「安全保障と防衛力に関する懇談会」における「地域における協力」について-地域安全保障アーキテクチャーという発想   佐橋 亮 | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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「安全保障と防衛力に関する懇談会」における「地域における協力」について-地域安全保障アーキテクチャーという発想   佐橋 亮

August 10, 2009

「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告と「地域における協力」

2009年8月に麻生首相に提出された「安全保障と防衛力に関する懇談会」報告書において提示された多層協調的安全保障戦略は、安全保障戦略における三つの目標(日本の安全、脅威の発現の防止、国際システムの維持・構築)を達成するための手段として、日本自身の努力、同盟国との協力、地域における協力、国際社会との協力を掲げた。同報告書が自ら指摘するように、地域における協力を、アジアにおけるその限界を認めつつも、ひとつの手段としてあえて取り上げていることは、注目に値する。

地域における協力として、具体的には大きく二点挙げられている。脅威の発現の防止、すなわち潜在的な不安定要因が現実に安全保障上の利益を損なうものとならないために、各国との信頼醸成を地域ベースの行動規範の策定などを通じて深化させることを目指す。

また、国際システムの維持・構築を中長期的にも図っていくために、「中国が他国と強調して地域の安定に貢献するメカニズムを構築」する。また、アジア・太平洋地域における取り組みの具体例として、報告書は、海賊対策と災害救援分野での協力を挙げている。加えて、韓国や豪州といった米国の同盟国との協力関係を深めることも提案されている。

報告書は目標に応じて政策方針を分類したためみえづらいが、地域における協力として、二つの異なる協力のあり方が報告書では指摘されている。第一に、アセアン地域フォーラム(ARF)のような地域において進展しつつある地域協力の枠組みを、地域における信頼醸成と紛争の未然防止に活かすことである。

第二に、この地域における米国の同盟国である韓国や豪州等との協力関係を促進することで「米国のコミットメントを引き続き確保」し、また北朝鮮問題に関する日米韓協力の重要性の指摘にあるように具体的な安全保障上の課題に活用しようとする。つまり、地域における制度と同盟のネットワーク化といわれる方策が、地域における協力として取り上げられている。

日本の安全保障政策の基本としての日米安保体制

これらの協力が明示的に報告書に記載された背景には、日本の安全保障政策を考える上で、日本にとって唯一の同盟国である米国との関係、そして一足飛びに国連など国際社会との関係という思考を取ることでは不十分となった、過去二十年ほどのアジア・太平洋地域の安全保障環境の変化を示している。

もちろん、安全保障上の明白な脅威に日米安全保障体制で臨む、日本の安全保障戦略の基本路線は今回の報告書でもまったく変わっておらず、むしろそれを強化するために集団的自衛権をめぐる問題にまで、あえて同報告書は踏み込んだといえる。

日米安全保障体制は、日米安全保障条約に基づき、そして多くの関係法規に支えられたフォーマルな関係性である。日本の施政下において、どちらか一方に対する武力攻撃への対処を両国が約束している点で、米国は日本に多大な安全保障上の約束をしており、米国以外のどの国も日本に同様の約束を与えていない。

もちろん、米国以外の国家も、一国を除けばどれひとつとして日本に対する武力攻撃を宣言しているわけではないが、同時に、日本を守るという約束もしていない。

米国に依存しつつ安全保障を確保してきた日本の基本戦略は、国際社会における新たな脅威の出現が明らかになるにつれ、確かに変容を迫られ、国際平和維持活動や国際的な災害支援を初めとする国際社会の行動に、日本はより積極的な参画を求められている。自衛隊の編成や訓練のあり方もそれに従って変化が求められていることは、今回の報告書でも明らかに指摘されている。

米国の国力の限界を考慮しても、日本の負担共有の重要性は増している。しかしその一方で、日本に対する武力攻撃が特に近隣諸国から大規模になされた場合に、日本一国の自衛力で対処することは困難であり、結果として日本が依存し、また共同で行動できる力は米軍以外には存在しない。

