タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/1/12

ワシントンUPDATE  「ロシアの政治危機」

ポール・J・サンダース
センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事
東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー


 12月4日の下院選挙以降、ロシアはわずか3週間で突然変貌を遂げた―部外者には、こうした捉え方をする向きが多いようである。12月10日、24日にモスクワで開かれた大規模抗議集会の様子は特に印象的であった。デモ参加者から、選挙のやり直しとプーチン首相に権力の座から退くよう求める声が相次いだのだ。しかし、こうした政治的緊張に至るまでには、長い過程があったのである。そして、その先行きには、引き続き大きな不透明感が漂っている。

 今回、ロシアの政情不安が露呈したのにはいくつかの要因がある。まず、この20年間、ロシア政府が、中央・地域・地方政府、意味のある議会、独立した裁判所など、強固な機関の構築に失敗してきたことが挙げられる。1993年、ボリス・エリツィンが、当時の議会である最高会議(Spureme Soviet)ビルを砲撃。同議会を解体し、現行のロシア連邦憲法を制定した。それ以来、ロシア行政府は、立法府(議会)および司法府(裁判所)に対して優位な立場にあり、故にロシアは諸外国から強固な権威主義体制国家とみなされてきた。

 しかし、一皮むけば、政治的にも、制度的にも、政府の脆弱さは以前から明白だった。それを最もよく物語る最近の例として、2009年夏、ピカリョボで発生した労働者デモに対するプーチンの個人的介入が挙げられよう。従業員解雇や給与未払い問題が発生していた同町の工場に乗り込んだプーチンが、経営者のオリガルヒ(新興財閥実業家)、オレグ・デリパスカに対して屈辱的な対応に出たこの一件は、大きく取り上げられた。しかし、政治力に自信がある指導者であれば、ヘリで現地に駆け付けるような真似はしなかっただろう。さらに言えば、地域、地方当局もしくは中央の経済・労働担当当局にこうした危機を解決する能力があれば、プーチンがそうした行動に出る必要もなかったのだ。

 第2の要因は、ロシア経済の脆弱さである。プーチン政権のほぼ全期間、2000~2008年にわたって、エネルギー資源輸出による高収益の影に隠れていたものの、2009年初頭、世界経済危機に伴い原油価格が1バレル40ドルに下落すると、それが露呈した。最も重要な点は、エネルギー価格の上昇時に、ロシア政府が大幅な財政支出拡大を進めた点である。つまり現在、エネルギー価格は再び上昇しているものの、収益は支出を辛うじてカバーできる程度でしかないのだ。財政支出拡大は、長年にわたりロシア経済成長の後押しとなってきたが、それも今や頭打ちとなっており、すでにモスクワではコスト削減に動き出している。賃金伸び率もインフレすれすれのレベルにまで落ち込んでおり、長年大幅な成長が見られた実質賃金は、2011年11月、前年同月比でわずか0.2%増にとどまった。民間部門の労働者は、特に大きな打撃を被っている。

 第3の要因は、汚職である。これは、政府機関の弱体化を招くばかりでなく、重要な経済改革や持続可能な成長の可能性をも蝕むものである。政治的には、汚職により市民の間でロシア政府の正当性が徐々に失われていった。ロシア経済の脆弱さ同様、こうした問題はエネルギー資源による好況に一時的に大多数の市民が沸き立っていた間は、表に出てこなかった。皆が儲かっている状況では、大規模な汚職も大目に見られていたのだ。しかし、経済全体の成長が頭打ちになると、多くのロシア人は、他人がどれだけ儲けているのか注意を向けだした―そして目にした有様に、不快感を示している。

 最後の要因は、情報である。いくつかの点において、ロシアの政治危機は、従来型メディアと新たなメディアの戦いのケーススタディといった様相を呈している。プーチンは、主要国営テレビ局を、戦略上優位な立場から世論を形成し得る道具と捉え、そうした従来型メディアの締め付けを強化したが、インターネットメディアへの干渉はほとんど行わなかった。しかし、この対照的な2種類のメディアの扱いが、ソ連に存在した「二重の意識」―公の場では規則順守を謳いながら、私的な場では嫌悪感を露わにする―を徐々に助長してきたのではないか。

 また、プーチンその他の政府指導者は、信頼できる情報を持っているとは思えないゆえに、効果的な決定を下せそうにはない。プーチンは、11月に行った外国人専門家との会合で、政府と社会のより緊密な連係が必要であることを認め、更には、市民の「声(フィードバック)」が政府に届くような機会を増やしたいと語った。しかし、プーチンが市民の声を求める理由は、政策を改善する手段としてではなく、明らかに市民の間に政治への関与が強め、協力的姿勢を広げたいがためであった。皮肉なことだが、ロシアにおける真の課題とは、指導者が国民から遊離し、国民を理解しておらず、一方国民はそうした指導者の姿をよく分かっている、ということかもしれない。

 将来に目を向けると、今後数週間、数カ月間、そして数年間のロシアの展開を左右する問題が山積している。ひとつは、プーチンがどの程度学び、対応していくかである。プーチンとドミトリー・メドベージェフ大統領は、これまでに多くの政府高官の配置換えを行い、様々な声明を発表してきた。これらは後々、重要な意味を持ってくるかもしれないが、更なる動きがなければ、批判の声を鎮めるまでには至らないだろう。もうひとつの重要な問題は、デモ参加者が実際どの程度の支持を集めているのか、という点である。ドミトリー・ペスコフ首相報道官は、デモ参加者は少数であると主張しているが、これに関しては今後の検証を待たねばならず、またその数字が3月4日の大統領選挙の重要なカギとなる可能性もある。最後の問題は、プーチンが厳しい状況に立たされた場合、それでも支援し続けるのは誰か、という点である。ロシアの警察、保安当局が政府の他組織に比べ有能である、あるいは世間の他の人々に比べ現状に満足している、と想定するのは誤りかもしれない。この点を踏まえると、今後6ヶ月間は、プーチンにとってこれまでになく危険な時期となる可能性があるだろう。

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