タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/9/12

アメリカNOW 第116号 ハワイ政治の文脈(1):ダニエル・イノウエ時代の終焉というパンドラの箱(渡辺将人)



ハワイ政治に異変が起きている。ハワイ州の2014年中間選挙では、州知事選で現職のニール・アバクロンビー知事(民主党・元連邦下院議員)が、党内の挑戦者に予備選で敗北。ハワイ州で現職知事が予備選で敗北するのは史上初めてのことだ。また、連邦上院選挙では故ダニエル・イノウエ(民主党・元連邦上院議員)の議席が争われ、日系のコリーン・ハナブサ(民主党・連邦下院議員)が接戦の末に敗北。ハナブサは連邦下院の議席も失う。筆者は先月2014年8月、ハワイ州オアフ島で予備選挙の現地調査を行った。これまでアメリカNOWでは、ハワイ州の政治を詳細に扱ってこなかったが、今号からシリーズで数回ハワイ政治を検討する。2014年選挙情勢をめぐる現地報告に入る前に、今号では時計の針を2年前の2012年選挙に戻すことから始めてみたい。

イノウエをめぐって争われたメイジー・ヒロノの2012年連邦上院選挙

今から2年前の2012年9月初旬、共和党全国大会(フロリダ州タンパ)、民主党全国大会(ノースカロライナ州シャーロット)への参加を終えた筆者は、帰国前にホノルルに立ち寄った。2012年選挙では、ダニエル・アカカ連邦上院議員の引退で空席となる議席が争われ、日系のメイジー・ヒロノの選挙戦が佳境に入っていた。筆者は拙著『評伝バラク・オバマ』(集英社2009年)のインタビューでお世話になったヒロノ議員への陣中見舞いとハワイ政治の調査でハワイに足を運んだのだが、現地のホノルル政界で話題の中心は候補者のヒロノではなく、ダニエル・イノウエだった。

複数の州議会議員、政治スタッフに聞き取り調査を行ったが、チャイナタウンの料理店で面会した日系ロビイストで弁護士のリック・ツジムラ氏の解説は明快だった。ツジムラ氏はハワイ政治の表裏を知り尽くす存在だ。ところで、2012年連邦上院選でメイジー・ヒロノの対抗馬だった共和党リンダ・リングルは、かつて2002年の知事選でもヒロノと争った因縁があった。アメリカ本土から流れ込む豊富な資金がリングルの武器とされていた。知事選でのリングルは、民主党優位のハワイ州で当時の民主党現職知事(初のフィリピン系のベン・カエタノ)の支持率低迷を追い風に民主党票にも食い込み、共和党でありながら勝利した。ヒロノはカエタノ知事時代の副知事であり、「反カエタノ」旋風の中で惜しくも敗北。2007年から連邦下院議員(ハワイ州第2区)に転じた。しかし、2012年連邦上院選では、ハワイ民主党は一致してヒロノ支持を固めていた。ツジムラ氏がこう説明した。

「今回の上院選は、前回(リングルとヒロノの知事選)の繰り返しにはならない。それはリングルの今回の戦いが、連邦議会でダン・イノウエから上院歳出委員長の地位を剥奪するための選挙だと、有権者が理解しているからだ。ハワイ州にとって、それは死を意味する。我々はどうしてもダニー・イノウエが必要なのだ。だからメイジー・ヒロノをどう評価しようがそれは無関係だ。この上院選はダン・イノウエをめぐる選挙であり、メイジー・ヒロノの選挙ではない。ダン・イノウエこそが地元に利益をもたらす存在で、それができるのはヒロノでもハナブサでもない。イノウエがすべてだ。他方でイノウエをどう評価するかとも関係がない。純粋に地元に利益をもたらす力があるのがダン・イノウエだということだ。イノウエを嫌う人がいてもいいが、彼が地元に利益をもたらしてくれる。だから人々はどのみち彼に投票する。さもなければ、ハワイは経済的に最悪の状態に陥るだけだ」。

