タイプ
論考
プロジェクト
日付
2011/10/5

アメリカ大統領選挙UPDATE 1:ティーパーティ票とポール派:『分裂要因』の視点から (渡辺将人)

2011年8月11日の共和党予備選討論会と同月13日のアイオワ州共和党模擬投票(ストローポール)に、地元共和党委員と共に全行程に参与観察した。その過程でティーパーティ系支持層をポール派の動向を中心に同州内外で調査した。模擬投票は、ロン・ポールとミシェル・バックマンが152票の僅差で1位と2位を分け合い、ティーパーティ勢力の同州での強さと二分化を同時に浮き彫りにした。とりわけポール派(ロン・ポール連邦下院議員、ランド・ポール連邦上院議員)は、リバタリアニズムと憲法保守の原理的な立場から、ティーパーティ運動の分裂要因ともなっている*1。 ティーパーティが厳密にいつ始まったのかは、ティーパーティ活動家の間でも見解が一致していない。メディアで流布する一般的理解と活動家の見方が異なることも少なくない。見解の相違はそのままティーパーティの「流派」の象徴でもあり、「元祖」を自負するポール派はランド・ポールが2011年早々に『ティーパーティ・ワシントンに行くThe Tea Party Goes to Washington』を出版したように、「名乗り」による自己定義もこの運動の特徴の一つである。

ティーパーティ分裂の第1の要因は「文化社会争点」である。リバタリアンのポール派ティーパーティ活動家のなかには、教会に通わないプロチョイスで、大麻合法化論者の社会リベラル派リバタリアン(socially liberal libertarian)も多々存在する。それを容認できない社会保守派を支持層に抱えるペイリン派、バックマン派の分断が顕在化しており、後者はリック・ペリーにも相当程度の共感を抱いている。ポール派の憲法原理主義的な立場はキリスト教信仰との抵触も誘発している。ポールは人工妊娠中絶についてプロライフであるが、憲法修正第10条を尊重して人工妊娠中絶は州が結論を出すべとしており、結婚の定義についても州の決定事項としている。宗教保守派は憲法を信仰よりも上位の判断基準にする姿勢を容認できない。また、ロン・ポールはモスク建設論争で賛成派だったほか、空港での過剰な身体検査を制限する法案を提出するなど、「自由」の捉え方でもキリスト教右派とはギャップがある。

ティーパーティ分裂の第2の要因は「外交政策」である。ポール派の外交政策は孤立主義的、非介入的な姿勢を基軸とし、防衛費も削減の例外としない。ウォルター・ラッセル・ミードが指摘するように、中東政策とテロ問題ではペイリン派がイスラエルとの緊密な関係を深める方針だが、ポール派はイスラエルへの援助を打ち切り地域全体への関与縮小路線を唱える。ポールはイランの核開発に対する制裁にも反対している。しかし、ポール派の外交論は概ね現状批判を軸にしており、具体的提案は少ない。反ネオコンのリバタリアン系有権者のペイリン離れはバックマン支持の伸びに間接的な影響を与えかねないが、他方でポール派外交が、本選における本命候補陣営や政権に対して外交面で影響を与えにくい現実も示唆している。

将来的にポールが選挙戦から離脱する時点で、ポール票が他のティーパーティ候補に自動的に移行するかは不透明で、「ティーパーティ票」を一元的には捉えにくい。ポール派内にはペリー批判を展開する運動が既に一部存在する。ティーパーティ内のポール派と非ポール派の関係性は、ティーパーティがどこまで「1つの勢力」として本選過程で、副大統領候補選び、政策綱領、投票率などに影響を与えられるかを左右しかねない。

ただ、ポール陣営は2008年大統領選挙前に勃興した「自由のための運動Campaign for Liberty」(反ブッシュ政権・反マイケン陣営・ 反RINO=Republicans in Name Only運動)の延長にあり、アドボカシーを目的にした出馬であることから、選挙戦から早期に撤退しないとの観測もある。憲法保守思想の拡散と息子ランドの存在感の浸透も、選挙を用いた間接的な目的で、ランドは父の選挙戦に同行してティーパーティを代弁する演説を行っている。共和党指導部も父ロンよりは思想的に柔軟とされているランドにティーパーティと共和党エスタブリッシュメントの和解のパイプ役を期待しており、ポール派とティーパーティの動向分析にはランド周辺も重要な手がかりとなろう。


*1:バックマン(4823票 28.55%)、ポール (4671票 27.65%)で、3位のポーレンティ(229票 13.57%)と4位のサントラム(1657票 9.81%)にかなりの差をつけての上位独占だったにもかかわらず、バックマン勝利だけが報じられたことにポール陣営と支持層は不快感を示した。