タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/9/22

アメリカNOW第118号 2014年ハワイ州知事選挙:民主党予備選挙 現地報告(渡辺将人)


ハワイ民主党を驚かせた無名の州議会議員の圧勝

2014年8月9日、筆者が訪れていたホノルルのアバクロンビー知事陣営本部には、午後6時頃から支持者が集まり始めていた。地元局の記者のリポートの中継ポイントになっている屋外の特設ステージでは、ウクレレの余興が披露され、階上の陣営本部では日本風カレーライスの夕食が、来訪者向けに振る舞われていた。デザートのケーキを片手に世間話に花を咲かせる支持者の前に、アバクロンビー知事本人が顔を見せたのは、午後7時前だった。知事はハワイ島を襲ったハリケーン対応で疲弊し、選挙戦どころではないといった様子だった。支持者から慰労の拍手が湧いた。

州議会の本会議場に設えられた開票センターで、午後7時になると最初の開票結果が出る。ハワイの選挙はオアフ島全域の投票所から、民主党側と共和党側のボランティアによって車で運び込まれるが、タクシーを使用するのが伝統になっている。ハワイでは選挙日はタクシー業界にとって「特需」の日である。州議会の地下駐車場に続々とタクシーが到着し、投票の箱が担ぎ込まれる様子がテレビでも報道される。ネイバーアイランズと呼ばれるオアフ以外の近隣の島々からは空輸される。ハワイ州では2014年現在、タッチパネル式の投票マシーンはごく一部導入されているのみで、マークシート方式が主流だ。筆者はサウス・キング通り沿いのマッキンレー高校の投票所を見学させてもらったが、電子マシーンは1台だけで、受付の担当者によれば有権者は未だに使い慣れたマークシートを好むという。

午後7時過ぎ、アバクロンビー陣営の支持者待機室内の大型テレビに映し出されていた選挙特番が、民主党予備選の初回集計の結果を報じた。知事選の途中結果は、挑戦者のイゲ氏67%、アバクロンビー氏32%、もう1人の候補であるタナベ氏が1%だった。現場に重苦しい沈黙が漂った。陣営には悲鳴や怒号も起きず、支持者はただ沈黙して呆然としてテレビを睨み続けた。あまりの票差に絶望的な空気が周囲に立ちこめた。

一方、筆者が8時過ぎに訪れた先のイゲ陣営本部は、既にお祭り騒ぎだった。狭い会場は入り口に人が溢れ、入るのも精一杯で中は支持者でごった返している。前日にもイゲ陣営を訪れていたが、その時の閑散とした印象とは激変していた。先ほどの通夜のようなアバクロンビー陣営とは雲泥の差だ。支持者がアンダギーなどの手作りの沖縄の料理やお菓子を振る舞い、ハワイアンのミュージシャンによる余興がしばらく続いた。入り口両サイドの狭い位置に設置されたカメラで、地元テレビ各局はライブでその様子を伝えていた。ハナブサ陣営から梯子で駆けつけたジョージ・アリヨシ元知事夫妻が前方で円卓を囲み、遅れてメージー・ヒロノ連邦上院議員などが顔を揃えた。午後9時の3度目の開票でアバクロンビー知事は敗北を認め、イゲが夫人と子供達(息子1人と娘2人)を伴って壇上で感謝の辞を述べた。また、アバクロンビー夫妻がほどなくしてイゲ陣営に駆けつけ、イゲの勝利を壇上で讃えた。この知事の行動については「民主党内に不要なしこりを残さないための知事なりの工夫」として党関係者は高く評価した。

そもそも、民主党「1党体制」のハワイ州では、予備選で内部の争いが本格的に激化することは少なかった。現職がいれば概ね結束して応援し、いくつかの例外を除き民主党が勝つ。しかし、今回の州知事選挙では、民主党内で異例の「反乱」が起きた。挑戦者のデイビッド・ユタカ・イゲは15万7050票(66%)、現職知事のニール・アバクロンビーは7万3507票(30.9%)。大差でイゲが勝利した。ハワイの州知事選で再選が実現できなかった現職は、1962年に敗北した共和党ウィリアム・クイン以来であり、予備選での現職敗北は史上初めてのことである。「36%もの差でアバクロンビー知事が敗北するとは想像できなかったので、知事選の結果はとてもショッキングでした」と州議会下院議員のマーク・ハシエムは筆者に語った。

