タイプ
論考
プロジェクト
日付
2010/5/6

「変容過程にあるオバマ政権-その内政と外交」

論考「変容過程にあるオバマ政権-その内政と外交」


東京財団上席研究員
久保文明


はじめに
2010年3月、かねて懸案であった国民健康保険法案が成立し、オバマ政権は一息ついた。4月に入ってから戦略核兵器削減に関しての米ロ合意も成立した。これらはオバマ政権にとって、反転攻勢のきっかけになるのであろうか。

1. 内政
1) 健康保険改革の成立-民主党議員にとっての意味
採決直前の段階で反対の世論の方が強いこの法案を、民主党として通すのがよいのか、むしろ通さない方がよいのか、さまざまな見方が存在した。とくに中間選挙との関係で、そのプラス・マイナスが議論された。この問題は、民主党議員とオバマ大統領にとっての意味に分けて考える必要があろう。

民主党議員にとって、事情は複雑である。厳密にいえば、まさに個々の議員ごとに、異なった計算が成り立つ。一方で民主党が圧倒的に強い選挙区から選出されている議員にとっては、この歴史的な重みをもつ法案の成立は圧倒的にプラスである。他方、保守的で、共和党が強い選挙区から選出されている議員にとっては、反対票を投じた方が本年11月の中間選挙との関係では安全である、という場合も少なくない。

2008年選挙で当選した民主党下院議員のうちの49人は、自分の選挙区でマケイン票がオバマ票を上回っているところから選出されている(以下を参照、「第111議会第1会期での主要法案に対する下院議員投票行動分析」参照(http://www.tkfd.or.jp/research/project/news.php?id=524))。全国平均でオバマがマケインに対して7%差(53%対46%)で勝ったなかで、マケインがより多くの支持を得た選挙区というのは、本来的に相当保守的な地域である。通常であれば、共和党が議席を獲得していてもおかしくない選挙区といえよう。

民主党は、2006年と2008年の下院選挙で追い風に乗って大勝し、本来の地盤でないところでも、すなわち元来保守的で共和党の地盤ともいえるところ、あるいは両党がしのぎを削る選挙区において、議席を獲得した。民主党の下院議席数は、ある意味で実力以上に「水ぶくれ」している面がある。

オバマ政権にとって、これらの選挙区で共和党が議席を占めるのがよいのか、民主党が議席をもつのがよいのかは、必ずしも完全に白黒に割り切れる問題ではない。すなわち、民主党議員が当選していても、選挙区の保守的な性格を前提にすると、これらの民主党議員が政権の基本政策にすべて賛成票を投じてくれることは期待しにくいからである。ここが議院内閣制とアメリカの大統領制の大きな違いである。

ただ、現在のイデオロギー的に硬直化した両党の対立状況を前提にすると、共和党議員、とりわけこのような選挙区から選出された共和党議員が、民主党の案に賛成する可能性はほとんどないことは確かであり、同時に、民主党議員であれば、少なくともその一部は賛成する可能性が生まれてくる。見かけ以上にこの差は小さいが、僅差の採決では法案の成否を決しうる。

いずれにせよ、民主党議員にとって、2010年11月の中間選挙がきわめて厳しいものになることは確実である。反対票を投じた民主党議員にとっても、一方で民主党の忠実な支持者からの票は減るものの、共和党からの票が大きく増えることは期待しにくい。賛成票を投じた議員にとっては、民主党およびオバマ大統領の強い支持者からの強い支持は期待できるが、逆にティー・パーティ運動活動家を筆頭に、保守派から強い批判にさらされるであろう。

本年3月26日から28日に開催された「ブリュッセル・フォーラム」(http://www.gmfus.org/brusselsforum/2010/)のランチ・セッションの一つ、中間選挙をめぐる部会では、『ナショナル・ジャーナル』誌のブルース・ストークスが、上院・下院どちらか一院で逆転する可能性がもっとも高いと思われるものの、上下両院で民主党が少数党に転落する可能性も指摘していた。世論がある方向にはっきりと向かっているとき、すなわち日本流にいうと、風が吹いているときには、獲得議席数の予想値の大きな方に、さらには予想値をはるかに超えて、議席が動くことが多いとも指摘した。十分にありうることであろう。

