タイプ
論考
プロジェクト
日付
2011/6/10

ティー・パーティ運動と「憲法保守」-経済保守と社会保守の連結の試み- 梅川 健

はじめに
ティー・パーティ運動は2009年3月に、突如としてアメリカ政治の舞台に登場した。当初は、一過性の集まりにすぎないと思われていたが、2010年の4月にはアメリカ人の5人に1人が、ティー・パーティ運動に親近感を抱くと答えるまでになった*1 。2010年の中間選挙では、ティー・パーティ運動に支えられた共和党の新人候補がメディアの注目を集め、2011年に始まった第112議会においては、両院に、ティー・パーティ・コーカスという議員集団が作られた。わずか2年前に始まった運動が、議会において、その名を冠する議員集団を得たのである。

ティー・パーティ運動は、運動の特徴や目的について議論が積み重ねられてきた。運動としての特徴は、中心的な組織やリーダーを持たず、ツイッターやフェイスブックなどの新しいツールによって結びついた活動家と、ローカルな団体によって構成されるゆるやかなネットワークだと指摘されてきた。運動の目的としては、反健康保険法、反経済刺激法、反ベイル・アウト法、反連邦政府、そして、反オバマといった、様々な「アンチ」と名のつく目標が掲げられていることが知られている。
ティー・パーティ運動の集会の参加者の多くは、ポケットサイズの憲法を持ち運び、ティー・パーティ運動の団体のウェブサイトには、「アメリカを憲法の原則に立ち戻らせること」が、団体の使命としてよく掲げられている。さらに、ティー・パーティ系の候補者たちは自らを「憲法保守(Constitutional Conservatism)」だと名乗っていた。これらのティー・パーティ運動と憲法との関わりは、いたるところで確認される組み合わせであるが、従来の議論では、単なるパフォーマンスだと理解されることが多かった。

しかしながら、ティー・パーティ運動と憲法との結びつきは、改めて取り上げられるべきテーマである。2011年1月、連邦議会下院は議長による憲法の朗読という異例な形式で開会し、下院では、「すべての法案は、根拠となる憲法の条文を引用しなければならない」という議事規則が設けられた。このルールは、自らを「憲法保守」と呼ぶ候補者たちが、選挙中に主張していたものである。
本稿では、ティー・パーティ運動を理解するための不可欠の側面として、運動と憲法との関係性を取り上げ、「憲法保守」という新しい概念が、ティー・パーティの多様な側面を結び会わせる役割を果たしていたことを明らかにしたい。以降では、まず、ティー・パーティ運動が、経済争点を重視する人々と、社会争点を重視する人々との混成の運動であることを指摘した後に、その両者を結びつけるために、憲法保守という概念が、共和党のエスタブリッシュメントによって作られていった過程を明らかにする。次に、憲法保守を自称したティー・パーティ系の候補者たちの主張をまとめ、具体的にどのような政策と結びついていたのかを論じる。最後に、憲法保守が、従来の保守派の憲法論とどのように異なっていたのかを、アイディアの源流に遡って明らかにしたい。

1 ティー・パーティ運動の二つの顔
1-1 参加者と支持者の特徴
本節では、2009年に誕生したばかりのティー・パーティ運動が、具体的にはどのような運動であるのかを、運動の支持者と、運動の先頭に立つ団体の特徴から明らかにしたい。2010年4月に行われたNew York Times/CBS Newsによる世論調査によると、ティー・パーティを支持すると答えた人の内、78%が経済争点を最重要だと答えている。他方で、社会争点が最重要だと答えた人は、ティー・パーティ運動支持者の内、14%に過ぎなかった。このような世論調査からは、ティー・パーティ運動を支持する人々は、アメリカが直面している最大の問題が経済争点であるという認識を共有している経済保守派の人々の集まりのようにも見える*2

ところが、質問の方法を変えると、ティー・パーティ運動の支持者の半数ほどは、社会保守派と呼べるような人々であるという事実が浮かび上がってくる。先の世論調査では、同性婚についての意見も聞いており、ティー・パーティ運動支持者の40%が、同性婚を「法的に認められるべきではない」と答え、41%が「婚姻と同一ではないものの、一定の法的権利と義務を認められるべき」、16%が「法的な婚姻と認められるべき」だと答えている。また、人工妊娠中絶に関しては、32%が「許されるべきではない」、45%が「法的に許されるべきだが制限がかけられるべき」、20%が「許されるべき」と答えている*3