現職敗北以上にサプライズだったのは、挑戦者がダークホースだったことだ。州議会上院議員のグレン・ワカイはイゲをこう評する。「9ヶ月前、イゲが立候補を宣言した時、ショックを受けました。話してみれば分かりますが、彼はもの静かで、出しゃばらず、まったく尊大なところがない、謙遜家です。州議会でも一番野心から遠い位置にいる人物です」。ハワイ民主党内部に生まれた「反アバクロンビー」派は、「反知事」の怒りを集約する「知事ではない誰か」を対抗馬として擁立することを目論んだ。その反知事の代弁者として、イゲのような目立たない実直な人物に白羽の矢が立ったことについては、関係者が意外だったと口を揃える。だが、イゲは、知事周辺を取り巻く「アバクロンビー帝国」の政治的影響に一切まみれていなかった。知事と距離を置いた独立した存在だったことが候補者として好まれた。それだけ「知事との距離感」こそが、キャンペーンの看板となる予備選だったのである。

アバクロンビー知事包囲網の原因となった高齢者、教員組合、環境保護団体

アバクロンビーは連邦下院議員としては高い支持率を誇った。それが知事就任後、支持率が急落した。「議員としては優秀でも、知事に必要なリーダーシップはなかった」という感想を持つ州議会議員が過半数だ。ハワイ州民の本音は、連邦下院で当選回数を重ねていたアバクロンビーに、ずっとワシントンに居続けてもらうことだった。イノウエと同じように、それこそがハワイの州益になるからだ。委員長級の重鎮議員の座を捨て、知事に転身するからには、ハワイ州の利益の損失(当選回数を重ねた連邦議員の消滅)に相当する、良い仕事をしてもらって当然と州民は考えた。「思い入れのあるハワイで老後を過ごしたくなったのだろう」という心情的理解派の声もあったが、アバクロンビーは結果として、自分で高いハードルを作り上げてしまったのだ。就任早々から「逆風」の兆しが見えた。アバクロンビーが支持基盤の3つのグループを敵に回したことで、「逆風」は決定的となった。その3つのグループとは、高齢者、教員、環境保護団体である。

知事が2010年に就任した際、ハワイ州の負債は膨らむ一方だった。120億ドルの州財政を根本的に立て直す必要があったが、問題の予算の7割は、公務員給与、医療関係のベネフィット、年金などだった。そこでアバクロンビーは公立学校の教員の給与やベネフィットの削減、教員評価や終身在職の見直しなどを断行した。また、就任早々に年間7万5,000ドル以上の年金受給者への課税方針も打ち出した。この課税案は州議会を通らなかったものの、知事は年金受給者からの批判に晒された。上記の教員給与削減や厳しい教員評価制度の導入で、知事は1万3,000人近くの加盟者数を誇るハワイ州教員組合も敵に回すことになった。知事は説明を繰り返したが、「無駄に長く話し過ぎるだけ」と評される饒舌なスタイルが逆効果となり、腹心的な部下を記者会見で自分の背後に立たせる演出も「強権的」と誤解を受けた。財政再建策で優先的に手をつけた領域と手法のミスに加え、説明責任を果たす上でのコミュニケーション戦略の不手際が、州民の怒りを倍加させた。

そして致命的だったのは環境保護団体を怒らせたことだった。環境団体はハワイ政治では有力な支持団体である。「シエラクラブ」ハワイ支部の他にも地元団体が多数存在する。言うまでもなくハワイは手つかずの自然が多く残る州であり、映画「ジュラシック・パーク」(1993年)のロケ地であるカウアイ島に象徴されるように、恐竜映画の撮影が可能な程の大自然が魅力だ。それだけに過度の観光開発で自然破壊が助長されないよう、環境保護団体が常に監視運動を活発に展開している。ハワイでは環境保護団体は、アメリカ本土ほどマージナルで急進的なリベラル団体ではなく、完全に敵に回すのは政治的には自殺行為である。

