タイプ
論考
プロジェクト
日付
2017/3/21

アメリカ大統領選挙 UPDATE7:トランプ流ファクト・フリー選挙がもたらす二極化政治の新局面

 細野豊樹   共立女子大学国際学部教授

 

   民主党系の著名なコンサルタントであるセリンダ・レイクは、業界誌Campaings and Electionsにおいて2016年選挙における民主党の敗因として経済メッセージの欠如を強調している[1]。オバマ以外の候補が、オバマ連合(若者、女性およびマイノリティー)の高い投票率を再現するのは困難である。だから民主党はもっと経済や雇用を争点にして白人ブルーカラー有権者にアピールし、オバマ連合の票が足りない分を補うべきだったとする。ビル・クリントンは、ブルーカラー層対策の必要性を訴え続けたが、ヒラリーの選対本部が聞く耳を持たなかったとの報道もある[2]

 

   対照的に、ドナルド・トランプは、ピンポイントで非大学卒の白人労働者を狙ったメッセージを発信し続けて、勝利をものにした。昨年12月の論考で述べたように、トランプのアメリカ衰退論は、人口が停滞する中西部の非都市圏に住む有権者の琴線に触れた。オバマが2008年および2012年の選挙において、SNSやビッグデータによる支持基盤動員戦術の革新をもたらしたように、トランプ流の選挙は新旧メディアを通じたメッセージ戦の新たな可能性を提示したといえる。

 

   大いに問題なのは、この新しい選挙戦の中身である。トランプ流選挙の両輪は、候補自らが過激な発言で大手メディアのニュース報道を引き付け、草の根レベルではソーシャル・メディアを通じて熱烈な支持者たちが、ねつ造報道やデマに満ちたコンテンツで盛り上がることである。トランプは、ひたすら支持者に受けることを狙って、事実無根あるいはミスリディーグな発言を連発してきた。これを形容する用語がfact-free(真実不在)選挙である。グーグルで”Trump fact-free”で検索すると、約630万件のヒットがある。『ワシントン・ポスト』紙のクリス・シリッツァ記者は、これまでの選挙には超えてはならない一線が存在したが、トランプのファクト・フリー選挙によりかき消されてしまったと論じている[3]。以下では、このトランプ流ファクト・フリー選挙について、”p”で始まるキーワードを通じて解説したい。

 

Pizzagate(ピザ・ゲート)

   トランプ当選後の政権移行期における発砲事件に発展した、いわゆるピザ・ゲート事件は、ファクト・フリー選挙の破壊力を象徴する出来ことであった。昨年の12月4日に首都ワシントンDCの「コメット・ピンポン」というピザ屋に、銃弾が3発撃ち込まれる事件が起きた。犯人のノースキャロライナ州在住の男性は、ジョン・ポデスタなどのクリントン選対本部の幹部たちが、このピザ屋の地下室等で児童性愛者の組織を運営しているというネット上の流言・偽ニュースを信じて、子供たちを救い出しにきたと証言している。日本的な感覚でみれば、あまりに荒唐無稽な流言である。これを信じる者がいることが驚きであるが、2016年12月27日付けの『エコノミスト』誌/YouGovの世論調査では、「クリントン選対本部からリークされたメールは、児童性愛と人身売買について言及していた。―ピザ・ゲート」という設問に対して、トランプ支持者の実に46%が「正しい」と答えている。クリントン支持者は17%である。これがトランプ流選挙にみるアメリカの二極化政治の現実である。

 

 このピザ・ゲート事件をめぐり、前国家安全保障担当大統領補佐官でトランプ側近であったマイケル・フリンの息子(マイケル・G・フリン)が、この流言について「虚偽であると証明されない限り、うわさ話であり続ける」とツイートして、トランプの政権移行チームから外されている。フリン前国家安全保障担当補佐官自身も、ピザ・ゲートそのものではないものの、これと類似した流言の拡散に関与したとの報道がある。オンライン政治誌のPoliticoによれば、フリンは、クリントン側近の夫のラップトップPCのeメールに、児童の虐待や人身売買を含めクリントンを終身刑に処するに十分な証拠があるとの虚偽のニュースを、一読するよう強く勧めるツイートを行っている[4]

 

