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アメリカNOW 第72号 ビンラディン殺害と米財政の接点~「平和の配当」に関する考察~ (安井明彦)

May 23, 2011

財政再建を巡る議論が熱を帯びる米国で、「テロとの戦い」の大きな標的だったウサマ・ビンラディン容疑者が殺害された。冷戦の終えんにともなう軍事費の削減(「平和の配当」)が財政再建の追い風となった1990年代の経験のように、これから「テロとの戦い」が沈静化していけば、今後の米国財政の再建にとって大きな助けになるのだろうか。この機会に状況を整理しておきたい。

「テロとの戦い」と財政負担

2001年の同時多発テロを受けて始まった「テロとの戦い」は、米国財政に負担を強いてきた。2011年1月に発表されたCBO(議会予算局)の集計によれば、2001年度から10年度までの累計で約1兆1, 000億ドルがイラクやアフガニスタンなどでの軍事活動に用意されている。GDP(国内経済総生産)比で平均すると、毎年約0.8%の負担に相当する。

時間の経過に連れて、戦費の内容は変わってきている(図表1)。当初は大半がイラク向けの戦費だったが、主戦場の変化を反映して、2010年度にはアフガニスタン向けの戦費がこれを上回った。イラク向けの戦費は2008年度がピークであり、2010年度の実績は2008年度の4割強にまで低下している。その一方で、2010年度のアフガニスタン向けの戦費は2008年度の3倍強に膨らんでいる。イラク向け戦費の減少の一部がアフガニスタン向けの戦費増で相殺されているため、戦費の総額はそれほど減少していない。

こうした米国の戦費負担は、当初の公式な予測を大幅に上回っている。2002年12月にブッシュ政権のダニエルズOMB(行政管理予算局)局長は、イラク戦費の総額を500~600億ドルと見積もっている。これに先立つ同年9月にリンゼー大統領顧問が「1,000~2,000億ドル」との見積もりを発表した際には、「悲観的すぎる」との批判が政権内部から起こり、同顧問が辞任する一因になったとすらいわれる。しかし実際には、イラクでの戦費に限ったとしても、2001~10年度の財政負担は7,000億ドルを超えている。「悲観的すぎる」といわれたリンゼー顧問の予測の3倍以上の財政負担が既に発生していることになる。

「平和の配当」への期待

「テロとの戦い」の沈静化は、財政再建が課題となる米国にとって朗報である。軍事費の削減という、いわゆる「平和の配当」が期待できるからだ。

前例はある。1990年代の米国の財政再建では、冷戦の終えんによる「平和の配当」が相応の役割を果たした。1991年度と2000年度の実績を比較すると、米国の財政収支はGDP(国内経済総生産)比で4.5%の赤字から2.4%への黒字へと大きく改善している。同時に、この間の軍事・外交関係の歳出の水準は、同じくGDP比で5.4%から3.0%へと低下している。単純に10年間の水準の違いを比較すれば、軍事・外交関係の歳出が縮小した金額(GDP比で2.4%)は、財政収支の改善額(同6.9%)の約3割に相当する。仮に国防・外交関係の歳出が1991年度と同じ水準であった場合には、2000年度の米国の財政収支は黒字とはならず、ようやく均衡する程度だった計算である。

以前よりも低い軍事費の存在感

もっとも、現在の米国における財政再建の文脈では、二つの点で「平和の配当」への期待は割り引いて考える必要がある。

第一に、財政に占める軍事費の存在感の違いである(図表2)。冷戦の終えんによる「平和の配当」が威力を発揮した1990年代前半と比較すると、米国の財政問題の主役は年金・医療の分野に移っている。1991年度の実績をGDP比で比較すると、軍事・外交関係の歳出が5.4%であったのに対し、年金・医療関係の歳出は同7.3%の水準にあった。これに対して、 2010年度の米国財政では、軍事・外交関係の歳出がGDP比で4.7%であるのに対して、年金・医療関係の歳出は同10.3%にまで膨らんでいる。戦費の縮小(「平和の配当」)が財政事情の改善に資するのは間違いないが、年金・医療の問題に切り込めなければ、本格的な財政再建は覚束ない。

2000年代の財政赤字拡大に果たした戦費の役割も限定的である。CBOによれば、2001~10年度の財政赤字の合計は、2001年1月のCBOの予測を実に約9兆7,000億ドルも上回っている *1 。1兆ドル強の戦費は財政赤字を拡大させた理由の一つではあるが、この時期の赤字拡大の主因ではない。

「平和の配当」は織り込み済み

第二に、現在米国で展開されている財政再建の議論 *2 では、「テロとの戦い」の沈静化に伴う戦費の縮小は当然の前提とされている。CBOの予測によれば、海外駐留の米軍が着実に撤退できれば、2017年度までに「テロとの戦い」に関わる財政負担はGDPの0.2%以下にまで低下する(図表3)。しかし、財政再建策を検討する米国の当局者にとっては、こうした「平和の配当」は予想外の追い風ではなく、むしろ当然減ってもらわなければ困る性格の金額として位置づけられている。

実際に、オバマ政権と共和党の財政再建案は、いずれも「テロとの戦い」の沈静化による軍事費の減少を、再建策を実施する前の財政赤字の予測(ベースライン)に織り込んでいる。両者が主張する「12年間で4兆ドル(政権案)」「10年間で4兆ドル(共和党案)」という財政再建策の規模は、「平和の配当」を見込んだベースラインからの削減額である。

軍事費が財政再建の論点になるとすれば、「テロとの戦い」以外の部分の取り扱いである。「平和の配当」の効果を除くと、オバマ政権の提案では、向こう10年間の軍事費が約1,300億ドル削減される。これに対して共和党の財政再建案では、同じ期間の軍事費は約900億ドル増加する *3 。両者が目指す数兆ドル規模の財政再建策のなかでは決して比重が大きいとはいえないが、両者の意見が対立している部分なのは事実である。

ちなみに、「テロとの戦い」に関わる戦費を除くと、2000年度から2010年度の軍事費の年平均増加率は6.2%となっている(戦費を含めると同9.0%)。こうした「平時の軍事費」の増加率は、その他の裁量的経費(毎年法律で歳出額を決定する一般経費。年金・医療保険などは該当しない)の6.9%よりもやや低い水準である。

「テロとの戦い」の沈静化による「平和の配当」は、米国の財政状況を改善させる要因になるのは間違いない。しかし、現在の米国における財政再建の文脈では、その効果に過大な期待を寄せるべきではなさそうだ。



*1 :Congressional Budget Office, Changes in CBO’s Baseline Projections Since January 2001 , May 12, 2011

*2 :安井明彦、 オバマ政権の財政再建案~見極め難い共和党案との規模の差~ 、東京財団「アメリカNOW」第70号、2011年4月19日。安井明彦、 何が米国の財政再建の障害なのか~鍵を握る「政府の大きさと役割」を巡る議論~ 、みずほ総合研究所「みずほ米州インサイト」、2011年5月9日。

*3 :Committee for a Responsible Federal Budget, Analyzing the President’s New Budget Framework , April 21, 2011

■安井明彦:東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・メンバー、みずほ総合研究所ニューヨーク事務所長

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