環境保護団体はニューポリティクス派のアバクロンビー知事を元々は支持していた。それを一変させたのが、カカアコ地区の開発問題だった。カカアコとはホノルル中心部のアラモアナ地区の西側で、デベロッパーと州が大規模な開発事業を行っている地区である。オアフ島の不動産市場では、目下話題の中心となっている地区で、今後15年間で22棟のコンドミニアムの建設が予定されている。日本でもハワイの不動産に興味がある人は、耳にしたことがあるかもしれない。しかし、ハワイ政治では「カカアコ」は政争の代名詞である。「インフラのアセスメントもせず、デベロッパーに開発者負担金を課すことも無く、次々と州が計画に許可を出した」(イゲ陣営幹部)ことが問題視されたからだ。周辺の景観や環境への負担が考慮されず、特に学校等の公的教育機関に象徴される生活インフラの整備が無視された問題だらけの計画と批判されている。計画に前向きだったアバクロンビー知事は集中砲火を浴びた。

結果、「カカアコ・グループ」とも呼ばれる環境保護の活動家達による寄付金が、イゲ立陣営の基盤作りを助けた。最初はイゲの家族を入れてわずか10人ほどの小さな集まりでスタートしたというイゲ陣営だったが、環境保護団体からの献金がキックオフを支援した。ハワイコミュニティ開発局(HCDA)が地域住民の声を取り入れていないとして、カカアコ保護を訴える抗議運動が発生。運動の支持者はイゲを支援した。また、カカアコをめぐってハワイ政界の支援も集まった。元州知事のジョージ・アリヨシもアバクロンビー知事に失望したと公言し、カカアコ開発を批判。アリヨシはイゲの強力な支援者として、動画でもアバクロンビー批判を展開した。ある州議会上院議員は「民主党では美しいハワイをそのままの姿で守ろうが建前でした。アバクロンビー知事は、ある意味では共和党的な領域に踏み込んだのです。それはハワイの土地から最大限の高い価値を引き出す、そのためにホテルが必要なら何でも建てましょうという考えです」と総括する。

カカアコの焦点は、必ずしも環境問題だけではない。ハワイ政界でイゲ支援のうねりが生じた背後にあったのは、5万戸とも言われるオアフ島の慢性的な住宅不足問題である。カカアコのインフラ作りには州が多大な予算を注いできた。しかし、「それは外国人のためではなく、ローカルの住民のためだった」(ハワイ州議会議員)というのがハワイ政界の概ね一致した見解だ。それにもかかわらず、開発計画は安価な住宅供給ではなく、高額コンドミニアムなど高級志向に傾き、現地住民には高嶺の花の高層建築が立ち並ぶ結果となっている。投資目的であろうと、居住のためであろうと、外国人が高額コンドミニアムを購入することを当然デベロッパーは歓迎するし、それ自体は問題視されることではない。そもそもカカアコ地区の開発自体は、アリヨシ知事時代から計画の伏線はあるというアバクロンビー擁護論もある。しかし、地元住民や多くの州議会議員は「ワイキキがもう1つ増えるだけで、ローカルの住民の住宅不足解消には役立たない。何のために州が開発に納税者の金を注いできたのか」と不満を募らせた。高級リゾート志向が否定できない開発計画が、どう地元住民の利益になるのか。ここでも知事は説明責任を果たしきれなかった。「環境保護」「住宅不足問題」。2つの争点をはらむ「カカアコ地区開発」が、「反知事」勢力というモンスターを誕生させた。

