タイプ
レポート
日付
2009/10/14

《人の尊厳探求プラン》 第3回研究会報告

2009年10月7日、メンバーの小林英司先生から、ブタのなかで人の臓器をつくる画期的な研究開発についてお話を伺い、移植医療の倫理問題についてあらためて考える、第3回研究会を行った。その概要を以下に報告する。

日時:2009年10月7日(火)午後6時半~8時半
講師:小林英司先生(自治医科大学客員教授、大塚製薬工場顧問)
演題:「ブタはヒトを救えるか―異種再生医療からみた人と動物の尊厳」
参加者:相澤、島田、田川、橋爪、光石、小門、ぬで島、吉原、大沼、富田


1 講演の概要(小林先生)


1)研究の背景―人からの臓器提供は限界に達している


末期の臓器不全を治療する移植医療は、これまで亡くなった人または生きている人から臓器の提供を受け、目覚ましい成果を上げてきた。

しかし脳死または心臓死の人からの臓器提供は世界中で圧倒的に不足している。遺体からの臓器提供を増やす努力は限界に来ている。また、日本は脳死者からの提供が著しく少なく、生きている人からの提供に世界一依存する結果となった。生体移植は患者家族に厳しい選択を迫ったり、また途上国に出かけて経済的な見返りをもって提供を受ける状態にまで追い込まれる大きなリスクを伴う。

こうした現状を克服するには、移植臓器の提供を待つのではなく、技術の手で自ら作り出すことが必要である。ヒト幹細胞研究が著しく進歩したものの現在の科学では移植可能な臓器を作り出すことはできない。そう考え、ブタのなかで人の臓器をつくる研究開発を志した。

2)発生学を利用した臓器づくり―「ヤマトン計画

治療に使える人の臓器をつくるには、元になる幹細胞・支えになる足場・適切な増殖因子の三つの要素が必要である。

脚光を浴びているES細胞やiPS細胞は、臓器の基になる幹細胞であるが、それだけでは臓器をつくることはできない。

そこで発生学の技術を利用し、足場として生きたブタの体またはブタの胎仔臓器を用いることとした。たとえば、生きた母ブタの胎内の胎仔(人でいう胎児、動物では胎仔という字をあてる)に人の幹細胞を注入し、そのまま発育させて出生させ、人に使える臓器ができるまで育てようという、「異種再生医療」の発想である(人由来の細胞や臓器を「同種」、人以外のそれを「異種」という)。人類を救う「宇宙戦艦ヤマト」と豚=「トン」を組み合わせ、「ヤマトン計画」と名付けた。

元になる幹細胞も、ES細胞とiPS細胞は、目標にした臓器だけに分化・増殖させるよう制御するのは現在の技術では無理だと考え、自然に体に存在する体性幹細を使うことにした(肝幹細胞、骨髄間葉系幹細胞)。これらの細胞はES細胞などのように分化・増殖の過程で腫瘍化する危険性が低く、しかも患者自身から採れるという長所があるからだ。つくる臓器は、まず肝臓と腎臓を選んだが、将来的にはほかの様々な臓器、組織に応用できると考えている。

実際のやり方は、臓器により異なる。肝臓では、遺伝子操作してブタの肝臓は発生後壊死して行くようにした特別のブタを使い、そこに人の肝幹細胞を入れることで、ブタの肝臓に代わって人の肝臓が体内で育つようにする。マウスを用いた実験では、90%以上人の細胞でできた肝臓をマウスの体内でつくることに成功した例がある。

腎臓では、胎仔の腎臓ができる芽(腎原基)に人の間葉系幹細胞を入れ患者に戻す。ブタの腎臓に交じって人の腎臓の元ができて行くようにし、最後にブタの腎組織を、誘導死をかけ壊し、人の腎組織だけ残すようにする。ラットを使った実験では、ラットの腎のなかに人の腎組織が25%含まれるものをつくることに成功した。