2) 健康保険改革成立-オバマ大統領にとっての意味
他方で、今回の健康保険改革法案の可決は、オバマ大統領にとっては、きわめて重要な勝利であろう。不成立の場合、何も達成できない「ジミー・カーター状態」になることが頻繁に指摘されていた。1月のマサチューセッツ州上院議員補欠選挙で民主党が敗北して、上院でいわゆる安定多数を失い、ほぼ不成立が確実とみられる状況にあったことを思い起こすと、オバマ大統領は断固法案を成立させる姿勢を示し、信念と強さを示すこともできた。これはアメリカの大統領にとっては重要なイメージである。そして、シオドア・ローズヴェルト大統領が最初に提示してからほぼ100年間課題であった国民皆保険への目途をつけたことで、歴史的な偉業を成し遂げたと自己主張することもできることになった。

これらは今年の中間選挙にはほとんど効果をもたないかもしれないが、2012年の大統領選挙には大きな要素となるであろう。「多くの冷笑家はそんなことできるわけがないと断言した。しかし、アメリカ国民は協力し、奇跡(miracle)を成し遂げたのだ」。2008年に何回も聞いたこのような演説を、われわれはまた聞くことになろう。ちなみに、このような演説は、米ロ核削減合意についてもなされるであろう。

ただし、法案可決のコストが大きかったことも否定しがたい。「勉強家」のオバマ政権は、1993-94年に同じ改革で失敗したビル・クリントン政権の教訓を熱心に分析した。そして、ホワイトハウスで案を作成し、それを議会にもっていく方法では議会民主党すらまとまらない(実際、これが1994年に起きたことであった)と判断した。その結果、ホワイトハウスは法案の作成そのものを民主党議員にある意味で丸投げすることにした。

ここには、タイミングという要素も介在した。大統領就任当初の高い支持率、そしてアメリカ社会全体を覆っていた強い危機感。オバマ政権は、一つには、このような雰囲気を利用しようとした可能性が高い。金融危機に伴う危機感を前提にすれば、通常は通らない法案も通るかもしれないという期待も存在したかもしれない(事実、通常は成立しえない超大型の景気刺激策が09年2月に通過した)。

もう一つには、これと深く関係するが、クリントン政権のように、ホワイトハウス案を作成しようとすると、膨大な時間がかかってしまうことを恐れたと想像される。そして、大統領にもホワイトハウスにも、自らの案を迅速に作成する能力はないと、オバマ大統領自ら結論せざるをえなかった。

周知のように、結果的にはこれらの判断は、全面的ではないにしても、かなりの程度誤りであり、オバマ政権はこの法案のために、09年の夏にかけて一挙に支持率を落としていった。

NDNの会長サイモン・ローゼンバーグは、東京財団でのセミナーにおいて、クリントンとオバマの中間の道の存在を示唆した。すなわち、クリントンのようにホワイトハウスで閉鎖的に案を作るのではなく、政権がこだわるいくつかの原則を明示し、それに沿って議会民主党に法案の作成を促す手法である。金融改革ではこのような手法がとられており、そちらの方が優れた戦略であるとローゼンバーグは指摘した。

オバマの戦略は、民主党議員に丸投げにし、「民主党議員の間でまとまる案でまとめて下さい」という姿勢であったため、辛うじてではあったが、たしかに民主党議員の間ではまとまった。そして法案は可決された。ただ、この間の支持率低下というコストはきわめて大きかった。一つは、さまざまな案が民主党議員から提案されたため、とくに極端な案が共和党によって狙い撃ちにされ、「オバマ案」と規定されて批判された。第二に、世論は明確に経済・雇用での対応を求めているときに、政権は保険改革に邁進したというずれが存在した。

3) 政権の巻き返し
オバマ政権は健康保険改革で、09年1月より共和党との協力を一定程度模索したが、無駄であった。そして、民主党の票だけで成立させた。共和党側は、リンドン・ジョンソンでさえ、多くの共和党の賛成票を獲得しながら改革を進めたと批判した。ただ、1960年代のアメリカ政界は、共和党にも多数のリベラル派が存在しており、現在ときわめて異なる構造をもっていたことを思い起こす必要がある。

