米国の「リバランス」とアジア太平洋地域の安全保障 (高橋杉雄 防衛研究所主任研究官、「アジアの安全保障」プロジェクトメンバー) | 研究プログラム | 東京財団政策研究所

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米国の「リバランス」とアジア太平洋地域の安全保障 (高橋杉雄 防衛研究所主任研究官、「アジアの安全保障」プロジェクトメンバー)

November 14, 2012

はじめに

この11月に行われた米国の大統領選挙においては、オバマ大統領が再選を決めた。このことは、ただでさえ数多くの不確実性が存在するアジア太平洋地域において、多くの国で政権が交代する2012年の後でも、少なくとも米国のアジア政策だけは一定の継続性を持つことを保障する結果であると評価できる。

オバマ政権第1期後半の、2011年から2012年にかけての安全保障戦略の特徴は、「pivot to Asia(アジア回帰)」あるいは「アジアへのリバランス」と呼ばれるような、アジア太平洋地域を重視する方向性を明確に打ち出したことであるといえる *1 。実際、2012年1月に公表された「国防戦略指針(Defense Strategic Guidance: DSG)」 *2 において、アジア太平洋地域を重視する形での「リバランス」を進めていくことが示され、暴力的な過激主義や不安定化を促す脅威へと立ち向かうことが明確に示された中東と並び、米国の安全保障政策において、これら二つの地域を明確に重視していく方針が示されたのである。

それは特に、2010年以降、特に南シナ海問題を中心として、中国へのカウンターバランスというべき動きが地域において広がりつつあり、その中で米国が大きな役割を果たしていることによって具体的な形で姿をあらわしつつあるといえる。果たしてこれは、中国の台頭によってもたらされる「パワーシフト」に対して、正面から米国が立ち向かうことを示唆しているのか、また、その結果として、米中の「冷たい関係」を基調とする時代が到来することを含意しているのであろうか。本節では、そうした問いに対して、5年から10年程度のタイムフレームを念頭に置きながら分析を行うこととする。

1.アメリカの「新たなアジア戦略」:9・11以前への回帰

改めて、アジアを重視する方向性を鮮明にしている米国のアジア戦略であるが、これを「アジアへの回帰」と呼ぶのは正確ではないであろう。たとえば1990年代後半、クリントン政権において発表された2つの「東アジア戦略報告」 *3 においてすでに、米国の安全保障政策におけるアジア重視の方向性ははっきりと示されていたし、また、ブッシュ政権においても、オバマ政権においても、アジアの重要性は繰り返し強調されてきた。

確かに、オバマ政権において策定された重要な戦略文書である2010年版の「四年ごとの戦略見直し(Quadrennial Defense Review: QDR)」 *4 および「国家安全保障戦略(National Security Strategy)」 *5 それぞれにおいては、DSGと異なり、特にアジアを重視することは明記されていない。しかしながら、オバマ政権はアジア専門家を枢要なポストに配置する人事を行い、またAPECやARFへも明確にコミットするなど、当初よりアジア重視の外交・安全保障政策を採っていたことは明らかである *6 。しかしながらそれは、オバマ政権のアジア政策がその発足当初から変化していないことを意味するわけではない。実際には、その最初の一年とその後において、対中政策に明確な変化が生じているといえるであろう。

オバマ政権発足当初の対中政策は、スタインバーグ国務副長官が述べた「戦略的再保障」という言葉によって代表される、「中国の大国としての地位を保証すれば、中国は米国と協力して世界の安定のために責任ある役割を果たすようになる」との考え方であったとみなすことができる *7 。これはいってみれば、「米中の戦略的コンドミニアム」というべき「G2」体制を長期的に目指す政策であるといえよう。しかしながら、2009年にオバマ政権が発足してからの米中関係や中国の対外政策の展開は、こうした志向性の修正を迫るものとなった。まず2009年3月にはインペカブル事件が発生し、南シナ海において一定の軍事的な緊張状況が存在していることが明らかとなった。またその秋に開かれた、地球温暖化対策を話し合うCOP15コペンハーゲン会議における中国の振る舞いは、中国がグローバルなアジェンダにおいて責任ある行動をとる準備ができていないことを世界中に明らかにしたし、引き続く南シナ海問題の噴出、あるいは尖閣諸島における中国漁船の不法操業を契機として発生した日本との危機的状況への対応、また、中国が国防政策を不透明にしたままASATやステルス戦闘機、対艦弾道ミサイルのようないわゆるA2/AD能力の整備を進めていくことは、中国に対する脅威感や懸念を増大させることとなったのである。