地域安全保障アーキテクチャーという発想

それでは、なぜ同報告書は地域における協力をあえて取り上げたのだろうか。韓国も豪州も日本を守る意思も能力も持ち合わせず、アセアンを中心に作り上げられた地域協力の制度も、日本の安全に直接に影響を与えるような脅威に対処するものとは思えない。果たして、なにを目指して、日本の安全保障戦略は地域諸国との協力を考慮しなければならないのだろうか。

東京財団の安全保障研究チームでは、今年度は「地域安全保障アーキテクチャ」という、日本では馴染みの薄い概念をタイトルに掲げて、研究を進めている。

安全保障アーキテクチャは定義が十分にされないままに政策コミュニティで利用されてきたが、オーストラリア国立大学のウィリアム・タウ教授らの定義によれば、ある地域の安全保障環境において、特定の政策的関心のために包括的かつ一貫したデザインが実行に移されている構造全体を指すとされる。

厳密であろうとした定義のため若干わかりづらいが、地域における複数国間での多様な形態での協力が、明確な目標とそのために必要な資源の配置、政治的意思の存在に支えられて、地域安全保障環境の安定のために貢献する状況が生まれるようにデザインされ建築されていることを、この概念は指すといっていいだろう。

アジア太平洋地域における安全保障協力

アジア・太平洋地域における地域協力は、この定義を満たす状況とは到底いえない状況が続いてきた。冷戦終結後、アメリカのアジアへの関与減少と中国の成長という地域環境の変化を和らげるために、アセアン諸国はアセアン地域フォーラムを94年に創設した。

その構想段階に奔走した日本には、中山提案に見られるように、日本が自衛隊をも活用した積極的な国際貢献を行なうにあたって、アジア諸国の信頼を勝ち取るという発想もあった。同フォーラムが目指す信頼醸成、予防外交のための機能が十分に果たされたとはいえない状況が続いている。

その後、東アジアには、アセアンプラス3(日中韓)、東アジア首脳会談と様々な安全保障上の課題を議論する場が生まれ、政策協調が議論されてきた。しかし、これらの場も、たとえば北朝鮮問題に対する共通の立場を示すことはあっても、何らかの共同行動に踏み出すものではなく、特定の国の行動に正統性を与えるような機能もない。

そもそも、アセアン地域フォーラムとアセアンプラス3と東アジア首脳会談はメンバー国がそれぞれ微妙に異なるため、同時期に似たような政策文書が順番に出されている奇妙な状況ともなっている。

こういった状況を打開して、必要な「大国」をそろえて、有意義な成果を出せるアジア・太平洋コミュニティを2020年までに創設するために動こうではないか、と高らかに宣言した豪州のラッド首相の提案はその後、アセアン諸国から袋叩きにあい、今年開かれるという国際的な検討会議の将来性は乏しい。

アセアンの発展によって東南アジアの安全保障環境は大きく改善してきたことは事実だが、アジア・太平洋全体を覆い、その安全保障環境を改善するような枠組みの形成には至っていない、対話の場が拡散しているのが現状である。

「ハブ・アンド・スポークス」の限界

もちろん、第二次大戦後のアジア・太平洋地域には、ハブ・アンド・スポークスと形容されている、アメリカと各国の同盟関係が存在し、地域の安全保障環境の安定に寄与してきた。

朝鮮戦争とベトナム戦争を通じて大きく地域を揺るがしたのも米国だが、またソ連や中国、北朝鮮の野心的な行動が抑止されてきたのも事実だ。先にも触れたように、米国の軍事力が果たす重要性は、抑止の段階でも、実際に有事が起きた場合にも、依然として重要だ。

しかし、たとえば、国境を容易に横断して行動する国際テロリズム活動や海賊行為、人身売買や麻薬取引といった課題には、国境をまたいでいるため国際協調がなければそもそも実効性のある取り組みは不可能であり、また米国の能力にも限界があるため、たとえば船舶や金銭的、技術的な支援を他国も負担することも必要になる。

北朝鮮問題をめぐっても明らかなように、中国が果たし得る役割は米国にとって大きく、また日米韓三カ国が共同歩調を強めることも北朝鮮に対する有効な圧力となっている。

つまり、日本だけの努力、米国の国力ではともに不十分であり、かつ国連などの国際機関だけでは対処できない多くの課題があり、地域全体として確かな政策協調のフレームワークを作って取り組むべき場合もあれば、地域のいくつかの国家が連合して協調することが有効な場合もあり、これら「地域における協力」は安全保障上、有効な手段とみなされ始めている。

だからこそ、アジア・太平洋地域には有効性の高い、包括性が高く、一貫したデザインに裏打ちされた地域枠組みを構想することが、中長期的に日本、そして地域諸国すべてに求められている。

アセアン地域フォーラムと東アジア首脳会議の再編

アセアン地域フォーラムや東アジア首脳会談をどのように再編するのか、その道筋は容易ではないが、最近手っ取り早いとみなされているひとつの考えは、現在はアセアンプラス3に豪州、ニュージーランド、インドを含めた16カ国で開催されている東アジア首脳会談に、米国を含め、この首脳会談の下に各種協力のメカニズムを構築するというものだ。

最大の障害だった、米国の東南アジア友好協力条約への署名は先般実現した。米国をいれることの重要性は、災害派遣や海洋安全保障における米海軍の存在感ひとつとっても明らかだ。

海洋に隔てられ、そして結び付けられているアジア・太平洋諸国が、この地域で最も大きな海洋国家を無視した枠組みを作っても意味がない。非伝統的課題としてアセアン諸国も重視する海賊行為、人身売買、麻薬取引なども海洋を舞台とすることが多いのだ。

また、昨今は中国の海軍力増強がことさら話題になるが、米国を加えた東アジア首脳会談のメカニズムは、米国、中国、日本、インド、豪州など地域の主要な海洋大国を含めており、今後、有効な信頼醸成を計っていくために有効な場となりえる。

東アジア首脳会談を中心にした枠組みを中心にすえることに合意が形成されたとしても、アセアン地域フォーラムを即時撤廃する必要はなく、災害派遣のための合同演習や軍事の透明性を確保するための手立てを確認する場として残せばよい。

アセアンプラス3は経済、金融協力を中核とした地域協力を強化し、合理的な範囲で東アジア首脳会談へこれら協力の枠組み拡大を図っていけばよい。

米国との同盟のネットワーク化

重要なことは、米国を加えた東アジア首脳会談の場は、アセアンの主導的な立場を守りつつ、主要な大国がすべて加わり、首脳レベルでの政治的意思決定も可能になるということだ。

米国は安全保障面での協力を進めるパートナー選びにおいて、イデオロギー的選好があるといわれてきた。しかし、必要な地域協力の深化のためにも、日本は米国の東アジア首脳会談への参加を歓迎すべきであり、その上で具体的なメカニズムへの米国の適切な関与のあり方も構想し始めるべきだろう。

地域安全保障アーキテクチャという建築物の重要な柱のひとつとして、そのような東アジア首脳会談が創設されるとして、米国との二カ国間同盟とそのネットワーク化がもうひとつの重要な柱となるだろう。

安防懇報告書が提案するように日米韓関係で防衛実務者協議の閣僚級への格上げなどが実行に移されれば、現状変革を志向する国家に対して有効なメッセージとなる。

また、ネットワーク化された同盟は、日米豪戦略対話にみられるように、東アジア首脳会談なども協力の対象としている災害派遣、人道支援の核として機能する。先進的な装備体系、協力の蓄積、相似した価値観は三カ国の高いレベルでの共同行動を可能にしている。少数者のグループが大きな多国間組織のなかで動力となって協力を深化させていくという効果が期待できる。

韓国と豪州も、日本と豪州のように安全保障協力宣言をこのほど発表したところであり、ネットワーク化された同盟は、各国の安全に直接にかかわる脅威というよりは、より広い地域における安全保障上の諸課題に対処するための重要な道具となっていくだろう。

この点を関係諸国が受け入れることで、地域大の制度、ネットワーク化された同盟という二つの柱はここに接合されて、一つの建築物として建てられることになる。

中国をどのように引き入れるか-日米中のトライアングル

しかし、中国がこのような視点を受け入れるか、それが最も困難な課題といっていい。東アジア首脳会談創設時にもアセアンプラス3以上の拡大に反対していた中国は、依然としてアセアンプラス3を重視する姿勢をとっている。

