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アメリカ大統領権限分析プロジェクト:大統領権限と政治顧問

March 6, 2017

松岡 泰(熊本県立大学教授)

(1)大統領権限と連邦議会

周知のように、アメリカの政治制度は、建国期、ヨーロッパ諸国で成立していた君主制の否定を前提に創設されたため、立法部中心の政治制度となっている。したがって行政部を率いる大統領の権限も制限されている。なるほど、フランクリン・ルーズベルト大統領が1930年代にニューディール政策を実施して以降、その後も第二次世界大戦や冷戦という国際政治の環境の中で、大統領権限は拡大の一途をたどった。とは言え、大統領権限は三権分立制度にしたがって制限されていることに変わりはない。

たとえば、フランクリン・ルーズベルト大統領は矢継ぎ早にニューディール関連の法律を制定するのに成功したが、連邦最高裁判所がこれらの法律に次々に違憲判決を出した。そこでルーズベルト大統領は判事の人数を増員して連邦最高裁判所をコントロールしようとしたが、議会の承認を得ることはできなかった。また大統領は連邦裁判所の判事や高級官僚等を指名する権限を持っているが、任命には「上院の助言と承認」が必要である。さらに大統領は行政命令により政策を実施することはできても、予算措置の権限は連邦議会にある。条約の締結・批准についても同様である。

すなわち、大統領は多くの権限を有しているが、その権限の行使には議会の承認が必要である。したがって大統領が大きな権限を行使するためには、何よりもまず、大統領の所属する政党が連邦議会の両院で多数派を形成する必要がある。

(2)大統領権限と選挙戦略

大統領が選挙で圧勝すれば、世論の後押しを受けて、大統領権限は大きくなる。大統領の所属する政党が連邦上院の過半数を占めれば各種の人事は円滑にすすむし、連邦議会の両院を制して議会多数派と良好な関係を維持できれば、大統領権限は格段に大きくなる。つまり大統領権限の大小は状況によって変化し、連邦議会への影響力と相関関係にある。

そこから、次のようなシナリオが出てくる。日本の卑近な例でいえば、小池百合子は選挙で勝利し都知事に就任するや否や、真っ先に都議会改革に乗り出した。都知事の権限は制限されており、都議会で多数派を形成しなければ裸の王様であることを認識していたからであろう。事情は、大統領選挙の場合も同じである。第二次世界大戦後、共和党は多くの大統領を輩出したが、連邦議会は伝統的に民主党が強く、共和党所属の大統領は大統領権限をなかなか行使できなかった。そこで共和党は大統領選挙のみならず、連邦議会選挙にも照準を合わせ、選挙戦を闘おうとした。ケヴィン・フィリップスが提唱した南部戦略には、共和党が求めていたグランド・デザインが描かれていた。1960年代当時、公民権法の制定を契機に黒人が投票権を獲得すると、南部在住の白人は黒人の政治的台頭に脅威を感じた。南部戦略とは白人のこの恐怖感に訴えて白人票を一網打尽にし、民主党の牙城であった南部を根こそぎ共和党の地盤に切り替える戦略である。この戦略は1960年代に始まり、基本的には2016年のトランプの選挙戦略にまで連綿と受け継がれてきた。変化したのは、攻撃の対象に新たにヒスパニック系が追加されただけである。

(3)政治顧問の出現と影響力の増大

政治顧問の筆頭に挙げられるのは、ケヴィン・フィリップスに代表される選挙戦略家である。彼らは、どちらかと言えば選挙で勝利するグランド・デザインないしは方程式を描き出す理論家である。リー・アトウオ―ターは1988年大統領選挙で父ブッシュ陣営の選挙参謀を務め、黒人の強盗殺人犯を使ったネガティブ・キャンペーンで父ブッシュを当選させただけでなく、黒人多数派選挙区の創設をテコに南部の白人票を共和党に取り込む新たな南部戦略を提唱した。またカール・ローブは、子ブッシュ陣営の選挙責任者で、宗教心を軸に白人の多数派連合、地理的には信仰心が篤い南部と中央部の連合を唱えた選挙戦略家である。

トランプ陣営のコーリー・ルワンドウスキーとスティーブ・バノンは人種を軸にした伝統的な南部戦略に加え、国内産業の保護と雇用の拡大を唱えて、中央部、とくに中西部のラストベルト戦略を新たに打ち出した。

選挙戦略家以外にも、政治顧問にはより実践的な多数の職種がある。1960年大統領選挙にテレビ広告が導入されると、全国の有権者に一斉に訴えるメディア選挙、すなわち空中戦が始まった。ジョゼフ・ナポリタンは、J.F. ケネディ候補者のメディア戦略を担当して有名になった。音響専門家のトニー・シュワルツが1968年の大統領選挙の際に作成したテレビ広告デイジー・ガールは、今なお語り種となっている。またコンピューターが登場してくると、ミクロレベルで世論調査する専門家が誕生した。パトリック・キャデルは、無名の候補者ジミー・カーターを大統領選挙で当選させた世論調査専門家である。デイヴィッド・フラムは子ブッシュのスピーチライターを務め、「悪の枢軸」という造語で一世を風靡した。そして大勢の選挙の技術者集団を束ねるのが選挙責任者で、ケネディとジョンソンに仕えたラリー・オブライエン、クリントンを当選させたジェイムズ・カーヴィル、子ブッシュのカール・ローブなどがそれに該当する。

(4)選挙対策と政権運営

1960年代までは、選挙対策の専門家は大統領選挙が終わると、次の仕事に移るのが一般的であった。しかし1970年代以降、支援する候補者が大統領選挙で勝利すると、選挙対策の専門家は引き続き当該政権に雇用され、再選戦略や政権運営の顧問として働くようになった。古くは、世論調査専門家のパット・キャデルは、大統領選挙後もカーター政権内に大統領の右腕として留まった。最新の例で言えば、トランプ陣営のスティーブ・バノンとケリーアン・コンウェイである。選挙責任者であったバノンは、トランプが大統領に就任すると主席戦略官に抜擢され、世論調査専門家のコンウェイは、大統領顧問として政権運営に参加した。近年、選挙対策責任者が政権運営の中枢を担うようになり、大統領が出す政策の内容や優先順位はこれまで以上に再選戦略の基準から評価・決定されるようになった。

    • 熊本県立大学名誉教授
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