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アメリカ大統領選挙UPDATE 1:「サンダース現象」考察 アメリカ現地調査を踏まえ

October 21, 2015

渡辺将人 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授

サンダース支持者が共有する合い言葉「12の政策」

サンダース支持者の熱狂を見ていると、2008年のオバマ旋風を思い出すと言う人もいる。事務所開きのイベントにあわせて筆者が8月に訪れたアイオワシティ事務所は、とりわけ活気に溢れていた。事務所前では中年男性がハーモニカとギターを演奏し、星条旗のバンダナをした女性が太鼓を叩くヒッピー風のボヘミアンな雰囲気が漂う。「革命に参加せよ(Join The Revolution)」と書かれた事務所の壁には、マジックで支持者が寄せ書きしている。「バーニーはアメリカがいかにクリーンな選挙とエネルギーそして本物の雇用を必要としているか知っている!」など情熱的な言葉が並ぶ。「平和、改革、環境、高潔、信頼、正直、本物」などのキーワードが目立った。壁にはサンダースが「私は大企業を代弁しないし、彼らの金も要らない」と語るポスターが掲げられていた。

サンダース事務所に貼り付けてある支持者の合い言葉は以下の「12の政策」だ。1:インフラ再建、2:気候変動を抑制、3:ワーカーズコープ(労働者共同体)設立、4:貿易組合運動の育成、5:最低賃金の引き上げ、6:男女平等賃金、7:アメリカ人労働者のためになる通商政策、8:誰でも大学に通えるように(公立大無料化)、9:ウォール街への挑戦、10:人権としての医療保険、11:最も弱い立場の人を守る、12:真の税制改革。

サンダースのスタンプ・スピーチ(定型演説)の7要素

サンダースは完全なスタンプ・スピーチ型の候補者である。アイオワ州の政党演説会や陣営集会を梯子した筆者は2日間で3回、目の前でサンダースの演説を見たが、実際どれもまったく同じ演説だった。有権者の質問を必ずしも好まない。「ステート・フェア」の演説では、サンダースは質問を一切受けずに会場を去った(ヒラリー陣営の上級幹部もこれには驚いていた)。また、アイオワシティの事務所開きの演説は、支持者と至近距離でふれあう機会だったにもかかわらず、やはり質問を受け付けなかった。

この姿勢に対する「擁護」論は、サンダースと支持者の意見は既に一致しており、今さら質疑応答の必要がないというものだ。他方で「批判」は、サンダースは自説を繰り返す演説好きの人物で「自分が話したいことだけを話す」という評価だ。正直、筆者は後者の印象を強く受けた。見方を変えれば、イシューを語る政策熱心な候補者ではあるが、異説にも耳を傾けて歩み寄るという姿勢がまるでない(その頑固さが逆に受けている)。アイオワ州ジョンソン郡民主党委員は言う。「人と握手をして話すときも、サンダースは自分のことについて話さない。イシューのことばかりずっと話している」。

サンダースのスタンプ・スピーチは概ね以下の7つの要素で構成されている。第1に選挙資金のクリーンさの強調(スーパーPACを使わないことや個人献金に基づく選挙戦)、第2に反エスタブリッシュメント・反大企業の強調、第3に1%が富を独占する格差批判(最低賃金引き上げや女性の雇用環境改善など)、第4に反自由貿易(反環太平洋経済連携協定[TPP])、第5に反化石燃料の環境政策、第6に移民制度改革、第7にイラク戦争への反対投票歴。

なるほど、サンダースの集会に行くと「戦争は解決策ではない」のプラカードを必ず見かける。反戦リベラル派の強い支持がある。しかし、サンダース自身は「自分は上院退役軍人委員会で委員長をしていた」という枕詞で軍人への敬意は表し、「戦争は最終手段であるべき」との主張に留めている。銃規制にも意外と慎重だ。興味深い点としては中国への言及で、通商問題では「アメリカ企業は、アメリカ国内に投資すべきで中国にするな」と繰り返し、アメリカの刑務所問題を批判する文脈では「中国の受刑者数より、今やアメリカの受刑者数が上回ってしまった」と比較の対象に持ち出して中国の人権状況を暗に揶揄するなど、批判を随所に散りばめる癖もある。