ティー・パーティ運動の集会に実際に参加している人々に対する調査からも、社会保守の側面を見つけることができる。2010年4月15日にワシントンでの大規模な集会に参加した人の内、45.7%が「政府は伝統的な家族の価値を推進するべき」と答え、51.0%は「政府は特定の価値を推進するべきではない」と答えている*4 。これらの世論調査からは、ティー・パーティ運動を支持する人々は、社会争点については意見がほぼ二分しているということが見て取れる。次節では、ティー・パーティ運動の主要な団体の間にも、支持者と同様に、二つの傾向があることを指摘したい。

1-2 ティー・パーティ系の団体の分類
ティー・パーティ運動は、様々な団体や活動家から構成される緩やかなネットワークであり、頂上団体はないものの、ネットワークの中心に位置する団体は存在している。本節では、経済保守系の団体としてフリーダム・ワークスを、社会保守系の団体として9/12プロジェクトを取り上げる。ティー・パーティ系の団体のほとんどは、既に盛り上がった運動に加わっていったといえるが、この二つの団体は、むしろ、運動を勃興させる役割を果たした団体であり、どのような人々を惹きつけようとしていたかという意図をはっきりと観察することができる。

フリーダム・ワークスは、「減税、小さな政府、大きな自由」の実現を理念として掲げ、1984年に設立され、ティー・パーティ運動が盛り上がるずっと前から、リバタリアンの政策の実現を訴えてきた。現在のフリーダム・ワークスは、前下院議長である共和党のディック・アーミーに率いられている。

フリーダム・ワークスのブランドン・スタインハウザーは、80年代に設立されたフリーダム・ワークスと、2009年に勃興したティー・パーティ運動とを結びつけた人物である。彼は、ティー・パーティ運動の活動家になろうとしている人々に対して、社会争点を避け、経済争点に集中するようにアドバイスをしてきた。スタインハウザーは、「社会争点は、ティー・パーティ運動を分裂させるだろう」と考えていた*5

フリーダム・ワークスが社会的争点を避けようとする団体だとすれば、その対極に位置する団体が、9/12プロジェクトである。9/12プロジェクトは、「2001年9月11日のテロの翌日に、アメリカにあったような一体感のあるコミュニティを再び実現すること」を目標として掲げ、グレン・ベックによって2009年に設立された。

9/12プロジェクトのウェブサイトによれば、「2001年9月12日のようなコミュニティ」を実現するためには、9つの原則と12の価値が不可欠であるという。それらの原則と価値では、「神は人生の中心である」、「家族は神聖なものである」という社会保守派の立場が表明されるとともに、「人は、生命、自由、幸福追求の権利を持つが、平等な結果は保障されていはいない」、「勤勉に働いて得たものは、自分が誰と共有するかを決める」と、政府による再配分に反対する立場が表明されている *6

本節では、ティー・パーティ運動支持者への世論調査と、運動を牽引した二つの団体には、経済保守と社会保守という二つの側面があることを示した。従来、この二つの保守派は、原理的に相容れないことが指摘されてきた。すなわち、経済保守が政府の介入を嫌うのに対して、社会保守は、モラルや価値に対して政府が介入するべきだと考えるためである。ティー・パーティ運動は、なぜこの二つの側面を抱えることができたのであろうか。次節では、憲法保守という概念が、両者を繋ぎ合わせる性質を持っていたことを、その成り立ちに注目しながら論じたい。

2 憲法保守とは何か
ティー・パーティ運動の参加者は、ポケットサイズの憲法を身につけて集会に参加し、「憲法保守」と呼ばれる候補者を支持した。そのような運動支持者の行動はよくメディアで伝えられてきたが、ジャーナリストや法学者たちは、ティー・パーティ運動が憲法をどのように理解しているのかを表現することに手間取ってきた。例えば、法学者のジャレド・ゴールドスタインによれば、「ティー・パーティ運動の憲法の理解が難しいのは、ティー・パーティ運動の支持者が、法律家のようには議論せず、憲法について非常に曖昧に語るため」である *7

