タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/8/13

アメリカNOW 第106号 米国で続く地域格差を切り口にした医療改革への模索 (安井明彦)

米国における医療費の地域格差は、オバマ政権が医療改革を進める際の重要な論点の一つだった。しかし、地域格差を切り口とした具体的な改革の手法については、いまだに模索が続いているのが現実だ。本稿では、この問題に関する米国医学研究所(IOM:Institute of Medicine)の報告書を紹介する。

待望されていた報告書の発表
2013年7月24日、米国の学術機関であるIOMが、医療費の地域格差に関する報告書を発表した*1。米厚生省の委託による同報告書は、米国の医療改革において積年の議論の的となってきた医療費の地域格差の実態とその政策的な含意について、3年間の歳月と850万ドルの予算を費やして行われた研究の成果である*2。錚々たるメンバーが集められたこの研究では、先人によるこれまでの調査結果が統合されるとともに、具体的な政策の方向性に関する提言が行われている。

医療費の地域格差は、オバマ政権が医療改革を進める際の重要な論点の一つだった。過去に本欄でも取り上げたように、オバマ政権が医療改革の立法化を進めていた時期には、医療費の地域格差を取り上げた調査記事*3が、「関係者の必読記事」といわれていたほどである*4

医療費の地域格差が注目されるのは、そこで示唆される医療の「無駄」の存在が、医療費抑制の手がかりとなる可能性があるからだ。米国の医療費には、地域ごとに大きな水準の違いがある。その一方で、地域ごとの医療費の高低は、必ずしも医療の「質」の良し悪しとは一致していないと言われてきた。このため、医療費の「高い」地域には医療の「質」とは無関係な「無駄」の存在が示唆され、医療費の「低い」地域を全米が参考にすることで、「質」を損ねずに医療費を抑制できる可能性が指摘されてきた。オバマ政権の医療改革でも、医療の「無駄」の削減が、医療費抑制の切り札として考えられている。

その一方で、医療費の地域格差とその政策的な含意については、論争が絶えなかったのも事実である。

まず、医療費の地域格差自体については、これが病院や医師などの医療の供給側による不合理な判断(「無駄」)によるものなのか、それとも、健康状態などの医療を受ける側が持つ避け難い理由によるものなのかについての見解が分かれている。前者が要因であれば「容認できない」格差とされやすいが、後者であれば「容認できる」格差と位置づけることもできる。前者を重視する立場としてはダートマス大学による一連の研究が有名であり、オバマ政権の医療改革への影響力も大きかった。しかし、同大学の研究には反論も少なくなく*5、過去には米国の有力紙と同大学の間で大きな論争が起こったこともある*6

医療費の地域格差については、その政策的な含意に関しても論争がある。米国議会には、医療費の地域格差に着目し、これを基準に診療報酬を調整すべきだという主張がある。医療費の「低い」地域に手厚く診療報酬を給付する仕組みを導入し、医療費の「高い」地域に「無駄」の削減を促そうという考え方だ。出来高払いの診療報酬では、たとえ「無駄」でも多くの医療を行えば、それだけ診療報酬が多くなりやすい。とくに医療費の「低い」地域の議員には、地元が効率的な医療を心掛けているにもかかわらず、努力を怠っている医療費の「高い」地域との対比で損をしているという思いがある。今回のIOMの研究自体も、こうした医療費の「低い」地域の議員からの要請がきっかけになっている*7

今回のIOMの報告書には、こうした二つの論争に終止符を打つ役割が期待されていた。実際に同報告書は、医療費の地域格差についての分析を行った上で、格差を診療報酬に反映させる方式の是非を論じている。

確認された地域格差の存在
IOMの報告書では、まず医療費の地域格差の存在が改めて確認された。地域住民の特性(年齢、性別、健康状態など)を考慮しても、相当程度の説明しきれない格差が存在するというのが、IOMの結論である。こうした説明しきれない格差が「容認できない」理由によるものであるかどうかについては、IOMは判断を控えている。しかし、「非効率さが格差の潜在的な理由の一つ」である可能性は指摘されており、この点ではダートマス大学などの主張に沿った結論といえる。

同時に、地域ごとの医療費の高低については、一概に地域における「無駄」の有無を指摘することの難しさも明らかにされている。公的保険と民間保険では、格差を取り巻く状況に違いがあるからだ。今回のIOMの報告書の特徴は、従来の研究で主に対象とされてきたメディケア(高齢者向け公的保険)だけではなく、民間保険なども含めた分析の結果が示されている点にある。公的保険・民間保険のそれぞれに医療費の地域格差は存在するが、双方の関係性は強くないというのがIOMの結論である。言い換えれば、公的保険による医療費が「高い」地域でも、必ずしも民間保険が対象とする医療費が「高い」とは限らないことになる。

格差が生じている理由についても、公的保険と民間保険の違いが指摘されている。医療費の水準は、医療の「利用度」と「単価」によって決まる。IOMによれば、公的保険における医療費の地域格差については、「利用度」に左右される度合いが大きい。とくに、高度看護施設の利用や在宅介護、リハビリテーションなどの「急性期後ケア(post acute care)」の利用度の違いによる影響が大きく、地域格差の73%がこれで説明できるという。