この「戦略的再保証」という考え方をベースとした対中政策はブッシュ政権のときに基本的な構造が形成されたものである。ブッシュ政権においては、「中国が責任ある利害関係者(responsible stakeholder)」として台頭するように促す(シェイプ)とともに、そうならない可能性に備える(ヘッジ)」とする、「責任あるステークホルダー」を目指す「シェイプ・アンド・ヘッジ」が基本的な対中戦略として示されていた *8 。しかしながら、2009年以降の展開が明らかにしたのは、「責任あるステークホルダー」なり「戦略的再保証」を目指す政策が、少なくとも当面は実現困難であることであった。むしろ2010年以降、米国の対中戦略は戦略的な「競争」を中国との間で進めていく方向性をとるようになり、アジア戦略全体に対して、「中国との競争」を基軸とする再編成が行われつつ現在の政策が形成されてきていると評価することができよう。これは実は、中国のことを「戦略的競争者(strategic competitor)」と位置づけていた、ブッシュ政権当初の対中政策と同様のポジションであると評価できるのである。

こうした視点に立って、9・11テロ事件の直後である2001年9月30日に発表された2001年版のQDR(以下、QDR2001)と2012年1月に発表されたDSGとを比較してみると、特にA2/AD能力への対処を重視していることと、アジアへのアクセスの重要性を強調している点において類似性を見出すことができる。まず、A2/AD能力への対処の文脈においては、QDR2001第5章「21世紀に向けた米軍の変革」の記述が目を引く *9 。本章においては、弾道ミサイルや巡航ミサイルの飽和攻撃による米軍のアクセスの拒否ないし遅延、発達した防空システムによるステルス機以外の侵入の阻止、宇宙配備の能力・超水平線レーダー、ステルス化された無人機による米軍の監視とターゲッティング、対艦巡航ミサイル、先進ディーゼル潜水艦、先進型機雷による米海軍と両用部隊の沿岸域への接近の阻止、長射程の移動式弾道ミサイル、地上配備レーザーによる宇宙アセットへの攻撃などが将来の米軍の脅威となるとの認識が示され、将来の米軍はこれを打破して持続的な監視、精密攻撃、兵力の展開を行えるようにならなければならないと記述されているのである。これは、現在読み返してみて、10年以上前に記述された古さを全く感じさせないばかりか、対艦弾道ミサイルの登場を除けば、現在における展開を的確に予測していたとさえ言うことができよう。

また、アジアへのアクセスの点から言えば、QDR2001には、有名な「不安定の弧」の記述がある。これは、原文では「中東から北東アジアに至る広大な不安定の弧に沿って、台頭する地域大国と衰退する地域大国とが流動的に混ざり合っている」と記述され、その上で、「他の重要な地域と比べ、この地域(特に「東アジアリットラル」とされたベンガル湾から日本海に至る地域)に対する米国の基地の密度やアクセスのインフラは希薄である」との問題意識が示されている *10 。DSGにおいても、まったく同様の「米国の経済および安全保障上の利益は、変化し続ける課題と機会とを作り出す、西太平洋および東アジアからインド洋および南アジアに広がる弧における展開と密接に関連している」 *11 との記述があり、その上で、「米国はアジア太平洋地域に向けてリバランスをする必要がある」と記述されているのである。このように、アジア戦略という意味で、両者の基本的な思想はきわめて類似している。こうしたことを考えると、現在の米国のアジア戦略は、「アジアへの回帰」というよりも「9・11以前への回帰」として評価できるといえるのである。

