タイプ
論考
日付
2012/1/27

ポスト金正日 - 高まる安全保障リスクに備えよ

東京財団研究員
神保 謙


権力移行プロセスの脆弱性

地政学的リスク分析を専門とする米コンサルタント会社ユーラシア・グループは、2012年年頭に発表した年次10大リスクの第5位に北朝鮮を掲げた。

同レポートでは、ポスト金正日の北朝鮮における権力継承が順調に進むという見方に疑念を挟みつつ、若き継承者である金正恩の政治経験の欠落、金正恩を補佐する指導者層内部の軋轢、また急場しのぎの権力移行の地歩を固めるための軍事的挑発行動の可能性など、多くのリスク要因が北朝鮮内部のガバナンスをめぐる問題に起因すると指摘する。

ユーラシア・グループの定評あるリスク分析に不気味な予見を感じつつも、北朝鮮が金正日総書記の死去を発表して以来、今日までの北朝鮮内部のガバナンスには大きな混乱はみられない。この間、「偉大なる将軍」の喪失という短期的な危機管理としての権力移行プロセスには、一糸の乱れもなかったといってもよい。金正日の死後に北朝鮮が内外に発したメッセージは、北朝鮮の権力構造の継続性であった。その意味では、北朝鮮は短期的な内部統制の問題をランディングさせつつあるという見方がふさわしい。

しかし、権力継承の正念場はここからである。政策実務の実績に乏しい若き金正恩に直ちに権力が集中するとは考えにくい。当面のところ北朝鮮の政治体制は、後見人といわれる張成沢国防副委員長の補佐を得た過渡期の集団指導体制という性格を持つものとなろう。金正恩をヒエラルキーの頂点とする朝鮮労働党(テクノクラート集団)と朝鮮人民軍(先軍政治の担い手)が主たる利益集団となるコーポラティズムが想定できる。その頂点となるリーダーが絶対的な指導力を発揮すれば、大胆な外交取引や国内制度の改革も可能であろう。しかし、リーダーの決断力が乏しい状況下においては、既得権と継続性を重視する党と軍の組織的な利益がそのまま追認される。

こうしたカリスマ的指導力を欠く権威主義コーポラティズムは、平時における既存路線の維持には実務能力を発揮するものの、危機におけるリーダーシップを欠きやすく体制の脆弱性が高まる。仮に北朝鮮に大規模地震、水害、飢饉などの天然災害が発生した場合、あるいは対外関係で軍事的緊張が高まった場合、深刻な国内経済破綻に直面した場合など、トップダウンのリーダシップなき事態の打開は難しい。

ユーラシア・グループの予見するリスクが表面化するとすれば、それは北朝鮮が戦略的判断を必要とする局面において、各利益集団に深刻な対立が生じたときであろう。換言すれば、このような深刻な対立を生じさせないためにも、当面のところは大胆な政策方針の変更をせず(遺訓政治の継承)、国内の権力固めに集中することが求められているのだ。

外交交渉の縮小と
軍による国威発揚

12年前半は新体制の北朝鮮がいかなる対外政策を志向するかを計る重要な期間となる。北朝鮮は服喪期間が明けてから、金日成主席生誕100周年(4月15日)、朝鮮人民軍創建80周年(4月25日)などの重要日程に向けた準備に入る。また12年は米国及び韓国における大統領選挙、さらには中国共産党の指導部交代の年でもある。

こうした動向を北朝鮮は戦略的猶予の期間ととらえ、外交交渉を縮小させ、国内の国威発揚に邁進すると考えられる。北朝鮮の国防委員会が12月30日に韓国の李明博大統領を「永遠に相手にしない」と声明を発表したこと、新年の共同社説で(韓国との対話を示唆した昨年とは一転して)韓国を非難したこと、また4年ぶりに在韓米軍の撤退を要求したことなど、いずれのメッセージも、短期的な外交交渉への用意がないことを表すものだ。

他方で、北朝鮮は金正日総書記の死去に先立ち、米韓が6カ国協議再開条件とするウラン濃縮活動停止などに同意し、米国がその見返りに食糧支援の再開を約束すると伝えられていた。本稿執筆時点(1月5日)において、棚上げとなっている米朝協議が再開される見通しはたっていない。しかし、昨年12月までの米朝協議の進捗を鑑みれば、実務レベルでの米朝協議の再開は十分に考えられるだろう。ただ指導者交代の年を迎えて、この米朝協議が本格的な6カ国協議の早期再開に結びつくとは考えにくい。

こうした外交交渉の縮小傾向とは裏腹に、「強盛大国の門戸を開く」ための先軍政治を邁進する努力は継続するだろう。本年前半に北朝鮮が3度目の核実験や、新型ミサイルの実験、また10年の天安沈没事件や延坪島砲撃のような低強度な挑発行動を行う可能性も依然として高い。北朝鮮は大規模な軍事行動こそ抑制しつつも、新体制の権力基盤を誇示するためにも、激しい言論による威嚇と軍の挑発行動が展開されるとみるべきである。

不安定化シナリオ
への対応を

北朝鮮が短期的に権力継承期間の国内秩序を維持できたとしても、中長期にわたり老練な対外戦略を遂行できるかは未知数である。6カ国協議の再開、米朝の非核化をめぐる外交交渉、改革開放を伴う経済改革のどれをとっても、強いリーダーシップによる国内利益集団の調整は不可欠である。それが不可能であるとすれば、北朝鮮の体制維持はより不安定な方向へ向かわざるを得ない。北朝鮮体制「不安定化」のリスクは、以前よりも高まっているのである。

こうした状況を好機ととらえ、日米中韓の4カ国は緊密な協議を行い、北朝鮮を望ましい方向に導くための共通の認識をつくることが重要だ。特に「不安定化」シナリオの想定に躊躇していた中国を巻き込んだ対話の形成が求められる。

筆者はかねてより、(1)日米中韓の国防当局による、北朝鮮不安定化時の共同計画、(2)日中韓による、難民発生の際の国境管理計画、(3)米中韓(日)による北朝鮮の体制不安定化の際の治安維持、核兵器管理、統治メカニズムに関するスキームづくりの必要性を唱えてきた。野田政権はポスト金正日の北朝鮮が権力移行期にある今こそ、米中韓とともに中長期的な北朝鮮戦略の策定を加速させるべきである。


『WEDGE』2012年2月号(ウェッジ社、1月20日発売)より転載