タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/6/6

【Views on China】天安門事件25周年と「五君子事件」

法政大学客員学術研究員

及川淳子

1.六四記念研究会

 1989年の天安門事件から25年が過ぎた。中国では事件に関する報道や研究が厳しく規制され、現在も公に語ることはできない。中国外交部のスポークスマンは、外国人記者からの質問に答える際に「天安門事件」あるいは「六四」とは言わず、「政治的風波」という表現で直接的な言及さえも避けている。民主化を求める学生や市民の運動を武力で弾圧した事件は、中国共産党政権にとって負の歴史なのだ。

 だが、事件から四半世紀を経ても、国際社会の関心は依然として高い。なぜなら、天安門事件は過去の歴史として記憶されているだけでなく、現在の中国を語る上でも極めて重要な意味を有しているからだ。近頃は言論統制が強化されており、知識人や人権派弁護士などに対する弾圧がさらに激しくなっている。本稿ではその代表的な事例として「五君子事件」を取り上げたい。

 事件の発端は、5月3日に北京で開催された天安門事件25周年記念の研究会だった。主催者がインターネットで公開した資料には、「2014・北京・六四記念研討会」と記した赤い横断幕を背に撮影した参加者の写真と研究会の概要がまとめられている。研究会には、学者、人権派弁護士、民主活動家のほか、事件で親族を亡くした遺族など15名が出席した。参加者は天安門事件がもたらした影響と深刻な結果について討論し、事件の真相究明と残されてきた問題の解決を呼びかけた。また、身に寸鉄も帯びない群衆に向けて発砲した当局を厳しく批判し、事件による処分のすべてを取り消して是正と賠償をすべきだと訴えた*1

 この研究会は小規模かつ非公開で行われたものだ。しかし、結果的に海外メディアの報道で大きく取り上げられることになったのは、研究会の翌日から参加者が相次いで当局に連行されて事情聴取を受け、そのうち5名に刑事拘留という厳しい処分が下されたからだ。当局が依然として天安門事件に関して極めて敏感になっていることが明らかだ。「騒動挑発罪」の容疑で拘留された5名は、元社会科学院哲学研究所研究員の徐友漁、北京電影学院教授の郝建、人権派弁護士として知られる浦志強、民主活動家の胡石根、ブロガーの劉荻である。インターネットでは彼らの拘留に対する抗議と釈放を求める支援者たちの声が次々と掲載され、日を追うにつれて「五君子事件」と呼ばれるようになった。

 事件発生後、アメリカ国務省をはじめ国際的な人権団体が相次いで中国当局に対する抗議と関係者の即時釈放を要求する声明を発表した*2 。また、事件に対する困惑と関係者の安否を懸念する声は日本の中国研究者の中にも広がった。徐友漁と共同研究を続けている北海道大学の研究者を中心に発起人がアピールを起草し、161名の署名と共に公開した*3。欧米では、アメリカのペリー・リンク、フランスのジャン・フィリップ・ベジャらが中心になり、関係者の解放を求める習近平国家主席宛の公開書簡を発表した*4。EUも事態を懸念し、関係者の釈放を求める声明を発表している*5。しかし、このような国際的な関心の高まりをよそに、中国当局は強硬な姿勢を見せた。弁護士との定期的な接見や必要な医療保護など最低限の法的権利さえも保障されないまま、一ヶ月以上もの拘留が続いたのだ。6月4日を過ぎて、徐友漁、郝建、胡石根、劉荻は釈放されたが、浦志強弁護士の拘留はこの原稿を執筆している現在もまだ続いている。

2.騒動挑発罪

 「五君子」たちに対する刑事拘留の容疑は「騒動挑発罪」である。天安門事件を記念する研究会を開催してインターネットで国内外に情報を発信したことが、当局から「騒動の挑発」と見なされたのだろう。しかし、学者や弁護士などが内輪で研究会を開催し、その様子をインターネットで発信しても、客観的に見て中国国内における影響力は極めて限定的だ。外国メディアなどの国際的な関心は高いが、彼らの活動が中国国内で広く知られ、天安門事件に繋がったかつての民主化運動のように学生や市民の支持を得て街頭デモやハンストに発展するわけでもない。それにも関わらず、なぜ「騒動挑発罪」の容疑がかけられたのか。習近平政権の過剰なまでの対応は、政権の危機感と自信喪失を如実に反映しているといえよう。