また、ナショナル・パブリック・ラジオのマーラ・リアソンは「ティー・パーティ運動の参加者たちは、彼らの憲法上の権利がどれほど否定されているのかについて、はっきりとは理解していないものの、連邦政府が憲法の意図していた範囲を超えているということを固く信じている」と、困惑気味に述べている *8

ティー・パーティ運動が、なぜ憲法を重視しているのかを理解するための手がかりは、彼らが用いる憲法保守という言葉そのものである。本節では、憲法保守という言葉が、共和党エスタブリッシュメントによって作られていく過程と、その意味内容を明らかにしたい。

2-1 フランク・メイヤーの再発見
2009年1月27日に、フーヴァー研究所のピーター・バーコウィッツは「憲法保守」というタイトルのポリシー・ペーパーを発表した。このペーパーは、2008年の大統領選挙に敗れた共和党が今後とるべき戦略は、共和党のベースの社会保守と、オバマ政権にうんざりしている経済保守とを結びつけることだと提言している*9

バーコウィッツは、社会保守と経済保守とは、必ずしも衝突するものではなく、原理的に架橋することが可能だと主張している。彼は、1957年から1972年にナショナル・レビューで編集者を勤めたフランク・メイヤーが、既に解決策を提示していると言う。

バーコウィッツは、メイヤーを引用し、社会保守と経済保守は、お互いがなくては成り立たないという関係にあると主張する。家族やコミュニティが自律的な個人を形成するという社会保守の考え方は、市場における自律した個人という、経済保守がよって立つ前提を準備する。同様に、小さな政府や個人の自由の重視という経済保守の考え方は、社会保守に対して、家族やコミュニティが道徳を教えることができるのは、政府が制限されている場合に限るのだということを思い起こさせる。

このようなメイヤーの考え方は60年代には、融合主義と呼ばれていた。バーコウィッツは、「メイヤーの主張にふさわしいのは、憲法保守という名前である」と論じている。その理由は、経済保守と社会保守の調和は、憲法の定める小さな政府に立ち戻ることで実現できるからだという。

バーコウィッツは70年代のナショナル・レビューの中から、アメリカの保守主義の考え方の一つである融合主義を取りだし、憲法保守という新しい名前を与えたのであった。この憲法保守という言葉は、その後、共和党エスタブリッシュメントによるティー・パーティ運動の取り込みの試みである「マウント・ヴァーノン宣言」の中で、ほとんど同じ意味で用いられることになった。

2-2 マウント・ヴァーノン宣言
ヴァージニア州アレクサンドリアには、かつてジョージ・ワシントンが所有していた邸宅が今でも残っており、現在は図書館と博物館として公開されている。2010年2月17日、この建物において、「マウント・ヴァーノン宣言」という文書が採択された。この宣言は、ティー・パーティ運動が、穏健な共和党の現職に挑戦することによって共和党を割ろうとしているのを防ごうという試みであった。

採択のセレモニーは、レーガン政権において司法長官を務めたエドウィン・ミースが取り仕切り、80もの保守系団体の指導者が招かれた。主要な署名者は、ヘリテッジ財団理事長のエドウィン・フュールナー、家族評議会の会長のトニー・パーキンス、メディア調査センター所長のブレント・ボゼル、アメリカ保守連合の理事長デイヴィッド・キーン、保守系法曹団体であるフェデラリスト・ソサエティの設立者の一人であるデイヴィッド・マッキントッシュ、全米税制改革協議会のグローヴァー・ノーキスト、ナショナル・レビューのキャスリン・ロペス、保守系活動家の重鎮リチャード・ヴィゲリ、リーダーシップ・インスティテュートの会長を務めるモートン・ブラックウェルといった面々であり、80年代からの保守運動の活動家たちで占められていた*10

マウント・ヴァーノン宣言の骨子は、保守主義を、アメリカ建国期の理念に結びつけることであった。

「現在の連邦政府は、憲法の制限を無視している。アメリカは、古きものを脱ぎ捨て、新しく変わらなくてはならないと主張する者がいる。しかし、どこへ行こうと言うのか。『チェンジ』という考え方は、中身のない約束、危険なまやかしである。我々にとって必要な変化とは、アメリカの建国の理念に立ち戻ることである。我々は、独立宣言と合衆国憲法に示されている自由の原則に基づく、『憲法保守』の立場をここに宣言する。」*11