こうしたブタ胎仔の臓器を分化・増殖因子の提供の場として利用するのは、胎仔由来の臓器は、拒絶反応が少なく、通常の異種移植(ほかの動物の臓器そのものを移植する)と比べ、はるかによく維持することができる。人と人の間でと同等の免疫抑制をかけるだけで維持できることも分かった。

このように肝臓、腎臓とも、動物実験で有望な結果を出すことができた。世界に類のない、独自の成果だと自負している。

参考文献
「動物で育てるヒトの臓器」『日経サイエンス』2009年8月号
小林英司「ブタを医学・医療に使う意義―現状と将来」『Biophilia』2009年夏号
ぬで島次郎『先端医療のルール』、2001、160-166頁(「異種再生医学」について)

2 質疑とディスカッション

以上の講演を受けて、参加者と講師の間で以下の質疑と討論が交わされた。

技術的な問題
参加者の間では、ヤマトン計画は現在の人からの臓器移植に代わる移植医療の技術としてすばらしい展望を開くものだ、という意見が多かった。

そのうえで、まず、こうしてつくられた臓器を人に移植するうえで、予想される技術的な問題は何かとの質問が出された。それに対しては、ブタ由来の人にはないウイルスが移植患者に感染する危険以外に、大きな問題は考えられないとの応えがなされた。足場にブタの胎仔を用いる利点の一つはそこにあり、ブタについては無菌技術が確立していること、胎仔はとくに無菌性を保つことができること、という長所がある、との説明がなされた。

次に、胎仔を育ててできた臓器は、いわば新生児のまっさらな臓器なので、移植を受ける患者の年齢と著しい開きがある場合、それがはたして患者の体内でうまく機能し得るのか、という疑問が出された。臓器はその人の環境への暴露や食生活で長年蓄積した履歴があって生体内で機能しているものなので、それなしにいきなり元の生活にさらされて大丈夫なのかという疑問である。それに対して講演者からは、年齢差について、人同士の移植では高齢者から壮年以下への提供臓器に問題は生じないというデータはある、との応えがなされた。だがその逆の、年齢の上の方への移植臓器については、データはないようである。

また、元の細胞は患者から採ることを想定しているということだが、たとえばウイルス性の肝炎患者や小児患者からの採取は難しいのではないかとの意見が出された。親または不特定多数の人から供与を受ける細胞バンクからの提供が必要になることも想定されるだろう。いずれにせよできた臓器は動物の要素が交じるキメラなので、患者自身の細胞でも最低限の免疫抑制は必要だろうとのことだった。

社会的・倫理的問題はあるか
最後に、この臓器作成研究開発を巡って考えられる社会的・倫理的問題について議論が交わされた。

まず動物愛護の観点から、母体内の胎仔を犠牲にするということをどう考えればよいかという点が提起された。とくに母ブタはどうなるのかとの質問に対し、講演者からは、母ブタについては、一頭のブタを生かし続けて何回も使うか、一回ごとに実験動物として安楽死処分するか、やはり一回ごとに家畜としてと殺場に運んで処分するか、という選択肢を検討したうえで、農家から何度か繁殖用に使われ、もう廃用にされると決まったブタをもらい受け、最後の一回の妊娠をしてもらって、処置するという方法を現在は選択しているという応えがなされた。さらに研究開発を行っている自治医大の施設はイヌ、ブタなどの中型実験動物を用いてきた長年の歴史があり、実験動物についての倫理教育に重点をおいてきた。これまで動物愛護団体などからの抗議を受けたことがない点などからアメリカ外傷学会等の優秀施設として国際的に認定を受けているとのことだった。

次に、ブタでできた臓器を人に移植するということに、社会はどういう反応を示すかが議論された。宗教上ブタと関わることが忌避されるイスラム社会では受け入れられないだろうが、日本人の感覚では大きな抵抗はないのではないか、との意見が出された。生きている人や脳死者の臓器をもらわなければいけないことに比べれば、ずっと望ましい、受入れやすい選択肢だという意見が多かった。