ここに来て、興味深い動きがある。オバマ大統領は09年4月、選挙戦中の公約を破棄し、沿岸海域での石油採掘を認める演説を行った。これは議会での審議が難航しているエネルギー・環境法案の審議促進を目的に行われた共和党議員に対する大胆な譲歩である。保守派からは大統領の案はまだ十分でないという批判もある。しかし、健康保険改革については、最後は民主党の票のみで法案を強引に通過させたが、このような力技が成功するのは今回が最後かもしれない、との読みがオバマ政権にあって不思議ではない。健康保険法案の通過をきっかけに、いまオバマ政権は大胆に舵を切りつつあるのかもしれない。

沿岸海域での石油採掘は、実は2008年大統領選挙ではオバマとマケイン両候補が正面から対立したかなり大きな争点であった。 "Drill, baby, drill" との大合唱が、共和党全国大会ほか大きな政治集会ではたびたび起こっていた。

今回のオバマ政権の方針転換は、一部の共和党議員にエネルギー・環境法案に賛成してもらうための大きな妥協の一部であると報道されている。保守派は嘲笑し、また、譲歩は不十分であるという。他方で、民主党系の環境保護団体は衝撃を受け、怒りを表明している。

この妥協が功を奏するかどうかは、きわめて疑わしい。現段階では、法案通過はやはり困難と予想されている。また、メキシコ湾ルイジアナ沖で4月に起きた原油流出事件が、沿岸海域での石油採掘に対して否定的な世論を作っている可能性もある。ただし、今回のオバマ政権による方針転換は、今後このような手法に依拠した政権運営が、少なくとも折に触れ行われていくのかもしれないことを示唆した点で重要である。

2. 外交
1) 前政権との断絶
内政においてこれまでの1年数か月でオバマ大統領が学んだことは、演説による説得、超党派主義の訴えだけでは、いかに雄弁であり、いかに支持率が高くても、政権運営はきわめて困難であるということかもしれない。共和党の反対姿勢はきわめて強固であり、大型景気刺激策の際にわずかに数名の上院議員が政権に協力したに過ぎなかった。

文脈はやや異なるが、外交においても、似たような経過を看てとることができる。当初打ち出された外交アプローチは、次のようなものであった。世界に対して「傲慢で」「単独行動主義的な」ブッシュ外交との違いと断絶を徹底的に強調し、対話と協力の姿勢を示す。アメリカが範を示すことによって、指導力を発揮する、あるいは、アメリカは命令するのではなく、まずは相手国の主張を十分聞く。このような姿勢を前面に出す。

本年のブリュッセル・フォーラムに提出されたあるペーパーは、この姿勢を「合理的」世界への信仰と称している。あるいは理性的な外交アプローチということもできよう(Constanze Stelzenm醇・ler, "End of a Honeymoon: Obama and Europe, One Year Later," http://www.gmfus.org/brusselsforum/2010/docs/BF2010-Paper-Stelzenmuller.pdf)。

発足時のオバマ政権にとって、これはきわめて重要な政治課題であった。その方針は、単純な政治的損得計算においても意味があった。世界に対して、そして共和党タカ派を除くアメリカ国民に対して、「これまでのアメリカとは違ったアメリカが存在する」ことを訴える意味は十分にあるとオバマ大統領は考えた。そして、あわよくば、「オバマのアメリカ」に対する好感情は、「ソフト・パワー」となって具体的な行動に転化するかもしれないとも期待した。

具体的には、イラン・北朝鮮にも直接交渉を提案し、カイロでイスラム世界に手を差し伸べ、中東では和平の仲介を早々と開始した。アジアでも日本・中国両方に対して、敬意と対話の姿勢を打ち出した。クリントン国務長官が明治神宮本殿に参拝し、オバマ大統領が天皇に深々と頭を下げたのもそのような姿勢の表れかもしれない。