続いて、マウント・ヴァーノン宣言は、「経済保守主義者は、モラルが小さな政府にとって不可欠であることを思い起こしてもらいたい。社会保守主義者には、大きな政府が個人のモラルにとっての脅威であること思い起こしてもらいたい」と主張し、バーコウィッツの定義した憲法保守と同様に、経済保守と社会保守の架橋を試みている。マウント・ヴァーノン宣言によれば、憲法保守の原則は次の五つである。
1. 憲法保守は、法の支配に基づいた小さな政府という原則を、すべての法案に適用する。
2. 憲法保守は、個人の自由がアメリカの政治と社会の中心であると考える。
3. 憲法保守は、市場原理に基づいた改革を支持する。
4. 憲法保守は、世界において自由を広めることが、アメリカの国益であると考える。
5. 憲法保守は、家族と、近隣コミュニティと、信仰の守り手である。

マウント・ヴァーノン宣言は上記のような原則は立てたが、具体的な政策は打ち出さなかった。マウント・ヴァーノン宣言は、意図的に、あらゆる保守主義者が合意できるような文書として準備されたのである。この文書の起草は、ミースが率いる保守活動プロジェクトが中心となり、アメリカン・スペクテイター誌のアルフレッド・レグネリーや、フュールナーやノーキストが協力していた*12 。レグネリーは起草にあたり、「我々は特定の争点について議論はしなかった。これは、憲法保守に基づいた、哲学的な基礎であり、あらゆる保守主義者が『これこそ望んでいたものだ』と言えるようなものとして書かれた」と語っている*13 。ノーキストは、「右派という立場において、我々はみな同じことを望んでおり、そのことだけが宣言に書かれた」と述べている*14

マウント・ヴァーノン宣言の評価は高いものではなかった。ティー・パーティ運動の活動家は、マウント・ヴァーノン宣言を共和党エスタブリッシュメントの手によるものだと敬遠し、2月19日に暫定版が公開された「アメリカからの契約」を、運動の題目として採用した。マウント・ヴァーノン宣言は、その後の中間選挙の期間中、ほとんど省みられることのない文書となった。ただし、マウント・ヴァーノン宣言が提示した憲法保守という言葉は、ティー・パーティ系の候補者によって、経済保守と社会保守の両者を包含するために用いられ、生き残ることになった。

2-3ティー・パーティ系候補と「憲法保守」
2010年の中間選挙キャンペーンにおいて、ティー・パーティ運動から支持を調達しようとする候補者にとっての課題は、いかに、経済保守と社会保守の両者を惹きつけるか、ということであった。具体的な争点ではなく、「建国期のアメリカの理念」という曖昧な題目であれば、保守主義を繋ぎ合わせることができると提言したマウント・ヴァーノン宣言は、経済保守と社会保守の有権者の支持を必要としていた候補者にとっても有用だったのである。

クリスティン・オドネルは、デラウェア州の上院選挙において、共和党の予備選挙に勝利を収めた候補である。彼女は、2010年9月のワシントンにおける集会において、憲法とは単なる法的文書ではなく、「神聖な原則」を定めた文書だと述べた。オドネルによれば、「ティー・パーティは、イスラエルの選ばれた民のように、アメリカ版の『旧約聖書』を再発見した」のであり、「共和党は、憲法に定められているアメリカの価値を固守しなければならない」という。憲法を「神聖な価値を定める文書」だとして理解する立場は、オドネルを含め、ティー・パーティ系の候補を「憲法保守」と呼んでいたサラ・ペイリンや、グレン・ベックにも共通している*15

ティー・パーティ系の候補としてケンタッキー州の上院選挙に勝利したランド・ポールは、リバタリアンとして知られるロン・ポールの息子である。ランド・ポールは選挙中、自らをリバタリアンというよりもむしろ憲法保守だと主張した。彼にとって憲法保守とは、「小さな政府と、個人の自由を重視する保守」という意味であり、「あらゆる保守派は、憲法保守の原則のもとに集まることができる」と述べている。ランド・ポールは、「連邦政府は、州政府が行えることを行ってはならない。州政府は、ローカルな自治体が行えることを行ってはならない。ローカルな自治体は、家族や信仰に基づいたコミュニティが互助によって可能なことを行ってはならない」と述べ、リバタリアンにとって重要な小さな政府と自由な市場という理念と、社会保守にとって重要な家族とコミュニティという価値を結びつけている。ランド・ポールは、憲法保守という考え方によって、「保守とリバタリアンとを結びつける」ことが可能であると考えており、「それこそ、私の選挙戦の中心である」と述べている*16