アメリカ連邦議会では当選回数による「シニオリティ」が絶大な意味を持つ。多数派政党になれば、重要委員会の委員長は、当選回数を重ねた議員が独占する。他州のどの議員にも負けない当選回数とそれに比例する連邦議会での権力を握ったイノウエの存在こそが、戦後ハワイの成長の礎であり、歳出委員会委員長という地位は党派やイノウエへの個人的な好悪を超越してハワイが一丸となって支えるべき共通利益だった。当選回数が浅く非力な支持政党の候補Aと、当選回数を重ねた重鎮現職だが非支持政党Bという「究極の選択」を迫られれば、「州利益」の観点からは、後者のBへの投票に傾く。熱烈な党派層以外ではそうした判断になるし、無党派層の判断基準になる。

強い産業基盤や資源がない州では尚更その傾向が強まる。イノウエは再選を重ねるに従って雪だるま式に支持基盤を確実にしていった。スパーク・マツナガ、ダニエル・アカカなどジュニア・セネター(後任議員)の顔ぶれが入れ替わる中、シニアセネター(先任議員)のイノウエだけは不動の地位を守り続けた。2010年には最古参の上院議員として連邦上院仮議長になり、大統領継承順位3位の地位を得た。そうした理由から、ヒロノの上院選も、ヒロノについて評価を云々する選挙戦ではなく、「イノウエの委員長の座を守ろう」が動員への声がけの本音だったのだ。

無論、イノウエが全米規模で尊敬の対象となったのは単に当選回数を重ねたからではない。第2次世界大戦のイタリア戦線で片腕を失くした愛国心と勇敢さへの敬意が根底にある。イノウエはボブ・ドール元連邦上院議員のように戦争での身体的な犠牲を体現している。右腕の袖を上着のポケットに入れたまま、左手で握手を求める際、イノウエが醸し出した無言の威厳は凄まじく、アメリカ議会の議員達は背筋が伸びる思いがする。こんな逸話もある。イノウエが属した第442連隊は、南フランスで取り残された歩兵隊を救出する任務を命じられた。歩兵隊はドイツ軍に包囲されていたが、日系2世部隊は接近戦で歩兵隊を見事に救出した。救出された歩兵隊はテキサス州の部隊で、命の恩人であるハワイの日系部隊に深く感謝した。このことがテキサスの政治家の間で浸透し、後にハワイが州への昇格を希望した際、テキサス州選出の連邦議員は全員がハワイの昇格を支持したという。

アメリカでの外国人や移民の姓の浸透度は、野球ファン、映画ファンなど、趣味と世代によって違いがある。筆者の名字「ワタナベ」も、俳優の渡辺謙氏で有名な「ラストサムライ」(2003年)の公開で、知名度が激変した。大学の教室で教授に「ワナビー?」と点呼されることもあった1990年代との差は明白だ。今や投資家の間でも「ミセス・ワタナベ」が定着している。共和党関係者には、黒沢映画やサムライ好きの年配や、「武士道」に惚れ込む退役軍人も少なくないが、日本人の知り合いが少ない地方の政党関係者には必ず「お前はケン・ワタナベの親戚か?」と聞かれ、「そうだったら名誉なことだが、残念ながら違う。ワタナベはスミスのようにありふれたファミリーネームだ」と答えるのが習慣化した。そのような中、アメリカの政治関係者にとって、最も有名かつ威厳に満ちたな日系の名字は言うまでもなく「イノウエ」だ。日本語の「井上」の原音に近く表記してInouye(Inoueではなく)と綴る。