2.中国のA2/AD能力の整備と米国の対応:DSGとFY2013国防予算

本稿でも繰り返し触れているが、オバマ政権は、2012年1月に、オバマ大統領自身が国防省に赴いてスピーチを行う異例の形で、DSGを発表した。このDSGは、これまで国防戦略を示す文書とされてきたQDRや「国家防衛戦略(National Defense Strategy)」とは異なる、これまでに発表されたことのない新たな文書である。その目的は、2011年以降、米国国内政治において大きな問題となった、国防予算の削減を進める上での戦略的な原則を明らかにすることであり、アフガニスタンやイラク情勢の変化を踏まえてQDR2010を時点修正しつつ、新たな戦略的プライオリティが示されている。そこで特に強調されているのが、「アジア太平洋地域へのリバランス」であり、またその関連での重要性を持つのが、10個示された戦略的プライオリティの1つである「A2/AD能力に対抗してのパワープロジェクション」である。

前述したとおり、QDR2001にすでに詳細に記述されているように、A2/AD能力への対抗は、これまでも米国の軍事戦略上重視されていたことである。QDR2010では、特に「統合エアシーバトル概念」という構想に言及され、冷戦期における「エアランドバトル構想」と対を成すような、A2/AD環境における戦闘概念を構築していくことが打ち出された。「エアシーバトル」については、その後米国のシンクタンクが報告書を発表 *12 したことを契機に、「エアシーバトル」とは米国が前線兵力を削減させていくことを含意するといったようないくつかの誤解を含むさまざまな議論がなされたが、最終的に2012年初頭に統合参謀本部が発表した「統合オペレーショナルアクセス概念」の中で、戦闘の仕方を指し示すひとつの概念であるとの整理がなされた *13

現在の中国の軍事力の近代化が、いわゆるA2/AD能力を強化する方向性を明らかにとっていることを考えると、DSGで示されたような、A2/AD環境における作戦能力を強化することは、アジア太平洋地域の安全保障環境で米国が実効性のある抑止力を維持していく点できわめて重要な意味を持つ。ただし、DSGは、国防予算に反映すべき戦略的プライオリティを示す文書であるから、こうした方向性が、2月に行政府より議会に提出されたFY2013国防予算案に反映されているかについてはきちんと評価を行っておく必要がある。

FY2013国防予算案は、正規の予算が5254億ドル(前年比52億ドル減)、海外作戦予算が885億ドル(前年比266億ドル減)となる、総額が6139億ドル(前年比318億ドル減)となる予算である。ただしこれは、単に予算を削減したのではなく、DSGに示された戦略を実行するためのことを重視した上で、優先順位に基づいて予算配分を行ったものであると説明されている。しかしながら、結論を先に示すと、少なくともA2/AD能力への対抗という観点から見れば、DSGに示された戦略を満たすものであるとは考えにくいといわざるを得ない。

A2/AD能力への対抗の文脈で、FY2013予算において重視されている項目は、空母11隻体制の維持と新型長距離爆撃機の開発をあげることができる。その一方で、P-8次期哨戒機、グローバルホーク、E-2D早期警戒機に関連する予算が「リバランス」の対象として削減されている *14 。グローバルホークはいうに及ばず、P-8はP-3C哨戒機の後継となる対潜哨戒機であり、E-2Dは空母周辺の防空に欠かすことのできない早期警戒機である。このような、海上におけるISR能力は、A2/AD能力に対抗していく上で必要不可欠な要素であり、P-8については、総額こそ調達費全体の中で7位であるが、これらが「リバランス」の対象として予算が削減されていることからは、FY2013国防予算案とDSGとの間に戦略的一貫性が欠けていると評価せざるを得ない。特に、中国の潜水艦や航空機発射の巡航ミサイルから空母を防護するために必要となるP-8やE-2D関連の予算を削減する一方、空母11隻体制を維持していくことについては、ちぐはぐな印象を拭い去ることができない。