 ウェブ上の虚偽のニュースが、今までになく猛威をふるったのが2016年選挙の特色である。ローマ法王がトランプ支持を表明したといった、上記のピザ・ゲートに負けないくらい笑止な偽ニュースが大量に流布した。 BuzzFeedNewsの調査によれば、2016年大統領選挙終盤の3か月において、虚偽報道ウェブサイトおよび極端に党派的なブログ発の上位20位の虚偽ニュースに対するフェイスブック上の共有、反応およびコメントは約871万回に及び、同時期における大手新聞・テレビ19社による上位20位の報道に対する約737万回を上回ったとされる[5]

 

 インターネットは、長年指摘されてきたように、同じ意見を持つ者同士が共感・共鳴しあうエコーチェンバーである。真偽を問わず、多数のユーザーが信じさえすれば、メッセージはネット上を駆け巡る。選挙における事実無根の誹謗中傷の類は、はるか昔からの常套手段であるが、SNSなどによって、これを空前の規模で、しかも大した費用をかけないで行うことが技術的に可能になった。そしてその絶大な破壊力を証明したのが、2016年のトランプ流選挙であった。

 

Protectionism(保護主義)

 トランプの選挙スローガンである「アメリカを再び偉大に」(”Make America Great Again”)の柱の一つが保護主義である。トランプ大統領は3月の連邦議会演説においても「数百万人の雇用を取り戻す」と宣言している。しかし、先進国における製造業の雇用減少の背景には、開発途上地域等の低賃金労働だけでなく、IT化、ロボット化等による生産性の向上がある。そういう中で、輸入を減らせば製造業の雇用が戻るというロジックは単純すぎる。たとえ強力な保護主義により製造業の雇用が米国にシフトすることがあっても、恩恵を受けるとすれば、トランプの選挙戦のターゲットであった中西部でなく、低賃金で労働組合が弱い南部であろう。保護主義を推進しても「ラストベルト」の製造業雇用はおそらく戻らないという点において、広い意味でファクト・フリーの選挙公約だといえる。

 

 トランプ大統領は、前述の連邦議会演説においてアメリカ製品に対する「極めて高率の関税および課税」に触れているものの、これはトランプ大統領が国境調整税を承認したのではないと、ウィルバー・ロス商務長官は説明している。トランプは国境調整税について「複雑すぎる」と述べており、迷っている節もある。また、米企業も推進派と反対派に割れている。連邦議会上院においては、2人の上院議員が声高に反対している。その一人であるアーカンソー州のトム・コットン上院議員は、トランプを強く応援してきた保守派であるが、国境調整税に関しては、輸入品への依存度が高いウォール・マートが地元企業なので反対である。この2人以外にも5人の上院議員が懐疑的だと報じられている[6]。近年の選挙で共和党に多額の資金を提供してきたコーク兄弟も反対している。国境調整税が連邦議会を通るかは、今のところ未知数だといえよう。

 

 しかし、トランプのブレーンであるスティーブ・バノン首席戦略官とポール・ライアン連邦下院議長が、国境調整税で手を握ったとの報道もある[7]。もしもトランプ大統領が国境調整税支持を決断し、大規模減税の財源を捻出するため輸入品に対して広範に課税するような法案が通るなら、世界経済へのダメージは計り知れない。国境調整税推進派は、輸入品の価格上昇はドル高で相殺できるから、大部分のアメリカ人は得をすると楽観しているようである。しかし、他国がもしも報復措置を講じれば貿易戦争になりかねず、それがもたらす国際貿易の縮小と世界経済の混乱からは、アメリカ人も逃れられない。

 

 ブルッキングス研究所は、アメリカの主要都市圏の貿易への依存度を示す、興味深い地図を公開している[8]。この地図について選挙という点で特筆すべきは、第一には多くの州の都市圏において貿易の金額が大きく、またGDPに占める貿易の比重も高いことである。

 

 第二の注目点は、選挙での共和党優位州、いわゆるレッドステーツの貿易依存である。特に大票田のテキサス州では、州政府によれば国際貿易額の約3分の1がメキシコとの取引であり、もしも移民問題やNAFTA見直しでメキシコとの関係が悪化すれば、テキサス州の経済はおそらく無傷ではいられない。既に国境沿いの街では、メキシコ・ペソの下落でメキシコ人による買い物が減るなどの悪影響がみられる。テキサスは近年の選挙では共和党が優位であるものの、ヒスパニック系有権者の比率が高いため、もしもテキサスにおいて一定レベルの共和党離れが起きると、今後の大統領選挙が苦しくなろう。

 