それだけにハワイの政界も有権者もイノウエ抜きの世界について「頭の体操」は十分ではなかった。あまりにも長期間イノウエ頼みの州利益確保の政治をしてきたため、イノウエの存在がない連邦政府との付き合いは未知なる領域だったのだ。2012年9月12日、ロビイストのツジムラ氏に「イノウエ議員がいなくなったらどうするのですか?ハワイの次の戦略はどうなるのですか?」と単刀直入に聞いた。イノウエ議員の他界か引退を前提とした不敬な質問であったかもしれないが、現実的にイノウエ議員の体調問題は民主党の事情通の間では以前から不安視されていた。ツジムラ氏は笑って次のように答えた。

「それは3000億ドルの報酬に値する質問だな。イノウエが在職中に亡くなったらどうなるのか、様々な憶測が流れている。私は、引退はないと断言する。現役のまま亡くなるはずだ(die in office)」。

リック・ツジムラの予言は的中した。彼が名付けた「3000億ドルの質問」に、ハワイ政治が答えなければいけない時は、思いがけずあっという間に訪れた。それから約3ヶ月後の12月17日にダニエル・イノウエ議員が満88歳で永眠したからだ。

ダニエル・イノウエの遺言に背いたハワイ州知事

連邦上院議員が様々な理由で空席となることがある。その際はどうするのだろうか。アラスカ、オレゴン、ウィスコンシン、そして一部の例外事態を除きオクラホマでも特別選挙の実施を求めている。しかし、それ以外の大半の州では、合衆国憲法修正17条により、次の選挙までの間、州知事が上院議員を臨時で任命できる。過大な権限のように思えるが、連邦政府が弱体で、州が基本的な政治単位であるアメリカでは、州知事の権限として当然視されている。次の正式な選挙までの「繋ぎ役」であり、この知事の権限自体が強く疑問視されることは少ない。州知事こそが州単位のアメリカの政治観からすれば格上でもあり、各州2名の連邦上院議員は、州から連邦に派遣されている存在に過ぎないという見方もできる。1つの「国」を任される経験を積んだ州知事のほうが、連邦上院議員よりも大統領候補として適格と考える人も、地方政党幹部とりわけ共和党には少なくない。

大統領を選ぶ際、アメリカの有権者は大統領が最高裁判事を指名する権限を有していることを明確に意識する。人工妊娠中絶から医療保険制度まで、最高裁の判断は判事達のイデオロギー比率で決まる以上、大統領への投票は最高裁判事の指名を兼ねているようなものだ。保守派とりわけ宗教右派、また同性愛や女性グループのリベラル派にとっても判事の指名は死活的である。アメリカの大統領選のキャンペーンで、経済や外交とは別に、喫緊の課題ではないように思える宗教的・価値的な問題まで議論されるのはそのためだ。大統領が任期中に最高裁判事を指名する機会が生じた際に、判断となる価値観をジャッジしておく必要があるのだ。しかし、大多数の有権者は、州知事を選ぶ際には、連邦上院議員を間接的に選ぶことまで意識していない。そこで、しばしば州知事の恣意的な判断をめぐって問題が起きる。

記憶に新しいのは、2009年のオバマの大統領就任にともなって生じた、イリノイ州選出のオバマの連邦上院の空席をめぐる収賄騒動だ。当時イリノイ州知事だったロッド・ブラゴエビッチが、上院議員の指名と引き換えに私腹を肥やそう画策していた事件だ。州知事が検討していたショートリストとして、退役軍人のタミー・ダックワース、連邦下院筆頭院内副幹事のジャン・シャコウスキーなどの名が取沙汰されていた。しかし、結果としてブラゴエビッチはアフリカ系のローランド・バリスを指名した。ブラゴエビッチ知事が後に逮捕されたにも関わらず、バリスは連邦上院議員に堂々と就任した。バリス議員がオバマ大統領の支持も得られず、民主党内で孤立したのは言うまでもない。

