タイプ
論考
プロジェクト
日付
2013/9/11

【Views on China】「西進」戦略の意義 - 国内開発と外交のリンケージ

ジョージタウン大学 孫櫻(東京財団インターン)

中国が経済的に台頭し国際的な影響力が増大するに伴って、中国の国際戦略への関心が国内外で高まる中、昨年、王緝思・北京大学国際関係学院院長が「西進――中国地政戦略のリバランス」という文章を発表した。王教授は、アメリカのアジア回帰に伴って、ロシア、インド、そしてEUが東アジアに注意を向けているのに対し、中国は内陸発展プロジェクト「西部大開発」戦略に基づいて、「西進」“March Westwards”を目指した地政学的戦略リバランスを進めることを唱えた*1

「西進」戦略について、海外では、アジア回帰するアメリカとの衝突回避、東アジア周辺海域における領有権や海洋権益をめぐる対立及び対中牽制の打破、中央アジアや中東における影響力拡大を図る対外戦略として議論されがちである。しかし、中国国内において、「西進」は政府によって明文化された対外戦略として提唱されているわけではなく、学者間やメディアで議論されている戦略的構想である。またこの構想を国際政治に対する機会主義的なレスポンスや拡張と捉えるのは、現在、中国国内で行われている国際戦略に関する議論の核心的な問題意識を読み違えており、また、中国の国家戦略における「西」部発展の重要性を看過している。本稿では国際政治と国内発展の二つの文脈から、戦略のロジックを説明し、中国の国家戦略における「西進」の位置づけと具体的な政策内容について触れてみたい。

戦略的思考としての「西進」--「中国」middle stateとしての位置づけ


王緝思教授が「西進」を提唱して以来、中国国内では、この主張に関して、中国がこれからとるべき国際戦略について一連の議論が行われている。「西進」よりも「南拓(南方の開拓)」を進めるべきとする主張、「西進」戦略の具体的な定義や範囲についての議論、および「西進」を全方位外交の一部として構成すべきだとする意見など、さまざまなレスポンスが寄せられた*2。 この議論の核心にある問題意識は、中国が地域大国からグローバルプレーヤーへ転身していく中で、その地政学的な属性および国際秩序における立ち位置をどう定義するか、また、この転換期に、戦略的重心をどこに据えるかにある。

国際秩序における中国の位置付けは、二つの意味で転換の最中にある。一つは、長いスパンで進行する転換で、途上国から中進国への発展である。もう一つは、正に現在起こっている変化であり、近年、国際社会でよく耳にする、地域大国からグローバルプレーヤーへの転身だ。中国は、30余年にわたる経済高度成長によって、アメリカ、EUに次ぐ規模を持つ経済実体となったが、平均所得や地域間格差などを考えれば、中進国の発展レベルに達するには、まだ数十年の時間を要するだろう。その一方で、経済的台頭に伴う影響力の増大によって、より多くの国際的な責任を負うことが求められており、中国自身もグローバルレベルで拡がりを見せる経済利益について認識し、地域外への意識を高めている。このような転換の中で、国際的な影響力を強める大国としてのプレゼンスと、地域に重点をおく途上国としての戦略的意識との間のズレが顕著になってきた。「西進」戦略はこのようなズレを意識した、国家戦略調整の試みである。

しかし、中国国内において、「西進」は特定の地域を対象にした局地的な外交戦略として議論されているわけではない。王教授自身、これを政策化されるべき対外戦略として主張しておらず、目指しているのは、国内の内陸部開発戦略に基づいて国際戦略の枠組みを作り変える、言わば発想の転換である。このような問題意識は「西進」の英訳からも読み取れる。「西進」が海外では“March West”と訳され、「西」という目的地を目指して進む意味合いが強い一方, 王教授の論文の中での公式英訳は“March Westward”とされており、「西側」に向かって進む、つまり目的地ではなく方向性が強調されている。

ここにおける方向性の見直しとは、国際的な戦略重心を東から西に転換することではなく、経済、貿易、外交資源を西向きにバランシングすることで、東に偏っているジオ・エコノミクスの重力を西側にずらしていく長期的な国策だ。東沿岸部を持続的に安定発展させつつ、国家発展プロジェクト「西部大開発」により内陸部を活性化し、新たな戦略支柱を西側に打ち立てることで、「東穏西進」という戦略の横軸をつくることができる。これにより、アメリカのアジア回帰に引き摺られて戦略的見地を東側のアジア太平洋に狭めることなく、より大きな地政学的な視野の中で中国を捉えることができ、局地的対外戦略を全方位外交構造の中に統合することを目指す。

