タイプ
論考
プロジェクト
日付
2015/10/21

アメリカ大統領選挙UPDATE 1:「オバマケア破棄」がなぜ未だに政治的に有効なのか?

 オバマケア(患者保護および医療費負担適正化法)が2010年3月に成立した時に、賛成派は「世紀の改革」と賞賛した。反対派はすぐに「オバマケア破棄(Repeal Obamacare)」をスローガンにして運動を始めた。2010年秋の中間選挙ではオバマケアが民主党にとって逆風となり共和党が大勝した。しかし、共和党の反オバマケ運動はここから困難に直面していった。2012年夏の最高裁判決では個人に対する保険加入義務付けに対して合憲判決が下され、同年秋にはオバマ大統領は再選された。これを受けて共和党のジョン・ベイナー下院議長は、オバマケアを「確立された法(law of the land)」であると認めるに至り、オバマケアをめぐる政治的争いは収束に向かうとも考えられた。しかし、その後も「オバマケア狂騒曲」は続いている。

 オバマケアに対する世論は未だに割れている。カイザー・ファミリー財団の調査[1]では、オバマケアに対して41%が非好意的、44%が好意的であると答えている。最近好意的と答える人が少しずつ増えてきているようではあるが、これまでの世論調査の推移からしてこのまま増加していくとは断言できない。

 またギャラップの調査結果[2]では、オバマケアが2016年の大統領選挙においても重要な争点になることが示されている。次の選挙で重要または最も重要だとする問題は何かという問いで、77%が「医療政策」と答えた。それは「経済」(86%)に次いで「連邦政府のあり方」と同率で二番目となっている。

 皆保険への大きなステップとなるオバマケアが成立して未だに大きな争点であり続けることに対して、そして共和党が今なお「オバマケア破棄」を訴え続けていることに対して、多くの日本人は疑問に感じるであろう。ここではその背景についてお話ししたい。

 まずはオバマケアの目的と構造について簡単に述べなければいけない。日本人にとっては非常に分かりにくい仕組みになっており、それ故にオバマケアの問題点も理解しにくい。

 オバマケアの第一の目的は無保険者問題の解決である。大企業で働く人々は、雇用主が給与外手当として提供するグループで契約する民間保険に加入している。労働者が負担する保険料は様々であるが、保険料のほとんどを負担してくれるような寛大な企業もある。したがって、無保険者の多くは、企業が保険を提供してくれない者で個人として加入しなければならない者となる。それらの人々を保険に加入させるためには、個人に対して保険加入義務付けを行うしかなく、それがオバマケアの最大の目玉である。しかしここで重要なのは、個人に対して民間保険を「購入すること」を義務化したという点である。個人は、州政府または連邦政府が設立する医療保険交換所(health insurance exchange)で提示される複数の保険プランの中から購入する。そして、年収に応じて連邦政府からの補助を受け取る。

 したがって、オバマケアは連邦政府の権力に対するアレルギーが強い政治文化の中で実現しうる皆保険の形であったといえる。しかし、オバマケアをめぐる政治的争いは、こういう構造だから“故に”続いているといえる。

 皮肉なのは、連邦政府自らが公的保険プログラムを作ってそこに市民を加入させるより、民間保険を利用する形で義務付けする方が連邦政府の規制はより多く複雑になるということである。最近も問題となった保険料の高騰問題も、連邦政府が営利企業である民間保険会社に命令して強引に割引させるわけにはいかない。また医療費を抑制するために、各保険会社が決めている診療報酬を連邦政府が変更することもできない。連邦政府が民間保険会社にできるのは、より間接的に問題解決のために誘導することであり、そうなるとしばしば規制が複雑化する。民間保険を利用したオバマケアだから故に連邦政府の権力が大きく見えてしまうのである。

 それでもリベラル派は、医療問題を解決するためには連邦政府の役割は重要であるとし、民主党大統領候補のヒラリー・クリントンは現状維持を主張し、バーニー・サンダーズはさらなる連邦政府権力の強化を主張する。他方、保守派は政府の規制こそが問題であるとし、共和党大統領候補者は揃ってオバマケアの破棄を主張し、より市場原理に基づいた制度に改めるべきだとする。

 あれだけ民間主導の医療制度でこれまで問題が起きてきたのを日本から眺めていると、連邦政府が医療問題を解決するためにリーダーシップを発揮することについて疑問を感じる日本人は少ないであろう。しかし、アメリカの世論調査をみると、アメリカ国内ではそうでもないことが分かる。ギャラップによる調査[3]で、連邦政府の権力が「大きすぎる」と2013年に答えた者が2003年以降最高の60%になったことが分かった。先に触れた次の選挙での争点についての世論調査で、「医療政策」と同率二位だったのが「連邦政府のあり方」であったことを思い出してほしい。ここに共和党候補者の「オバマケア破棄」という争点が政治的に有効であり続ける背景がある。 


 山岸 敬和 南山大学外国語学部教授