 そもそも彼らを刑事拘留した「騒動挑発罪」とはどのような罪状なのか。中国語では「尋衅滋事罪」と表記し、「尋衅」は「挑発する」、「滋事」は「面倒や騒動を引き起こす」という意味だ。「中華人民共和国刑法」第293条に明記されている「尋衅滋事罪」に該当する行為は、以下の4つが含まれ、これらによって社会秩序を破壊した者は懲役5年以下の実刑、あるいは拘留、管制処分が下されると定められている*6

① むやみに他者を殴打し、その経緯が悪辣である

② 他者を追跡、妨害、罵倒し、その経緯が悪辣である

③ 公共、あるいは私的な財産を強奪、あるいは故意に損壊し、その経緯が悪辣である

④ 公共の場所で騒動を起こし、公共の場所における秩序を著しく混乱させる  

しかし、これらの規定を見る限り、六四記念研究会の参加者が「尋衅滋事罪」に抵触するとは到底考えられない。拘留された5名は、他者を殴打したわけでも、器物を損壊したわけでもなく、まして公共の場所における秩序を混乱させてもいない。研究会の開催場所は、主催者の個人宅であった。そのような研究者たちの会合が、なぜ「騒動の挑発」になるのか。当局にとって都合の悪い人物を取り締まるために、「尋衅滋事罪」を言わば口実として濫用したのだろう。実際のところ、習近平政権による言論弾圧が強化される中で、党や政府とは政治的見解を異にする知識人や活動家などが「尋衅滋事罪」の容疑で刑事拘留される事件が頻発している*7。 筆者が問題視するのは、この「尋衅滋事罪(騒動挑発罪)」が「口袋罪」という異名をもつことだ。「口袋」は「ポケット」という意味で、つまり、何でもポケットに詰め込んでしまうかのように、当局が危険視する行為をむやみやたらと「尋衅滋事罪」にしまうというわけだ。本来、法律で明確に規定されているはずの罪状に拡大解釈や超法規的な措置を講じる「口袋罪」の問題は、以前から中国司法の重大な問題として指摘されてきた。例えば、かつて反社会的な行為に幅広く適用されていた「流氓罪」は典型的な「口袋罪」だったが、1997年の刑法改正により、罪状を整理して細分化した上で複数の罪として具体的に規定し直したという経緯がある。実は、そうした規定された罪状のひとつが「尋衅滋事罪」であり、そのような刑法の改正は司法改革の大きな進展だとして評価されてきた側面もある*8。だが、「口袋罪」の問題解決のために新たに規定されたはずの「尋衅滋事罪」が、翻って、現在では新たな「口袋罪」と化しているのだ。

3.習近平政権の言論弾圧

 中国共産党政権が現体制を維持するためには、何よりも社会の安定が最優先課題である。安定維持を確保するための言論統制は次第に強化され、現在、習近平政権の言論政策は、もはや「統制」ではなく「弾圧」と呼ぶべき深刻な状況にまで悪化している*9。 「五君子事件」は、天安門事件25周年という政治的に敏感な時期を前に当局が関係者を一時的に拘束して圧力を加えただけでなく、研究会を口実にして、この機会に彼らを徹底的に弾圧しようという狙いがあったのではないか。彼らはそれぞれの専門分野はもとより、現政権に対する批判の程度や政治的な主張もかなり異なっている。だが、共通しているのは独立した自由な思考で信念を持ち、独自の活動を続けていることだ。改革派知識人の中でも、特に「自由派知識人」あるいは「独立知識人」という自負を抱いて、民主と自由の実現を理想に掲げている。各種の社会問題についても積極的に発言し、歴史に対して、また自らの良心に対して道義的な責任を果たすべく行動する人々だ。徐友漁、浦志強、郝建、劉荻の4人は、「08憲章」の第一次署名者でもある*10。また、徐友漁、郝建、劉荻は、劉暁波がノーベル平和賞に決定して以来3年以上も自宅で軟禁されている妻の劉霞を支援する活動を続けている中心的存在だ。習近平政権にとっての脅威は、天安門事件を記念するということだけでなく、彼らのような知識人や活動家たちが声を上げ、そして行動し続け、やがて社会的な影響力を強めて政権の安定を揺るがす存在になることだろう。

 中国社会科学院哲学研究所の元研究員でアメリカに亡命した張博樹は、今回の言論弾圧事件は共産党政権による「赤色テロ」がさらに強化される重要なシグナルだと警告している*11

 言論弾圧を強化する習近平政権は、どこへ向かっているのか。習近平はその手に権力を集中して強権政治を発動しているが、それは政権維持に対する危機感の裏返しであり、政権の脆弱性にほかならないと考えるべきだ。習近平政権が危機感を強めれば強めるほど、焦燥感は言論弾圧の強化として現れ、その悪循環は今後もしばらくの間は続いていくものと思われる。

*1「“2014・北京・六四記念研討会”在北京招開」、「参与北京六四記念研討会的成員分別被北京警方伝喚 浦志強等3人失連」参与、2014年5月5日、http://www.canyu.org/n87899c6.aspx

*2「中国:天安門事件の研究会出席で拘束された活動家たちを釈放すべき」ヒューマン・ライツ・ウォッチ、2014年5月6日。http://www.hrw.org/ja/news/2014/05/06-0 China: Crackdown intensifies ahead of Tiananmen anniversary,Amnesty International,7 May 2014. http://www.amnesty.org/en/news/china-crackdown-intensifies-ahead-tiananmen-anniversary-2014-05-07

*3「中国の知識人拘束『深く憂慮』 日本の中国研究者ら表明」『朝日新聞』2014年5月14日。

*4An Open letter to Xi Jinping regarding illegal detention of Chinese scholars,TIANANMEN INITIATIVE PROJECT,05/13/2014. http://www.june4commemoration.org/resources3616428304/an-open-letter-to-xi-jinping-regarding-illegal-detention-of-chinese-scholars

*5On the recent wave of arrests and detentions in China,EU,28 May 2014 http://www.eeas.europa.eu/statements/docs/2014/140528_01_en.pdf

*6国務院法制辦公室編『新編中華人民共和国常用法律法規全書(2014 年版)』 中国法制出版社、P.6-31、6-32。

*7China’s Tiananmen anniversary blackout,Amnesty International’s China team,30 May 2014.http://livewire.amnesty.org/2014/05/20/chinas-tiananmen-anniversary-blackout/

*8「“口袋罪”分解折射立法三大進歩」『検察日報』2008年5月9日。

*9習近平政権の言論政策全般については、以下を参照されたい。美根慶樹編著『習近平政権の言論統制』蒼蒼社、2014 年。拙稿は第二章「『民主』をめぐる潮流と言論統制」。

*10劉暁波著、子安宣邦 序、劉燕子 編、横澤泰夫・及川淳子・劉燕子・蒋海波 訳 『天安門事件から「08憲章」へ』藤原書店、2009年12月。

*11張博樹「一個重要的信号」中国人権双週刊、2014年5月8日。 http://biweekly.hrichina.org/article/17201

【筆者略歴】 日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了、博士(総合社会文化)。外務省在外公館専門調査員(在中国日本大使館)を経て、現在は法政大学国際日本学研究所客員学術研究員、法政大学大学院中国基層政治研究所特任研究員、桜美林大学北東アジア総合研究所客員研究員、日本大学文理学部非常勤講師。専門は現代中国の社会・知識人・言論空間に関する研究。 著書『現代中国の言論空間と政治文化――「李鋭ネットワーク」の形成と変容』(御茶の水書房、 2012年)、共著『中国ネット最前線――「情報統制」と「民主化」』(蒼蒼社、2011年)、共訳『劉暁波と中国民主化のゆくえ』(花伝社、2011 年)、『中国における報道の自由――その展開と運命』(孫旭培著、桜美林大学北東アジア総合研究所、2013年)、美根慶樹編著『習近平政権の言論統制』(蒼蒼社、2014 年)ほか。