タイプ
論考
プロジェクト
日付
2008/1/9

アメリカNOW 第8号 「ニューハンプシャー予備選」ヒラリー・クリントン勝利と「変革」をめぐる論点(2008年01月09日渡辺将人)

【ヒラリーとマケインの「返り咲き」】
アイオワ党員集会とは一転、現地8日に行われたニューハンプシャー予備選では民主党はヒラリー・クリントンが首位に立った。オバマと最終的に激しい接戦を繰り広げオバマは僅差で2位につけた。エドワーズは3位に転落し上位2者との差は広まった(上位から順に39%、37%、17%)。共和党はマケイン、ロムニー、ハッカビーの順でマケインが勝利した(上位から順に37%、32%、11%)。CNNとニューハンプシャー大学による現地1月6日時点の世論調査では、民主党はオバマ39%、ヒラリー29%、エドワーズ16%、共和党はマケイン32%、ロムニー26%、ハッカビー14%だった。共和党は世論調査通りの順位になったものの、民主党は10%の差を覆してヒラリーが逆転した。直前の追い上げの激しさを物語る。アイオワで3位だったヒラリー、またベテラン候補でありながら存在感の薄かったマケインがそれぞれカムバック(返り咲き)した。

【集票力のヒラリー】
党員集会の夜を最後に候補者、陣営スタッフは大挙してアイオワからニューハンプシャーに移動した。アイオワ党員集会とニューハンプシャー予備選の間隔はわずか5日しかない。アイオワからニューハンプシャーに移動した民主党のあるストラテジストは「脱党派的な投票率が鍵になる。アイオワで支持したような若年層脱党派層の投票率があがらない限り、組織票に強いヒラリーにはかなりの底力がある」と語る。結果としてヒラリーが底力を見せた。かつてゴア陣営のキャンペーン・マネージャーを務めたドナ・ブレザイルは、「ニューハンプシャーに焦点をあわせた地上戦が奏功した」と述べる。労働組合の組織力も後押しした。

ヒラリーはアイオワで伸ばせなかった女性票獲得にも主軸をおいた。筆者がアイオワシティでヒラリーと再会したときも、現地の演説を客席の後ろから観戦しても、かつて彼女の上院選を支えた現場の経験からすると、エネルギーの注入はまだ7割程度という印象だった。アイオワの3位は陣営にとって意外だったものの(ヒラリーが苦戦したのではなくオバマが予想以上に強かったとの意見)、既にアメリカNow第5号で指摘していたように、ヒラリーは本命視していたニューハンプシャーに照準を合わせ、結果としてひとまずアイオワの屈辱を晴らした。

【「変革」か「経験か」】
ニューハンプシャーはどういう戦いだったのだろうか。2008年1月5日に行われたニューハンプシャーでの民主党候補ディベートは、ニューハンプシャーの民主党首位争いの情勢を明確に反映していた。ABC Newsのチャールズ・ギブソンの司会で行われたディベートに参加したのは4人。左端からエドワーズ、オバマの両氏、右端からクリントン、リチャードソンの両氏。注目は、アイオワで善戦し生き残っているエドワーズが、どのような立ち位置でニューハンプシャーを戦うかであった。エドワーズが出した答えは「オバマの擁護」であった。オバマとエドワーズの2人で「変革連合」を組んだのである。ディベートでは均等な間隔で4人並んで座ったものの、議論の展開は「エドワーズ&オバマ」の連合と「クリントン&リチャードソン」の連合のような流れを呈した。クシニッチ候補ら最下位候補2名は離脱していないにもかかわらずディベートには呼ばれなかった。

エドワーズとオバマの両氏が「変革」を繰り返すのに対して、クリントンとリチャードソンの両氏は「経験」を強調。「言葉」による約束で「変革」を語るだけでは不十分であり、「経験なくして変革はできない」と強調した。ヒラリーは「変革を求めて35年の間継続してきている」と、過去の経験の延長線上に「変革」があること訴えた。国連大使などクリントン政権で閣僚経験の多いリチャードソンも、エドワーズ&オバマとヒラリーの間に入るかたちで、「経験」の重要性を訴え、結果としてヒラリーと同意見に落ち着くシーンが多々みられた。アイオワから一貫してリチャードソンのキャンペーンで特徴的なのは「他の候補者を攻撃しない」と自ら宣言していることであるが、そのためヒラリーに根本的批判を加えていない数少ない民主党候補でもある。リチャードソンは民主党候補のなかで唯一の知事として予算を掌握して行政を行ってきた経験があることをアピールしているが、上院議員には不利で知事に有利という近年の大統領選挙の傾向は今回の選挙には当てはまっていない。

【反ワシントンで「政治観」を観念的に押し出すオバマ】
上院議員としての経験が少ないオバマは自らの弱点をあえてさらけだす戦法をアイオワから変えていない。演説で次のように語った。「あまりにナイーブ、あまりにナイス(いい人)すぎるというかもしれないが、それのどこが悪い」「経験がないというが、経験にはいい経験と悪い経験がある。私にはワシントンの経験は少ない」。ここでいう「ワシントン」という記号は、「企業ロビー」を天敵に、自分はそれに染まっていないし献金も受けていないので、就任後もホワイトハウスに彼らの影響を排除し続けられ、信念を曲げずにすむという論理展開で使用されている。エドワーズも同様の反ロビーキャンペーンを看板にしている。

