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第10回 現代アメリカ研究会報告

June 12, 2008

1.第十回研究会の目的

5月28日に第十回研究会が開催された。第十回研究会のテーマは、政治思想としてのリバタリアニズムと現在のアメリカ外交におけるリバタリアンの動向についてであり、森村進氏と茶谷展行氏によって報告が行われた。
アメリカにおいてリバタリアンは、一つの政治勢力を構成している。2008年大統領選挙の共和党候補の選定においては、ジョン・マケインの指名が確実視されているが、共和党候補でリバタリアンのロン・ポールは5月現在も選挙戦を継続中であり、例えば5月27日のアイダホ州の予備選挙では24%の票を獲得している。
リバタリアンの政党として、リバタリアン党が存在している。民主党・共和党と比べると規模は小さいが、アメリカで三番目に大きな政党であり、25万人がリバタリアン党員として有権者登録している。リバタリアンのシンクタンクとしてはケイトー研究所を挙げることができる。

2.第一報告「リバタリアニズムという政治思想」(森村進氏)

森村氏により、政治思想としてのリバタリアニズムについての報告が行われた。この報告は、リバタリアニズムの源流を探り、現代のリバタリアニズムに共通する特徴と、その多様性を探ることを目的としていた。

リバタリアニズムは名前は新しいが内容の面では決して新しい思想ではない。政府の役割は個人の権利の保護であるという、政府についての個人主義的かつ自由主義的な理解は、少なくとも17世紀末のジョン・ロックまで遡ることができる。このような政府の役割の理解は、リベラリズムという名称で呼ばれており、イギリスではジョン・ステュワート・ミル、リチャード・コブデン、ジョン・ブライトが、フランスではバンジャマン・コンスタンが、そしてアメリカではトマス・ジェファソンらが、同じ思想的系譜に属している。

政府の役割をできるだけ限定するというのが、リベラリズムの本来の意味内容であったが、20世紀に入ると、リベラルという言葉は社会民主的用法・福祉国家的用法で用いられるようになった。そこで、古典的リベラリズムを奉ずる人々は、20世紀的リベラリズムから距離をとるために、20世紀後半からリバタリアニズムという新しい言葉を使用するようになった。

政治思想としてのリバタリアニズムは、三つの階層に分けることができ、それぞれに多様性を内包している。第一の階層は「いかなる根拠によって個人的自由を重視するか」というメタ理論、第二の階層は「どの程度の政府まで正当と認めるか」という具体的政策、第三の階層は「私生活について何が正しいと考えるか」という個人的倫理観である。

個人的自由を重視する根拠として、三つの類型が挙げられる。ロックやジェファソンのように、人は生まれながらにして固有の自由を保持していると考える自然権論。ミーゼスやハイエク、フリードマン親子のように、政府の役割が小さいほど人々の生活水準が上昇するという経済的リバタリアンの論じる帰結主義。ジェイムズ・ブキャナンのように、みなが望ましい正義の原理について社会契約を結んだ場合にはリバタリアンの政府が構築されるという契約論といった根拠である。

どの程度の政府まで認めるかという範囲については、三つの程度に分類できる。ロスバードのように最も純粋で過激な形態としての無政府主義。ノージックのように法秩序、国防、治安の維持に政府の役割を限定すべきであると考える最小国家論。ハイエクやミルトン・フリードマンのように最低限の福祉政策と公共政策を許容し、リバタリアニズムの中では最も広範な政府の役割を認める古典的自由主義という分類である。

私生活において何が正しいと考えるかについては、五つの考え方に分類できる。個人的生活は他者に害を与えない限りにおいて自由であると考える自由放任主義。客観的に正しい生き方は存在するがそれを誰も強制できないという考え方。伝統的家族や(時には)宗教の価値を重視する最晩年のロスバードのような保守主義。60年代ヒッピー的な"Live liberty"の一派。アイン・ランドの主張する「客観主義」である。

リバタリアニズムの特徴をまとめると、リバタリアニズムは共同体主義ではなく個人主義を重視する。積極的自由よりも消極的自由を重視するために、政治に参加することよりも私生活を大切に考える。物質的生活水準や利便性の上昇を素直に喜ぶという点では、エコロジー運動とは相容れない性格を持っている。外交政策については、政府の役割を制限するという点から、非干渉主義をとり、海外に基地を持つことにも反対する。

3.第二報告「アメリカ外交におけるリバタリアンの境位」(茶谷展行氏)

茶谷氏により、現在のアメリカにおける政治運動としてのリバタリアニズムについての報告が行われた。この報告はリバタリアニズムの思想的側面に踏み込みつつ、9・11後のリバタリアンの動向を明らかにすることを目的としていた。