2-4 マイク・リーの憲法観
本節では、ティー・パーティ系候補として、ユタ州の上院選挙を勝ち抜いたマイク・リーを取り上げ、憲法保守の原則から派生する具体的な政策を明らかにしたい。リーは選挙中、自らのウェブサイトにおいて、「憲法保守」であると明示していた *17。リーは2010年の中間選挙において、ユタ州の上院議員の座を、4期目をねらう共和党現職のボブ・ベネットから奪い取った。ベネットは、健康保険法案に賛成しており、ティー・パーティ運動は彼を「名前だけの共和党議員」と批判していた。

リーの選挙戦を支えていたのは、共和党上院議員のジム・デミントであった。デミントは、彼のリーダーシップ・パックである上院保守ファンド(Senate Conservative Fund)から、リーに対して20万ドルを提供するだけでなく、戸別訪問や電話による集票活動のためのボランティアをユタ州へと送り込んだ。さらにデミントは、リーをフリーダム・ワークスに紹介し、リーは候補者としての訓練を受けたのであった*18

マイク・リーは、レーガン政権期に訟務長官を務めたレックス・リーの息子である。リーは、ユタ州のブリンガム・ヤング大学のロースクール在学中、フェデラリスト・ソサエティの支部長を務めていた。リーは、ロースクール卒業後、連邦控訴審裁判官であったサミュエル・アリートのロークラークを務め、ユタ州知事のジョン・ハンツマンの法律顧問を勤めた。その後、最高裁判所裁判官となったアリートのロークラークを経験した*19 。リーは、共和党保守派を支える法律家の流れに身を置いてきたと言える。この点が、他のティー・パーティ系の候補の最も大きな差異である。リーの議論を追うことによって、「憲法保守」の中身を詰めていきたい。

リーは、極端な政策を憲法の議論によって正当化していた。例えば、リーは、教育省と都市開発省の解体を主張している。これは、合衆国憲法は教育や都市開発といった業務を連邦政府に認めていないと、リーが考えるためである。その他にもリーは、合衆国憲法は連邦政府に対して、市民にどのような保険を買うべきかを命令するための権限を与えていないとして、健康保険法の違憲性を主張している。
リーは、ユタ州内の自然保護区について、「連邦政府による違法な占有を終わらせる」とも言っている。これは、州議会が認めない限り、連邦議会は自然保護区を設定できないという主張である。この主張の背後には、州が本来持つはずの権限を、連邦政府が簒奪しているという州権論が存在している*20

リーは、憲法修正条項に対して特に批判的な姿勢を示し、アメリカで生まれた子供を自動的にアメリカ市民として認める憲法修正第14条の廃止を訴えている。連邦所得税を定める修正第16条については、その撤廃と社会保障の縮小を主張している。リーによれば、「憲法は議会に、我々の富の再配分を許していない」ためである。リーは他にも、上院議員を州議会議員による選出ではなく、一般有権者による投票に修正した修正第17条を、「間違い」だと論じている。その理由は、「憲法制定者たちの意図しなかったこと」であるためである*21

リーの批判は、憲法修正条項の解釈に向けられていたのではなく、修正条項そのものに向けられていたということに注意しなければならない。このような発想は、リーが身を置いてきた80年代から90年代の共和党の保守派の憲法論には存在しなかった。なぜならば、保守派の憲法論では、修正条項までを含めた合衆国憲法の文言を、起草者や批准者が当時理解していたように解釈するべきだと主張してきたのであり、修正条項に関する批判を行うときも、「解釈」が間違っていると論じてきた。リーのように、修正条項そのものを「間違い」だとは言わなかったのである。次節では、憲法保守の憲法論が、従来の保守派の議論と異なっている理由を、アイディアの源流から探りたい。

