タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/11/4

アメリカ大統領権限分析プロジェクト:オバマ大統領による政策実現を阻む州司法長官

 梅川葉菜(駒澤大学専任講師)

 

    現在のアメリカでは、イデオロギー的分極化状況の中で、大統領権限の拡大が、連邦議会に阻止されずに進展しつつあるようにみえる。しかしながら、実はそうした大統領権限の拡大の試みは、連邦議会ではなく、州司法長官たちの合衆国裁判所への訴訟によって妨げられているのである。

    本稿の目的は、オバマ大統領の権限拡大の試みに対して、これまであまり目を向けられることのなかった州司法長官が重要な役割を果たすようになってきていることを指摘することである。

大統領権限の拡大と分極化

    オバマ大統領は、連邦議会の深刻な党派対立に起因する政治停滞の中で、自らの政治目標の達成に腐心してきた[1]。例えば、2014年11月、オバマ大統領は「21世紀に向けた移民査証制度の近代化と合理化」と題した大統領覚書(presidential memorandum)を発表し、移民制度改革を試みた[2]。この移民制度改革の試みは、連邦議会の機能不全に苛立ったオバマ大統領によって実施された。オバマ大統領が移民制度改革を実施するにあたり、次のように述べていることは、それをよく示している。

 

    「移民政策は既に破綻しており、その事実は誰もが知っている…(中略)…そこで私は議会と協力し、超党派的な法案の通過に注力してきた…(中略)…ところが、共和党指導部がそれを拒絶した…(中略)…そこで、いずれ超党派的な協力に基づく立法が成功するまでの間、大統領としての法的権限を行使して移民改革を実施する。」[3]

 

    他方で、党派対立の先鋭化は、必ずしも常にオバマ大統領を困らせるものではなかった。実は、連邦議会がそうした大統領による政策実現を阻止しようと試みる際にも、しばしば、党派対立の影響により、団結して大統領に抵抗できなったのである。例えば、上述したオバマ大統領による移民制度改革の試みに対しては、すぐさま連邦議会が、共和党の指揮のもとで反撃に打って出たが、上院の民主党議員からの反対にあって失敗に終わっている[4]

    すなわち、党派対立の先鋭化は、オバマ大統領による大統領権限の拡大を引き起こす一因となっているだけでなく、それを連邦議会が阻止することをも困難にしているのである。

    それでは、分極化状況の中で、大統領権限の拡大は遮られずに進展していくのだろうか。ここで注目すべきは、本来、連邦政治の政治アクターとして目を向けられることの少ない、州司法長官たちである。

州司法長官の存在感の増大

    近年のアメリカ政治で注目に値するのは、連邦レベルの政治の舞台において、全米各州の州司法長官(State Attorney General)の存在感が増しつつある、ということである。アメリカでは、各州の州憲法や州法が、その州の州司法長官の権限、任期、選出方法を定めている。州司法長官は、全米50州のうち43もの州で、州民の直接選挙によって選出されている。そのため、そのポストは政治家としての重要なキャリアパスとしても位置付けられている。こうした政治家としての側面が強いアメリカの州司法長官たちは、1980年代頃から存在感を強めるようになっており、特に近年、アメリカ政治学においても少しずつ注目を集めるようになっている[5]。とりわけオバマ政権期は、そうした現象の台頭が顕著である。

    上述した移民制度改革においても、州司法長官たちが連邦議会に代わり重要な役割を果たしていたといえる。オバマ大統領の移民制度改革の試みを阻止すべく、共和党が強い26州の州司法長官たちが中心となって、合同で訴訟を提起したのであった[6]。彼らは、もしその移民制度改革が実施された場合、州政府には様々な費用負担の増大が予期されるとして当事者適格を主張し、そのうえで、オバマ政権の移民制度改革が、連邦法や合衆国憲法に反していると主張した[7]。2016年6月、合衆国最高裁の判事たちの意見が4対4で割れたので、移民制度改革の差し止めを命じる合衆国下級裁の判断が維持され、現在に至っている。この訴訟を率いていたテキサス州司法長官ケン・パクストンは、判事たちの判断について次のように述べた。

 

    「今日の決定は私たちが当初から主張してきたものであった。すなわち、大統領であろうとも、単独で法を変更することはできない、ということである。この司法判断はオバマ大統領による執行権拡大の試みを阻むものであり、三権分立制と法の支配を信ずる者たちの勝利である。」[8]

