タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/8/15

【Views on China】「新型都市化」でも中国の「大手術」は難しい


東京大学総合文化研究科准教授
阿古 智子


先行きが不透明な中国経済

中国経済の先行きに関して不透明感が高まっている。地方政府が融資プラットフォームと呼ばれる投資会社を設立して資金調達し、収益性の低いインフラ建設や不動産開発が行われた。住宅の在庫が積み上がり、鉄鋼などの生産過剰も問題になっている。そして、これらの投資を助長したのが、いわゆるシャドーバンキング*1 だといわれている。政府は投資依存型成長の弊害を意識し、成長率を低めに誘導する政策を打ち始めたが、融資プラットフォーム、開発業者、生産能力過剰業種の経営が悪化すれば、不良債権が増え、信用収縮にまで発展し、景気が一気に落ち込む可能性もある*2

そのような動きがパニックを呼び、危機が広がっていくことは、中国政府にとって一番避けなければならないことだ。当然、一部の特権を持つ人が法や政策の抜け道を利用して富を築く現状に、メスを入れることは必要だ。シャドーバンキングを利用して無謀な開発を続けているのは主に地方政府であり、多くの庶民がその犠牲になっている。しかし、経済の高成長によって政権の正統性を維持してきた中国が、景気の減速に伴い高まる人々からの圧力に耐えられるのか。中国政府は、成長率を抑えながら、金融リスクの顕在化を抑えるという難しいかじ取りを迫られている。

協調的発展か大都市圏の形成か

矛盾する政策目標の同時実現を迫られる状況の下で、景気刺激策を取らず、構造改革を進めるという新政策が「リ―コノミクス」(李克強経済学)として注目されている。さらに、「新型都市化」という概念が提示され、都市化率上昇によって過剰投資と輸出に依存する成長モデルを内需拡大型に転換し、戸籍制度による農民工(農村からの出稼ぎ労働者)への差別を解消する方向性も示された。

国家発展改革委員会の「全国で都市化を健康的に促進する発展計画2011-2020」によると、北京、上海、重慶、広州、天津を国家中心都市に、180あまりの地級以上の都市を区域性中心都市に認定し、20あまりの都市群を形成する計画だという。同時に、農業及び農村を発展させ、農民の収入を増加させるという。

では、この都市化政策の何が「新型」なのか。李克強首相は、2012年7月の湖北省視察時に「大・中小都市と小城鎮を協調的に発展させる」として、都市部の発展を優先にしてきた発展モデルからの転換を唱えた。国務院発展研究中心の韓俊副主任は2013年3月の「2012中国都市化ハイレベル国際論壇」で、「農民が近場で就業し、付近の中小都市で市民に成るべきだ」と述べている。つまり、これまでのように「農村、農民、農業を置いてきぼりにしない」ということだろう。

一方で、都市化に関連して加熱する、経済学者を中心とする議論には、「大都市圏」の創出で経済発展を牽引しようという意見が多い。例えば、元モルガンスタンレー首席エコノミストの謝国忠は、人口2000万以上の超大都市を今後20年で20から30発展させるべきだとし、その理由として、超大都市は一部の産業が競争力を失っても損失を補うことができ、リスクが低いからだと述べる*3

北京交通大学経済管理学院教授の趙堅も、大都市群の建設で都市化を推進すべきと主張する*4。趙は、北京の人口密度は東京の半分以下だが、1ha当たりの生産高は8分の1で土地利用の効率が悪く、現在の都市化の在り方は所得格差の縮小に貢献していないと指摘する。20程度の特大都市や大都市を中心に、地下鉄と鉄道を組み合わせた通勤交通網を張り巡らせ、中小都市とつないで1万5000haの範囲で人口3000万から4000万の大都市群を形成、さらに農村から移り住んだ人達に市民権を与えれば、農村の農業経営の規模を拡大し効率を高めることができると見る。

しかし、都市の交通渋滞、水や空気の汚染は深刻度を増しており、不動産投資の行き過ぎでバブル崩壊の寸前と見られる地域も出てきている。また、後で詳述するが、不平等な戸籍制度の抜本的な改革は実現していない。経済学者の描くシナリオはそう簡単に実現するものだろうか。

効率優先の都市化の弊害

7月下旬、筆者が抱いていたその疑問をぶつける機会を得た。広州市にある中山大学で開かれた新型都市化に関するセミナーで、2日間みっちり、環境学、農業社会学、農村政治学などの研究者たちと議論を行った。農村でフィールドワークを続ける研究者たちの視点は経済学者とは異なり、非常に興味深かったが、分野の近い研究者たちでさえ相互に激しく批判し合う姿を見て、中国という国の運営の難しさを改めて感じた。