   穀物の輸出が盛んな穀倉地帯の諸州は、文化的に保守的なので民主党が大統領選挙で勝つのは難しいが、もしも保護主義が報復関税などを通じてこれらの州の経済的利害を脅かすようなら、連邦議会や州知事レベルなら民主党に勝機が出てくるかもしれない。穀倉地帯の州は人口が少ないので連邦議会下院では少数派であるが、州の数は多いので連邦議会上院では一大勢力を構成する。

 

 第三の注目点は、上述のブルッキングス研究所の地図によれば中西部も案外自由貿易に依存していることである。中西部では保護主義が強いものの、オハイオのジョン・ケーシック知事のように国際貿易に関して穏健な政治家も少なくない。

 

 ファクト・フリーという点でもう一つ決定的に問題なのが、2016年選挙において数の上で最もトランプの勝利に貢献した小都市や農村地域(昨年12月の論考を参照)において、製造業に依存するのは一部の地域にすぎないことである。主に農業や観光に依存する地域は保護主義の恩恵を直接には受けない。

 

結びに代えて―Polarization(二極化)政治の新局面

   トランプ支持層に保護主義で得をする者がいたとしても、上述のとおり大統領選挙を左右する中西部では、ごく一部であろう。それでもトランプ大統領は、膨れ上がった支持者たちの期待に応えざるをえない。特に、就任早々から支持率が40%台で低迷している中では、当面は支持基盤を固めていくしかなかろう。

 

 支持者の期待に応える第一の選択は、国境調整税のような保護主義を本気で進めることである。しかしそれは、民主党が強く、また、国際競争力が高い産業が集中する西海岸のみならず、上述のとおりテキサス、アーカンソーなどの共和党優位州からも広範な抵抗を招くことが予想される。連邦議会で負けても、これら州政府には連邦政府を提訴するという選択もある。

 

   支持基盤に対する広範な経済的利益の誘導という点で魅力的な選択が、小都市や農村部へのインフラ投資だといえる。再生可能エネルギーや観光関連など、これらの地域を利するインフラ投資は、いろいろあるはずである。3月の連邦議会演説においてトランプ大統領は、約1兆ドルのインフラ投資をうたっている。

 

 しかし、たとえトランプが本気でも、二極政治の深刻化が立ちはだかる。共和党支持層や共和党寄りの支持政党なし層は、インフラ投資に懐疑的な財政保守派が多い。このため、民主党の協力を得る必要があるが、民主党支持層のトランプ支持率が8%(ギャラップ)という現状では、多数の民主党議員が是々非々でトランプと連携するのは難しい。たとえ製造業の保護には同調できても、消費者の負担増と大規模企業減税がセットになっている部分に、民主党議員は簡単には乗れないはずである。穏健・中道の議員の数が、民主党および共和党の双方で減っていることも、超党派の協力を困難にしている。また、2018年の中間選挙において民主党は連邦議会上院の改選議席が多いので、共和党およびトランプ大統領の業績づくりに下手に協力しないのが得策である。

 

 最も現実的で世界経済混乱の回避にもなる選択は、支持者の期待に対してポーズ(posturing)でお茶を濁す政治かもしれない。あたかもプロレスラーが、怪我をしない範囲で派手に暴れて、聴衆を楽しませるような手法である。景気の循環的な回復を自らの手柄のごとくプレイアップして、アメリカは再び偉大になったという幻想をふりまくファクト・フリー政治なら、経済への実害は回避できよう。ものごとを大げさに語るのは、トランプの得意技である。

  

[1] Campaings & Elections, “Where Does Polling Go From Here?

Published on Nov 17, 2016 (ビデオ).

[2] Annie Karni, ”Clinton aides blame loss on everything but themselves

Politico, November 10, 2016.

[3] Chris Cillizza, “Donald Trump is leading an increasingly fact-free 2016 campaign”,

The Washington Post, November 23, 2015, online.

[4] Bryan Bender and Andrew Hanna, ”Flynn under fire for fake news”, Politico, December 5,

2016, online.

[5] Craig Silverman,“This Analysis Shows How Viral Fake Election News Stories

Outperformed Real News On Facebook, BuzzFeedNews, Nov. 17, 2016.

[6] Anna Edgerton and Jennifer Jacobs, ”Ryan and Bannon Forge Unexpected Alliance on Border Tax”, BloombergPolitics, March 1, 2017.

[7] Michelle Cottle, “Who's Afraid of a Big BAT Tax?”, The Atlantic, Feb. 21, 2017.

[8] Joseph Parilla and Mark Muro, ”US metros most exposed to a Trump trade shock”,

The Brookings Institution, January 30, 2017