 

    この事例からは、オバマ大統領による政策実現が、州司法長官たちの訴訟によって阻止されていることがわかる。実はこうした現象は、移民政策に限らず、環境保護政策やLGBT政策にもみることができる。

 2015年8月、オバマ政権はクリーンパワープランと呼ばれる、大幅なCO2の排出規制を目指した環境保護政策の実施を試みた[9]。その阻止を試みたのが、共和党が強い27州の州司法長官たちであった[10]。2016年2月、合衆国最高裁が差し止めを支持する判断を示した[11]

 また、2016年5月、オバマ政権は公立学校に対して、トランスジェンダーの生徒が性自認に沿ったトイレを利用できるようにしなければ連邦補助金を削減するという政策方針を示した[12]。これに対して23州の共和党が強い州が中心となり訴訟を提起し、2016年8月、合衆国下級裁が差し止めの判断を示した[13]。本件は、現在も係争中である。

    つまり、イデオロギー的分極化に起因する党派対立の先鋭化により、大統領権限の拡大の抑制が困難になっているようにみえるが、実は、まさに連邦議会の代わりのように、州司法長官たちがそれの抑制に成功しているといえよう。

終わりに

    党派対立の先鋭化は、今後もアメリカ政治を特徴づける要素の一つであると考えられる。そのため、①大統領が連邦議会を迂回して政策を実現するべく権限拡大を試みること、②連邦議会がそれを阻むことは難しいこと、③連邦議会の代わりのように州司法長官たちが合衆国裁判所を舞台として合同で訴訟を提起して大統領の権限拡大の試みに挑戦すること、という三つの状況は、今後も維持されると考えられる。したがって、現代アメリカ政治を紐解く際には、これまでのように大統領や連邦議会ばかりに注目するのではなく、州司法長官という、あまり注目されてこなかった政治アクターにも目を向ける必要があるといえるだろう。

 

梅川葉菜  駒澤大学専任講師

 

[1]梅川健、「大統領制:議会との協調から単独での政策形成へ」、山岸敬和・西川賢編、『ポスト・オバマのアメリカ』(大学教育出版、2016年)、20-42頁; 菅原和行、「官僚制:オバマによる応答性の追求とその限界」、山岸敬和・西川賢編、『ポスト・オバマのアメリカ』(大学教育出版、2016年)、43-60頁;清原聖子「メディア:政権運営におけるソーシャルメディアの活用と「オープンガヴァメント」」、山岸敬和・西川賢編、『ポスト・オバマのアメリカ』(大学教育出版、2016年)、82-103頁。

[2]詳細は以下の論考を参考。

梅川健、『アメリカ大統領権限分析プロジェクト:アメリカ大統領研究の現状と課題(2)』(2016年10月27日アクセス)。

[3] Barack Obama, “Remarks by the President in Address to the Nation on Immigration,” November 20, 2014 (2016年10月27日アクセス).

[4] Susan Cornwell, “Senate Democrats again block bill derailing Obama on immigration,” Reuters, February 4, 2015(2016年10月27日アクセス).

[5] Nolette, Paul, 2015, Federalism on Trial: State Attorneys General and National Policymaking in Contemporary America, University Press of Kansas.

[6] Memorandum Opinion and Order (U.S. District Court for the Southern District of Texas, Feb 16, 2015)(2016年10月27日アクセス).

[7]同上; U.S. Court of Appeals for the Fifth Circuit, Texas v. United States, No. 15-40238, Filed November 9, 2015, Revised November 25, 2015.

[8] Adam Liptak and Michael D. Shear, “Supreme Court Tie Blocks Obama Immigration Plan,” New York Times, June 23, 2016.

[9] Barack Obama, “Remarks by the President in Announcing the Clean Power Plan,” August 03, 2015(2016年10月27日アクセス).

[10] Adam Liptak and Coral Davenport, “Supreme Court Deals Blow to Obama’s Efforts to Regulate Coal Emissions,” New York Times, February 9, 2016.

[11] 同上。

[12] Emanuella Grinberg, “Feds Issue Guidance on Transgender Access to School Bathrooms,” CNN Politics, May 14, 2016(2016年10月27日アクセス).

[13] Ariane de Vogue, “Judge Temporarily Blocks Obama School Transgender Bathroom Policy,” CNN politics, August 22, 2016(2016年10月27日アクセス).