3 憲法保守の憲法観
3-1 『5000年の跳躍』
ニュー・ヨーク・タイムズのジェフリー・ローゼンによれば、リーが選挙戦においてとった立場は、ティー・パーティ運動における憲法論の「教祖」とされるクレオン・スコウセンが1981年に出版した『5000年の跳躍』を下敷きにしている。スコウセンは反共団体のジョン・バーチ・ソサエティの支持者であり、ウィリアム・バックリーに陰謀論者であると批判され、アメリカの保守主義の文脈では無視されてきた*22

スコウセンはリーと同じくモルモン教徒であり、スコウセン家とリー家の間には、家族ぐるみのつきあいがあった。リーの選挙戦には、スコウセンの息子のポール・スコウセンが協力しており、ポールは、「マイクは私の父親と、生前に何度も何度も会っており、父親の本を読み込んでいた」と語っている。また、ポールは彼の父親とリーとの憲法観は一致しているとも述べている*23

『5000年の跳躍』の中で、スコウセンは、アメリカ合衆国の建国の父祖たちは「28の神聖な原則」を打ち立てたと主張し、具体的な政策も提言している。リーの主張する憲法に結びついた政策の原形を、この本に発見できる*24

スコウセンは、「限定された権力だけが連邦政府に譲渡されたのであり、残りのすべての権力は市民に残されている」という第19原則から、連邦政府による規制のための行政機構は、環境保護庁や連邦通信委員会といったものも含めて、違憲であると結論している。なぜなら、それらの委員会は、「州と連邦の業務の境を曖昧にするため」である。同じ理由で、スコウセンは、憲法は連邦政府が州の土地を自然保護のために国立公園や国有林にするような権力を与えていないと論じている*25

憲法修正第16条と第17条については、スコウセンはリーと同じく、撤廃を主張している。スコウセンによれば、これらは州権の侵害である。スコウセンはさらに、社会保障や福祉といった富を再配分する政策は、違憲であると述べる。なぜなら、建国の父祖たちは、政府に「平等な権利を保護することを認めたが、平等な状態をつくりだすこと」を認めたわけではなかったとスコウセンは主張する*26 。このロジックは、リーによる社会保障への反対のロジックと同じである。

3-2 全米憲法研究センター
スコウセンの憲法観とそこから導かれる様々なアジェンダは、マイク・リーにのみ受け継がれていたわけではなかった。グレン・ベックは、2009年にスコウセンの『5000年の跳躍』を「再発見」し、28の原則を元に、9/12プロジェクトの9つの原則と12の価値を作り上げたのである。さらにベックは、9/12プロジェクトの必読文献として、『5000年の跳躍』を挙げ、2009年版には序文も書いている。『5000年の跳躍』は出版から30年を経て、初めてベスト・セラーになった*27

全米憲法研究センター(National Center for Constitutional Studies)は、1971年にクレオン・スコウセンによって設立された団体である。現在の会長であるジャレド・タイラーは、31年間にわたり、『5000年の跳躍』を底本とした、「アメリカの建国」という8時間にも及ぶ長大なセミナーの講師をこなしてきた。2008年に、タイラーが講演に招かれたのはわずかに35回であった。ところが、2009年には87の講演に招かれ、2010年にはその数は200以上に急増した。タイラーのセミナーのほとんどは、各地の9/12プロジェクト系の団体によって主催されていた*28

タイラーの受講者は、受講料として10ドルを支払い、131ページからなるワークブックを受け取る。ワークブックは空欄穴埋め式となっており、受講者たちが8時間のセミナーを受け終えると、すべての空欄が埋まるという案配であった。このワークブックは、アメリカの建国がいかに宗教的な偉業であったのかが書かれており、スコウセンの原案によるものであった。

セミナーにおいてタイラーは、修正第16条の連邦政府による所得税に反対し、修正第19条の定める女性の投票権は、州政府によって定められるべきだと論じる。さらに彼は、農民への援助、国立公園の設立、福祉政策、規制のための委員会の設立を、建国の父祖は意図していなかったのだと論じる。タイラーの議論の骨子は、「憲法には、時代を超越する原則が示されており、あるべき政治の姿についての不変の真理がある。それゆえ、アメリカは、不変の真実へと立ち戻らなくてはならない」ということであった*29