さらに王教授は一連の論文の中で、地政学的に軸を西側に移動調整する戦略構想は、中国自身の地政学的属性を「中国」(middle state)に据え、「東西」、「南北」の二つの次元から、中国の国際社会における役割の調整を促すことにつながると論じている。これまでは、国際社会も中国自身も、主に東アジアを見る視野の中で中国を捉えてきたが、中国の地政地位が変動している今、グローバルプレーヤーとして更なる活躍するために、ユーラシア大陸の中枢部と隣接する内陸部を要衝として発展させ、東西南北どこにも偏らないユーラシア大陸の「中央国家」を目指すことが、「東西」における「中間」の意味である。また、中国は最も発展している途上国の一つとして、途上国と先進国の架橋となることで、「南北」の尺度でも中間国家であるべき、と論じられている*3

しかし、本稿で強調したいのは、二つの転換、すなわち、「東から西(地域大国からグローバルプレーヤー)」及び「南から北(途上国から先進国)」を図っている中国にとって、このような構想は、まだ戦略的思考の枠組み作りの段階にあるということである。現段階で、この構想を肉付ける実質的な政策内容は、外交戦略や安全保障戦略ではなく、国内における経済リバランス戦略、「西部大開発」である。

「西進」の実質的政策内容 -「西部大開発」戦略と地域経済活性化を促す外交、貿易政策


これまで「西進」戦略は国際戦略として議論されることが多かったが、外交とは内政の延長であり、国際戦略は国内発展を基点および起点としている。外交戦略や安全保障戦略はあくまでも貿易戦略、エネルギー戦略などと並んで、根本的な国家発展戦略の一部であり、国家戦略が規定する「国益を守り、国家目標を実現する」ための手段である。またこれら国際戦略の実施は、国内の経済発展による体力作りによって支えられ、また、国内の経済社会発展を促すためにある。この節では国内における「西」部発展への配慮と動機から考察した上で、現指導部の動向と関連づけて、「西進」構想の実質的な政策内容を分析して見たいと思う。

まず中国の掲げる国家発展の最大目標は、「国の近代化と人民の共同富裕を実現」することにある。共同富裕の構想は、条件が整っている地区から先に発展し、発展速度が相対的に遅い地区に対し、先に発達した地区が援助することで、最終的には共に裕福になることを目指すものであり、?小平が「南巡講話」で明瞭にしている*4。 この構想に準じ、中国政府が2000年に、地域間格差是正と地域経済の協調的な発展を目指した「西部大開発」戦略を実施して以来、西部地域の総生産はおよそ5倍に増加し、東沿岸部とほぼ同等の年平均増加率を保ってきた。しかし、西部地域が、国土面積の70%以上を占めており、13億人の全人口の27%に当たる3億6222万人がそこに定住する一方、現在、同地域の総生産は全国の19%を占めるに過ぎない。内陸部の一人当たり総生産( GDP )、人口都市化率、産業構造などから見た経済発展水準は,東部と比較してまだまだ大きく遅れている*5

これに対し、李克強総理は、8月に開かれた西部発展に関する座談会で、「中国の経済構造の不合理性は都市農村間と区域間の発展格差にあり、この問題の解決において、今後、調整が効く最大の空間と伸び代は中西部にある。西部大開発を優先することは、持続的且つ健全な経済発展の支えであり、また社会公正を促す必然的な要求である」、と西部を重視する姿勢を見せている。さらに、国内外に向けたスピーチの中で、「西部に経済特区を建設し、開放実験区を開発することで、対外開放の窓口を構築していきたい」、「(西部開発は、)中国西部の発展だけでなく、周辺の隣国にも多くの機会をもたらす*6」 と周辺国との経済貿易協力を意識した発言をしている。

