アメリカ大統領選挙UPDATE 3:トランプ候補の世界観と共和党専門家からの強い批判 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

アメリカ大統領選挙UPDATE 3:トランプ候補の世界観と共和党専門家からの強い批判

April 7, 2016

渡部 恒雄 東京財団上席研究員兼政策研究ディレクター

トランプ候補が共和党予備選で着実に勝利を挙げて指名に近づくにしたがって、その外交についての発言も注目も集めて大きく批判されるとともに、外交政策の背後にある彼の世界観についても分析が進み、議論されることになっている。トランプの「アメリカ第一主義」「孤立主義」という発想はアメリカの歴史を振り返れば、必ずしも特殊なものではないが、同時に現在の世界において有効な政策ではなく、むしろアメリカの国益を損ねるというのが共和党の専門家のコンセンサスといっていいだろう。

トランプの外交姿勢への批判が注目を浴びることになったのは、トランプが大勝利を収めたスーパーチューズデーの翌日の3月2日に、共和党の安全保障専門家が連名で発表した公開書簡だ。 [1] 戦略学の泰斗、ジョンズ・ホプキンズ大学SAIS(高等国際関係大学院)のエリオット・コーエン教授が中心となり121人の専門家(2016年3月7日時点)が署名している。

この書簡の賛同者は、イラク戦争やシリアへの介入等で異なる意見を持ってはいるが、トランプ候補が大統領候補および大統領になることに強い反対をするという点で団結している。リストをみると、イラク戦争を主導したネオコン(新保守主義)の理論的な中核のロバート・ケーガン(ブルッキングス研究所)から、中国の台頭に対して「責任あるステークホルダー」論を提唱して「パンダハガー」(パンダをハグする人=対中宥和派)と揶揄されたロバート・ゼーリック元国務副長官まで、共和党の右から中道までのオールスターである。

書簡は、トランプの世界観は大きく矛盾しており、孤立主義から軍事冒険主義まで大きく振れていると指摘する。例としては、相互依存が進む世界経済において中国、メキシコ、日本をまとめて批判する「貿易戦争」は米国の経済利益に反し、彼が再開を提案しているテロリスト容疑者へのウォーターボーディングという尋問法は国際的に認められず、イスラム教徒の米国への入国禁止というような反イスラムの発言は、イスラム過激主義に対して米国と一緒に戦っている中東のパートナー国を疎外してイスラム系米国人の自由も疎外するものだと批判する。

そして、日本のような緊密な同盟国に対して、これまでの米国の防衛コミットメントの対価を払えというような主張は、「ゆすり・たかり」の類の感覚で、第二次世界大戦後、同盟国のリーダーとして機能してきた米国の指導者にはふさわしくないし、ロシアのプーチン大統領を尊敬するという発言は、民主主義国の指導者としては許されない発言だと指摘する。トランプの過去のイラク戦争、リビア空爆などの発言と、現在の発言は大きく矛盾しており、一般的な時間経過による意見の変化を考慮しても、彼の発言はあまりにも不正直だと指摘する。

トランプの世界観についての批判はこの書簡だけではない。ブルッキングス研究所のトーマス・ライトは、3月2日の日経アジアンリビューに寄稿して、トランプの外交政策の主張は支離滅裂に聞こえるが、一貫した世界観があると指摘する。 [2] その上で、それは第二次世界大戦前の世界観であり、一部は19世紀の考え方だと喝破する。そして、トランプは1987年当時に9万5000ドルの私費をかけて、共和党のレーガン政権の外交・安保政策を批判する意見広告をニューヨークタイムズ紙やワシントンポスト紙に掲載した頃から変わっていないと指摘する。この広告では、真っ先に、過去数十年、日本や他の国家は、米国に対して優位にたっていると指摘する。 [3] これはバブル崩壊前の日本の経済的な強さを懸念する米国民の雰囲気を映しだしているが、現在のトランプの意識はその当時のままだということだ。

ただし、トランプの持つ、このようなアメリカ第一主義は、米国の歴史に脈々と流れている。例えば、飛行家として有名なリンドバーグが積極的に支援した戦前のアメリカ・ファースト運動は、欧州でのドイツや東アジアでの日本の侵略行為への不介入を主張していた。皮肉にも、この流れを変えたのは日本の真珠湾攻撃で、その後、リンドバーグも対日戦争に積極的に協力した。

先の公開書簡の中心人物のエリオット・コーエン教授は、共和党の安全保障専門家によるジョン・ヘイ・イニシアティブという政策集団をオーガナイズして、ネオコンと現実派を糾合して、トランプとカーソン候補以外の共和党候補に政策をアドバイスしてきた。(Update1の 高畑昭男レポート 参照)トランプ候補が指名を獲得した後に、彼らのような共和党の専門家の助言に耳を傾けるかどうかは、最終的に共和党のエスタブリッシュメントがトランプ候補で納得するかどうかの試金石の一つともなろう。なぜなら、今後の予備選でトランプ候補が第一位をキープしたとしても、7月の党大会での第一回投票で過半数を取らなければ、指名を獲得できない。第二回目の投票からは選挙人の多くは自由に投票することができるからだ。

いずれにせよ、もはやトランプの外交・安保政策を、単なる素人の戯言として無視したり、揶揄したりできない段階に入ってきた。なぜなら、着実にそれを支持している米国民が存在するからだ。

 

[1] Eliot Cohen et. al., “Open Letter on Donald Trump from GOP National Security Leaders,” March 2, 2016. http://warontherocks.com/2016/03/open-letter-on-donald-trump-from-gop-national-security-leaders/

[2] Thomas Wright, “What a Trump presidency could do to the world,” March 3, 2016, The Nikkei Asian Review .

http://asia.nikkei.com/Viewpoints/Viewpoints/Thomas-Wright-What-a-Trump-presidency-could-do-to-the-world

[3] Ilan Ben-Meir, “That Time Trump Spent Nearly $100,000 On An Ad Criticizing U.S. Foreign Policy In 1987,” July 11, 2015, Buzz Feed News. http://www.buzzfeed.com/ilanbenmeir/that-time-trump-spent-nearly-100000-on-an-ad-criticizing-us#.qtqnMz7be

    • 元東京財団上席研究員・笹川平和財団特任研究員
    • 渡部 恒雄
    • 渡部 恒雄

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム