タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/7/6

アメリカ大統領選挙UPDATE 4:経済政策は「左旋回」、クリントンの中道回帰はあるか?

 予備選挙を通じた経済政策に関する論戦は、「大きな政府」への左旋回を感じさせる内容だった。程度の違いこそあれ、二大政党が同じ方向性を向いている現状は、民主党のヒラリー・クリントン前国務長官による中道回帰を難しくするかもしれない。

クリントン氏にサンダース効果

 民主党では、バーニー・サンダース上院議員に苦戦したクリントン氏が、経済政策のスタンスを左にシフトさせてきた。「私は(中道派の)ニュー・デモクラットだ」と宣言した2000年のニューヨーク上院議員選挙や、夫のビル・クリントン大統領(当時)による「大きな政府の時代は終わった」という宣言(1996年の一般教書演説)からは、かなり遠くまで動いてきた印象がある。

 

 象徴的なのは日本でも大きく報じられている保護主義的な通商政策だが、クリントン氏の左旋回はそれだけにとどまらない。かつては給付抑制に賛成していた公的年金制度では、給付の拡充を支持する立場に転じている。公的医療保険制度でも、すべての国民にメディケア(高齢者向け医療保険)を開放するよう提案したサンダース氏に引き寄せられるように、現在の対象年齢より若い人でも、一定の年齢に達した際にはメディケア(高齢者向け公的医療保険)を購入できるようにする方針を明らかにした。エネルギー・環境政策では、国務長官時代に賛意をほのめかしていたキーストーンXLパイプライン建設に反対を表明、FRB(連邦準備制度)関連では、サンダース氏やエリザベス・ウォーレン上院議員の主張に近づき、地区連銀理事から銀行関係者を排除する方針を示している。

ティー・パーティーとは違うトランプ氏の主張

 経済政策の左旋回は、共和党にも生じている。共和党の候補でありながら、トランプ氏の政策には大きな政府への傾斜が感じられる。民主党のみならず、あたかも米国の経済政策の中心軸が左に移動しているようだ。

 

 トランプ氏の経済政策には、伝統的な共和党の路線というよりは、むしろ民主党の主張に近い面がある。共和党の主流派を批判している点は同じでも、大きな政府との距離感が近いという点で、過激に小さな政府を主張してきたティー・パーティー運動とは、明らかに立ち位置が違う。

 

 トランプ氏は、共和党が提唱してきた公的年金・公的医療保険の給付抑制に反対している。税制に関しては、共和党が徹底して反対してきた富裕層増税を容認する発言を行ってきた。インフラ投資の重要性を主張している点などは、民主党の候補と区別がつかないほどである。日本でも報じられている通り、通商政策ではTPP(環太平洋経済連携協定)への反対姿勢が鮮明であり、CNNのインタビューではサンダース氏の保護主義的な政策に「大いに同意する」とまで述べている。6月28日にトランプが行った通商政策に関する演説は、用意されたテキストの脚注で労働組合系のシンクタンクであるEconomic Policy Centerの調査を多数引用するなど、とても共和党候補の演説とはいえない内容だった[1]

 

 興味深いのは、こうした左旋回がトランプ氏の独断専行というわけではなく、政策によっては共和党支持者の雰囲気と一致している点だ。Pew Research Centerが3月17~27日に実施した世論調査によれば、共和党支持者の68%が公的年金の給付抑制に反対している。その水準は、ほとんど民主党支持者(72%)と変わらない。自由貿易協定に関しては、共和党支持者の53%が「米国にとって悪影響」と答えており、民主党支持者の34%を上回っている。

 

 もっとも、トランプ氏の経済政策には一貫性に欠ける面がある。例えば税制に関しては、富裕層増税を容認するとしつつ、実際に提案されている税制改革案は、富裕層への大幅な減税である。態度が鮮明な通商政策、移民政策の軌道修正は考え難いにしても、財政・税制に関しては、中低所得部分の減税縮小や歳出削減による健全財政への配慮など、伝統的な共和党の路線に近い方向への軌道修正が図られる展開は排除できない。

気配が感じられないクリントン氏の中道回帰

 クリントン氏の左旋回に関しては、予備選挙を勝ち抜くための手段であり、本選挙に舞台が移れば、中道回帰が図られるという意見は根強い。しかし、トランプ氏が大きな政府に近づいている現状では、左からサンダース氏に引き寄せられ、右からトランプ氏に追い立てられるように、左旋回したクリントン氏のスタンスが定着するかもしれない。

 

 6月21日にクリントン氏は、TPPに反対の姿勢を改めて明確にし、再交渉の必要性に言及した。少なくとも現時点では、クリントン氏が中道回帰する気配は感じられない。

 

 民主党では、バラク・オバマ大統領が、これまで給付抑制を示唆していた公的年金について、給付拡充論に立場を変えている。サンダース氏ほどの極端な政策が主流になっているわけではないが、党の経済政策の重心が左に動いている様子がうかがえる。

 

 敢えて指摘すれば、既に述べたように、日本でも関心が深い通商政策に関しては、共和党支持者の方が、民主党支持者よりも保護主義的になっている。労働組合等の支持が必要な選挙期間中はともかく、実際にクリントン氏が大統領に当選した場合には、保護主義的な路線を修正する足掛かりになるかもしれない。

 

安井明彦  みずほ総合研究所欧米調査部長

 

[1] Trump, Donald J.(2016), Declaring American Economic Independence, June 28(https://assets.donaldjtrump.com/DJT_DeclaringAmericanEconomicIndependence.pdf).