一方で目を引くのが、秘密プログラムの増大である。表1、表2はそれぞれ、研究開発費と調達費における上位10項目を示したものであるが、それぞれ秘密プログラムが上位に存在している。これら秘密プログラムの内容については全く手がかりがないが、これまで、これほど秘密プログラムが支出項目の上位を占めたことは、少なくとも21世紀に入ってから初めてのことである。かつて、F-117やB-2のようなステルス機が、「ブラック・バジェット」と呼ばれるこうした秘密プログラムにおいて開発されていたことを考えると、何らかの新たなコンセプトに基づく兵器の開発が進んでいる可能性が否定できない。A2/AD能力への対抗が現在の米国における重要かつ深刻な課題であることを考えると、こうした秘密プログラムがA2/AD能力への対抗を目的としてのものである可能性がないわけではない。

表1:FY2013米国国防予算 研究開発費上位10項目

表2:FY2013米国国防予算 調達費上位10項目


ただし、公開されている情報をベースに考える限り、今後5-10年のタイムフレームで考える限り、米国はこれまで同様、空母を中心とした兵力構成をとり続ける一方、中国のA2/AD能力の向上に伴い、その脆弱性は増していくと考えざるを得ない。また、地上発信型の戦術航空機も、今後の主力が、F-22に加えて現在開発が進められているF-35になることを考えると、今後のA2/AD環境における抑止態勢は、それを支える兵器システムは現在と基本的に大きく変化しないことを前提として構築していかなければならないのである。
その点から重要な意味を持つのが、現在進められているアジア太平洋地域における軍事態勢の再構築であろう。これは、「地理的なディストリビューション」「作戦的なレジリエンシ―」「政治的なサステイナビリティ」の3つを原則として進められるとされている *15 。今後も、空母や戦術航空機を中心とした戦力構成が維持されるとすれば、それらを中核とする前方展開戦力の「作戦的なレジリエンシ―」を、A2/AD環境においてどのように高めていくかが重要な戦略的な課題となるのである。

3.今後の展望:米中「冷たい関係」?

前述したとおり、現在の米国のアジア戦略は、中国との間の「戦略的な競争」を進めていくためのものであると理解できる。ただし、これが長期的なトレンドとして定着し、「冷たい戦争」には至らないまでも米中の「冷たい関係」が21世紀のアジア太平洋地域の基本秩序になると考えるのは時期尚早であろう。

これまでも、クリントン政権、ブッシュ政権とも、その在任中の対中政策には大きな振れ幅があった。同様の振れ幅はオバマ政権においても起こりうると考えておくべきであり、先日の大統領選挙にオバマ大統領が再選を決めたが、現在の対中政策の基調が第2期の4年間継続するとは限らないのである。加えて、米国や日本、あるいは中国を含めて、米国と中国とが全面的な冷戦関係に入ることを望んではいないことを考えると、今後、米中の「冷たい関係」を避けるための努力はさまざまな形で行われていくであろう。そう考えると、米中関係は「冷たい関係」が定着した形で展開していくというよりも、さまざまな揺らぎを見せていくと考えるべきであろう。日本としても、今後さまざまな形での米中関係、日中関係がありえるということを見据えた上で、外交・安全保障戦略を進めていく必要がある。その意味で、単に中国の将来の不確実性に対する「ヘッジ」ということだけではなく、米国の対中政策が変動する可能性を「ヘッジ」する意味でも、「抑止」「バランス」「統合」の3本の柱からなる対中政策を、今後とも追求していく必要があるであろう *16

一方で、はっきりといえることは、ブッシュ政権のときに基本的な構造が形成され、オバマ政権においても基本的には継承されていると考えられる「シェイプ・アンド・ヘッジ」の軌道修正と「シェイプ」「ヘッジ」それぞれについての再定義が進められつつあることであろう。

まず、「シェイプ」についていえば、2010年以降の展開によって中国は大国化したとしても、少なくとも米国が望むような形での「責任ある大国」として振舞う準備ができていないことも明らかとなった。これは、少なくとも短期的には、「責任あるステークホルダー」論および「戦略的再保障」論の蹉跌として受け入れる必要があるであろう。それを前提とした上で、「シェイプ」を再定義していくことが求められているのである。