デイビッド・イゲ州知事候補単独インタビュー

筆者は予備選挙前日、モイリイリ地区のイゲ陣営本部を訪れた。お揃いのイゲ陣営の青いTシャツを着たボランティア風の中年女性や若い女子学生が、紫色のブーゲンビリアの花で、首飾りのレイや陣営のステージの飾り付けを手作りしていた。これまでアメリカで数多くの選挙陣営を見てきたが、予備選挙とはいえ州知事選規模の陣営本部にしては小ぢんまりした雰囲気であった。ハワイ島とオアフ島に接近していた2つのハリケーンに備えて知事選が休戦モードだったことも関係はしていたが、選挙前日とは思えないのんびりとした空気には驚かされた。ボランティアの女性に見えたのはイゲ夫人、同じく「手伝いの学生」はイゲ氏の子供達だった。イゲ本人も非常に気さくな雰囲気で単独インタビューに応じてくれた。

イゲが強調したのは3点であった。第1に特殊利益団体への狭い利益誘導だけに執心する現知事への不満、第2にエスニック集団のアイデンティティの尊重とコミュニティ統合のバランス論、第3に巨大選挙資金と広告中心選挙からの脱却路線である。私は単刀直入にまず聞いた。「なぜ立候補したのですか?」。イゲは次のように答えた。 

「あまりに多くの決定が公共の利益ではなく特殊利益のためだけに下されていて、人々が変化を望んでいたから最終的に立候補を決めました。州政府と住民の繋がりが断ち切られ、政府が聞く耳を持たず、関心事に取り組んでくれないと有権者は考えていたのです。私は、ハワイは誤った方向に進んでしまったのだと感じました」。
「確認しておくべき重要な点は、知事の州民の間での支持率は極めて低いことです。3割台しかない支持率。恐らくこれまでのどの州のどの知事の支持率よりも低いのです」。

立候補の理由が知事の悪政にあると素直に認め、ハワイ民主党内の反知事派を代表する「アンチ候補」の姿勢を鮮明にした。しかし、イゲの温厚な性格と優しい口調から、まったく攻撃的には聞こえないのが印象的だった。「どのような選挙民集団をターゲットに集票しているのか?」との質問には、以下のような婉曲的な返答がかえってきた。

「ハワイが特別なのは、それぞれの移民のエスニック集団が各自の伝統を維持することを奨励されていることです。実際、コミュニティでは多様性を祝福していますし、それぞれのエスニック集団が伝統を維持するように促されています。ハワイではマジョリティはいません。全員がマイノリティなのです。だからこそハワイでは民主党は、初の日系知事、初のフィリピン系知事、初のネイティブ・ハワイアン知事を選出してきたのです。どのエスニック集団がマジョリティになるというわけではありませんし、コミュニティ全体がコミュニティを前進させていくために一緒に協力していくことをどのエスニック集団も理解していると私は考えています」。

ハワイ州知事はこれまで、初代(ウイリアム・クイン)と第2代(ジョン・バーンズ)が白人。第3代に初の非白人知事として日系(ジョージ・アリヨシ)が就任した。第4代で初のネイティブ・ハワイアン(ジョン・ワイヘエ)、第5代が初のフィリピン系(ベン・カエタノ)と、ハワイの異なるエスニック集団から順次「初」が続いた。第6代のリングルと第7代のアバクロンビーで白人に戻ってしまっていたが、「次の第8代こそはオキナワンの順番」という言外のニュアンスもイゲの発言には読み取れた。「Everybody is a minority.全員がマイノリティなのです」との発言には、ハワイ的なイゲ流のエスニック集団の共存の理想像が滲んでいた。アメリカ本土的な上昇志向に沿えば、「誰もがマジョリティになれる」のほうが勇気を与える。「全員がマイノリティ」というのは、弱気な発言に聞こえるかもしれないし、弱者利権をふりかざす姿勢と誤解されるかもしれない。しかし、誰もがマイノリティであるという謙虚さとお互いの共感度の向上が、ハワイではコミュニティ運営の鍵だとイゲは考えているようだ。

