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アメリカNOW 第54号 9・11同時多発テロ9周年 ―深まるイスラム世界との溝― (池原麻里子)

September 21, 2010

同時多発テロから9年経た9月11日、ニューヨーク世界貿易センタービル跡地などで追悼式典が開かれた。オバマ大統領はもう一つの標的となった国防総省、ミシェル夫人はペンシルバニア州シャンクスビルのハイジャック機墜落現場での式典に出席した。大統領がニューヨークの式典ではなく、昨年同様、国防総省の式典に出向いたのはわけがある。世界貿易センターから2ブロック離れた場所に建設される予定のモスクを含むイスラム文化センターをめぐって激しい論争が起きていて、デモによる混乱が予想されたからだ。

実際に当日、現地では警察の厳しい警戒態勢の中、文化センター建設の支持派と反対派がデモを展開した。同時多発テロ事件直後、アメリカ国民の反イスラム感情は大変に高まったが、今年は9年ぶりにその反感が再び強まったと言えるだろう。当時、テロ事件直後、ブッシュ大統領がワシントンのイスラム・センターを訪れ、「アメリカの敵はイスラム教ではなく、アルカイダである」と区別することで、米国民の反イスラム感情が強まることにブレーキをかけようと注意したことなど、全く忘れ去られてしまったようだ。

このような状況で、オバマは国防総省におけるスピーチで、「邪悪な行為を犯した犯人たちは単にアメリカを攻撃したのではなく、アメリカという国の理想-世界において我々が象徴し、代表するもの-を攻撃したのだ。犠牲者に払える最高の敬意は、テロ犯の怖れている通り、我々がアメリカ人らしさを守り、共通の目標を掲げ続けることだ」、「彼らは異なった宗教間の紛争を焚きつけようとするかも知れないが、我々アメリカ人は決してイスラム教と戦っているわけではない。9月のあの日に我々を攻撃したのは宗教ではなく、アルカイダという宗教を邪道化した一部の情けない男たちだ。我々は海外の不寛容と過激主義を非難しているように、国内では多様で寛容な国という伝統を守る」と国民に訴えた。

今回の騒動の原因となったイスラム文化センターの建設を計画したシャリフ・エル=ガマルは母がポーランド人、父がエジプト人で、妻はアメリカ人である。夫妻はユダヤ系コミュニティー・センターのスポーツ・クラブを利用するようになり、このような宗教を超えたセンターを作ろうと、4年前に世界貿易センター近くのビルを購入したのだった。もともと信仰は厚くなかったのが、同時多発テロ事件後、モスクに通うようになったエル=ガマルは、そこでイマームのファイサル・アブドゥル・ラウフと出会う。イスラム文化センターのイマームにはこのラウフが就任する予定だ。

ラウフは穏健派で、ブッシュ政権時代にはブッシュのテキサス州知事時代からのアドバイザーでパプリック・ディプロマシー担当国務次官のカレン・ヒューズに対して、イスラム諸国へのアウトリーチについてアドバイスしていた人物である。ブッシュ政権下でイスラム諸国を訪れ、橋渡し役を果たしており、オバマ政権でもこの活動は続けている。ラウフのNPOはカタールやサウジの王子、カーネギー財団、ヘンリー・ルース財団、ロックフェラー・ブラザース財団等の寄付をもらって活動している。

さて、この文化センター建設問題を巡り、様々な反応があった。地元ニューヨークではブルームバーグNY市長は歓迎したが、パターソンNY州知事は反対。大半の共和党関係者は反対し、民主党関係者も反対する者は多かった。オバマ大統領はホワイトハウスのラマダン初日の晩さん会で、イスラム諸国大使を前に同センターの建設に対する支持を表明し、出席者たちを驚かせた。しかし、これが翌日、大ニュースになると、「信仰の自由という観点からのコメントで、建設することが賢明かについてはコメントしない」と距離を置いてしまった。同時多発テロの被害者の遺族はどうか。妻を失った男性はマスコミに登場し、支持を表明していたが、一方、母親を失ったムスリム女性が反対するなど、遺族には反対者が多いようだ。