より明確に再定義が見て取れるのは、「ヘッジ」の文脈においてである。この文脈においては、A2/AD環境における抑止態勢の構築が急務となりつつある。それは、現実に米国が有する能力を前提とするならば、米国の一部シンクタンクが主張するような、スタンドオフ攻撃能力の強化とそれに伴う前方展開兵力の削減という形をとるよりも、空母や地上発着の戦術航空機を中心としつつ、A2/AD環境下におけるそれらの作戦上のレジリエンシ―を高めるようなさまざまな措置を講じていく形をとることになろう。エアシーバトル概念が意味を持つとすれば、そうした文脈におけるものであると考えられる。

また、そのようなハイエンドの紛争に備えた抑止力だけでなく、「不安定の弧」へのアクセスやプレゼンスの改善・強化という形で、地域諸国との協力関係の強化も進められつつあると考えられる。これは紛争抑止というよりもソフトバランシングとしての意味合いを強く持つといえるが、こうしたソフトバランシングとしても意味合いを持つ軍事的な関与も、「抑止」とは異なる意味を持つという点で「ヘッジ」の再定義であると考えられよう。

このようにまとめると、A2/AD環境下における抑止力の再構築とソフトバランシングとを重視しながら、米国は中国との「戦略的競争」を進めていく安全保障政策を展開していると評価することができよう。ただしこれは、「シェイプ・アンド・ヘッジ」を捨てたというよりも、「シェイプ」および「ヘッジ」それぞれを再定義する形で進められていると考えるべきであろう。ただし、前述したとおり「ヘッジ」についてはどのような形で再定義されるか、はっきりとした姿が浮かび上がりつつあるものの、「シェイプ」については、「戦略的再保障」論の蹉跌の後の姿がいまだに示されていない *17

その一方で、米国は引き続き戦略・経済対話を進めたり防衛交流を中国に対して呼びかけるなど、決して「協力」の可能性を捨てているわけではない。オバマ政権第1期においてNSCアジア上級部長を務めたジェフリー・ベーダ-は、公職から離れてすぐに出版した回顧録の中で、今後の米国の大統領は、中国政策について、その政策目的は、それが宥和政策と映らないような形で信頼関係を構築していくことであり、米国の力と注意深さを維持しつつ、安全保障のジレンマに陥らないようにしなければならないと論じている *18 。こうしたことから考えると、おそらく、今後の米国のアジア戦略にとっての大きな課題は、「シェイプ」をいかなる形で再定義していくかということになろう。そうしたビジョンを示すことができない一方で、「ヘッジ」のみが進んでいくとすれば、アジア諸国および中国自身は、米国が中国と対決的な路線をとり続けていくであろうと理解するであろう *19 。キッシンジャー元国務長官は、『フォーリン・アフェアーズ』に寄稿した論文の中で、「米中はともに平和的な競争を行う範囲を定めていくことを追求すべきである。もしそれが賢明に行われれば、軍事的対決も軍事的支配も回避することができるであろう。もしそれができなければ、緊張がエスカレートしていくことは不可避である」 *20 と述べ、ブレジンスキー元国家安全保障補佐官は、その著書の中で、「何が中国との衝突に値しないか、中国自身がここを超えると自らの利益を損なったり自らの有する手段で追求できる範囲を超えてしまうと判断する線をどこに引くべきか、静かに検討しておく必要がある」 と論じた。こうした議論が米国の知的エリートの間でなされていることは、前述のような「ヘッジ」の再定義を中心とする戦略的な競争だけではなく、「シェイプ」を再定義しての「戦略的な協調」に向けたモーメントも確実に米国の対中政策に内包されていることを示しているのである。オバマ政権第2期で示されるのか、あるいはそのあとになるのかはわからないが、再定義された米国の対中政策が、新たな形で示されたとき、日本自身の対中政策もまた、問われることとなる。