無名候補を予備選勝利に近づけた2つの転換点

「この選挙では、人民の力と個人的な繋がりを大切にする人々の結びつきが、お金と広告中心の選挙に対抗する柱です。人々と繋がり対話を深めれば、勝利の可能性はあると信じて、これまでやってきました」とイゲは語ったが、ハワイにおける「アバクロンビー帝国」は初動では予想以上に手強かった。アバクロンビーはマシーン政治的な互恵システムを業界団体に浸透させる力に定評があり、あるイゲ陣営の関係者によれば、当初はアバクロンビー周辺から仕事の受注に横やりが入ることを恐れ、コピー機の会社がアバクロンビーの敵陣営(つまりイゲ陣営)のためにコピー機のサービス提供をためらうほどだった。知名度のないイゲ(Ige)は、「イーグ」と誤って発音されることもあった。イゲはこれまで州議会選挙でも、選挙区内で本格的な挑戦を受けたことがなく、安定した支持のもとに再選を続け、選挙経験が極めて未熟な弱点もあった(皮肉だが、イゲの穏やかな性格は、選挙で相手を追い落とすギスギスした経験が少ないからと分析する声も周辺には多い)。

しかし、イゲ陣営に立ち上げから参加したハワイ大学のシャロン・モリワキ博士は、2つの転換点で、予備選の流れが一気にイゲに傾いたと指摘する。言わば予備選のターニングポイントである。転換点の1つ目は、2014年5月のハワイ州民主党大会における「候補者演説封じ事件」だ。これは州の党大会で、イゲが演説者リストから除外されたという事件である。選挙年に数日間行われる州の党大会では、州知事を筆頭に、州議会議員などが次々と演説する。州の要職の大半を民主党が独占しているハワイ州では、民主党の州党大会が、事実上の州政治の最大かつ最重要の祭典である。過去には民主党内で予備選が発生していれば、予備選の候補者も発言権が与えられてきた。ダニエル・アカカ、コリーン・ハナブサ、エド・ケースなどいずれも候補者として州党大会で演説した。しかし、今回に限っては州知事選の候補者に発言権が与えられなかった。イゲ陣営は民主党州委員会に抗議を行ったが、州委員長の回答は演説数が増えるとコストがかかるので数を絞る必要がある、というものだった。イゲ陣営の抗議はメディアで大きく報じられ、世論の後押しで最終的にイゲは党大会で演説が許された。しかし、この騒動は演説権以上の副産物を生んだ。モリワキ博士は次のように述べる。

「知事はフェアではない、知事は挑戦者に挑戦の自由を与えていないぞ、という声の輪が広がったのです。民主党は間口の広い政党です。どんな相手でも、たとえそれが自分の地位を脅かす者でも、受け入れるべきです。予備選挙に立候補している者は、誰でも演説する権利があり、代議員はその声を聞くべきなのです」。

転換点の2つ目は、7月から本格化したテレビでのディベートだった。州議会歳出委員長であったイゲは予算に習熟しているのが武器で、それをディベートで公に示したことで、知名度を高めた。議会で8億ドルの予算削減を行ったイゲの緊縮財政の政策との比較で、小規模な特定分野の削減に偏った知事の方針は霞んで見えた。「ディベートを通じて、様々な立場が明白になりましたが、それは知事が特殊利益団体の擁護者ということでした。知事は開発業者を守る見返りに資金を受け取っていたのです」とイゲ陣営幹部は言う。

メディアで知名度が確立した後は、イゲのキャンペーンは街角や路上にも積極的に繰り出した。盆踊り(ボンダンス)、沖縄クラブのピクニック、村人会(ソンジンカイ)などに顔を出した。盆踊り回りは「800から900人規模の人と会うことができる重要なキャンペーンの現場」(イゲ陣営)である。イゲ陣営は盆踊りを重視し、候補者本人も送り込んだ。ハワイではオアフ島だけでなく、すべての島で盆踊りが数週間行われる。盆踊りはハワイの選挙における地上戦の重要なフィールドである。イゲ陣営はキャンペーン用の団扇を作成し、盆踊りに持参したが、現地ではアバクロンビー陣営の他、州議会の候補など数多くの陣営と鉢合わせになったという。ハワイではどの陣営も考えることは同じで、似たようなキャンペーン団扇を作成して、盆踊りの参加者に配布していた。