『5000年の跳躍』、「アメリカの建国」セミナーとティー・パーティ系の候補者の主張には、二つの特徴がある。第一に、アメリカの建国期の原則を論じる際に、1776年の独立宣言と、1789年の合衆国憲法の両者を、自由に織り交ぜる点である。第二に、独立宣言を、「自然法」もしくは「神の意志の表れ」と理解する点である *30

合衆国憲法から独立宣言へと遡り、さらに「神の意志」へと立ち戻り、現在の憲法解釈や制定法を批判するという憲法保守の主張は、従来の共和党の保守派の憲法論には見られなかった。次節においては、80年代の共和党保守派が唱えた原意主義と、ティー・パーティ運動の憲法保守との違いを詳述したい。

3-3 憲法保守と原意主義
共和党の保守派と憲法との結びつきは、ティー・パーティ運動において初めてもたらされたというわけではない。アメリカの憲法解釈論には、憲法の文言を、憲法制定者たちが理解していたように解釈しなければならないと考える原意主義と呼ばれる法理論がある。1980年代から今日まで、原意主義は保守派の憲法理論の主流である。リベラル派は、憲法をその時代の価値によって再解釈するべきだと考え、生きた憲法と呼ばれる憲法論を主張しており、原意主義は、これに対抗するものであった*31

マウント・ヴァーノン宣言の起草に携わったエドウィン・ミースは、1985年に、原意主義が政権の公式の憲法解釈の方法であると述べ、原意主義と共和党政権の結びつきを宣言したのであった。現在では、原意主義に賛同する法律家として、アントニン・スカリア、サミュエル・アリートといった連邦最高裁判所判事の名前を挙げることができる。
ただし、原意主義はあくまでも法解釈論であり、理解に専門的な知識を必要とするという点で、法律家を越えて広がるものではなかった。憲法保守は、原意主義を、政治運動の熱源となりうるように改変したものであったと言える。原意主義が、裁判官に対して、憲法の文言を憲法制定者たちが理解したように解釈するように求める法理論であったとすれば、憲法保守は、議会に対して、憲法に示された原則に従って政治を行うように求めるイデオロギーである。原意主義は、共和党と結びついて30年が経つが、憲法保守という形に変容されて初めて、グラス・ルーツへと染みだしていったのである*32

その際に、原意主義ではありえなかった変化が憲法保守には生じた。原意主義は、合衆国憲法の全文と修正条項を、憲法制定者たちが理解したように解釈するべきだと主張するが、憲法保守にとって、合衆国憲法を解釈するための指針は、独立宣言に示される「神聖な原則」である*33 。憲法保守は、合衆国憲法とは、独立宣言に示された原則を、政治の世界の妥協を通して書き下したものだと考えている。それゆえに、ティー・パーティ運動の候補者たちは、憲法修正条項が「誤っている」と主張できたのである。

おわりに
ティー・パーティ運動の支持者や、ティー・パーティの看板を掲げる政治家は、自らの政策を憲法と独立宣言に結びつけることによって正当化してきた。ここで思い起こしたいのは、アメリカにおける過去の社会運動の多くも、政治的主張を、憲法に結びつけてきたという歴史である。例えば、南北戦争につながる奴隷制廃止運動や、1964年の市民権法を勝ち取った市民権運動は、憲法に定められている平等の原則に訴え、実際にアメリカの社会を変えることに成功した。
はたして、ティー・パーティ運動の主張するような憲法保守の立場は、アメリカ社会を変更するだろうか。これまでの歴史の中で、憲法についての新しい解釈がアメリカを変更するには、社会運動だけではなく、議会での多数派であったり、最高裁判所による新しい判例が必要であった。ティー・パーティは、上下両院にコーカスを持ったが、それは、今後の議会政治において、影響力が保証されたことを意味するわけではない。
2011年に始まった第112議会は財政規模を縮小するのだろうか、規制緩和を実施するだろうか、あるいは、裁判所は健康保険法をめぐる訴訟に対して違憲判断を下すだろうか。さしあたり、これらの政策の行く末が、憲法保守というイデオロギーが、ティー・パーティ系の議員を誕生させるのに留まるのか、あるいは、実際の政策へと転換され、長期的な影響力を持つのかを判別するための試金石になるだろう。