ただ、知事指名で就任した上院議員がインチキな代物で、実力もないと即断することはできない。「繋ぎ期間」を経て、次の選挙で正式に有権者の審判を仰ぎ、見事当選する例も少なくないからだ。有名な例では、大統領候補にまでなった元駐日大使のウォルター・モンデール(ヒューバート・ハンフリーの辞任で指名就任)、ハワイ州のダニエル・アカカ(スパーク・マツナガの他界で指名就任)がいる。彼らは次の選挙でしっかりと有権者の支持を得て連邦議会に定着した。しかし、州知事指名で就任する臨時議員達は、選挙の荒波を経ていないため、そもそも支持基盤が脆弱か選挙向け組織を育てていない。だから、多くは出馬を断念して引退してしまう。イリノイ州選出のバリス以降も12人の連邦上院議員が指名で就任しているが、そのうちバリスを含む8人が選挙に立候補せず議席を放棄している。指名就任で生き残れるのは、州内の支持基盤を形成できた者に限る。

さて、ダニエル・イノウエの死去は、ハワイ政治のパンドラの箱を開けたと言ってよいだろう。戦後ハワイ経済を支えてきたイノウエ議席の扱いは、慎重な判断を求められるからだ。揉め事の始まりは、イノウエが遺言として自分の後継の連邦上院議員に、連邦下院議員だったコリーン・ハナブサを望んだことだった。その遺言の意志の強さについてはハワイ政界内でも諸説あり、ハナブサ支持派は「命令に近いものだった」と言い、他方で州知事派は「提言に過ぎなかった」と言っている。いずれにせよ、憲法修正17条で定められた州知事の権限が存在する以上、現職の連邦上院議員といえども自分の議席の後継者を非公式に指名することはできない。手続き論からすれば文字取り「非公式」な希望に過ぎず、尊重する法的な義務はない。しかし、州ごとに地元政治の個別の事情がある。ハワイにおけるイノウエは絶対の存在だ。そのダニエル・イノウエによる直々の意志だとすれば、そう簡単には拒絶できない。上院議員に後任を指名する力は認められていないが、ハワイ民主党としては「道義的」には無視できないジレンマがあった。

事態を混乱へと引きずり込んだのは、アバクロンビー知事がイノウエの「遺言」を無視して、自分の部下である副知事のブライアン・シャーツを指名したことだった。州知事はイノウエに面と向かって逆らったのである。元々、アバクロンビーとイノウエは馬が合わなかった。アバクロンビーはニューヨーク出身でハワイ生まれではない。ニューヨークの大学卒業後、1959年にハワイ大学に学ぶためにハワイに移り住んだ。1960年代の時代背景も反映され、アバクロンビーは極めて「自由人」だったが、長髪に髭というヒッピー風とも受け止められるスタイルは、伝統と礼儀を重んじる古風な元軍人のイノウエには受け入れられず、「政治をやりたければまず髪を切れ」と、アバクロンビーはイノウエに説教されたという逸話もある。

アバクロンビーはハワイ大学でオバマの両親と机を並べた。オバマとは極めて近い関係にある。アバクロンビー知事の部下で副知事だったブライアン・シャーツもオバマの母校プナホ・スクール出身で大統領とは先輩後輩関係。いわばオバマ派だ。一方のダニエル・イノウエは2008年大統領選の民主党予備選で、ハワイ出身のオバマを支持せず、敢えてヒラリー・クリントンを選んだ。2008年時点での陣営区分ではイノウエはクリントン派だ。ハワイ民主党の中に、徐々にではあるが、これまで神格化された絶対の存在であったイノウエと違うラインが生まれつつあった。アバクロンビーの「決断」は象徴的な発露だった。極めて皮肉なことであるが、2014年8月の予備選でアバクロンビーは敗退し、再選の道は絶たれた。しかし、イノウエの遺言に背いた指名は、もしかしたらハワイ政治史においては、後年振り返る際に大きな転換点として歴史に刻まれる決断となるかもしれない。イノウエに従わないという決断は、ハワイでは十分に「事件」だったからだ。

次号では、「親日的」と称されることも多いハワイの日系人をめぐるハワイ政治の文脈を検討する。

■渡辺将人 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授