ただ、人からもらった臓器が自分の中に入ることでアイデンティティの混乱が起こることが、移植患者の精神医療の経験から分かっている。動物の組織や細胞の移植を受けた患者が、自分が少し人でなくなり動物に近くなったような気がするというアンケート結果もある。ブタのなかで育った臓器に対してはどうだろうか。

また逆に、ヤマトン計画では、人の要素を含むブタ、つまりいわば若干ヒト化した動物をつくることになる。腎臓、肝臓の一部程度ならまだよいが、これが広範囲の臓器や組織に応用されたらどうだろうか。どこまで人の要素を含むブタ、いわば人=ブタ・サイボーグをつくることが許されるだろうか。

講演者からは、技術的には不可能であり、考えるべきことでないかもしれないが、雌ブタの体内に人の子宮をつくって、代わりに妊娠・出産してもらう「代理出産」を仮に目指そうとすれば、たいへんなことになるのではないか、との提起がなされた。
また、ブタ胎仔のなかで、人の大脳を発生させることは、脳が人の本質を成す臓器だとすれば、許されないだろうとの意見が出された。

以上のやり取りの結果、ブタの要素を用いるということが即問題になるのではなく、どの部位をつくってよいか、ということが問題になるのだということが分かった。今回開発が進められていることを伺った肝臓、腎臓については、問題はないだろうという点で、一同一致した。

今後なすべきこと―移植医療を考える大きな枠組みの検討を
講演者からは、緊急避難的に、先天性の病気で命が危うい小さな子に、親が肝臓の小さな一部をあげるだけのはずだった生体肝移植が、いまでは大人同士に広がり、肝臓を大きく切り取り提供者に非常に負担をかけるようになってしまったことへの、率直な反省が出された。日本は肝臓移植の99%を生体移植に依存している、この状況に終止符を打ちたいがために、ヤマトン計画を始め、進めたいということだった。

これに対し、この計画がうまく進むよう、何が必要か、との質問が出された。それに対し講演者からは、社会全体の支持と支援がほしい、との応えがなされた。脳死移植や生体移植はいうに及ばず、ES細胞やiPS細胞による再生医療研究と比べても、ヤマトン計画は日本の独自で高度な技術を使ってなし得る優れた選択肢だと認知し、官民の資源と人材を重点投入する価値があると認めてほしい、とのことだった。参加者からは、それはぜひすぐやりたい、できる、という反応があった。

またより根本的な検討のあり方として、移植医療を考える大きな枠組みを示す必要があるとの意見が出された。

現在、格差の広がりが問題になっている。そのなかで、臓器移植を待つ小児の患者は募金などして海外に出かけ救われる例がある一方、貧困層の小児は、もっと普通の病気で医療が受けられず救われない事態が起こっている。そうした経済社会的格差の問題も含め、臓器移植や先端技術を用いた再生医療研究が、医療として成り立つ条件は何なのか、考えるべき全体の枠を明らかにすべきである、という提起がなされた。脳死は人の死かといった抽象的議論ではなく、脳死移植や生体移植が様々な立場の当事者に与える過酷な状況を具体的に捉えた議論が必要だ、との提起もなされた。


本研究プロジェクトではこれまで、人の胚や死亡胎児の細胞を用いることの是非を検討してきた。今後さらに、死後の人体(細胞から組織、臓器まで)の研究利用の是非などを検討していきたい。そこに今回の母ブタの体内の胎仔という選択肢も入れ、移植・再生医療のオプションの全体像を示し、それぞれの生物医学的・技術的・社会的・倫理的問題を一覧できるディレクトリーをつくって、望ましい政策を示すよう、試みたい。

小林先生には、今後の進展についてまたご報告いただくことをお願いし、終了した。

以 上

取りまとめ文責:研究リーダー ぬで島次郎