これら国内における西部発展の課題と重要性を踏まえた上で、「西進」と関連しうる外交政策を考えると、2013年9月に行われた、習近平主席の中央アジア訪問、及びそこで強調された経済連携強化の意図がよりはっきりする。習近平主席はエネルギー分野での協力協定に加え、交通輸送ネットワーク、通貨流通の強化を含む内容とした「シルクロード経済ベルト」の共同建設を提言している。中央アジア諸国との経済連携の緊密化を通して地域経済を活性化することは、中国にとって西部開発の促進につながる。また、中国が懸念する「3つの勢力」(分離独立派、宗教過激派、テロリスト)、麻薬密売、国際組織犯罪の取り締まりにおける近隣国との連携は、国内の辺疆管理と国土安全保障、民族団結、社会安定などにも肝要である。他方、習近平は、このような中央アジアとの経済連携強化を「外交の優先対象」と明言しつつ、中国の経済進出や潜在的な影響力拡大に懸念を有するロシアや地域諸国に対し、中国の活動が脅威と映らないよう配慮を見せている*7。 今回の訪問は、習近平の主席就任後3度目の外国訪問であり、アフリカ、ラテンアメリカなどの途上国から、ロシア、中央アジア4カ国及びアメリカなど、これまでの訪問地を振り返ると、当局が打ち出している「大国間関係の計画、近隣友好の開拓、途上国との協力の深化、多国間外交の誘導という中国外交の4大要素*8」 、及び東西と南北両方の軸を包括する全方位外交構造の構築が意識されているように思える。

中国の国家発展における「西進」の位置づけ


本文で分析したように、「西進」にはグローバル戦略の構想転換、内陸部発展戦略、中央アジア諸国との外交の三つの要素が含まれる。まず、国際戦略の構想転換としての「西進」は、ジオ・エコノミクスの重心を西側にずらし、戦略的視野を広げるためのフレームワーク作りであり、これを実現するためには、「西部大開発」プロジェクトで内陸部を活性化し、経済、貿易、外交資源を西向きにバランシングしていくことが必要である。また「西進」の最も核心的な内容である内陸部の発展は、国内における格差是正と国民生活の向上が根本的な目標だ。国内において、引き続き西部のインフラ整備、産業発展と労働力の受け入れ、さらには環境保護や水資源問題、民族衝突の解決など、民生改善を国家目標として推進していくことが課題となる。三つ目の外交安全保障政策としての「西進」は、中央アジア諸国、ロシア、インド、アメリカ及びその他アクターの反応と中国の対応といった相互作用の中で形成されていくだろう。

これらの構想や戦略が実質的な政策になり、成果を挙げられるか否かを判断するためには、今後の、政権内での「西進」戦略の議論と、具体的な内政及び外交方針の分析を待たなければならない。現時点の国力と国内発展の需要に基づいた持続的な計画と、それを支える国内経済および社会の発展による体力作りがカギとなろう。

*1 Wang Jisi, “’Marching Westwards’: The Rebalancing of China’s Geostrategy,” Global Times, October 17, 2012, http://www.ciss.pku.edu.cn/en/DocumentView.aspx?id=938
*2 冯海闻「中国大国战略选择南进还是西进?」、2012年11月1日
http://opinion.huanqiu.com/opinion_world/2012-11/3235465.html
杨毅「周边安全需要全方位战略」、2012年10月26日
http://opinion.huanqiu.com/opinion_world/2012-10/3216696.html
?世明「中国的“西进”问题:研判与思考
http://www.faobserver.com/NewsInfo.aspx?id=8955
*3 王缉思「西进,是还中国以“中国”的地位」、2013年3月20日
http://cn.nytimes.com/opinion/20130320/cc20wangjisi/
王缉思「中国已成名副其实“中央之国” 立足亚欧大陆“东稳西进”」,2013年8月5日http://www.guancha.cn/wangjisi/2013_08_05_163671.shtml
*4 「邓小平的富裕观」
http://theory.people.com.cn/GB/40537/16832619.html
*5 「问题也正是中国的发展潜力所在 ——张高丽在财富全球论坛发言全文」、2013年6月8日
http://www.guancha.cn/zhang-gao-li/2013_06_08_150070.shtml
*6 李克强「内陆开发开放是未来发展最大回旋余地」、2013年9月3日
http://news.xinhuanet.com/2013-09/04/c_117231672.htm
「李克强在印度世界事务委员会的演讲(全文)」、2013年5月21日, http://news.xinhuanet.com/world/2013-05/22/c_124744690.htm
「李克强接受巴基斯坦媒体联合书面采访」、2013年5月22日,
http://news.xinhuanet.com/world/2013-05/23/c_124750020.htm
*7 「习近平在纳扎尔巴耶夫大学的演讲全文」、2013年9月8日
http://politics.people.com.cn/n/2013/0908/c1024-22845281.html
*8 「習近平主席の外遊が世界にもたらす3つの期待」、2013年9月4日http://j.people.com.cn/94474/8388939.html