進歩派と穏健派の亀裂:象徴としてのLGBT問題、そしてハワイ宗教保守

今回の知事選の予備選過程の焦点は、2層構造だった。表面の層にあったのは、「白人」か「AJA(日系・沖縄系)」かのエスニックな主導権争い。フィリピン系に押されるAJAにとって、AJAの影響力が保持できるかどうか試金石となる選挙であることは事実だ。しかし、イゲはAJAとはいっても、オキナワンである。候補者本人には、日系の政治パワーの保持のためにという大義感は少ない。むしろ見逃すべきではない2層目の対立軸は、ハワイ民主党内におけるイデオロギー的な進歩派と穏健派の争いである。この対立軸の理解の鍵は、ハワイAJA社会の意外な保守性にある。温暖な気候、アジア系の多い人口動態、民主党優位体制などから、カリフォルニア北部のサンフランシスコなどとハワイが、似たような土地だという印象を持つ人もいる。しかし、サンフランシスコに典型的な同性愛解放運動、あるいは反戦リベラル色に象徴される文化的なリベラル性は、ハワイの政治風土と必ずしも一致しない。2011年から2012年にかけて、「ウォール街を占拠せよ」運動に触発されたオキュパイ運動は全米に広がったが、ハワイでのオキュパイ運動は実に小規模だった。2011年のAPEC(アジア太平洋経済協力会議)ホノルル開催に際して、極めて小規模なデモがホノルルで行われた。筆者も現地取材したが、ヒルトンビレッジやコンベンションセンター付近に集まるデモも、子供連れの親などが、ビーチサンダル姿のままピクニック感覚で参加する牧歌的なムードで、警備の警察の緊張を煽る事態も起きなかった。

ハワイ民主党内でもニューポリティクス派への意外な抵抗感は根強く、それは同性愛問題などで微妙な温度差を顕在化させる。筆者が今回のハワイ調査で訪れたアバクロンビー陣営の本部の応接室には、来訪者が手に取れるように同性愛者専門雑誌を卓上に飾り、複数の部数を陳列して自由に持ち帰れるようにしていた。LGBT団体の支援が「誇り」なのだという事務所側のアピールが伝わってくる。いずれもアバクロンビーが表紙を飾っていた号だ。『オデッセイ』誌(2014年8月号)は「知事は我々を支持してくれた。今度は彼を支持しよう!」と記し、2013年11月にアバクロンビー知事が同性婚法案に署名した写真を表紙に載せた。『エクスプレッション!』誌(2014年8月号)もカバーストーリで同法を支持した知事を賞賛。LGBTメディアの「無料広告」としての数々の記事は、知事の再選選挙前に絶好の宣伝となるはずだった。LGBTコミュニティは献金力も大きい。しかし、ハワイの伝統的な民主党エスタブリッシュメントには、同性婚となると眉をひそめる向きもある。アバクロンビーの同性愛支持は行き過ぎだと難色を示す民主党支持者も少なくない。イゲはそうした声を代弁する受け皿になった。

イゲの父、イゲ・トキオはイノウエと同じく第2次大戦では442連隊で参戦し、負傷した。イゲの父方の祖父母は沖縄県の西原町出身だという。公立学校の教師であるイゲ夫人がナレーターを務めたテレビCMでも、イゲの両親と質素な幼少期の写真が使用された。イゲは職業政治家ではなく、6人兄弟の家庭環境から苦学してハワイ大学で電子工学を学び、経営学修士号(MBA)を取得したエンジニアであり、民間セクターでの経験が多く、一般勤労者に心理的に近い立場にいる。戦場でアメリカに尽くした父、そして公立校出身でエリート色とは無縁のイゲの地道な努力による成功。3人の子供を育てる父としての家族の価値の強調(選挙戦のパンフレットやポスターには家族写真を多用)。これらはアメリカンドリームそのものであり、本土の中西部でもテキサスでも通用する実直な経歴と家族の物語だ。ニューヨークからの「流れ者」であるアバクロンビーの経歴とリベラルな政治姿勢は、本土では相当にリベラルな州と選挙区でなければ通用しない。

