タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/6/5

インターネットとアメリカ政治「インターネットの発展とアメリカ貿易政策」(小尾美千代)

インターネットが発展したことによって、アメリカの貿易政策はどのように変化してきたのであろうか。本稿ではインターネットの発展によって大きな影響を受けている知的財産権をめぐる問題に焦点を当て、国際的な貿易ルールの形成をめぐるアメリカ政府の戦略を中心に明らかにしていきたい。

オバマ大統領は2010年1月27日の一般教書演説で、「2014年までの5年間で200万人の雇用を創出するためにアメリカの輸出を2倍にする」という「国家輸出イニシアティブ(National Export Initiative)」を発表した。それによって輸出拡大を中心とする貿易政策が経済成長戦略として明確に位置づけられた。他方で、ブロードバンド・インターネットの普及や情報通信技術の発展に伴って音楽や映画などの大容量のコンテンツがインターネット上で利用されるようになり、それと同時に海賊版などの著作権侵害行為もインターネット上で国境に関係なく容易に行うことができるようになった。こうした海賊版や模倣品は貿易と深く関係していることから、アメリカ政府は国内制度だけではなく国際的な貿易制度を通じた対策を追求してきている。

知的財産権に関する国際条約としてはベルヌ条約(著作権)やパリ条約(産業財産権1)があるが、いずれの条約も権利執行(エンフォースメント)についての規定がなかったことから、アメリカ政府はGATTウルグアイ・ラウンドにおいてTRIPS協定(知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)策定を積極的に推進し、WTO体制に知的財産権関連のルールを組み入れることに成功した2。しかし、TRIPS協定には途上国側への配慮として、自国の事情に応じた制度導入を認める「TRIPS柔軟性」が含まれていたため、その実効性は必ずしも十分ではなかった。加えて、「TRIPS協定を交渉していた当時は、だれもインターネットがどういう影響をもたらすかということはわかっていなかった。デジタル技術、デジタル環境が著作権者にこれまでとまったく違った環境をもたらすということが認識されていなかった。」1という米国特許商標庁高官の言葉に表されているように、インターネットの発展によってTRIPS協定では対応しきれない問題が生じるようになり、こうした点からも法律や規制の強化が求められるようになった。

しかしながら、WTOのドーハ開発ラウンドは交渉開始までに6年を要し、2001年の交渉開始以降も3年の交渉予定期間を超えても合意の見通しが立たず、交渉は難航した4。こうした状況に対してアメリカ政府はTRIPS協定を越えた「TRIPSプラス」と言われるルールを構築していく枠組みとして、2001年のヨルダンとのFTA(自由貿易協定)以降のFTAを利用するようになっていった5。さらに、知的財産権の執行に関する複数国間協定(plurilateral agreement)として2011年5月に署名開放された模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)にも参加した。ACTAは国際ルール化の基礎として期待されたが、インターネット上の取り締まりが強化されることで、表現の自由の制限や通信の監視、プライバシーの侵害などに対する懸念が強まり、EU議会では批准が否決され、発効には至っていない。

こうした中で現在、アメリカが重視しているのがTPP(環太平洋経済連携協定)とT-TIP(環大西洋貿易投資連携協定)である。TPPには12か国が参加しているが、そもそもAPECにおけるFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)構想の一環として位置づけられており、中国やロシアも含めたアジア太平洋地域における国際貿易ルールに発展する可能性が高い点でも注目される。また、T-TIPはアメリカの最大の輸出相手であるEUとの協定であり、2013年7月に交渉が開始されている6

このように、アメリカ政府は様々な枠組みにおいてTRIPSプラスの国際ルールを形成してきているが、その内容について注目されるのは、単にデジタル・ミレニアム著作権法(DMCA)などの国内法の国際化を推進しているだけではなく、国内では制度化されていない、意見が分かれているような問題についても知的財産権のさらなる保護強化の方向でのルール化を推進している点である。また、こうした傾向は年々強まっており、例えばインターネット・サービス・プロバイダー(ISP)責任や消尽などに関してDMCAやACTAよりもさらに強力な知的財産権の保護やエンフォースメントがTPPでは主張されている71

