タイプ
論考
プロジェクト
日付
2012/9/24

アメリカ大統領選挙UPDATE 7:「重要争点に浮上したメディケア改革」(西川 珠子)

民主党・党大会閉幕直後に発表された8月分の雇用統計では、非農業部門雇用者数の増加幅が前月比9.6万人と弱い内容となった。引き続き経済問題が2012年大統領選挙戦の最大の争点となるなか、医療保険改革が重要争点に浮上している。

もともと共和党のミット・ロムニー候補は、オバマ政権下で2010年3月に成立した「医療保険改革法(Patient Protection and Affordable Care Act(PPACA)、しばしば批判的文脈でオバマケアと呼ばれる)」を「連邦政府による医療制度の乗っ取り」と批判し、大統領就任初日に撤廃*1 することを公約してきた。しかし、マサチューセッツ州知事時代に実現させた医療保険改革はPPACAのモデルともされ、ロムニー候補の保守性の弱さの象徴として共和党予備選挙の過程でも激しい攻撃にさらされていたため、民主党との対立軸としてのアピール力には欠けていた。

ところが、6月28日の最高裁判決で、PPACAが定める「個人への保険加入義務付け(individual mandate)」違反に対する罰金は「税金」であり、議会の課税権限に照らして合憲との判断が示されたことから、共和党は「オバマケア=増税」というレトリックを全面に押し出して攻勢を強めた。8月11日には、急進的な財政保守派で大幅なメディケア(65歳以上の高齢者・障害者向け医療保険)、メディケイド(低所得者向け医療保険)の改革を主張するポール・ライアン下院予算委員長が副大統領候補に選ばれたことで、医療保険改革への注目は一段と高まった。さらには、9月9日のテレビ番組で、ロムニー候補がオバマケア廃止を公約する一方で、既往症を持つ患者の保険加入などPPACAの一部条項への支持を改めて表明したことで*2 、医療保険改革がメディアで取り上げられる機会も格段に増えている。

特に、激戦州のフロリダは高齢者比率が高いこともあり(65歳以上の高齢者比率17%)、メディケア改革の取り扱いは選挙戦の帰趨を決するインパクトを持ちうる。過去2回(2004年、2008年)の選挙では、共和党候補が高齢者層でより多くの支持を獲得している。今回も、高齢者層の支持率はこれまでのところロムニー候補の方が高くなっているが、民主党はメディケア改革が高齢者層に食い込む格好の材料になりうるとみている。共和・民主両党は、全く異なる政策を掲げながら、「自らこそがメディケアを守るもの」と主張するキャンペーンを展開している。

共和党の提案は、premium-support modelと呼ばれるもので、2023年から保険料を補助する補助金(バウチャー)を導入し、政府が提供するメディケアと民間保険の選択制とする形でメディケアを大幅に改変する内容だ。支給される補助金より安い保険を選択した場合は、受給者が差額を受け取ることができる一方、高い保険を選択した場合は不足金を自己負担することになる。現行の出来高払い制を改めてバウチャーの伸び率に上限*3 を設けると共に、競争を通じた医療コストの抑制を図り、現行のままでは2024年に破綻すると予想されている制度の持続可能性を確保する改革こそが、メディケアを守ることにつながると共和党は主張している。そして、「メディケアにとって最大の脅威は、保険加入拡大の財源としてメディケアを7,160億ドル削減したオバマケアである」と批判している。

一方の民主党は、現行制度を維持し、受給者の負担増を回避することこそがメディケアを守ることだと主張している。オバマ政権二期目の重要課題としては、2014年からのPPACAの完全施行*4 を着実に進めるとともに、医療の質の向上やコストダウンのためのパイロット・プログラムの普及などを通じた一層のコスト削減を目指している。ただし、民主党の党綱領やオバマ大統領の指名受託演説の内容は、PPACAの実績への賞賛や、「メディケアを民営化・バウチャー化」する共和党の提案に対する批判が中心となっており、必ずしも具体的なコスト削減提案が盛り込まれているわけではない。共和党のメディケア改革案に対しては、「現在55歳以上の世代には影響がない」という説明はまやかしだとして、PPACAの廃止に伴って無保険者が再び増え、メディケア処方薬の負担が増加する問題(いわゆる「ドーナツの穴(donuts-hole)*5 」)などを指摘している。オバマケアがメディケアを削減したという共和党の批判に対しては、削減対象は保険会社や病院など供給側であり、受給者への給付ではないと反論している。

世論調査会社Gallupによれば、PPACAを評価する見方は成立時(2010年3月、49%)に比べ低下する傾向(2012年2月、45%)にあり、個人への加入義務付けに対する罰則規定を事実上の合憲とした最高裁判決後(7月5日時点)の調査ではPPACAを有害(46%)とする見方が有益(37%)とする見方を上回っていた。しかし、医療保険分野での政策手腕に対する支持をみると、7月19-22日調査時点ではオバマ47%対ロムニー47%で拮抗していたが、1ヵ月後の8月20-22日調査時点ではオバマ52%対ロムニー43%と、オバマがリードを広げている。この間にライアン副大統領候補が選出され、メディケア改革論議が一気に高まっており、調査結果は抜本的な改変に対する不安の表れとみることもできる。

景気回復や雇用創出などの論点に比べれば、メディケア改革は有権者が候補者を選択する際の決定的要因ではないかもしれない。しかし、高齢者層の投票行動を通じて激戦州の勝敗に少なからぬ影響を及ぼす可能性があり、今後の議論の展開から目が離せない。



*1:正式には議会で廃止法案を可決することが必要だが、大統領権限により州政府レベルでの運用を阻止し、実質的な執行を停止するもの。
*2:今回の発言はすでに表明済みの持論を繰り返したに過ぎず、「一定以上の保険未加入期間がないこと」という条件を課す点でPPACAの規定と厳密には異なるが、ロムニー氏の弱点である「主張の一貫性のなさ」を象徴する発言と受け止める論調が多い。なお、保険加入義務付けを廃止する一方で、既往症差別を禁止する形で規制を強化すると民間保険会社の負担が増大することなどから、PPACAの部分的廃止を問題視する声も根強い(アメリカNOW第86号「共和党政権は「オバマケア」を廃止できるのか(安井明彦)」)。http://www.tkfd.or.jp/research/project/news.php?id=878
*3:名目GDP成長率+0.5%程度が検討されている。
*4:オバマケアの各種規定のうち、子女保険の上限引上げ(26歳)、子供の既往症による契約拒否禁止、中小企業優遇税制、処方箋代補助などの措置はすでに実施済みだが、個人加入義務付け(違反時の罰金賦課)、個人保険市場創設、既往症による差別禁止などの主要規定は2014年に実施される。
*5:メディケア・パートDと呼ばれる処方箋薬プログラムでは、購入金額が一定以上になると患者の自己負担率が25%から100%に上昇(全額自己負担)し、高額医療費基準以上になると自己負担率が5%に低下する仕組みになっており、このギャップを「ドーナツの穴」と呼ぶ。オバマケアでは患者負担軽減のため、処方薬代補助策が盛り込まれている。