また、イゲ陣営の妙な演出を施さない誠実さも受けた。文字通りハワイの「叩き上げ男」のイゲだが、3人の子供は意外にも地元ハワイ大学ではなく、本土しかも東部の大学に通わせている(長女はジョージタウン大学ロースクール、次女がロチェスター大学、長男がジョンズホプキンス大学)。本土、しかも学費の高い私学で学ぶ子供達の存在は、公立教育を受け、ハワイを出ずに地元で成功したイゲの武勇伝のイメージに影響を与えかねなかったが、イゲ陣営はあえて隠すことなく、堂々と子供達の動画コメントを配信した。子供達の控えめな性格と朗らかさもあって、教育費が高くついても子供のためにはという親心の期待に応える子供達という「父子愛」に焦点をずらすことができた。3人の子供は選挙ポスターの被写体としても活躍。「イゲ家」の家族愛の強調に貢献した。いずれにせよ、同性婚法案にひた走った知事の後で、ハワイは少しだけ家族観について穏健な知事を求めたようだ。

ところで、2013年にかけて同性婚法案をめぐる論争が州議会で吹き荒れたことで、間接的に民主党外の意外な選挙民集団が活性化している動きがある。それはキリスト教保守である。元々、1820年にメイン州の伝導組織が6人の宣教師をハワイ諸島に送り込んで以来、ハワイとキリスト教は不可分の関係にある。宣教師の到来から10年程で読み書きなど現地人の教育基盤が形成されたハワイでは、この時期から宗教的にもキリスト教の影響が広く浸透し、オアフ島北部には大規模なモルモン教の施設もある。ちなみにモルモン教徒にはサモア系が多い。2014年8月9日、アバクロンビーとイゲの民主党予備選の裏側でひっそりと行われていたのが、共和党の知事・副知事予備選である。共和党の副知事候補として予備選に勝利したのが、エルウィン・アフというキリスト教保守系の牧師だ。2012年にできた「ニュー・ホープ・メトロ」という保守系の新興の教会を主宰しているが、白血病を克服したという自らの「奇跡体験」を語って保守系の支持を得ている。民主党優位のハワイから完全に共和党が消えないのは、宣教師以来のキリスト教の伝統が影響している、意外な文化争点での保守性と、こうした宗教保守基盤が細々と存在するからだ。

来る11月の本選挙で、イゲは共和党のデューク・アイオナ候補と争う。アイオナは、リングル知事時代に副知事を務めた人物で、2010年の知事選にも出馬してアバクロンビーに敗れている。ネイティブ・ハワイアン、中国系、ポルトガル系という、ハワイらしい複雑に混ざり合ったエスニック背景を持つ。勝敗の鍵の1つは、ムーフィー・ハネマンという独立系の第3候補の存在だ。元ホノルル市長でサモア系のハネマンは、モルモン教徒でもあり、宗教保守票が割れると考えられている。これは民主党イゲ陣営に有利な要因だ。モルモン教徒票は独立系ハネマンに流れ、副知事候補エルウィン・アフ牧師が、保守系のプロテスタント票を共和党に引き寄せるものと見られている。共和党は絶対数は少ないものの、本選に向けて一層の宗教保守動員をかける方針だ。民主党は同姓婚積極派だったアバクロンビーではなく、穏健派のイゲを選出したことで、本選でのダメージを幾分減少できたが、イゲは教育政策、エネルギー政策、経済などについてさらに具体策を語り、元アバクロンビー支持派の取り込みと本選投票率の上昇を目指す必要がある。

次号では、ブライアン・シャーツとコリーン・ハナブサが対決した、連邦上院議員選挙の予備選について現地報告をしたい。

渡辺将人 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授