こうした行為に対しては、法学者による「国内の政策決定権の横領(usurping)」との批判もある8。アメリカには、国内法で明確に規定されていない限りは国際法に適合的に解釈すべきというチャーミング・ベッツィ原則(Charming Betsy principle)9 があり、議会がTPPを批准しない場合でもTPPでのルールによってアメリカの国内法が実質的に改定される可能性があるためである。

他方で、経済成長戦略としてはイノベーションの促進を重視するプロ・イノベーション政策が進められている。オバマ政権は2009年9月に「米国イノベーション戦略(A Strategy for American Innovation)」10を発表し、イノベーションを通じた輸出拡大策として海外市場における知的財産権の保護と国際標準に関する協力の推進に言及している。さらに、2011年2月に発表された改訂版では、国内だけではなく海外市場も含めた規制緩和やアクセス改善を通じたイノベーションの促進によって、2014年までの輸出倍増計画を実現していく方針を示している11。プロ・イノベーション政策では、海外市場を含めた知的財産権の保護は重視されるものの、かつてのプロ・パテント政策とは異なり、質の低い特許には批判的であり、あくまでも革新的・創造的な知的財産のみを保護することが重視される。

その背景には2000年代以降、特許の質の低下と審査期間の長期化といった特許をめぐる問題や、自らは発明を実施せずに多くの特許を集め、高額なライセンス料や和解金を得ることを目的とする「パテント・トロール」12、製品の特許が多すぎて新製品の開発が阻害される「特許の藪」13など知的財産権をめぐる様々な問題が表面化したことが挙げられる。

こうした状況を受けてアメリカ政府は、国際的なルール形成の場のみならず国内においても模倣品や海賊版の取り締まり強化を進める一方で、パテント・トロールなどへの対策も進めている。しかしながら、現在までのところ、国内での取り組みはいずれも失敗している点が注目される。

インターネット上での海賊行為対策として、2011年に「知的財産保護法案」(PIPA)と「オンライン海賊行為防止法案」(SOPA)が議会に提出されたが、インターネット業界やユーザーを中心に言論の自由やプライバシーの侵害に対する懸念が高まり、2012年1月18日には英語版のWikipediaをはじめとする7000以上のサイトがサービスを停止して黒い画面を表示するブラックアウトを実施する抗議活動を行った14。こうした国内での強い懸念や批判に対してオバマ大統領は、オンライン海賊行為に対する立法措置の必要性に言及しつつも、「表現の自由やインターネットのセキュリティ等に悪影響を及ぼすような法案は支持しない」との見解を表明し15、結局、PIPAもSOPAも議会での採択が延期され、廃案となった。

また、パテント・トロールに対しては2013年6月に大統領府による対策16が発表され、議会でも10月にInnovation Act法案(H.R.3309)が下院に提出され、12月に下院を通過し、上院の司法委員会に送られた。この法案は下院では超党派の支持を得ていたことから、上院でも法案の通過が予想されていたが、2014年5月21日の上院司法委員会において、翌日の最終審議を前にして議題が取り下げられたのである。その決定を行ったリー(Patrick Leahy)委員長はその理由として、法案に対する超党派の十分な支持を得る見込みがないことを説明したが、その背景としては上院のリード(Harry Reid)院内総務が製薬業界やバイオテクノロジー業界、大学、訴訟専門の法廷弁護士(trial lawyer)などからの反対を受けたことで、上院では法案を採決にかけない意向であることが報道されている17

このようにアメリカでは、イノベーションが促進される競争的で開かれた市場の構築をめぐって議論が分かれているが、その中で注目されるのは、交渉内容や法案が公表されない点や、非公開の交渉情報に一部の大企業のみがアクセスできている点など、交渉過程の透明性に対する強い批判が出されていることである18。これまでのところ、プロ・イノベーションを目指した国内での特許制度改革やインターネット上の海賊版取り締まり強化の試みはいずれも失敗に終わっている。オバマ政権は、自由で開かれたインターネットや国境を越えた情報の自由な流通をアメリカ経済だけではなく、「世界中の消費者」にとっても重要であると位置づけている19。インターネットの発展により世界中の市民が意見を表出しやすくなっている中で、TPPやT-TIPを含めた国際的なルール形成の交渉過程へ関与できるアクターがどのように変化するのか、交渉そのものの行方とともに注目される。


