タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/5/21

アメリカNOW 第103号 進む米国の財政再建 ~スキャンダル下で問われる「量」から「質」への転換~(安井明彦)

米国の財政再建が、想定されていたよりも速やかに進みつつあることが明らかになった。「10年間で約5兆ドル」の財政赤字削減を目指した「グランド・バーゲン」も、金額的には7割以上が立法済みである。医療費をはじめとする「義務的経費の改革」という課題が残されているにもかかわらず、政治の関心は政権を取り巻くスキャンダルに集まっており、米国経済が絶好調だった1990年代後半を髣髴とさせる展開となっている。

改定された財政見通し
2013年5月14日、米国の議会予算局(CBO:Congressional Budget Office)が、財政見通しを改定した*1。浮き彫りになったのは、想定されたよりも速やかに進む財政再建の現状だ。

今回の改訂でCBOは、財政赤字の見通しを引き下げた。2013年度の財政赤字は6,420億ドル(GDP比4.0%)とされ、今年2月に発表されたばかりの前回の見通し*2を2,030億ドル下回った。わずか3ヶ月強のあいだに、予想される財政赤字の金額が4分の3程度にまで少なくなった格好である。

同じように、向こう10年間の財政赤字の見通しも引き下げられた。2014~23年度の財政赤字累積額は6兆3,400億ドルと予測されており、今年2月の見通しから約6,000億ドル引き下げられている。

財政赤字の見通しが引き下げられた理由は、もっぱら政策以外の部分にある。前回の見通しから3ヶ月の間に、新しい財政再建策が講じられたわけではない。

とくに、2013年度の財政赤字見通しが大きく引き下げられた理由は二つある。

第一は、好調な税収である。今年4月に締め切られた2013年分の確定申告では、これまでの想定よりも税収が伸びている。その理由としては、今年1月から実施された富裕層増税に先立って、税率の低い昨年のうちにキャピタル・ゲインを手に入れようとする動きがあったことなどが考えられる。

第二は、政府系住宅金融機関(GSE)のフレディマックとファニーメイからの配当収入だ。住宅市場の回復を背景に、両社が繰延税金資産を今年の第1四半期に計上する判断を行ったために、連邦政府に支払われる配当が増加する結果となった。

「グランド・バーゲン」は達成済み?
今回の財政見通では、少なくとも向こう10年間程度の期間については、米国の財政赤字問題が解消されたかのような様相が描き出されている。2010年にバラク・オバマ大統領が財政再建のための超党派委員会(いわゆる「シンプソン・ボウルズ委員会」)を組成して以来、財政再建は米国政治の大きなテーマであり続けた。しかし、シンプソン・ボウルズ委員会が増加基調を問題視していたGDPに対する債務残高の比率も、少なくとも当面は落ち着いた推移が見込まれるまでに低下している(図表1)。


米国で財政再建が進んできた背景には、政策面の取り組みがある。たしかに今回の見通しに限れば、財政見通しの改善は政策努力とは違う理由によるものだ。しかし、2011年の財政管理法(同年夏の国債発行上限引き上げに伴って立法化)や、2013年1月からの富裕層増税(「財政の崖」回避に伴い実施)など、財政再建策が数次にわたって実施されてきたことは見逃せない。

実際に、財政再建の目標とされてきた「グランド・バーゲン」は、ほぼ達成されているとの見方も可能である。今年3月に発動された歳出の強制削減を含めると、これまでに立法化された財政赤字削減策の規模は、向こう10年間分の累計で約3.9兆ドルにのぼる。これまで米国では、「10年間で約5兆ドル」の財政赤字削減策(いわゆる「グランド・バーゲン」)が目標とされてきた。たとえば、財政再建の必要性を強調する民間団体である「責任ある連邦財政のための委員会」(CFRB:Committee for Responsible Federal Budget)では、「10年間で5.1兆ドルの財政再建策が必要」だと主張してきた*3。このCFRBの水準を基準とすると、米国の「グランド・バーゲン」は、既に7割以上が立法措置を終えている計算になる(図表2)。


求められる「量」から「質」への転換
米国財政が抱える問題がすべて解消されたわけではない。これまで「量」の面で成果をあげてきた米国の財政再建は、義務的経費の改革を通じた「質」が問われる局面を迎えている。

「向こう10年」の時間軸を超えて展望すると、米国財政は必ずしも健全化したとは言い切れない。むしろ長期的な視点では、米国の財政事情は再び維持不可能な状況に向けて悪化していく可能性が指摘できる。高齢化と医療費の上昇を背景に、義務的経費(公的年金・公的医療保険など)の増加が続くからだ。今回の見通しでも、GDPに対する財政赤字の比率は、2016年度から再び上昇に転ずる。債務残高についても、GDP比で明確に下降傾向をたどるわけではなく、金融危機前と比べればその水準はいぜんとして高い*4

