タイプ
論考
プロジェクト
日付
2017/2/20

アメリカ大統領選挙 UPDATE 7:トランプ政権とオバマケアの行方

山岸敬和  南山大学外国語学部教授

 

   2017年1月20日、アメリカでは大統領就任式が行われた。その就任式が終わると、トランプ新大統領はホワイトハウスに立ち寄り、いくつかの大統領令に署名した。その中にオバマケア(正式名:患者保護および医療費負担適正化法)を廃止するための大統領令(Executive Order Minimizing the Economic Burden of the Patient Protection and Affordable Care Act Pending Repeal)があった。これはオバマケアを実際に廃止するものではないが、オバマケアの行方に大きな影響を与えるものであることは間違いない。

 

   このコラムでは、まず大統領令の内容について触れ、その後に議会内でどのような議論が行われており、今後どのような展開が考えられるのかについて述べる。

大統領令の内容

   この大統領令では、まず「患者保護および医療費負担適正化法の速やかな廃止を行うことを政権の方針とする」と宣言した上で、行政府は実際に法律が廃止されるまで「法律の中の不当な経済的負担や規制に関する負担を、削減法律の枠組みの中で最小化するために必要なことを全て行い、より自由で解放された医療市場を作り出すために州政府に対してより大きな自由裁量と権力を与える準備を行う[1]」としている。

 

 文面を見ればわかるように、これでオバマケアが廃止されたわけではない。しかし、特定のプログラムの実施の延期、保険加入の義務化を免除するグループの指定、メディケイド(医療扶助)を運営する州政府に対してどのような裁量を認めるか等については、オバマ前政権は大統領令等で対処してきて、共和党側はそれを批判してきた経緯がある。すなわち、トランプはオバマ前政権が採った手法を逆手にとってオバマケアを骨抜きにしようとしているのである。

 

 「Day One」に出されたこの大統領令によって、トランプ大統領は選挙期間中に約束していた「オバマケア廃止」を実施する覚悟があるということ示したかったのだろう。またより具体的には、この大統領令によって保険加入の義務化をできるだけ執行をしないこと、言葉を換えれば義務化を免除する対象をできるだけ増やすこと、そして義務化に違反してもペナルティを徴収しないように(厳密には徴収をサボタージュ)することができる。

議会共和党の動き

 ただこの大統領令でオバマケアを骨抜きにはできるが、しかしこれではトランプが行ったように次の大統領が就任直後にまたひっくり返すことができる。したがって共和党議会は立法活動によってオバマケアを廃止することを目指している。

 

 共和党は上下両院で多数(上院で100議席中52議席、下院で435議席中241議席)を占める。共和党は予算調整法という形でオバマケアを廃止しようとしている。これだと、単純過半数で成立可能だからである。

 

 問題は、議会共和党が代替法案を成立させられるかどうかである。オバマケアが成立してから新たに医療保険(メディケイドを含む)を得た人々は2000万人いると言われている。オバマケアを廃止するだけでは、その人々から保険を取り上げることになり、それは共和党にとっては道徳的にも政治的にも問題となる。

 

 しかし議会共和党で代替法案をまとめて、それを成立させることはかなり困難であると言わざるを得ない。一つは共和党内にもオバマケア破棄の影響を最小限に抑えようとする穏健派と、連邦政府が医療に介入すること自体を否定するような強硬派まで幅広く存在する。オバマ政権と対峙している時は「オバマケア廃止」でまとまっていたが、いざ政権党になると内部の対立が顕在化してきた。

 

 穏健派に属するビル・カシディは、保険に加入する際の補助金を継続し、州が望めばオバマケアの仕組みを残すことを提案する。他方、強硬派のランド・ポールはカシディ案を「十分に保守的でない(not conservative enough)」とし、オバマケアの大部分を廃止し、最低限のセーフティネットとして既往症を持つ人々には2年間の経過措置を設け、その間保険に加入している場合にのみ保険加入が保証されるなどとする[2]

 

 代替法案を成立させるためには、下院では過半数でよいが、上院ではフィリバスターを打ち切るために必要な60票を得なければならない。52議席しか持たない共和党は少なくとも民主党から8票必要となる。しかし、民主党議員の支持を得ようとして法案を穏健なものにすると強硬派が反対に回る。共和党内の強硬派と穏健派が同意でき、さらに民主党から必要な賛成票を得ることができる法案をまとめることができるかが注目される。

 

 また共和党内部では廃止法案と代替法案を成立させるタイミングについても意見が割れている。穏健派は、二つは同時に成立させるべきであるとし、他方強硬派はできるだけ急いで廃止し、それから時間をかけて代替案をまとめればよいとする。図でも明らかなように、世論調査でも意見が分かれている。

 

    図:世論調査「議会はオバマケアに対してどのような態度であるべきか?」

   Source: Kaiser Family Foundation, “Kaiser Health Tracking Poll: Health Care Priorities for 2017

 

トランプのリーダーシップが鍵

 トランプは最近、廃止案と代替案についての法案形成には時間をかけるべきで、成立は来年になっても構わないのではないかという趣旨の発言をした。オバマケアを廃止するためのアクションは大統領令によって示したのであるから、廃止を急いで批判を受けるよりも、少々時間をかけてでも代替法案が準備できるまで廃止法案成立を待ってもよいのではというのが彼のスタンスであるように見える。

 

 議会からもそれに呼応するかのように、時間をかけて予算調整法案の中にでき得るだけ代替案を書き込もうとする動きが出てきている。「Reconciliation Plus[3]」と呼ばれているものである。

 

 トランプ大統領は、外交分野などでは予測可能性が低いというのがしばしばネガティブな側面として語られる。しかし、医療分野についてはドグマティックでないが故にトランプによって「第三の道」が開けるという可能性がある。これまではオバマケア支持派とオバマケア廃止派が分かれ、それにイデオロギー的な対立も重なり、妥協点がないまま時間が経過してきた。しかし、過去に皆保険を支持した経験もあるトランプが共和党の大統領として登場することで、オバマケアをめぐる政治的対立の構造に変化が生まれつつあるといえる。

 

 オバマケアがどのような着地点を見いだすかは、トランプが発揮するリーダーシップによって大きく左右されるだろう。そして、オバマケア改革をどのように取りまとめるかは、トランプと議会、トランプとオバマケアの恩恵を被っている有権者(特にトランプ支持者)との関係性に大きく影響してくる。その結果、今後のアメリカ政治にも少なからず影響を及ぼしてくるといえる。

 

[1] 以下で全文を参照。The White House, “Executive Order Minimizing the Economic Burden of the Patient Protection and Affordable Care Act Pending Repeal”   

[2] 共和党内の対立の詳細については以下を参照。Nathaniel Weixel, “Senators’ ObamaCare Replacement Bills Highlight GOP Divide”

[3] MJ Lee, “Newest Republican Obamacare Plan: Reconciliation Plus,” CNN