1 特許権、商標権、意匠権など。

2 日本国際知的財産保護協会『模倣品等取締りのための国際協力に関する調査研究報告書』2005年3月、238頁。

3 米国特許商標庁国際法務部エンフォースメント室のピーター・ファウラー(Peter Fowler)による2004年12月14日に行われたAIPPI・JAPAN国際シンポジウムでの講演より(社団法人日本国際知的財産保護協会(AIPPI・JAPAN)『模倣品等取締りのための国際協力に関する調査研究報告書』2005年3月、220頁(http://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken_kouhyou/h16_report_04.pdf)参照。)

4 交渉開始から13年を経た現在でも合意の見通しは立ってない状況である。

5 Sean M. Flynn, Brook Baker, Margot Kaminski, and Jimmy Koo, “The U.S. Proposal for an Intellectual Property Chapter in The Trans-Pacific Partnership Agreement,” American University International Law Review, Vol.28, No.1, 2012, p.109.

6 Office of the United States Trade Representative, U.S. Objectives, U.S. Benefits In the Transatlantic Trade and Investment Partnership: A Detailed View; Ian F. Fergusson, Coordinator, William H. Cooper, Remy Jurenas, Brock R. Williams, “The Trans-Pacific Partnership (TPP) Negotiations and Issues for Congress,” CRS Report for Congress, R42694, December 13, 2013.

7 Sean M. Flynn, Brook Baker, Margot Kaminski, and Jimmy Koo, “The U.S. Proposal for an Intellectual Property Chapter In The Trans-Pacific Partnership Agreement,” American University International Law Review, Vol.28, No.1, 2012, pp.105-205; Shayerah Ilias and Ian F. Fergusson, “Intellectual Property Rights and International Trade,” CRS Report for Congress, RL34292, February 17, 2011;日本国際知的財産保護協会『模倣品等取締りのための国際協力に関する調査研究報告書』2005年3月。

8 Sean M. Flynn, Brook Baker, Margot Kaminski, and Jimmy Koo, “The U.S. Proposal for an Intellectual Property Chapter In The Trans-Pacific Partnership Agreement,” American University International Law Review, Vol.28, No.1, 2012, pp.130-133.

9 この原則については、伊藤一頼「米国およびNAFTA におけるWTO 法の間接適用可能性:通商救済案件の分析を中心に」『RIETI Discussion Paper Series』10-J-019、2010 年2月を参照。

10 「米国イノベーション戦略:持続的成長と質の高い雇用の実現に向けて(仮訳)」国立国会図書館調査・立法考査局編『科学技術政策の国際的な動向(科学技術に関する調査プロジェクト調査報告書)』2011年3月、61-89頁;The White House, Strategy for American Innovation: Executive Sumarry.

11 National Economic Council, Council of Economic Advisers, and Office of Science and Technology Policy, A Strategy for American Innovation: Securing Our Economic Growth and Prosperity, February 2011;「米国イノベーション戦略:経済成長と繁栄の確保(エグゼクティブ・サマリー)」『科学技術政策の国際的な動向』91-98頁。

12 パテント・トロールについては、例えば特許庁『特許行政年次報告書』2012年版を参照。

13 例えば、後藤晃「特許制度の現状と課題」『経済産業ジャーナル』2005年1月号を参照。

14 「情報界のトピックス:オンライン海賊行為防止法案(SOPA)の行方」『情報管理』第54巻、第12号、865-868頁。

15 USTR Fact Sheet, Values Driving U.S. Trade Policy, February 2014.

16 The White House, Executive Actions: Answering the President’s Call to Strengthen Our Patent System and Foster Innovation.

17 Brian Fung, “Who’s behind the last-minute push to thwart patent reform?” The Washington Post, May 21, 2014; Ed Silverstein, “Patent reform proposal withers in Senate,” Inside Counsel, May 23, 2014; Anne L. Kim, “Hope, Blame and the Senate Patent ‘Troll’ Bill,” Roll Call, May 22, 2014.

18 “Polis and Massie Call for Transparency in US Trade Agreements,” Targeted News Service, December 12, 2013; Lydia DePillis, “Everything you need to know about the Trans pacific Partnership,” The Washington Post, December 11, 2013..

19 USTR Fact Sheet, Values Driving U.S. Trade Policy, February 2014.

■小尾美千代:南山大学教授