世界貿易センター跡の周辺には色々な宗派の教会が建っているし、そもそもセンター内部にもモスクは存在していた。イスラム文化センター反対派の中には「跡地は聖なるものである」という理由を掲げる者が多いが、実は隣接してストリップ・クラブやファースト・フード店が存在しており、「神聖さ」には程遠い。2002年にできた国防総省内部の同時多発テロ追悼チャペルは無宗派で、ムスリムも祈りを捧げているが、これが政治的問題になったことなどはない。つまり、今回高まっている文化センターに対する反対の声は、大変感情的なものになっているのだ。

反対活動を展開している組織の中には「ジハード・ウォッチ」という過激な団体もある。イスラムがアメリカを乗っ取ろうとしていると扇動し、アメリカ国内ばかりか、欧州諸国、南アフリカの白人優位主義者たちとつながりがある団体である。9月11日当日の現地での同団体のデモでは、オランダでコーランとモスク建設禁止を主張している極右政治家ゲールト・ウィルダースが基調演説を行った。ブッシュ政権時代、国連大使だったジョン・ボルトンもビデオ演説を行った。

イスラム文化センター建設に反対しているフロリダの牧師テリー・ジョーンズが9月11日にコーランを焼くと宣言したため、騒ぎはさらに大きくなった。ジョーンズは1980年から2008年までドイツのケルンでもトルコ系住民が多い地区に在住し、福音派教会を率いていた。ドイツにはムスリムが増え、ハンブルグのモスクは9・11テロ実行犯がリクルートされるなど、イスラム原理主義者の温床となっていた時代である。ジョーンズの反イスラムの見解は過激化し、彼はケルンから追放されると、フロリダに移住したのだった。

ジョーンズの教会でコーランが焼かれたという誤報に応じて、カシミールでは暴動が起き、多数の死傷者が発生、キリスト教系の学校や政府ビルが放火された。このような回教徒の反応、そしてアフガニスタンやパキスタン、イラクに駐在している多数の米兵の安全を恐れたゲーツ国防長官は直々にジョーンズに電話して、懸念を表明した。大統領を始め、クリントン国務長官、ホルダー司法長官も牧師を強く批判した。結局、ジョーンズはムスリムが憤慨するような行動は控えたが、回教徒が存在する諸国に存在する米大使館は警戒態勢にあったという。この教会の前には100人あまりのジャーナリストたちが集まり、報道態勢を敷いた。実は信者が50人にも満たないこの教会、メディアが取り上げたために全世界から注目されてしまったのだ。同時にジョーンズのメッセージに共鳴する米国民が存在したことも否定できない。

カリフォルニア、テネシー、ウィスコンシンなどでも、モスク建設反対運動が起きている。その中心となっているのは保守キリスト教団体である。キリスト教原理主義者たちはイスラムを弾圧しようと、不寛容な態度を露わにすることで、信仰の自由という米国憲法上でも保証されている人間の尊厳を奪おうとしている。彼らは宗教弾圧にあって、新天地を求めてアメリカにやってきたピルグリム・ファーザーズ、英国清教徒団というアメリカ建国の歴史を忘れてしまったようだ。新たに移民してきたグループは常に差別の対象となってきたが、今やアメリカのイスラム人口は700万人とも言われている。彼らが住み心地のよい新天地としてアメリカに定着し、イスラム世界との橋渡しになり、そのhearts and minds(こころ)を勝ち取ることが、武力行使では勝ちえないイスラム原理主義者たちと戦うための一番の武器になるのではないだろうか。

ジハード・ウォッチやジョーンズに代表されるキリスト教原理主義者たちは、実はオバマが隠れ回教徒だと信じている。信じていないとしても、そういうデマ(噂)を広めることで、国民を扇動しているのだ。それは米史上初の「黒人大統領」に対する反感を煽るものでもある。ムスリムという誤解解消の目的もあってか、通常はキャンプデーヴィッドの教会で礼拝しているオバマが19日、珍しくホワイトハウス近くの教会での礼拝に参加した。しかし、最近の世論調査 * によると、オバマがムスリムだと信じる米国民の数は増えて18%、共和党保守は34%に至った。この誤解は決して解消されないだろう。

来年、同時多発テロ事件は10周忌を迎える。アメリカ国内の反イスラム感情は果たして沈静化しているのだろうか。



* :Growing Number of Americans Say Obama is a Muslim, August 19, 2010, the Pew Research Center for the People and the Press
http://people-press.org/report/645/

■池原麻里子(ワシントン在住ジャーナリスト)

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