タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/10/1

2014年アメリカ中間選挙 update 2:「リセット外交」の限界と外交安全保障問題の政治争点化(中山俊宏)

中間選挙で、外交安全保障問題が主要争点になることは稀である。しかし、ごく稀にそれが大きな影響力を持つ場合がある。2000年以降では、9.11テロ攻撃の影響の下、2002年、そして続く2006年の中間選挙において、対テロ戦争をめぐる評価が選挙の結果に決定的な影響を及ぼした。

2002年の中間選挙は、テロ攻撃からまだ一年強しか時間が経ていなかったこと、さらにイラクへの介入をめぐる議論が沸騰するなかで、共和党が民主党の外交安全保障分野における弱腰振りをことさら強調するかたちで選挙戦が展開していった。その結果、通常は中間選挙においては不利な戦いを強いられるはずの政権党であった共和党は、上下両院でそれぞれ議席数を増やした。

印象的だったのが、マックス・クリーランド上院議員(民主党、ジョージア州)の敗退だった。彼は、ベトナム戦争における戦闘で両足と片手を失っている退役軍人だ。にもかかわらず、共和党のサックスビー・チャンブリス候補から、国土安全保障についての姿勢に対して熾烈な批判が浴びせられ、退役軍人からの支持も失っていった。チャンブリスに対する批判は、同じくベトナム戦争に従軍した共和党のマケイン上院議員やヘーゲル上院議員(当時)からも適切でないと批判を浴びたが、アメリカ国民をテロリストの脅威から守るということに関し、一度疑念がもたれた負のインパクトを押し返すことはできなかった。

2006年の中間選挙は、イラク戦争開始から三年半強のタイミングで行われ、ブッシュ政権の介入主義に対して厳しい裁定がくだされた選挙だった。ブッシュ政権は、イラク戦争を迅速に終わらせることを望んだが、その予想外の長期化と混乱、そしてアメリカがイラクにおける内戦状況の深みに引きずり込まれているのではないかとのアメリカ国民の疑念と不満が頂点に達し、民主党が上下両院で多数党の地位を獲得した。イラク戦争に対する国民の不満の表明を受けて、選挙からほどなくして、ブッシュ大統領はイラク戦争の「顔」でもあったラムズフェルド国防長官を事実上解任する。この後、民主党はブッシュ政権に対する攻勢を強めていき、それが2008年の大統領選挙におけるオバマ政権誕生の下地を形成していく。

このように2002年と2006年の選挙はかなりはっきりと「ナショナル・セキュリティ(安全保障)」が前面に押し出された選挙だった。2002年は共和党が民主党の弱み(弱腰の平和主義政党というイメージ)につけ込み、2006年は民主党がブッシュ政権の失策(単独的な介入主義)を責め立てた選挙だった。ちなみにオバマ政権一期目に行われた2010年の中間選挙は、もっぱら内政、より正確にはオバマケアに焦点が絞られた選挙だった。

オバマ政権は、発足以降、巧みに外交安全保障問題が政治争点化するのを回避してきた政権だといえる。それは、過剰な介入の時代に疲弊しきったアメリカ国民の気分と合致する政策でもあった。「過激な暴力主義」を放置しておくわけにはいかない。しかし、もう米軍を本格的に投入することもしたくない。この相矛盾する願望をうまく調和させたのが、「ライト・フットプリント・ストラテジー(軽い足あと戦略)」(デヴィッド・サンガー)だった。それは、イラクとアフガニスタンにおける米軍の足あとをなるべく小さくしながらも、特殊部隊とドローン(無人航空機)を駆使して、ピンポイントで外科手術的に脅威を除去するという戦略だ。こうすれば米軍を派遣することに伴う痛みを回避しつつ、オバマ政権はそう呼ぶことを否定したものの、事実上の「対テロ戦争」を遂行できる。ビンラディンの殺害は、まさにこの戦略の正しさを証明したかのように位置づけられた。

オバマ外交の問題意識の中核には、ブッシュ政権下の過剰な介入の時代に起きたことを「リセット」しようという感覚がある。そこには秩序構築の発想が欠けている。アメリカの力を行使して、どういう世界を構築するのかという問いかけは意識的に排除されており、むしろオバマ政権高官が発言したとされる(もしくはそうメディアが形容することを否定しようとしなかった)「バカなことは極力やらない('Don't do stupid sh--' [stuff])」という発想がオバマ外交を貫いている。この発想は十分に理解できる。というのもブッシュ外交は、アメリカ的秩序の構築をアメリカが単独主義的に行おうとした場合の危険性を示しているからだ。

その結果、オバマ外交には個々の情勢や案件について、個別具体的に対応しようとする問題意識が貫徹している。その当然の帰結として、個々の局面ではある種の合理性を維持できたとしても、それを全体として眺めると、下手な抽象絵画のように焦点がぼやけ、なにが描いてあるかがわからなくなってしまう。それは、アメリカの行動の予測可能性が低下し、その結果として国際社会に意味の真空、力の真空が生まれ、不測の事態が発生する可能性を必然的に高めてしまうことを意味する。

いま国際社会に生じている軋みをすべてオバマ政権の責任とするのはフェアではないだろう。しかし、それはオバマ政権が掲げた「リセット外交」の限界を示しているともいえる。いまオバマ政権は2010年に発表された国家安全保障戦略では対応できない世界、やや厳しくいえばそれが意図せずに作り出してしまった世界に直面している。イスラム国の存在を否応無しに意識せざるをえなくなった八月以降、アメリカ国民の外交安全保障問題に対する関心がかなりはっきりと高くなっている。アメリカが国際秩序を維持するためにより積極的な役割をはたすべきだという意見も、あきらかに強くなっている。オバマは、今後、ブッシュ・ドクトリンとは異なるオバマ流の介入論を組み立てていかざるをえないのか。ともすると、オバマ外交はこれまでの六年間ではなく、これから残された二年間にとる行動によって記憶されることになる可能性も排除できないだろう。

半年前は、誰も今年の中間選挙が「ナショナル・セキュリティー・エレクション」になるとは予想していなかった。しかし、いまやそれは明らかに今年の選挙の背景をうめる風景の一部を構成するようにはなっている。しかも、こうした変化は、中間選挙以降、大統領選挙に向けての動きの中でも重要な意味をもってきそうだ。

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■中山俊宏 慶應義塾大学教授