タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/2/8

アメリカNOW 第100号 米国財政の現在位置 (安井明彦)

2013年2月5日に米国の議会予算局(CBO)が、財政見通しの改定を行った*1 。本稿では「財政の崖」が回避されて初めてとなる今回の改訂を手がかりに、米国財政の現在位置を確認しておきたい *2

着実に進む財政健全化
今回の改訂では、米国の財政健全化が着実に進んでいる姿が改めて明らかにされた(図表1)。「財政の崖」回避により、経済に悪影響を与えるほどの勢いで財政赤字が急減することこそ回避されたが、財政赤字の減少基調は変わらない。「現在の法律が維持される」という前提に立った「ベースライン」見通しによれば、2009年度にGDP(国内総生産)比で10%を超えていた米国の財政赤字は、2015年度には同2.4%まで減少する。過去40年間の米国の財政赤字の平均は同3.1%であり、2010年代半ばには米国の財政赤字は歴史的な平均を下回る水準に回帰する格好だ。

(図表1)財政赤字の推移と見通し


もちろん、「ベースライン」には限界がある。「現在の法律が維持される」保証はないからだ。例えば、「財政の崖」が回避される過程で実施が先送りされている「歳出の自動削減」が完全に取りやめられるなど、今後の法改正によって財政赤字が増加する可能性がある。実際に、「歳出の自動削減」の取りやめなど、CBOが「現在の政策が維持される」との前提で試算した「修正ベースライン」では、2015年度の財政赤字はGDP比で3.7%までの減少にとどまる見込みである。

もっとも、かつて本欄でも触れたように*3 、こうした政策変更に伴う財政の先行きに関する「不透明性」は、従来よりも低下している。「財政の崖」回避の過程で、ブッシュ減税の失効に伴う不透明性が解消されたからだ。今回の予測では、「現在の法律の維持」を前提とした「ベースライン」と、「現在の政策の維持」を前提とした「修正ベースライン」の差が、2012年8月時点の予測よりも大幅に小さくなっている(図表2)。すなわち、たとえ政治がこう着状態に陥ったとしても、「現在の法律」が変更できないことによる「現在の政策」からの方向転換の度合いは、前回の見通しの時点よりも小さくなっているのである。

(図表2)「ベースライン」と「修正ベースライン」


変わる米国財政の姿
財政赤字の水準が歴史的な平均に回帰するといっても、米国財政には簡単には過去に戻らない側面もある。

第一に、債務残高の水準である。金融危機への対応などを理由とした財政赤字の拡大によって、米国の債務残高(民間保有分、以下同じ)はGDP比で大きく上昇した。財政赤字の減少を見込む今回の見通しでも、債務残高はいぜんとして歴史的平均を大きく上回った水準で推移する(図表3)。

(図表3)債務残高の推移と見通し


第二に、歳入・歳出の水準で見た「政府の大きさ」も、過去とは違ってくる。今回の予測によれば、その時期こそ違うものの、GDP比でみた歳入と歳出の水準は、それぞれ上昇基調をたどる(図表4)。歳入の水準は、2010年代半ばにかけて大きく上昇し、その後はほぼ横ばいで推移する。歳出の水準は、2010年代半ばにかけて一旦低下するものの、その後は再び上昇基調となり、2023年度には現在とほぼ同じ水準に復帰する。両者の差であるところの財政赤字の水準自体は歴史的な平均に近づくといっても、歳入・歳出の水準は歴史的な平均を上回っており、いわば「大きな政府」への変化が見て取れる。


(図表4)歳入・歳出の推移と見通し

「大きく」なる政府と「小さく」なる裁量の余地
なぜ米国は「大きな政府」になっていくのだろうか。

歳入の増加については、政策とは関係の薄い要因が目立つ。課税所得の上昇や、これにともない高い税率区分の所得階層に納税者が移動すること(ブラケット・クリープ)などである。「財政の崖」回避に伴う増税(ブッシュ減税の富裕層向け部分、及び、給与税減税の失効)は、2023年度までの歳入水準の上昇のうち、2割程度を占めるに止まっている。
 
歳出については、医療費と利払い費の存在感が大きくなる(図表5)。GDP比でみた医療費の水準は、2012年度の4.7%から2023年度には6.2%に、利払い費は同じく1.4%から3.3%へと上昇する。医療費増加の背景には、オバマ政権による医療改革の実施にともなう政府負担の上昇がある。利払い費については、金利の上昇が見込まれることによる負担増が指摘できよう。

米国における歳出の内訳の変化は、政府が「大きく」なる一方で、政策的な裁量の余地が「小さく」なる可能性を示唆している。現在の法律が続くという前提に立つと、「大きく」なった米国財政は、高齢者などに約束した医療費と、国債の所有者に約束した利払い費の支払いに体力を奪われ、裁量的経費(軍事費を含む一般経費)を通じた機動的な政策運営が難しくなりかねない。実際に今回の予測によれば、2023年度の裁量的経費の水準(GDP比で5.5%)は、過去40年の平均(同8.6%)を大きく下回る見込みである。

(図表5)歳出の見通し(内訳)


医療費の推移には一筋の光明も
見逃せないのは、医療費の今後について、今回の見通しに一筋の光明を見出すことができる点だ。かつて拙稿でも触れたように、近年の米国では医療費の上昇度合いが鈍っている *4 。今回の予測でもCBOは、こうした近年の医療費の動向を理由として、将来的な医療費負担の見通しを引き下げた。CBOによる2010年3月の見通しと今回の見通しを比較すると、医療費の上昇度合いの鈍化によって、2020年度のメディケア(高齢者向け公的医療保険)・メディケイド(低所得者向け公的医療保険)の歳出見通しは、約2,000億ドル引き下げられている。それぞれの制度に関する歳出が15%程度ずつ減少した計算であり、その重みは軽視できない。

今後についても、医療費の上昇度合いが、今後の米国財政のあり方を左右していく大きな要因となるのは間違いない。米国が高水準となった債務残高を低下させ、また、裁量的な政策の余地が「小さく」なることを回避するためには、政策努力も含めつつ、医療費の上昇度合いを抑えていけるかどうかが鍵となろう*5



*1:Congressional Budget Office, The Budget and Economic Outlook: Fiscal Years 2013 to 2023, February 5, 2013.
*2:「財政の崖」回避については、安井明彦、見逃されがちな「財政の崖」回避の功績〜ようやく整理されたベースライン〜、アメリカNOW第98号、2013年1月15日、を参照。
*3:安井明彦、見逃されがちな「財政の崖」回避の功績〜ようやく整理されたベースライン〜、アメリカNOW第98号、2013年1月15日。
*4:安井明彦、低水準となった米医療費の伸び率と「次の医療改革」、アメリカNOW第90号、2012年3月26日。
*5:政策を通じた医療費抑制の余地については、例えば、安井明彦、オバマ政権の医療制度改革と医療費の地域格差、アメリカNOW第36号、2009年6月15日、を参照。



■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部政策調査部長