このような外交イニシアティヴは、ナイーブという面が否定しえないものの、それだけにとどまらない面もある。すなわち、いきなり強硬策から始めるのと異なる側面は存在するし、ある程度異なる効果を期待することもできよう。第一には、国内での効果である。オバマ大統領の元来の基盤である民主党の左派は、柔軟な対話姿勢を試みたうえで、それで効果がなかったことを納得した上での方が、強硬な政策を支持しやすいであろう。

第二に、国外においても同様の効果がありうる。最初から制裁やその威嚇では、アメリカに反発する国や勢力が多数登場するであろう。ブッシュのアメリカと同じではないかとの批判も予想される。しかし、手順を踏んだ上での硬化であれば、その一定部分は納得するかもしれない。

このようなアプローチには、固有の困難と危険も存在する。うまくいかなかった場合、いつ政策転換に踏み切れるかという問題が登場するし、また転換が遅れれば遅れるほど、最初のアプローチが失敗であったとの批判に晒される可能性が高くなる。オバマ外交の場合はどうであろうか。

2) オバマ外交の転換
現在このようなアプローチは大きく転換しつつある。北朝鮮に対しては比較的すぐに、そしてイラン・中国に対しては2009年後半から、オバマ政権のアプローチは目に見えて硬化し始めた。

このような変化は、少なくとも一部は、ヒラリー・クリントンとバラク・オバマの違い、そして国務省とホワイトハウスの違いにも関係している。国務省の方が強硬な政策を支持する傾向をもち、ホワイトハウスの方が革新的で柔軟なアプローチを試そうとしてきた。民主党大統領候補指名争いにおいて、無条件でどの国の指導者とも会うと語ったのはオバマであり、そのナイーブさと危険を指摘したのが、クリントンであった。しかし、今やオバマがクリントンに歩み寄りつつある。

もっとも、当初からオバマ自身、たとえばイランとの交渉について、イスラエルに対して2009年末を期限とすることを示唆するなど、必ずしも柔軟なアプローチのみの使用を考えていたわけでもなかった。それにしても、どのような理由でオバマ大統領は外交の基調を変化させてきたのであろうか。

何より、当初のアプローチではほとんど効果がなかった。それは、もっとも信頼できる同盟国であるNATO諸国との関係でも明らかであった。09年の春、オバマ大統領はヨーロッパ諸国を歴訪し、大型の景気刺激策とアフガニスタンでのより多くの貢献を求めたが、成果は乏しかった(久保文明「オバマ外交3か月と日米関係・米欧関係」参照(http://www.tkfd.or.jp/topics/detail.php?id=136))。

オバマとそのアメリカに敬意を表しない国は同盟国にも登場しつつある、と2010年ブリュッセル・フォーラムに提出された前出のシュテルゼンミュラーのペーパーは指摘する。そして、そこではトルコと日本が触れられている。

いうまでもなく、柔軟なアプローチにまったく呼応しない国も存在した。北朝鮮はミサイル発射と核実験を強行した。イランでは大統領選挙後の混乱の中で野党陣営に対する抑圧が顕在化し、また核開発問題での前向きの言動も見られなかった。国内政治的理由が圧倒的といえるが、ともかくこれらの国々の行動がアメリカの望む方向に変化しなかったことは確かである。

とりわけ中国は困難な相手であった。オバマ政権のアブローチは、中国とはさまざまな対立点もあるが、協力の余地と必要もある、したがって、協力を優先して交渉しようというものであった。オバマ大統領は中国からさまざまな協力を得ようとした。協力を期待した分野としては大型の景気刺激策がその最大のものであるが、通貨、通商、北朝鮮、イラン、地球環境など、さまざまな方面に広がっていた。しかし、このような低姿勢外交の成果は乏しかった。中国は自国の必要上大型の景気刺激策こそ強力に実行したが、オバマ大統領訪中時に行われた市民との対話は編集された。2009年夏、オバマ大統領はダライ・ラマと面会しないと決定した。にもかかわらず、年末のコペンハーゲンでは、中国はアメリカに対して極めて冷淡な態度を示した。