一方で、民間保険における医療費の地域格差については、公的保険よりも「単価」の違いによる影響が大きいとされている。公的保険では原価に基づいて医療の単価が決められる傾向が強いのに対し、民間保険では保険会社と医療の供給者(病院など)との交渉で単価が決められる。後者における力関係には地域によって違いがあるため、これが医療費の地域格差につながっている模様である。

容易ではない政策への応用
医療費の地域格差の存在自体は認めたIOMだが、これを医療費抑制の基準に使うことには否定的な結論を導き出している。今回の報告書でIOMは、地域ごとの医療費の水準を診療報酬の決定に加味する方式*8については、「導入すべきでない」との提言を行っている。

IOMの主張の根幹には、「医療費の水準を左右する決定は『地域』で行われているわけではない」という認識がある。このため、「地域を単位とした制度では、適切に対象を絞り込んでインセンティブを働かせることができない」というのが、IOMの判断である。今回のIOMの研究では、同じ地域のなかでも供給者の間で医療費の格差が存在することが明らかにされている。対象とする地域を細かく分割しても、やはり内部での格差は解消されない。こうしたなかで一律に「地域」の診療報酬を操作したとしても、すでに効率的に医療を行っている供給者には対応の術がない。

このためIOMでは、「地域」を単位とした政策ではなく、個々の医療供給者に働きかけるような改革を推奨している。具体的には、医療供給者同士の連携を奨励する診療報酬方式の導入である。例えば、「急性期のケア」から「急性期後のケア」に至る一貫した協力体制が整えば、治療データの共有により再入院が防ぎやすくなるなど、医療の効率は向上する可能性がある。実際に、単独の医療供給者ではなく、供給者のネットワーク(ACOs:Accountable Care Organizations)を対象とした診療報酬の算定などは、すでにオバマ政権の医療改革でも試験的に導入されている。IOMでは、こうした試行錯誤を積極的に繰り返し、成功例については迅速に全国展開させるよう提言している。

必要とされる情報の蓄積
IOMの報告書では、今後の課題も提示されている。一層の情報の蓄積と公開である。

医療費の地域格差を政策に応用することが難しい理由の一つに、「医療の質」に関する情報の不足がある。地域格差が医療費抑制の手がかりとなると期待されてきたのは、「質」を損ねずに医療費の「低い」地域を見習うことができると考えられてきたからだ。しかし今回のIOMの報告書では、医療費の水準や利用度と「質」の関係については、明確な結論が導き出されていない。その背景には、入手できる情報に限界があり、「質」を図る指標が確立されていないという判断がある。

オバマ政権による医療改革の本格実施が迫る米国では、同改革の是非を巡る政治的な議論がいまだに続いている*9。来年の議会中間選挙でも、オバマ政権による医療改革の成果が大きな争点となる可能性が指摘されている。

その一方で、今回のIOMの研究のように、「オバマケア」の先を見据えた動きが進められているのも事実である。あれだけの政治的な騒乱を招いた「オバマケア」をもってしても、米国の医療改革は終着点にたどり着いていない*10。むしろ、次の改革の糸口を探し続ける継続性こそが、米国の医療改革の本質なのかもしれない。

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*1: Joseph P. Newhouse, Alan M. Garber, Robin P. Graham, Margaret A. McCoy, Michelle Mancher, and Ashna Kibria, Variation in Health Care Spending: Target Decision Making, Not Geography, The National Academies Press, July 24, 2013
*2: Jordan Rau, "IOM Finds Differences In Regional Health Spending Are Linked To Post-Hospital Care And Provider Prices", Kaiser Health News, July 24, 2013
*3: Atul Gawande, "The Cost Conundrum", New Yorker, June 1, 2009.
*4: 安井明彦、オバマ政権の医療制度改革と医療費の地域格差、アメリカNOW第36号、2009年6月15日
*5: 最近の事例については、Jordan Rau, Medicare Spending Variations Mostly Due To Health Differences, Study Concludes, Kaiser Health News, May 28, 2013
*6: Reed Abelson and Gardiner Harris, "Critics Question Study Cited in Health Debate", New York Times, June 2, 2010
*7: ミネソタ州やアイオワ州などから選出された議員に不満があったといわれる。Robert Pear, Don’t Shift Payments by Medicare, Panel Says, New York Times, July 24, 2013
*8: 2009年に米国議会では、こうした内容の法案が提案されたことがある。下院案(H.R.2844)の提案者はウィスコンシン州、上院案(S.1249)の提案者はミネソタ州の選出である。
*9: 安井明彦、本格実施へ臨戦態勢の米医療改革~一部実施延期で敷かれた「背水の陣」~、みずほインサイト、2013年7月12日
*10: 安井明彦、米国で続く「次の医療改革」の模索、アメリカNOW第84号、2011年12月22日

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所調査本部政策調査部長