この点で注目されるのは、医療費の動きである。先にあげた二つの理由(税収とGSE)による財政見通し改定の影響は、いずれも2013年度に集中している。にもかかわらず、10年間の財政赤字見通しがあわせて引き下げられたひとつの理由は、CBOが向こう10年間の医療費の見通しを引き下げた点にある*5。医療費の見通しは今年2月にも引き下げられており、前述のシンプソン・ボウルズ委員会の当時と比べると、2020年度の医療保険関連の歳出見通しは、1,000億ドル以上少なくなっている(図表3)。どうやらCBOとしても、近年の医療費の伸び率低下について、単なる景気の悪化に伴う循環的な現象にとどまらず、構造的な理由が背景にある可能性を重視し始めているようだ*6



しかしながら、政策を通じた財政再建に関しては、義務的経費の改革は明らかに遅れをとっている。ここまでの財政再建策の内訳を分解すると、圧倒的に裁量的経費の削減にかかる比重が大きい。向こう10年間の財政における歳出・歳入の構成比と比較すると、裁量的経費への財政再建策の偏在は鮮明である(図表4)。



スキャンダルへの執心は平常化の証?
「量」的な意味での財政再建が着実に進んでいるという事実は、義務的経費改革への逆風となる可能性が指摘できる。公的年金・医療保険などの義務的経費に関する改革は、有権者の批判を受けやすい。当面の財政破たんのリスクが低下している以上、改革論が政治の表舞台に上がりにくくなっても不思議ではない。

おりしも米国では、内国歳入庁による保守系政治団体を狙い撃ちした税務調査の疑いなど、オバマ政権にかかわるスキャンダルが浮上している。公的年金や医療保険を擁護してきた民主党系の勢力には、政治の争点が財政再建からスキャンダルに移り、義務的経費改革の機運がさらに低下することを期待する声があるようだ*7

振り返ると、1990年代後半の米国でも、スキャンダルが義務的経費改革を雲散霧消させたことがある。ホワイトハウスのインターンを巡る偽証問題のために、民主党のビル・クリントン大統領(当時)は、計画していた公的年金改革への注力をあきらめた*8。スキャンダルに関する共和党の批判に対抗するには、不用意に年金改革に踏み込んで、身内である民主党関係者の機嫌を損ねるわけにはいかなかったからだ。年金支給額の改定方法見直しを提案するなど、義務的経費改革に一定の意欲を見せてきたオバマ大統領も、スキャンダルの行方次第では、改革に向けた動きをあきらめざるを得なくなりかねない*9

政治の混乱とは裏腹に、1990年代後半の米国経済は絶好調だった。現在の米国で、財政再建からスキャンダルへと政治の焦点が移ろうとしていることは、長引いた金融危機の後遺症から、米国がようやく抜け出しつつある証拠ともいえる。義務的経費改革が進まなかったことも手伝い、好景気に助けられて1990年代後半にいったん黒字化に成功した米国財政は、2000年代に入って再び悪化していった。それでも、危機が遠のいた途端に義務的経費改革にしり込みする姿こそが、「危機」を脱した米国政治の「平常」なのかもしれない*10




*1: Congressional Budget Office, Updated Budget Projections: Fiscal Years 2013 to 2023, May 14, 2013
*2: Congressional Budget Office, The Budget and Economic Outlook: Fiscal Years 2013 to 2023, February 5, 2013
*3: The Committee for a Responsible Federal Budget, Our Debt Problems Are Still Far from Solved, February 11, 2013
*4: 2007年度の債務残高は、GDP比で36.3%であった。これに対して、今回のCBOの予測では、2023年度の債務残高は、同73.6%と予測されている。
*5: そのほかの理由としては、障がい年金支給者の見通し変更や、赤字見通し減少による利払い費の引き下げなどがある。
*6: 安井明彦、米国財政の現在位置、アメリカNOW第100号、2013年2月8日。近年の医療費の低下については、どの程度が構造的な理由に基づくものであるかについて、米国内でも議論が分かれている(Annie Lowrey, Slowdown in Health Costs’ Rise May Last as Economy Revives, The New York Times, May 6, 2013)。
*7: Greg Sargent, Why Washington Scandal-Mania May Save Medicare And Social Security, The Washington Post, May 14, 2013
*8: Douglas W. Elmendorf, Jeffrey B. Liebman, David W. Wilcox, Fiscal Policy And Social Security Policy During The 1990s, NBER Working Paper 8488, September 2001
*9: 一方で、オバマ政権のスキャンダルを攻撃する共和党に対しては、義務的経費改革について今の段階で大統領と合意することの利点を指摘する論調もある。いずれは改革が必要である以上、民主党の大統領とともに改革に踏み出した方が、世論の批判を一身に受けずにすむ可能性があるからだ(John Harwood, For Republicans, Incentives to Strike a Budget Deal With Obama, The New York Times, May 14, 2013)。
*10: 安井明彦、「平常への復帰」に挑む米国、みずほリサーチ、2013年3月


■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部政策調査部長