セミナーの第一発表者であった筆者は、これまでの都市化に関する問題を概括的に提起した。要点はおよそ以下のようなものだ。

・政府は中国の都市化率が既に50%を超えたと発表しているが、戸籍人口を基に計算すると3割を少し超える程度であり、2億以上に上る農民工は出稼ぎ先で「市民権」を持たず不安定な状況にある
・大学受験において大都市の戸籍を持つ受験生が優遇されており、さらに農民工の子どもは戸籍所在地に戻って受験しなければならないため、不満が高まっている
・農民は土地制度においても差別的な処遇を受けており、立ち退きの対象になった農民に支払われる土地補償金の額が低すぎる
・ニュータウンの建設などが各地で進んでいるが、その多くは土地売却など不動産関連収入をあてにした地方政府主導の乱開発である
・「新農村建設」などの名目で進められた農村開発事業も多くは失敗した(都市開発用地の確保が主目的であることが多く、農民に対する移転先での生活や雇用の保障も不十分)
・出稼ぎ労働の増加に加え村や学校の合併が進み、農村の高齢化、空洞化が深刻である


その後に続く発表者たちはこれらの問題点を具体的に論じる中で、これまでの都市化のやり方に否定的な見解を述べた。

「ここ30年の都市化は『大躍進』と同じやり方だ。なぜこうなってしまったのか。ひとつは、中国の特殊な制度が無謀な都市化を助長したということ。次に、都市化から得られる甘い汁に群がる者がいるということ。役人だけでなく研究者もだ。さらに、都市の方がよい暮らしができるという『都市信仰』が中国では異常に顕著だということだ」(下線筆者)

「GDPが役人の昇進や降格の考課基準になることが問題だ。農民の市民化や環境汚染、文化の発展は考課基準に含まれない」

セミナーのスポンサーである某研究所の共産党委員会書記が、大胆な発言をした。

「第十六回党大会で『効率優先、兼顧公平』(効率を優先し、公平についても顧みる)という考え方が提起されたが、それができるのは独裁国家だからだ。民主主義は効率を考えない。特権が許される社会というのは封建社会そのものだ。このまま続けば代償は大きい」

乱開発の背景にある制度や文化

研究者たちが問題視する「特殊な制度」や「特権が許される社会」というのは、土地や戸籍の制度、役人による権力の乱用を許すシステムや文化を指している。

農村からの出稼ぎ労働者である「農民工」は、都市では「市民」ではなく、生活保護、年金、医療、教育といった社会保障や公共サービスの利用に関して差別されている。中国において「農民」は戸籍制度が規定する概念であり、農村戸籍保持者は都市で農業以外の仕事に就いていても「農民」だ。戸籍制度は毛沢東時代から現在まで続いている。人民公社で集団農業を行っていた当時の中国は、重工業分野の資本蓄積を加速しようとしていたため、国が農産物価格を統一的に管理し、都市部に配給制度を通じて食糧を供給していた。現在はそうした制度はないが、提供される社会保障についての都市―農村格差が非常に大きく、戸籍制度を全面的に廃止することは難しい。

たとえば、生活保護の額を見ればそうした事情は一目瞭然である。2012年の生活保護費は、上海市で月収1450元以下の貧困家庭に対して月に570元だった。これに対して、平均的な農村地域で、筆者が長年調査している湖北省の沙洋県は、年収1500元以下の人に月300元が支給されている。つまり、沙洋県の農村戸籍を持つ者が上海市へ移住すれば、多くが生活保護の対象者となる。近年、年金や医療保険の制度が農村でも整備され始めているが、もらえる金額は少ないため、家族や親戚に助けてもらったり、民間の高利貸しから金を工面したりして医療費や生活費を捻出する農民が多い。

都市と農村は土地制度においても区別される。社会主義を標榜する中国は建前上、土地の公有制を崩していないが、都市部では土地や建物など不動産の使用権が市場で流通し、地権者はそれらを自由に売買できる。つまり、都市部の土地を含む不動産は実質的には既に私有化されている(使用権は住宅地70年などの有期で契約する、日本でいう定期借地権のようなものだが、契約更新によって継続保有できる)。一方で、農村部の土地は村などの集団が所有しているため、農民は土地経営請負権を持つが、それを自らの意志で売却したり、抵当に入れたりはできず、農地の転用も厳しく規制されている。

ただし、「公共の目的」があれば政府が収用し、集団所有から国有にする手続きを取った上で、非農業用地として開発できる。収用された土地の権利を企業や個人が取得する場合、土地使用権譲渡金や各種税金を支払わなければならないが、これらが地方財政に組み入れられるようになると、地方政府は大量の農業用地を非農業用地に転用した。現在、こうした土地、不動産関連収入は地方財政収入の4割を越えており、地域によっては7-8割に及ぶところもある。「公共の目的」は法律で明確に規定されておらず、別荘地やゴルフ場、観光施設やショッピングセンターなどが乱開発された。