この間に、オバマ政権は、少なくとも表面上、徐々に対中アプローチを変え始めた。09年中にも中国通商問題がアメリカにおいて表面化しつつあったが、年末に台湾に対する武器売却を決定した。年が明けてから、台湾に対する新規の武器売却を決定した後、グーグル撤退問題が湧き起こった。グーグルは中国政府による検閲にもはや協力しないと表明し、それが受け入れられない場合には中国市場から撤退することを明らかにした。他にも人権活動家のメールの盗み読みの試み、知的財産侵害の試みがあることが報告された。また、このような問題に直面しているアメリカ企業は少なくとも34社に及ぶことも明らかになった("Google China Cyberattack Part of Vast Espionage Campaign, Experts Say," http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2010/01/13/AR2010011300359.html)。

これは、人権問題であり、知的財産侵害問題であり、また場合によるとサイバー・セキュリティという点で安全保障問題でもあった。すなわち、アメリカの利益を様々な形で直接侵害する側面をもつ。クリス・ネルソンは2月に行ったワシントンでの電話インタヴューにおいて、中国はこれによって、アメリカ経済界という親中派の最大の支持基盤を失ったことになるかもしれない、とすら述べた。やや誇張かもしれないが、中国ビジネスのリスクの大きさを改めて認識した企業は少なくなかったであろう。

オバマ政権にも、この問題を重視する土壌は存在した。クリントン国務長官のもとで、国務省はインターネットを組み込んだ広報外交を推進しようとしていた。それによって、さまざまな国民と直接接触することが可能となる。東京財団が09年12月に招聘したNDNのサイモン・ローゼンバーグ会長は、イランでの反体制運動がインターネットを通じて何が起きているかを海外に伝えることができたことに触れながら、アメリカの人権外交にとって、今後インターネットがいかに重要であるかを力説した。

クリントン国務長官は、アレックス・ロスという人物を革新的外交推進担当上級顧問(Senior Adviser on Innovation)に任命している。ロスはとくにインターネットの活用を重視している。

クリントン国務長官が2010年1月21日に行ったインターネットの自由に関する演説もこの文脈で重要である。中国などいくつかの国を名指しし、また「鉄のカーテン」、「ベルリンの壁」といった言葉を使用しながら、中国におけるインターネットの検閲を批判した。オバマ政権の国務省にとって、グーグルはかなり深刻で重大な問題と認識されている。

ちなみに、ロスとNDN会長のローゼンバーグは以前からの協力者である。最近もNDNはロスを招聘して講演会を実施している(ちなみに、藤崎一郎駐米大使も4月7日にここで講演している)。民主党の中核部分のネットワークが、このようなところから一部見えてくる(http://ndn.org/blog/2010/03/freedom-21st-century-alec-ross-speak-internet-freedom)。

さらにオバマ政権の対中政策は、人民元切り上げ問題で2010年に入ってから一挙に緊迫した。金融危機以降人民元が再びドルに連動される形で固定化されるようになったこと、そしてそれ以上に、支持率低下で悩むオバマ政権が、健康保険改革最優先から雇用創出に内政の優先政策を転換したことによる。アメリカ国内では行政部も議会も、人民元切り上げ要求一色に染まった観すらあった。

中国との関係は、4月の核セキュリティ・サミット前後に、小康状態に入った。オバマ政権は中国を為替操作国と認定するかどうかの判断を先延ばしし、中国の国家主席はサミットへの出席に同意した。また、中国はイランに対する制裁問題について、これまでよりアメリカに歩み寄った。

ただし、アメリカが中国を為替操作国と認定しないことが確定したわけではなく、またイラン問題での中国による「協力」の内容も、実際にはそれほど中身の伴ったものではないであろう。すなわち、一時的な「関係改善」に過ぎない可能性が大きい。

むろん、オバマ政権による対中外交の「硬化」は、必ずしもそれまでの手法で成果が乏しかったからという理由による「硬化」だけではないであろう。台湾に対する武器売却は既定の方針であった可能性が高い(このあたりは、本年4月に来日したブルッキングス研究所のリチャード・ブッシュから示唆を得た)。しかし、09年には会わず、10年には会うというワシントンを訪れたダライ・ラマへの対応の変化は、やはりそれなりの「変化」といわざるをえない。