*1 :The White House, “Remarks by President Obama to the Australian Parliament,” (November 17, 2011) (accessed on April 10. 2012); Hillary Clinton, "America's Pacific Century," Foreign Policy, (November 2011) (accessed on April 10, 2012).
*2 :Department of Defense, “Sustaining U.S. Global Leardership: Priorities for 21st Century Defense,” (January 2012) (accessed on April 2, 2012).
*3 :Department of Defense, “The United States Security Strategy for the East Asia-Pacific Region 1998,” (November 24, 1998) (http://www.dod.mil/pubs/easr98/easr98.pdf) .
*4 :Department of Defense, “Quadrennial Defense Review Report,” (February 2010) (accessed on April 10, 2012)
*5 :The White House, “National Security Strategy,” (May 1, 2010) (accessed on April 10, 2012).
*6 :防衛研究所編『東アジア戦略概観2010』(2010年3月)、216-217頁 (2012年4月10日アクセス)
*7 :Kelly Currie, “The Doctrine of ‘Strategic Reassurance’: What does the Obama formula for U.S.-China relations really mean?,” The Wall Street Journal, (October 22, 2009) < http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704224004574488292885761628.html>(accessed on April 11, 2012)
*8 :神保謙「『責任ある ステークホルダー論』と米中安全保障関係」『東亜』(2006年9月号)。
*9 :Department of Defense, “Quadrennial Defense Review Report,” (September 30, 2001), p.31. (accessed on March 31, 2012).
*10 :Ibid., p.4.
*11 :Department of Defense, “Sustaining U.S. Global Leardership,” p.2
*12 :Jan van Tol with Mark Gunzinger, Andrew Krepinevich, and Jim Thomas, “AirSea Battle: A Point-of-Departure Operational Concept,” (May 18, 2010) (accessed on April 10, 2012).
*13 :Department of Defense, “Joint Operational Access Concept (JOAC) Version 1.0,” (January 17, 2012) (accessed on April 10, 2012).
*14 :Office of the Under Secretary of Defense (Comptroller), Department of Defense, “Fiscal Year 2013 Budget Request Overview,” (February 2012), Chapter 4, pp. 6-9, (accessed on April 2, 2012)
*15 :Chairman of the Joint Chiefs of Staff, “National Military Strategy of the United States of America 2011: Redefining America's Military Leadership,” p.8 (February 8, 2011) (accessed on April 10, 2012).
*16 :東京財団政策研究『日本の対中安全保障戦略:パワーシフト時代の「統合」・「バランス」・「抑止」の追求』(2011年3月) (accessed on April 10, 2012)
*17 :対中強硬派として分類されることの多いアーロン・フリードバーグ(プリンストン大学)は、最近の論考で、中国に対するエンゲージメントは、それを自己目的化して進めるのではなく、明確に追求すべき結果を設定して、結果指向型のアプローチをとるべきであると論じ、これまで議論されていたような形で「シェイプ」を進めることに懐疑的な姿勢を示している。Aaron Friedberg, “Bucking Beijing: An Alternative U.S. China Policy,” Foreign Affairs, Vol.91, No.5 (September/October, 2012), pp.48-58を参照。
*18 :Jeffrey A. Bader, Obama and China’s Rise: An Insider’s Account of America’s Asia Strategy, (Washington D.C.: Brookings Institution Press, 2012), kindle edition, location 2048-2058.
*19 :前述のフリードバーグは、アジア諸国は現在の米国の力強いレトリックを歓迎しているが、米国は、こうした言説を支えるために、それを裏付ける資源を投入すべきとの指摘を行っている。Friedberg, “Bucking Beijing,” p.58.
*20 :Henry Kissinger, “The Future of U.S.-Chinese Relations: Conflict Is a Choice, Not a Necessity,” Foreign Affairs, Vol. 91, No.2 (March/April 2012), p.52.
Zbigniew Brzezinski, Strategic Vision: America and the Crisis of Global Power, (New York: Basic Books, 2011), p.174

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