中国にとって東アジアの地域主義は東南アジア外交の一環に過ぎず、安全保障上、共同で対処すべき課題が増えた現状に対して十分な理解を示していない。

また、日米豪三カ国による戦略対話が中国をターゲットにしたものであると公然と論じる、代表的な国際政治学者もいる。

安防懇報告書は、中国を引き入れた地域のメカニズム構築が重要という指摘に留まっているが、どのように中国を引き入れるか、その仕掛けを考えなければならない。

筆者がこの点に関してかねてより重視していることは、日米中三カ国の政府レベルでの公式対話の開始である。報道されているように、米国国務省政策企画局長、中国外交部政策企画局室長、外務省総合外交政策局長の会合が今後実現されていくようである。

なによりも中国と日本が地域における制度作りの主導権をめぐる綱引きをやめ、米国もアジア・太平洋地域における地域での取り組みへの一歩下がった姿勢を改めることを確認したうえで、地域における有効な安全保障上の手段は何か、日米協力や同盟のネットワークが何を目指しているのか、実力を増していく中国との協力、信頼醸成をいかに進めていくのか、真摯に議論する場になってほしい。

地域安全保障ビジョンの共有

報道では、三カ国はグローバルな協力、アフリカなどきわめて外交的なアジェンダを議論するとも書いてあるが、重要なことは安全保障の将来に関するビジョンの共有である。この三カ国の合意がなければ、アセアンを中心にした制度構築さえ進まないという現実をわれわれは過去20年間で痛感してきた。

この枠組みに批判的な声もあるが、日本にとっては日米同盟の希釈化につながらず、むしろ対中関係、対米関係の強化につながる可能性が高いし、アジア・太平洋地域等での国際的な活動への中国の理解も得られる可能性が高まる。

なによりも、東アジア首脳会談のような地域大のメカニズムが整備され、有効に機能していくことは、関係各国すべての利益となり、新しい安全保障上の課題に対する協力深化に加え、米国と中国という二つの大国を、日本を初めとする地域諸国との連携に組み込むことになる。

政治的モメンタム(動力)が高まったとき、お互いの軍事的能力や意図に対する不信を多少なりとも改善したり、偶発的に発生する危機のエスカレーションを防ぐようなメカニズムが、意味のある形で整備され得る。中国と米国が地域における協力への姿勢を明確にすることが、この地域のアーキテクチャの基礎をしっかりとしたものにする。

日本は、積極的な役回りを演じられるかもしれない。日米中関係の重要性は、より高い位置づけを与えられていくべきだろう。枠組みの格上げや防衛当局の参加なども検討されていくべきだ。

実力を増していく中国との協力は今後どれほど可能なのか、それを見極めるためにもまず我々は中国との合意を形成し、それが守られるか観察していくことが必要なのであり、三カ国、そして地域大の枠組みのなかに中国を位置づけていく発想をもつべきだ。

新政権への提案

今回の安防懇の報告には、民主党鳩山代表は見直しを辞さないというコメントを発している。集団的自衛権の解釈や武器輸出三原則の見直しを巡る点は、高度な政治的な判断であり、選挙において勝利した政党が責任をもって、いずれかの判断を行なえばよい。

しかし、地域における協力は重要性を増しており、中長期的なビジョンを策定し、地域諸国と協力のあり方、すなわちアーキテクチャの設計図を描くことは、政治的立場にかかわらず、新政権に求められる。

自民党、民主党いずれのマニフェストにおいても、外交・安全保障戦略における地域における協力のあり方に関して十分に議論が尽くされていないが、新政権は早急に政治主導で議論を進展させ、アジア・太平洋諸国に対してメッセージを発するべきだろう。

■佐橋 亮 (東京財団「新しいアジアの安全保障構造研究」プロジェクトメンバー、オーストラリア国立大学博士研究員)

    • 東京大学東洋文化研究所准教授
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