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アメリカ大統領選挙UPDATE 4: 米予備選:シンクタンクの反省と本選予測

July 20, 2016

加藤 和世 米国笹川平和財団(Sasakawa USA)
シニア・プログラムオフィサー

今回の予備選は、ワシントンのシンクタンクや外交・安全保障専門家の役割と今後の影響力に疑問符を付けた。 [1] 共和党は、政策に精通せず、専門家の意見に頼ることのないトランプ候補が、一般大衆の感情に大きく訴えることに成功し、指名候補となった。共和党の専門家によれば、トランプ陣営は政策を学ぶ気や専門家の意見を尊重する気がない。 [2] ヒラリー支持を正式表明した民主党のサンダース候補も、若者の人気を集めて良い勝負を繰り広げたが、政策通ではなかった。 [3]

ワシントンのシンクタンクや専門家は、自分達がその他大勢のアメリカ人から乖離しているリスクを認識し、全米の国民や若い有権者への発信をより一層強化すべきとの教訓を得たようだ。新アメリカ安全保障センター(CNAS)のCEOで、次期民主党政権の国防長官と噂されているミシェル・フロノイ前国防次官補(政策担当)は、ワシントンで講演し、「最適な大統領とは、大衆に迎合するのではなく、米国の国益のために国民が理解せねばならないことを伝えられる」大統領だと主張した。そして、CNASを含むシンクタンクの役割として、米国の国益に資する外交・安全保障政策とは何か、ワシントンの外のオーディエンスにも積極的に働きかける必要性を指摘している。 [4] その努力の一環として、CNASでは、安全保障問題を理解する上で重要な事実関係を全米のメディア関係者に定期的に発信するプレス・ノートを重視している。米戦略国際問題研究所(CSIS)も、若手ジャーナリストの理解促進を目指し、同盟や貿易問題に関する基礎知識を分かり易くかつ迅速に提供するファクト・シートの作成や、ソーシャルメディアの活用に力を入れているようだ。 [5]

フロノイ氏は、同じ講演会で、次期大統領に期待する行動の一つとして、アジア地域が米国の戦略的最重要地域である理由を早い段階で国民に明確に説明することを挙げた。また、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)実施法案の批准、アジア戦略・政策と危機管理対策の見直し、地域の重要性を示す象徴的な行動(公式訪問など)の早期実施、そして同盟を含む外交・経済・軍事的ツールへの継続的な投資を求めた。特に、同盟を「分担すべき負担」「ただ乗り防止対策」として捉えるトランプに対し、「同盟は多大な便益と力を生む戦略的なツール」と強調し、同盟国は米国以外の選択肢を持ち、米国の行動とその意図を油断なく注視していると警告する。フロノイ氏に限らず、同盟諸国の外交関係者が米大統領選の展開を注意深く観察し、米国を再評価し始めている気配に警鐘を鳴らすワシントンの専門家は多い。

第一期オバマ政権でアジア・リバランス政策を提言したカート・キャンベル元国務次官補(東アジア太平洋担当)も、近著「The Pivot(ザ・ピボット)」(2016)の中で、米国のアジア・リバランス政策を実現する上での課題の一つとして、国民の支持獲得を挙げている。同氏曰く、次期大統領は、中東の混乱に辟易している米国民に対し、米国が国際社会、ひいてはアジア地域に積極的に関与していく必要性を明らかにせねばならない。共和党系のアメリカ・エンタープライズ研究所(AEI)も、米国の強く賢い世界的リーダーシップを提言しているが、これまでその重要性を国民に説明する努力が不十分だったと反省している。 [6]

ワシントンの専門家たちが、米国の外交・安全保障政策について一般大衆の支持を得る必要を感じている背景には、民主主義が大衆主義に陥り、無知・利己的な民意が国益に反する選択をする可能性を懸念しているからだろう。トランプ現象やEU離脱を決定した英国国民投票をその例として受け止める声も多い。キャンベル氏は、アジア・リバランスや同盟強化が何故米国の国益に資するのか、説得力のあるストーリーを米大統領と政治家が発信すれば、米国民の理解を得られると期待する。しかし、外交・安全保障政策について、一般大衆の理解を得ることは容易ではない。国民の信用を得た政治リーダーシップが重要である所以だ。共和党多数議会のもと、米政府は予算成立等の基本的な任務も十分に遂行できなかった。ワシントンでは、米政府が国民の信用を失った問題を反省する声が頻繁に聞こえる。

予備選後は、ワシントンでもトランプ対ヒラリーの本選勝負の見通しが議論されている。エコノミスト誌は、両候補の対決を「不人気競争」と表現し、全国レベルではトランプを好まない有権者がヒラリーよりも多いこと、有権者の3人に1人が白人以外の人種であり、マイノリティや女性がヒラリーを好む可能性が高いこと、ヒラリーの選挙陣営が強固で経験豊富なこと、そしてオバマ政権下で景気が回復したことを挙げ、3分の1の確率でヒラリーに軍配が上がると分析する。唯一、米国の景気が後退した場合、あるいは国内で大規模なテロが起きた場合のトランプの対応如何によっては、この見通しも変わりうると指摘する。スウィング・ステート(激戦州)におけるヒラリーとトランプの支持率は世論調査によって差があり、ヒラリーも油断はできない。「まだ分からないが、ヒラリーが優勢」と見る専門家は多いが、予備選結果を消化しきれていないのか、その声はさほど熱心でも自信ありげでもない。

 

[1] ワシントンのシンクタンクの伝統的な役割については、 Update1 を参照

[2] “Where Republicans Stand on Donald Trump,” David A. Graham, The Atlantic , July 6, 2016 ( http://www.theatlantic.com/politics/archive/2016/06/where-republicans-stand-on-donald-trump-a-cheat-sheet/481449/ )

[3] “Who’s Advising Donald Trump on Foreign Policy?” Alex Seitz-Wald, NBC News , June 17, 2016 ( http://www.nbcnews.com/news/us-news/who-s-advising-donald-trump-foreign-policy-it-s-hard-n594591 )

[4] 米国笹川平和財団主催「第3回Annual Security Forum」(2016年5月6日)での発言

[5] 米国笹川平和財団主催「第3回Annual Security Forum」(2016年5月6日)での発言

[6] AEIの政策提言レポートについては、 Update2 を参照

    • 米国笹川平和財団(Sasakawa USA)教育事業、財務担当ディレクター
    • 加藤 和世
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