アメリカ大統領選挙UPDATE 5:クリントンの経済政策には「太い幹」がない | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

東京財団政策研究所

詳細検索

東京財団政策研究所

アメリカ大統領選挙UPDATE 5:クリントンの経済政策には「太い幹」がない

October 11, 2016

安井明彦 みずほ総合研究所 欧米調査部長

経済政策に関する大統領選挙の論争では、「政策に疎いトランプと政策通のクリントン」いう構図が定着している。もっともクリントンについても、太い幹となるような公約は明らかにされていないのが現実だ。

トランプの不十分さに注目は集まる

大統領選挙の第一回討論会では、政策論争におけるトランプの準備不足が広く指摘された。トランプの政策は練られておらず、説明も説得的ではない。政策通であるクリントンの強みが際立った、という評価である。

討論会に限らず、今回の大統領選挙においては、トランプの政策の不十分さが熱心に取り上げられる傾向がある。候補者としてのトランプについては、その真剣さを疑う機運が残る一方で、その政策については、極めて真剣に議論されているようにすら感じられる。

それとは対照的に、あまり踏み込んだ議論が展開されていないように思われるのが、クリントンの経済公約である。何かにつけて、「クリントンのホームページにはXX項目もの公約があるが、トランプのホームページの公約はXX項目しかない」といった報道が行われ、クリントンが政策通であることは自明の理であるかのように扱われている。

クリントンの公約は多彩だが...

それでは実際に、クリントンの公約は充実しているのだろうか。

確かにクリントンが提示している公約の数は多い。ホームページでは、極めて細かな分野まで、多彩な公約が示されている。「公正な税制」「インフラ整備」といった良く知られた分野のみならず、「アルコール・薬物中毒対策」「自閉症対策」「動物の権利保護」といった分野にまで公約が用意されている。

それぞれの分野における具体策も細かい。製造業対策であれば、(1)労働者、組合、企業、大学、自治体といった地域のリソースを結びつけるパートナーシップ(“Make it in America Partnerships”)に資金援助を行う、(2)パートナーシップに参加する企業には、海外に雇用を移転しないことを誓約させる、(3)中小企業に関しては、企業が最新の技術を学べる試験的なプロジェクト(“Test and Learn”)や、労働者や大学教授等がともに技能を高めあうプロジェクト(“Teaching Hospitals”)を用意する、(4)クリーン・エネルギーでの競争力を維持するために、政府調達で低炭素な製品を優遇する「バイ・クリーン」制度を設ける、といった提案が行われている。

...肝心な部分は見えてこない

もっとも、クリントンの公約を読み進めていくと、かえって全体像が分からなくなってくる嫌いがある。細かな提案が幾層にも積み重ねられていく一方で、幹となるような骨太な政策が見当たらないからだ。

その好例が、経済政策の中核となるであろう、税制に関する公約である。クリントンは、広く景気回復の恩恵が行き渡る「包括的な成長」を目指すという。税制による所得の再配分は、有力なツールになり得る。

実際にクリントンは、富裕層に対する増税を提案している。現在39.6%の最高税率に、4%の付加税を設けるという内容だ。第一回の討論会でも、クリントンは「富裕層には公正なシェアを払わせる」と啖呵を切った。

しかし、クリントンの税制に関する公約は、決して大胆ではない。付加税の提案を除けば、所得税の税率をどうするかについて、クリントンは方針を示していない。公約通りに進むとすれば、中低所得の納税者については、現状の所得税率が維持される。

対照的なのが、2008年の大統領選挙におけるオバマの提案である(図表)。オバマは富裕層に増税を提案する一方で、中低所得層には減税を提案していた。富裕層が増税になる度合いも、クリントン案より大きかった。

選挙戦でクリントンは、中低所得層への減税を示唆していた。ここまでの提案を見る限り、中低所得層は子育て費用等に関する細々とした政策減税こそ受けられるものの、肝心の税率が変わらない以上、それほど税負担は軽減されない。

トランプの方が明快な場合も

トランプの未熟さに注目が集中するあまり、クリントンの公約は精査の眼を免れている面がある。前述した子育て費用の支援が好い例だ。

トランプは共和党の候補には珍しく、子育て費用に対する税制上の支援を公約に盛り込んでいる。そこでは、子育て費用を所得控除の対象とする点が、富裕層に有利になる等の批判を集めた。あわせるように、クリントンが以前から詳細な子育て支援策を提案していたことを指摘する向きも少なくなかった。

実際には、こと税制を通じた子育て費用の支援に関しては、取り立ててクリントンの公約が充実しているわけではない。クリントンは、子育て費用を所得の10%に抑えると公約しているが、具体的な方策については、漠然と補助金や税制を利用する方針が示されているに過ぎない。内容の良し悪しは別にして、トランプの公約の方が、よほど充実しているのが現実である。

ことは税制に限らない。財政政策全般についても、将来的には医療保険関連の歳出拡大が避けられないにもかかわらず、今回の大統領選挙では、ほとんど議論の対象になっていない。現在の財政赤字の水準は低く、健全化策が早急に必要とされている状況ではないが、新大統領が二期の任期を想定するのであれば、必ず取り組まなければならなくなる問題である。

米国のみならず、先進国は成長力の低迷と格差の拡大という難問に直面している。両者を解決できる政策対応は見つからず、経済政策には手詰まり感が漂う。太い幹のないクリントンの公約には、そうした経済政策の苦しさが映し出されているようだ。

    • みずほ総合研究所 欧米調査部長
    • 安井 明彦
    • 安井 明彦

注目コンテンツ

BY THIS AUTHOR

この研究員のコンテンツ

0%

INQUIRIES

お問合せ

取材のお申込みやお問合せは
こちらのフォームより送信してください。

お問合せフォーム