タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/8/16

ワシントンUPDATE 南シナ海問題の判決からの影響

 ポール・J・サンダース

センター・フォー・ザ・ナショナル・インタレスト常務理事

東京財団「現代アメリカ」プロジェクト・海外メンバー 

 

 

   中国の南シナ海における領有権主張に対して懸念を示している多くの国々の当初の理解は、「ハーグ常設仲裁裁判所の判決は中国にとって大きな敗北であり、物事を前進させる重要なステップになった」ということだろう。しかしながら、実際この判決は、アジアの領海紛争という現実に限定的な影響しか与えず、究極的には、紛争ぼっ発の可能性を低めるどころかさらに高めかねない結果となった。

合法性の問題

   国連海洋法条約(UNCLOS)の主要な目的のひとつに、「仲裁や他の法的手段により紛争の平和的解決を促す」ことがある。理論上、このようなメカニズムによって、中国を含めUNCLOSの紛争当事国は領有権の主張における危険な対立を回避することが可能となる。しかし、実際には中国は2006年以降UNCLOSの紛争解決手続きを明確に拒否しており、この訴訟に参加することを拒んだ。これによって平和的に、かつ相互に受け入れられる解決に至ることがさらに難しくなっている。

 

   中国は、最初から威嚇を通じて平和を確保するという、紛争当事者が相互には受け入れられない形での平和的解決を志向しているように思われる。そしておそらく中国と領有権争いをしている国々も中国のためではなく、彼ら自身の利益になる同様の解決を望んでいるだろう。この領有権争いの根底にある問題は、全員の誰もが満足できる解決策を明らかにしていないことだ。紛争当事国がそれぞれ独自に設定する利益がすれ違う限り、紛争を平和的で持続可能な形で解決することは極めて難しい。

 

   今回の判決は、国際的に構成された判事が中国の主張を大部分退けたことから、中国の主張の正当性を失わせることになったと期待するむきもある。しかし、そのような考えは誤りであり、正当性というものはかなりの部分、見る人の主観によって変わるという現実を直視していないことにある。中国当局や人民はこの判決の正当性を疑い、フィリピンやその他の国々に対しての自国政府の主張への熱狂的な支持を失うことはないだろう。それどころか、さらに断固とした態度で臨むだろう。

 

   反対に、フィリピンの指導者たちや国民、そしておそらく似たような紛争を抱える国々は、今回の判決を正当なものとして受け入れ、自国の権利をさらに強く主張するだろう。しかしこの観点からすると、今回の判決はこの紛争や他の同様の紛争について、平和的解決を促すというより、紛争当事者間の立場をいっそう硬化させると考えられる。

 

   そしてわずかな例外(代表格は米国だが)を除き、紛争当事者ではない他の国々は、中国およびその領有権の主張が対立する諸国とは、それぞれ別の二国間関係の中で自らの国益を追求し続けるために、紛争に巻き込まれることを極力回避するよう努めるだろう。中国の領有権の主張が合法かどうかは、彼らの国益や優先順位からは、副次的なものなのである。

加担することなしに加担する

   3つ目の問題は、裁判所の判決の強制力である。多くのコメンテーターは既にUNCLOSには効果的な強制メカニズムがないと認めているが、国連安全保障理事会を規定する条約を含む国連関連の全ての合意のように、実効的な履行はまったくのところ加盟国次第なのである。よって中国が今回の判決に従わなかったとしても、フィリピンを含めて、中国に対して大きな制裁コストを課すよう求める国々はそうないだろう。

 

   しかし、繰り返しになるが米国はその最たる例外だ。フィリピン人や中国と領有権問題で争う国々の中には、米国がアジアの領海紛争において「強制メカニズム」になることを望んでいる者がいる。実のところ、彼らはそれが中国との領有権争いにおいて平和的に、そして自らが好む形での紛争解決に繋がる最も確実な道と理解しているだろう。そして同様に米国の中にもその役割を強く求めている者もいるだろう。

 

   これをふまえて、米国務省のジョン・カービー報道官が、「米国は紛争の両当事国が義務を履行するよう希望と期待を表明する」と述べていることは注目に値する。この判決は、米国に対してフィリピンの主張に肩入れせずに判決を支持することで、一方に加担することなしに、実際には加担することができる機会を提供している。カービーは、「我々はこの領有権争いの理非についてはコメントしない」と発言しているが、まさにそれ(一方に加担することなしに加担すること)を実行しようとしている。

 

残念ながら、一見、巧妙にみえる米国のこういった外交姿勢は持続的ではないだろう。中国はこのような米国の外交姿勢を、多くの米国人がUNCLOSという国際条約よりも自国の主権を重視しているために、UNCLOSを批准すらしない米政府のあつかましい偽善だと考えるであろう。その中国もUNCLOSを批准したものの、そのわずか10年後に紛争解決手続きを拒否しており、彼らの法的根拠も危ういものであり、中国も本質的には米国と似たような立場にある。

 

中国は、今回の判決のコストを負担することなしにUNCLOSから利益だけを得ようとしているが、このことはどの国の領有権の主張も支持せず、今回の判決だけを支持し、UNCLOSの加盟国にもならず、米国に対してUNCLOSの仲裁機能と同じような強制力の発動を期待している国家に対しても警告となろう。

 

以上のようなことから、3つのシナリオが考えられる。一つ目は、これは最も現実になりそうもないが、米国やフィリピン、その他の関係当事国が中国に対し今回の判決に従うよう圧力をかけ、中国の自らの主張をほぼ放棄させることに成功するというシナリオだ。二つ目は、これがおそらく最も現実的だが、中国への平和的な圧力が失敗に終わるが、米国もその他の諸国も非平和的な手段による圧力を掛ける意思もないというシナリオだ。この場合には、紛争解決手続きは機能しないということでUNCLOSの権威を損なうことになるだろう。そして最後の三つ目は、米国やその他の諸国がルールに基づく国際システムのため、このケース(あるいは次に起こるケース)においては武力による威嚇もしくは使用によって対処しようと決めるシナリオだ。しかしその場合において中国の指導者たちは手を引く余裕があるだろうか?

 

事態をさらに進めていく前に、米国やそのアジア地域の同盟国やパートナーは、中国が各シナリオでの過程において何を準備しているのか、また中国がいつ、どのような形で最小限のコストで自らの誤った道から抜け出すことができるのかについて注意深く考える必要がある。

 

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