*1: Pew Research Center, "Distrust, Discontent, Anger and Partisan Rancor," April 18, 2010. http://people-press.org/files/legacy-detailed_tables/606.pdf.
*2: http://www.nytimes.com/interactive/2010/04/14/us/politics/20100414-tea-party-poll-graphic.html#tab=6
*3: http://www.nytimes.com/interactive/2010/04/14/us/politics/20100414-tea-party-poll-graphic.html#tab=6
*4: Politico/Target Point Poll, April 15, 2010. http://the912-project.com/
*5: Kate Zernike, Boiling Mad: Inside Tea Party America (Times Books, 2010), 42.
*6: http://the912-project.com/
*7: Jared A. Goldstein, “The Tea Party's Constitution,” Roger Williams University Legal Studies Paper, Vol. 96, 2010.
*8: Mara Liasson, “Tea Party: It's Not Just Taxes, It's The Constitution,” National Public Radio, July 14, 2010. http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=128517427, 2011年3月31日アクセス。
*9: Peter Berkowitz, “Constitutional Conservatism,” Policy Review, No. 153, 2009. http://www.hoover.org/publications/policy-review/article/5580, 2011年3月31日アクセス。
*10: Mount Vernon Statement, http://www.themountvernonstatement.com/; Alex Altman, ”Can a New Manifesto Woo the Tea Party?” Time, February 17, 2010. http://www.time.com/time/politics/article/0,8599,1964813,00.html#ixzz1HMnVw7Cm, 2011 年 3 月 22 日アクセス。
*11: Mount Vernon Statement.
*12: Jacob Heilbrunn, “The GOP's 'tea party' dance: Will the movement sink or save the conservatives?” Los Angels Times, February 21, 2010.
*13: Jerry Markon, “Notable conservative leaders craft manifesto to energize, coordinate supporters,” Washington Post, February 16, 2010.
*14: Alex Altman, “Can a New Manifesto Woo the Tea Party?” Time, February 17, 2010, http://www.time.com/time/politics/article/0,8599,1964813,00.html#ixzz1HMnVw7Cm, 2011年3月22日アクセス; Christopher Beam, “I Don't: Movement conservatives renew their vows,” Slate, February 17, 2010. http://www.slate.com/id/2245035/, 2011年3月22日アクセス。
*15: Andrew Romano、”America's Holy Writ Tea Party evangelists claim the Constitution as their sacred text. Why that’s wrong,” Newsweek, October 17, 2010, http://www.newsweek.com/2010/10/17/how-tea-partiers-get-the-constitution-wrong.html, 2011年3月20日アクセス。
*16: Rand Paul, “Rand Paul, Libertarian? Not Quite,” USA Today, August 9, 2010, http://www.usatoday.com/news/opinion/forum/2010-08-10-column10_ST2_N.htm, 2011年3月22日アクセス。
*17: Lincoln Caplan, “Exploring the Meaning of 'Constitutional Conservatism',” New York Times, December 2, 2010.
*18: Jesse Zwick, “'Senator Junior DeMint': Meet Mike Lee, the Tea Parties' most skilled spokesman,” New Republic, December 23, 2010, http://www.tnr.com/article/80296/utah-republican-mike-lee-tea-party, 2011年3月21日アクセス。
*19: Ibid.
*20: Jeffrey Rosen, “Radical Constitutionalism,” New York Times, November 28, 2010.
*21: Ibid.
*22: Rosen, “Radical Constitutionalism.”
*23: Ibid.
*24: W. Cleon Skousen, The Five Thousand Year Leap: 30 Year Anniversary Edition with Glenn Beck Foreword, (American Documents Publishing, 2009), 29.
*25: Ibid., 161-164.
*26: Ibid., 87-90.
*27: Zernike, Boiling Mad, 74.
*28: Krissah Thompson, “Conservative class on Founding Fathers' answers to current woes gains popularity,” Washington Post, June 5, 2010.
*29: Ibid.
*30: Skousen, The Five Thousand Year Leap, 33-36; Rosen, “Radical Constitutionalism.”
*31: 梅川 健「レーガン政権における大統領権力の拡大:保守的法律家の憲法解釈と署名見解の制度化」『年報政治学』 2011-I号、2011年。
*32: Zernike, Boiling Mad, 68.
*33: Jordan Sekulow, “Natural law, 'nature's God' and the constitutional conservative,” Washington Post, October 15, 2010.

■梅川 健:東京大学法学政治学研究科博士課程