アイオワで成功した「変革(チェンジ)」キャンペーンのキャッチフレーズは「HOPE(希望)」であり、オバマ陣営が使用しているヤードサインやTシャツなどのロゴにも候補者名の「オバマ」でなく「HOPE」と書かれている。キャンペーンのメインロゴとして、候補者名ではなくキャッチフレーズを使用するのはきわめて珍しい。オバマは演説で「希望とは自分の生い立ちそのもの。希望とは天からふってくるものではなく勝ち取る望みである」と述べ、自分が「希望」を語る自伝を書くに至った思いなどを訴えている。完全に政策ではなく、人生観、政治観をセールスするキャンペーン。いかえれば、「ワシントン政治の構造を変えよう」というキャンペーンである。

【「変革」キャッチフレーズの氾濫で問われる中身】
ただ、「変革(チェンジ)」という1992年のクリントン元大統領が使用したキャッチフレーズと同じものをテーマにして戦っていることである種の混乱も現場には生じている。ヒラリー陣営側に「元祖の本家変革(チェンジ)はうちだ」という意識が当然あるからである。アイオワでヒラリーが演説の背景に使用した横断幕も「チェンジ」であった。また、ここにきて共和党候補もロムニーが反ワシントンを旗印に「変革(チェンジ)」を訴え、ジュリアーニも同様に「変革(チェンジ)」と叫ぶ。まさに「変革(チェンジ)」の氾濫がニューハンプシャーに起きている。「新しさ」「政治そのもののあり方を変える」ことをテーマにしているオバマが「変革(チェンジ)」の代名詞としてアイオワでは受け止められたが、これだけ「変革(チェンジ)」が氾濫すると、「何を、どう、何のために」変える「変革(チェンジ)」なのか、選挙民には混乱も生じている。エドワーズは繰り返し、エドワーズとオバマの2者こそが民主党の上位3候補の中で「変革候補」であると強調するが、オバマを支援する黒人専門ビジネス誌『ブラックエンタープライズ』(2008年1月号)は、論説でエドワーズとオバマを同列に分類することはできないとし、オバマ人気と「変革」ブームへの各候補の便乗を揶揄している。それだけ「変革」の定義が曖昧なまま一人歩きしたのが、ニューハンプシャーの現状だった。

オバマは個別の政策の具体案に触れるのではなく、アイオワ以来「現存の政治がこのままではまた続く。ギャンブルをしてみないか」と、「経験の薄い候補者」に希望を託す「歴史作りへの参加」を呼びかけている。「政策」や個別の「経験」で戦うのではなく、「まったく違うゲーム」を展開しているため、「変革」の細かい定義論争を受け付ける気配がない。ヒラリーはオバマと同じ土俵で「変革」のキャッチフレーズを奪還する動きには出ず、レトリカルな「変革」ではなく実行力が鍵だと主張し、「Ready(準備万端)」をキャッチフレーズに掲げた。集会で支援者が候補者の後ろで掲げている厚紙にも「Ready」一単語をあしらったバージョンをさらに増やしている。「変革」を訴える「フレッシュさ」か。「変革」を具体的に実現できる「経験」つまり「実務担当能力の準備万端さ(Ready)」か。拙稿アメリカNow第2号で述べたとおり、オバマとヒラリーの対立は「観念性」と「具体性」の選択を選挙民に迫る戦いに収斂されてきている。

【民主党の動向を睨みながら動いた共和党】
興味深いのは、アイオワのオバマ旋風がニューハンプシャーで共和党に意外な波及効果を及ぼしたことである。オバマはアイオワ党員集会勝利演説で、共和党候補の名前を1人1人あげ、「彼らを全員(本選で)残らず打ちのめしてみせる」と本選で勝てる候補であることをアピールした。これに刺激を受けたのが共和党候補者であり、これまでヒラリーを想定した指名レースの見立てを組んできた共和党はオバマを視野にいれた戦略も組まねばならず、「変革」には「変革」で対抗せよとして、「反ワシントン政治」が共和党側でもキーワードとなった。ニューハンプシャーに命運を賭けたのが、アイオワでハッカビーに宗教保守票を奪われて形勢が崩れつつあるロムニーだった。多くの専門家が見るところ、ニューハンプシャーを失ったロムニーの今後はきついが、ミシガンに残りのエネルギーを投入するとの見方が強い。ニューハンプシャーでロムニーは「民主党が変革をテーマにするなら、共和党は変革を訴える自分しかいない。自分ならオバマを破れる」と訴えた。また、オバマの台頭の間接的影響で存在感が一時的に薄くなったのがジュリアーニである。そもそもジュリアーニは「ヒラリーに勝てる候補を」との呼び声で共和党内での期待を集めてきただけに、オバマが伸びてきたことで、ニューハンプシャーではマケインが再び大きな支持を集めた。

共和党予備選は一貫して「イラク政策とテロ対策」「不法移民」などをめぐって展開しているが、マケインが不法移民に条件付きで市民権を与える法案に賛成していることで、ロムニーはあえて反不法移民のトーンを強め、マケインとの差別化を強調したが、ニューハンプシャーでは不法移民問題は他州ほど大問題とはなっておらず武器にできなかった。またマケインの「隠し球」として両党の政治関係者でアイオワ党員集会前あたりから囁かれているのが、マケインが指名を獲得した場合のドリームチケットとして、副大統領候補にイラク戦争などで共同姿勢をとりマケインを支持している無所属のリーバマン上院議員を迎える可能性である。かつて民主党議員としてゴアのパートナーとして大統領選を戦っているリーバマンの起用は超党派的なアピールになる。「民主党の動向次第ではこのチケットが現実味を帯びることもあり得る」と共和党ストラテジストは語るが、2者レースに収斂しつつある民主党と異なり、共和党は指名レースがまだ混戦しており引き続き注視が必要だ。

以上
■ 渡辺将人: 東京財団現代アメリカ研究プロジェクトメンバー、米コロンビア大学フェロー、元テレビ東京政治部記者