今年5月初めに筆者が訪れた山東省のある農村は、その典型的な事例だ。地元政府は、「国際軍事観光レジャー地区」をつくるためとして、突然電気や水道を止め、強面の男たちを派遣して農民を強制的に立ち退かせた。村人たちは、「農地には1畝当たり年間1400元のレンタル料が、宅地には1平米あたり数百元の補償金が支払われたのみで、政府が用意した辺鄙な移住先のアパートの購入費用にさえ満たなかった」と話していた。その結果出来たのは、無駄に広い道路、展示物の多くがレプリカや偽物という博物館、廃車になった戦車などを並べた屋外展示場などで、筆者が訪れたのは労働節の連休中だったが、観光客は数えるほどしかいなかった。

「棺おけに足を突っ込むまで」動かないのか・・・

中山大学のセミナーでは、衰退が止まらない農村の現状も報告された。実地調査の対象となった村は、若者が出稼ぎや進学で出ていき、残っているのは高齢者や女性、小さい子どもばかりだ。農家は地域の水利事業に協力せず、無秩序に取水を行っているため、生産高が大きく減少している。さらに、出稼ぎで留守にしている農家の土地を耕すのは外地から来た農民で、しばしば古くからの住民と衝突しているという。この研究者は、農地を集約し、大規模農家を育成することがこうした問題を解決する鍵だと主張する。

即座にこれに反対する声が出た。

「調査自体は興味深いが、結論は危険すぎる。農民には帰る場所が必要だ。企業や政府が介入する形で農業の規模拡大と効率化を進めているが、その結果、農村社会で重要な役割を果たしている老人が居場所を失い、彼らの労働の価値が無視され、農村の文化が失われている」

さっと手が上がり、強烈にこの意見に反論する者が現れた。

「『農民工は出稼ぎ先で失敗しても、帰って耕す土地がある』という言い方は、資本家の立場に立っているのと同じだ。9割の農民は戸籍制度のために都市で活躍できず、どうしようもなく農村に帰るのではないか。60歳を過ぎた老人にまだ働けというのか。彼らの生活は貧しく、年金さえない。彼らには選択の余地がないのではないか」

一瞬会場がシーンとなった。司会が私に話を向けた。

「阿古はどう思う? 日本の経験を教えてくれないか」

私は、補助金に依存する体質ができてしまった日本の農業は失敗している、効率も大切であり、文化や自然を守りながらも競争力をどう育てるかを考えなければならないと述べた。さらに、無農薬や有機栽培の野菜など、食の安全や環境保護を重視する農家を大切にし、付加価値のある農産品のブランド化を行うことや、農業に対する信頼や親近感を高める取り組みが必要不可欠だと付け加えた。すると、後ろの方から大きな声が聞こえた。

「日本は農業で失敗しても、農民は失敗していないじゃないか!」

農業というのはどこの国においても人気のない産業だが、戸籍によって「二流国民」同然に分類される中国で、農民にあこがれる若者はほとんどいない。「農民」に対する差別観は中国に独特のものだろう。

新型都市化政策は農民工の戸籍転換にも前向きな姿勢を示している。しかし、安易に戸籍制度を改革すれば、豊かな大都市に人口が流入し、交通渋滞や環境汚染が悪化し、社会保障や公共事業のコストが急増する。土地に依存する地方財政の改革も必要だが、それでは地方政府は何に財源を求めるのか。さらに、役人の腐敗がたびたび明らかになっているが、政府を監督し、規制する仕組みが欠如している。

米エール大学教授の陳志武は、現在の政治体制から恩恵を受けている人が多いうちは政治改革は難しく、「棺おけに足をつっこみかけてから、やっと犠牲を払おうと動き出すものかもしれません」*5 と述べている。隣国の日本としても、中国の変化を慎重に分析し、着実かつ早急に、さまざまなシナリオに基づく準備を進める必要があるのではないだろうか。




*1 「理財商品」と呼ばれる小口の資産運用商品などを経由した、銀行貸し出し以外の資金供給
*2 伊藤信悟「中国経済はハードランディングを避けられるか」『東洋経済オンライン』toyokeizai.net/articles/-/16668?page=1
*3 張梅林「2013,城鎮化昇級:専家称城鎮化併非造城」『瞭望東方週刊』2013年第8期
*4 趙堅「城鎮化主要是為拡内需嗎」『財新新世紀』2013年第14期
*5 「インタビュー・中国と影の銀行」『朝日新聞』2013年8月2日




【筆者略歴】
1994年、大阪外国語大学外国語学部中国語学科卒、1996年名古屋大学国際開発研究科修士課程修了、2003年香港大学教育学系Ph.D.(Doctor of Philosophy)取得。駐中国日本大使館専門調査員(2001年-2003年)、姫路獨協大学外国語学部中国語学科助教授(2003-2006年)、学習院女子大学国際文化交流学部准教授(2007-2008年)、早稲田大学国際教養学部准教授(2009-2012年)を経て現職。専門は現代中国社会の政治・社会変動。農村社会の社会関係資本、農村から都市へ向かう出稼ぎ労働者、土地・戸籍制度、市民社会の動向などを調査している。著書に『貧者を喰らう国 ― 中国格差社会からの警告』(新潮社、2009年)。