タイプ
論考
プロジェクト
日付
2016/7/6

アメリカ大統領選挙UPDATE 4:トランプと日米関係

こうしてトランプが勝つことがありうるのか…。イギリス国民がEUから離脱する決断を下すのを見て、そこについ現下のアメリカの情勢を重ね合わせてしまった人は少なくないだろう。Brexitとトランピズムはそれぞれ固有の現象でありつつも、米英両社会を息詰まらせる閉塞感、既成政治への不満、専門家への不信感、異質なものへの違和感などが強く作用している点で、多くの共通点がある。

 

 多くの専門家は、イギリス国民は最終的には合理性を欠くBrexitを退け、EUに留まるであろうと予測していた。専門家が知っている「中庸の精神」のイギリスならば、不合理な衝動に突き動かされたBrexitは退けるに違いない、そういう読みだった。しかし、結果は周知の通りである。世界は衝撃を受け、その不可解さに戸惑った。

 

 大統領選挙まであとわずか4ヶ月。アメリカでもイギリスで起きたようなことが起きないとは限らない。多くの専門家は、常識的に考えればクリントンが勝利する可能性の方が高いと思いつつも、それを確言できないというような状態にある。トランプが共和党の大統領候補になったこと自体がすでに異常な事態であり、本選挙も想定外の結果になることを完全に排除することはできないということだ。

 

 仮にトランプ政権が誕生した場合、日米関係はどうなるだろうか。つい先日も、トランプはテキサスで行われた選挙イベントで日米関係に言及し、日本は友人だが、それでも米軍駐留に関わる経費はすべて負担してもらわなければおかしいというような趣旨の発言をしている。日米安保条約は、アメリカが割を食っている不公平な同盟であり、日本にはもっと負担を強いる必要があるという発想においてトランプは一貫している。

 

 同盟はそれが適切に機能している限りにおいては、その存在はあまり可視化されない。その存在をはっきりと感じることができるのは、情勢が不安定化した時である。ビジネスマンであるトランプの世界観の中では、同盟は短期的には何も利潤を生み出していないアメリカの負担として捉えられていることは明らかである。トランプには同盟が見えていない。

 

 通商についても、トランプはグローバル化をアメリカが不当な負担を強いられる現象として退け、ハードエッジな保護主義をはっきりと打ち出している。二大政党の大統領候補になった人物で、ここまではっきりと保護主義を打ち出した候補はこれまでいなかっただろう。トランプはグローバリゼーションを退けることが可能な現象と捉えており、これと対置されるのが「アメリカ第一主義」である。当然、トランプにとってTPPは「アンフェア」なディールである。

 

 日米両国はTPPを単なる経済的なディールとしてではなく、両国が先陣を切って先進的な高水準の経済的な枠組みを支えていくという秩序形成のイニシアチブとして打ち出し、米側もこれを「リバランス(アジア太平洋重視政策)」の最重要の柱の一つと位置づけた。早急に結論を出すべきではないが、もし仮にTPPがアメリカを原因として頓挫した場合、アメリカがこの地域に留まろうとする意思への疑念が強くなることは必至だろう。

 

 このように仮にトランプ政権が発足した場合、不安材料は尽きない。トランプ外交が現在主張されている通りに展開していくとは限らないが、穏当な路線の方に近接していくであろうとの兆候もない。トランプに対する国際的非難は高まり、日本国内でもトランプへの批判が高まることは必至だ。とりわけ左右の「対米追従批判派」は声を荒げ、トランプ政権下のアメリカとの関係は厳しい批判にさらされるだろう。

 

 しかし、あえて言えば、トランプ政権下においても日本としては、「同盟堅持」ということでいくしかない。仮にトランプ政権が発足するとなると、それはもう7ヶ月後に迫っている。そしてそこから順当に考えて4年、最長で8年ということになる。果たしてこのタイムスパンで日米同盟に変わるオルターナティブを考案、実現することが可能かといえば、それはほぼ不可能に近い。

 

 左右の対米追従批判派が主張する「非武装」、「駐留なき安保」、さらに「自主防衛」は、「自分探し」の言説としては勢いを増していくかもしれないが、そもそも現在の北東アジア、そして東アジアの安全保障環境に対応できるかといえば、とてもできないだろう。それは依然としてファンタジーの域を出ていない。つまり、日本がトランプに反応して「日本版Brexit」の方に傾斜していくというオプションは当然のことながらまったくありえない。

 

 しかし、仮に尖閣諸島周辺で不測の事態が発生し、トランプ政権下のアメリカが、日本がアメリカに期待したような役割を果たさないとする。さらに、それと並行して、米中間で経済を軸にした「(保護主義的な)ディール」が合意され、それとセットで太平洋を真っ二つに分割するような勢力圏についての了解が取り交わされるとする(いわばアメリカ発の「新しいモデルの大国間関係」である)。こうなってしまうと、「同盟堅持」という議論は説得力を失っていってしまうだろう。これは最悪のシナリオだが、ここまで行かずとも、日本がアメリカとの関係でかなり難しい局面に立たされることは十分にありうる。

 

 しかし、最悪の局面を除けば、やはり日本は「同盟堅持」でいかなくてはならない。しかし、そうするためには、日本はなぜアメリカとの同盟を選択しているのかということについてより自覚的にならなければならない。つまり、日本としてやらなければならないのは、アメリカを自覚的に「再選択」することである。なぜアメリカというオプションが合理的なのか、なぜそうすることが最も賢明なのか。それをまずは再確認することが、最善のトランプ対策ということになろう。このことをしないと、ともすると日本は自ら「トランプという罠」にはまってしまう可能性がある。

 

 アメリカの大統領は、少なくとも一般的に考えられているよりかは弱い。それは「帝王」ではない。議会は絶えずホワイトハウスを牽制し続けるであろうし、メディアは絶えず監視の目を光らせているだろう。アメリカ国民も絶えず批判的な視線を向け続けるだろう。トランプ政権が誕生すれば、これまで聞こえてこなかったような「騒音」がワシントンから絶えず聞こえてくるようになるかもしれない。しかし、それは「トランプ暴政」であるよりかは、アメリカ政治が「停止状態」にある兆候である可能性が高い。確かに内政に比して、外政に関しては、大統領の裁量権は大きい。それでも大統領に対する拘束は決して小さくはない。こうしたなか、日本としては、どうにかトランプを「乗り切る」という発想で臨むことも重要であろう。

 

 筆者は、トランプ政権が誕生するとは思っていない(しかし、そう断言する自信もない)。しかし、仮にそうなった場合、日本にはこれ以外の現実的なオプションはないだろう。同盟堅持が基本線であっても、無論、批判すべき点は批判しなければならないだろう。それは言うまでもない。しかし、安全保障政策とは自分探しではなく、究極的には国家の生存に関わる営為である。日本は、トランプ現象に現実的代替案のない「対米追従批判」を重ね合わせて、自分探しに浸っているべきではない。このような対米追従批判は日米関係が安定している時だからこそできたものだ。トランプ現象は日本にとってより深刻な事態である。

 

中山俊宏 慶應義塾大学総合政策学部教授

 

この「再選択」については、別途論じた。中山俊宏「『衰退するアメリカ』のしぶとさ—日米同盟を『再選択』する」杉田敦編『グローバル化のなかの政治』(岩波書店、2016年)。