アメリカにおけるリバタリアニズムは、保守陣営の一派である。しかし、リバタリアニズムは古典的リベラリズムをその源流としており、社会生活の領域に政府が介入することを求める社会的保守主義とは原理的に相容れない側面をもっている。80年代のレーガン政権の下で、思想的に多様な保守主義は、利益によって結びつけられていた。9・11以降、この結びつきに亀裂が生じてきている。

9・11後まもなく、ブッシュ政権はペイトリオット・アクトを成立させた。この立法は、アメリカ内外のセキュリティを確保するために、市民的自由を制限するという内容であり、この点についてAmericans for Tax Reformのグローヴァー・ノークィストを始めとする保守主義者や、American Civil Liberty Unionからの強い反発を招いた。ペイトリオット・アクトをめぐっては、ブッシュ政権を支えていた保守主義の中に亀裂が生じていたのである。

ペイトリオット・アクトについて、共和党を支えるシンクタンク同士でも対立している。共和党保守強硬派を支えるヘリテージ財団とリバタリアニズムを掲げるケイトー研究所の対立である。ヘリテージ財団のポール・ローゼンツヴァイク(Paul Rosenzweig)は、市民的自由とセキュリティとは、振り子の関係にあり、危機の時代にはセキュリティを重視する方に振れるが、その時代が過ぎれば再び中心へ戻ると論じている。

対して、ケイトー研究所のウィリアム・ニスカネンは、自由のために自由を制限しても良いのかと問題を提起し、いかなる状況においてもアメリカ人を無制限に抑圧するべきでないと主張している。

この両者の対立は、9・11後のアメリカの状況認識の違いによってもたらされたものというよりむしろ、自由と秩序とは同じ階層の価値であると考えるか、あるいは自由と秩序とは優先順位の異なる価値であるのかという原理的認識の違いに起因するものであり、ここに9・11後の保守の内部での亀裂の深刻さを見ることができる。

9・11がリバタリアニズムにもたらした影響は、他の保守主義との対立だけではなかった。リバタリアニズムはその思想的特徴から、外交政策では孤立主義の立場と親和的である。しかし、9・11後の状況は、リバタリアンにも孤立主義を貫くことを許さなかった。ケイトー研究所は、自分たちが孤立主義ではないと主張し続けなければならなかった。
そこでケイトー研究所は、リアリストの外交専門家と結びつき、「現実主義的外交政策のための連合(Coalition for a Realistic Foreign Policy)」を結成し、リバタリアンとはすなわち孤立主義者であるとのイメージを払拭しようとしてきたのである。

ケイトー研究所のとったリアリストとの連合という方針は、純粋なリバタリアニズムの論理からは導くことはできない。現在のアメリカのリバタリアニズムには、ケイトー研究所のように状況に柔軟に対応するソフト・リバタリアニズムの立場と、論理的ラディカルな立場を固持するリバタリアン政党のようなハード・リバタリアニズムという二つの立場があると考えるべきである。

今後、リバタリアンはリアリストの外交政策を頼り続けるであろうか。リバタリアンとリアリストの間にも決定的な認識の違いがある。リアリストは国家とパワーを所与として発想するのに対して、リバタリアンは所与とはしないのである。この点において原理的な差異を抱え込んでいるリバタリアンとリアリストの連合は、状況の変化によって結びつきが弱まる可能性を秘めている。
リバタリアニズムは、保守の中で亀裂を引き起こし、現在連合を組むことに成功したリアリストとも、対立する要素を抱えているのである。

4.質疑応答

森村氏への質問

Q「リバタリアニズムの考え方では、公共財をどのように考えるのか」
A「公共財は政府によってしか供給されないというが、市場が供給できる種類のものも多くある。国家が公共財の供給を独占すると利権にすらなってしまう。国防については最低限は国家が提供するべきだが、最低限が望ましいと考える。」

Q「リバタリアニズムの考え方では、市民の徳をどのように考えるのか」
A「経済学的リバタリアンは徳を重視しないが、保守的リバタリアンは重視し、リバタリアニズムは勤勉、自律といった徳を促進させると考えている。」


茶谷氏への質問

Q「ケイトー研究所とリアリストとの連合は、どちらがもちかけたものなのか」
A「ケイトー研究所からの呼びかけであり、資金面でも援助している。」

Q「リバタリアンとリアリストの親和性はどこからくるのか」
A「リバタリアニズムもリアリズムも、ある状況に対してどのような方策を採用するかが予測しやすいという共通性がある」

文責:梅川 健

    • 東京都立大学法学部教授
    • 梅川 健
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