オバマ大統領にとって、もっとも深刻な問題となっているのが、イランである。これまでのところ、アメリカからの柔軟な呼びかけにも強硬な発言に対しても、前向きな対応は見られていない。現在アメリカは、財務省による制裁を課し、さらに国連安保理を通してさらなる制裁を課そうとしている。そのために中国およびロシアの協力を仰ごうとしているが、オバマ政権が望むような実効のある制裁が実現するかどうかは定かでない。

また、いうまでもなく、オバマ政権はアフガニスタンに対してすでに二度の増派を実行し、断固戦う姿勢を示している。ノーベル平和賞授賞式での演説においても、オバマ大統領は戦う必要性を強く訴えた。こちらも、再選を左右しうる重い課題である。

3) 外交での成果
ところで、外交分野におけるオバマ政権の成果は何であろうか。相手のある外交のこと、かなりの程度運にも左右される。オバマ政権の場合、就任一年と数カ月の時点で大きな成果というるのは、何よりもロシアとの戦略核兵器削減の合意であろう。

アメリカの政権が交代した2009年1月の段階で、ロシアに対しては相当異なるアプローチがありえた。ロシアを、アメリカとはミサイル防衛の配備をめぐって正面から対立し、民主化からますます遠ざかり、グルジアに侵攻するなど、かつての勢力範囲を取り戻そうとしている国家であり、新たな封じ込め政策の対象となる国家として定義することも可能であった。マケインのアドバイザーの中で、少なくともネオコン系統の人々はこのように考えていたと思われる。

それに対して、財政的に負担となっている核弾頭を削減するという共通の利益を抱え、またイラン核開発問題で協力を引き出す必要のある潜在的な協力相手と規定することも可能であろう。オバマ政権の選択は後者であり、関係の「リセット」のスローガンとともに戦略核兵器削減の交渉を開始し、予想以上に難航したものの、最終的に合意にこぎつけた。

むろん、この条約が上院で批准されるかどうかは、まったく不透明である。また、核削減そのものについても、条約文から得られる印象ほど大きな削減ではないという批判も存在する。そして、ミサイル防衛配備の今後について、アメリカとロシアは基本的には、そして実質的には、合意していない。

にもかかわらず、ロシアとの新戦略核兵器削減条約はもし批准されれば、健康保険改革同様、オバマ大統領にとって、貴重な業績となるであろう。実際のところ、外交分野では、これまでのところ、唯一語るべき成果ということになる。そして、合意が成立したことにより、米ロ関係そのものも、それがないよりは安定したものになることが予想される。

ただし、これらの「業績」が、本年11月の中間選挙で民主党議員を助ける上で大きな役割を果たすことは、ほとんどないであろう。しかしながら、少なくとも2009年2月に成立した大型景気刺激策、国民健康保険改革、そして米ロ核軍縮の3つは、2012年の大統領選挙でオバマ大統領が自らの実績として誇る成果となろう。オバマ大統領は物事を成し遂げることのできる大統領(can-do-President, あるいは get-things-done President)として自らを売り込むことが可能になる。

また、オバマ大統領については、この二つを実現する過程で、一定の「強さ」を示したとの論評も存在する。本年1月のマサチューセッツ州上院補欠選挙で民主党候補が敗北した際には、多くの評論家が健康保険改革法案の不成立を予言した。共和党への働きかけも不調であった。しかし、オバマ大統領は粘り強く、と同時に強引に、民主党議員への説得工作を継続し、僅差ながら可決を勝ち取った。ロシアとの交渉でも、予想以上に難航と論評されながらも、最後までミサイル防衛配備では大きく譲らず、合意に漕ぎつけた。

これまでの、演説はうまいが、低姿勢に終始し、最後は必ず足して二で割るような妥協に応ずるといったオバマ大統領の「弱い」イメージをある程度変えることに成功した。

4) オバマ外交の性格規定
オバマ外交を一言で表現することは容易でない。とりわけ、現在変化の途上にあるがゆえに、それは一層困難である。

オバマ大統領は当初からイラク戦争反対を柱にしていたし、民主党内の左派あるいは反戦派を基盤にしていた。その意味で、反戦派的な要素が当初は目立った。選挙戦中になされた、イランや北朝鮮首脳とも条件なしで会うという発言も、その一部であろう。