サンダースの党派性の薄さは吉か凶か

サンダースとロン・ポールの類似性を指摘する声は多い。「革命 Revolution」をスローガンにしたキャンペーンにしても、「若者は過激な老人が好きなものだ」(アイオワ州共和党幹部)という揶揄を地でいく若年層からの絶大な支持にしても、二大政党への反発にしても類似点は多い。実際、サンダース現象で意外に割を食っているのは、ランド・ポールだという指摘がある(反エスタブリッシュメントという点ではトランプにも票を食われているが、反戦・反偽善など政治姿勢の「スタイルの同質性」から、非民主党の無党派・超党派のポール親子支持者もサンダース支持に回っている現象)。

今回、サンダースは民主党の予備選に参戦しているが、依然として自らを「デモクラット」とは呼んでいない。表立ってこの点を党内で批判はされていないが、党派的な有権者にはわだかまりがある。こうした感情も勘案し、ヒラリー陣営の戦略は、サンダースは民主党候補ではないとして「無視」することから出発している(党派性を強調するオマリー陣営も似た戦略)。その上でヒラリー陣営が採用している戦略は、地元の民主党議員を再選・当選させるには、どの大統領候補が党にとって望ましいですか?という問いかけだ。「A Vote for Hillary is a vote for holding the Iowa Senate」がアイオワ民主党で流布されている。党派的な有権者は「インデペンデント」の大統領候補を地元の政党利益から選ばないという見立てだ。

また、サンダース支持に集っている若年層が、面倒な党員集会に果たしてしっかり参加するのかどうかも不安視されている。かつてのオバマ陣営やロン・ポール陣営のような、党員集会初参加になる若年層への十分な情報提供や訓練が必要だ。また、「サンダースは経済ポピュリズムに立脚した問題にすべてのイシューを包摂するため、人種問題を経済問題とは分けて考えることを求めるアフリカ系活動家との相性が良くない」と指摘する民主党関係者もいる。白人リベラル州で善戦できても、南部の白人穏健州やサウスカロライナなどのアフリカ系票をどう獲得するのか見えない。

しかし、ヒラリーが圧倒的に優位に立っている「ジェンダー」要因は、サンダース支持者には絶対的ではないようだ。サンダースの事務所のアイオワ州白人女性は次のように述べていた。「女性大統領は実現させたい。しかし、ジェンダーは投票基準ではない。ヒラリーは素晴らしい人物だし、これまで熱心に働いてきたし、それには感謝している。しかし、彼女は企業の影響からバーニーのように自由ではない」。

民主党ディベートで巻き返すヒラリー

ところで、10月13日に民主党側の初の予備選ディベートが開催された。一説ではバイデンが出馬を決断するならこの予備選までにとも囁かれたが、その決断はないまま、ヒラリー、サンダース、オマリー、チェイフィー、ウェブの5人が登壇した。これに先立つ10月初旬、ニューヨークで筆者が面会したヒラリー選対の匿名上級幹部は、「そろそろ政策論争に本腰を入れる。ディベートをその突破口にする」と位置づけていた。ディベートでヒラリーは、賃金上昇に直結しないとしてTPP支持撤回を説明し、公務で私用メールを使用していた問題についてもサンダースが思わぬ助け舟を出したことで、議論が同問題をめぐる個人攻撃に偏る展開にはならなかった。結果、米メディアはヒラリーに高評価を与え、バイデン参入への牽制材料にもなった。

「サンダース現象」について3つの点を示唆して、本稿を締めくくりたい。1つ目は、ヒラリー陣営はサンダース支持の極左票は予備選では必要としていないことだ。問題は本選で彼らが(共和党政権阻止のために)ヒラリーの元に戻ってくるかであるが、これについては現時点ではヒラリー陣営は悲観的ではない。2つ目は、「サンダース現象」は、エリザベス・ウォーレン上院議員が立候補しなかった結果として発生していることだ。ウォーレンの発言や動向に今後も要注目である。3つ目は、ヒラリーの一連の「リベラル路線」であるが、元々ヒラリーは国内政策では夫のビルよりもリベラルとも言われている。「サンダース現象」だけが彼女の政策のすべてを反動的に規定しているかのような「ヒラリーVSバーニー」解釈は、中長期的な文脈を見る目を曇らせるかもしれない。

    • 北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院准教授
    • 渡辺 将人
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