党が政権を取れば大きく転換する可能性がある。

減反選択制と民主党の戸別所得補償は同じ

その前に、今回の選挙で争点となる民主党の戸別所得補償政策について評価してみよう。

石破農水大臣の下で減反の見直しが検討される中で、減反選択制という案が報道された。コメの減反(生産調整)に参加するかどうかは個々の農家の判断に任せ、参加する農家のみに米価の低下分を補助金で補填するという案である。

この案も含め、減反の見直し自体自民党農林族に拒否され、自民党農政は減反強化へ先祖帰りした。ところが、この減反選択制は民主党の戸別所得補償法案と同じなのだ。民主党は農家ごとに「生産目標数量」を定め、この目標を達成した農家に生産費と米価の差に相当する直接所得補償を行うとしている。コメについて「生産目標数量」とは、10トン作れる農家が自給率向上のために15トン作ったら直接所得補償を行うというものではない。10トン作れる農家が減反をして6トン作ると補償するというものである。これはまさに減反の選択制に他ならない。

減反選択制の最大の問題は、減反参加農家の大半が、コメの生産拡大意欲を持たない人たち、すなわち零細な兼業農家になる可能性が高いことである。零細な兼業農家に米価が下がっても財政からの補填で現在の米価水準を保証してしまえば、彼らは農業を続けてしまう。これでは、主業農家に農地は集まらず構造改革効果は望めない。零細な兼業農家を温存してきたこれまでの農政の繰り返しである。これでは健全な農業を作ることにはならない。

自民党の批判

これに対して、自民党からは様々な批判が出ている。以前はバラマキという批判をしていたが、バラマキしないと選挙に勝てないと考えたのかどうか、最近はこのような批判はあまり聞かない。2007年の参議院選に大敗してから、自民党自身、対象農家を限定するという政策から大きく後退してしまった。

次に、生産費を補償するのは所得補償とはいえないという批判がある。しかし、これは誤りである。現在生産費は60kg当たり16.8千円、米価は15千円である。民主党の案は減反を選択制にして現行より下がった米価(たとえば12千円)と生産費16~17千円との差を補填しようとするものだろう。今でも米価はコストを下回っている。本来ならコストが価格を上回る状況で生産されるはずがない。実は、この生産費は、肥料、農薬、農業機械等の本当にかかった物財費と呼ばれる費用9千円に所得に相当する労働費(かかった労働時間に農村地域での建設業等の雇用労賃をかけた計算上の費用)などを足したものである。つまりこの生産費には所得が含まれているのである。

東京財団のシンポジウムで石破農水大臣や生源寺東大農学部長から出された、農産物ごとに、また生産者ごとに、生産目標を定めることについては、これまで統制経済と同様の状況に置かれてきたコメは別として、市場経済に置かれている農産物を統制経済に戻すようなもので、現実には実施困難だろう。

民主党の戸別所得補償法案は構造改革効果を持たないという難点はある。しかし、減反に参加しない人が出てくるので、米価はある程度下がり、消費者の負担が軽減されるのは事実だ。現時点で民主党と自民党の農業政策を比較すれば、民主党の方が優れている。

麻生総理は、石破農水大臣の減反見直しを6大臣会合という体制を作り内閣を挙げてバックアップしようとした。政権浮揚を農政改革にかけようとしたのだ。しかし、中途半端だったため、自民党農林族からの巻き返しにより、あっさり後退してしまった。小泉元総理の郵政選挙は自民党内の抵抗勢力をも相手にして大勝を納めた。農協は戦後政治の最大の圧力団体である。郵政選挙と同じように農政選挙というシングルイシューで望めば、大逆転もありえたのに、小泉元総理のような覚悟と信念がなかった。

民主党政権と農政トライアングル

民主党政権になった場合、農政はどのように変わるのだろうか。

これまで、自民党の最大の支持団体である農協は、選挙の際、全国農業者農政運動組織連盟という、表面上は農協から独立した組織が自民党議員を支援する形を取り、表には出ない工夫をしてきた。しかし、2004年の比例区選挙で農水省OBを担いで敗北した農協は、2007年の参院選挙では、「自分たちの仲間」の候補として、前JA全中専務の山田俊男氏を担ぎ、自民党から出馬させた。同氏は44万9000票で自民党の中でも2番目という上位で当選した。農協が自民党を支持していることを、形の上でも明らかにしてしまったのである。

この選挙で自民党から立った山田氏は大量得票したが、農村部で民主党は戸別所得補償政策を掲げ大勝した。農協職員の数は約30万人、家族を入れると60万票はある。その前年、政治力を使って取り下げさせたものの、農協から金融部門を切り離すという規制改革会議の提案が、組織を崩壊させかねないとして、JA農協に大変な危機感を持たせていた。山田氏が獲得したのはこの農協職員の票だろう。農家は300万戸、少なくとも600万票ある農家票は民主党に流れたのである。

実は、戸別所得補償政策は農協と農家を分離・分断する効果があるのだ。農家からすれば、米価維持だろうが、米価低下分の戸別所得補償(直接支払い)での補填だろうが、所得さえ保証されれば良い。しかし、米価によって手数料収入が左右される農協は違う。農協には戸別所得補償は行かない。60万票の農協職員の票を捨てても600万票の農家票を獲得するほうが、小選挙区制では圧倒的に有利になる。

農家票が欲しいという点で自民党の農林族と民主党の農林族の考え方はほとんど変わらない。しかし、農協に対する対応は大きく異なる。民主党は、金融機能強化法改正案の対象に農林中金を含めることにクレームをつけたし、農協に政治的中立性を求める農協法改正案を国会に提出した。民主党政権は「農協=自民党農林族=農水省」という農政トライアングルを崩壊させるだろう。

私が期待するのは民主党政権のその後である。外交・安全保障など民主党の中にはさまざまな主義主張がある。農政でも前原元代表は戸別所得補償政策をバラマキだと批判した。野党のときならば、右の主張も左の主張も並存してもかまわないが、政権党になれば、一つの政策に決めなければならない。自民党の場合、たとえて言うと、澄んだ水と濁った水でも水は水なので足して二で割るという決着が可能であった。しかし、民主党の場合には水と油のような違いが存在する。水と油は足しても混ざらない。単独過半数を獲得できれば、かつて社会党が自衛隊合憲論を飲み込んだように、政権維持のために自らの主義を引っ込めるかもしれない。しかし、社民党と国民新党と連立を組まなければならなくなったときは、左右の対立がキャスティングボードを握るこれら両党の存在によって増幅される可能性がある。この場合、民主党の非社会主義的な勢力と自民党の改革派勢力が合体するような政界大再編に発展する可能性がある。民主党政権が農政トライアングルを崩壊させた後に来る「そのとき」こそ、農政大転換の歴史が動くのではないだろうか。