ただし、同時に、アフガニスタンではテロリストと断固戦い続けると言明してきた。その意味では、単なるハト派とは言えない面を当初からオバマはもっていた。ヒラリー・クリントンに勝つために、そして共和党候補に勝つために、本心とは別にこのような態度をとらざるを得なかったと解説する者もいるが、ノーベル平和賞受賞演説なども考慮に入れると、「正しい戦い」があるというのはオバマの信念の一部であると考えられる。

ここに来て顕著になってきたのが、リアリスト的側面、あるいはプラグマティックな傾向である。実は、政権発足当初から、オバマにはそのような傾向が見受けられた。早くからオバマはコーリン・パウエル、ブレント・スコウクロフトらと連絡をとっていた。パウエルは選挙戦終盤になってオバマを公式に支持したことでも知られている。また、国防長官にやはりプラグマティストとして知られるボブ・ゲーツを留任させ、国家安全保障担当大統領補佐官にはジム・ジョーンズを抜擢した。

2010年4月15日付『ニューヨーク・タイムズ』は、オバマ政権においては、カーターやクリントンら民主党の元大統領が実践した人権に焦点をあてた外交が、リアル・ポリティークに取って代わられた、と論評した(Peter Baker, "Obama Showing His Pragmatic Side," April 15, 2010, The International Herald Tribune; Baker, "Obama Puts His Own Mark on Foreign Policy," April 25, 2010, The New York Times.)。

これらの記事において、世界47カ国を集めてこの4月に開催した核セキュリティ・サミットは、単に自分がジョージ・W・ブッシュでないことを示すだけでなく、積極的なリーダーシップを発揮したものであったという理由で、オバマ大統領の外交が評価されている。オバマ大統領の「内政での遺産は健康保険であろうが、外交でのそれはおそらく核不拡散であろう」との元外交官の発言が引用されている。

オバマが、説得の力の限界を学んだことは確実であろう。オバマ自身、イスラエルとパレスティナを合意させることがいかに困難なことであるかについて過小評価していたこと、イランに対する関与政策がまったく協力を引き出せないでいるのはブッシュ政権と同じであることを認めた。

前出の記事によると、前任者たちとの違いは、伝統的な大国間の関係を重視し、人権や民主主義などの争点を最優先にしないことにある。首席補佐官のラーム・エマニュエルは、オバマはたぶん第41代大統領のジョージ・H・W・ブッシュのようなリアリストであろうと語っている。

ある前ブッシュ政権関係者は、民主党のリベラル派出身の大統領としては、オバマがここまで大国重視戦略を追求してきたことは注目に値すると述べている。「それはほとんどキッシンジャー的です。情緒的なところはありません。人権は彼の外交において大きな位置を占めていません。そして民主主義推進については、ほとんど無関心といってもよいでしょう。」

このように、オバマ外交について現時点では、リアリスト的側面が強調される傾向にある。むろん、オバマ大統領も本年はダライ・ラマに会い、またクリントン国務長官はインターネット上の自由について激しい演説をした。リアリスト的でない面も多分に持ち合わせている。アフガニスタンでの戦争については、狭い国益を越えた意味を付しているようにも見える。

ただし、当面の優先的な外交争点はイランであると思われる。ここで中国・ロシアの協力を引き出すことができるかどうかが、いわゆるリアリスト的オバマ外交の試金石となろう。しかし、たとえ中国とロシアの一定の協力が得られたとしても、イランの核開発を阻止することは容易でなかろう。その場合には、通常リアリストという言葉で含意されている以上に強硬な選択肢を採用するか、それとも核兵器をもつイランに対する封じ込め(しかし同時に共存)に甘んじるかという、より困難で根本的な選択を迫られる可能性もありうるであろう。

内政・外交とも、オバマ大統領が、政権発足時に予想した以上に困難な課題に直面していることは確実である。