タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/8/19

【Views on China】近代戦争の長い影 - 第1回 第一次世界大戦アナロジーと中国


筑波大学人文社会系助教
毛利 亜樹


 2014年は、「歴史」をめぐる様々な思惑に満ちた年になるだろう。今年は第一次世界大戦勃発から100周年である。今年に入り、欧米や日本のメディアや雑誌で、そして政治家による、近年の東アジア情勢を第一次世界大戦前夜のヨーロッパ情勢になぞらえる言説によく接するようになった*1。これに対し、2014年7月の中国でより大きく取り上げられたのは、日清戦争??中国では甲午戦争と呼ばれる??120周年であった。自然なことであるが、2014年の世界で語られている「歴史」は1つではない。
 この論考では、2014年上半期に中国の指導者や公式メディアによって語られた、近代の戦争に関する「歴史の教訓」を素描する。近代の戦争のなかでも、中国内外で、国際政治におけるパワーの分布の変化との関連において扱われることの多い戦争のアナロジーに焦点を当てたい。第1回目は、米欧や日本の言論空間にある第一次世界大戦のアナロジーに中国がどのように反応したのかを扱う。第2回目は、甲午戦争120周年をめぐり、中国側は国内外にどのようなメッセージを発していたのかを扱う。これらのささやかな作業を通じ、中国における「過去と現在の対話」を観察するための基礎材料を提供することが本稿の目的である。

1.近代戦争アナロジーの登場

 2014年上半期の中国で語られた近代戦争に関する「歴史の教訓」を分析する前に、関連する情勢を簡単に回顧しておこう。
 21世紀に入り、中国の国力と国際的影響力が拡大するにつれ、中国の台頭に伴って既存の国際秩序が不安定化する可能性が活発に論じられるようになった。これと共に、中国の台頭に、新興大国が既存の国際秩序を不安定化させたという歴史を重ね合わせる議論も増えていた。これに対し胡錦濤政権は、中国の台頭が過去の新興大国とは異なること、永遠に覇を唱えず平和的発展の道を行くことを繰り返してきた。つまり21世紀初頭の10年あまりの間、中国政府は、中国が現存する国際秩序の挑戦者になるのではないかとの国際社会の疑念への対応に取り組んできたのである。
 しかし中国政府は、2012年9月11日の尖閣三島の所有権の日本政府への移転以降、中国ではなく日本こそが「戦後国際秩序への挑戦者」であると主張するようになった。例えば、2012年9月12日付『人民日報』の署名記事では、「釣魚島を日本固有の領土であり、中日間に領土問題が存在しない」とする言説は「世界の反ファシズム戦争の勝利の成果と戦後国際秩序に対する公然たる挑戦である」と述べられていた*2
 中国政府が日本を「戦後国際秩序への挑戦者」との表現で批判する傾向は、2013年12月26日の安倍首相による靖国神社参拝の後に、より顕著になった。中国政府や公式メディアは、各種のアナロジーを用いて日本の危険性、不当さを国際社会に印象づけようと試みるようになったのである。例えば2014年の年頭、駐英中国大使がファンタジー作品『ハリー・ポッター』の悪役・ヴォルデモード卿に日本を喩え、駐英日本大使がこれに反論するという応酬があった*3。これに続く2014年1月22日、後述するダボス会議での安倍首相の基調講演があった。この展開に対し、第三国からは、国際舞台で日中が批判合戦を繰り広げている、との冷めた視線が送られていた*4
 ダボスでの安倍発言を振り返っておこう。外国人記者に日中間で戦争になる可能性を問われた安倍首相は、第1次世界大戦当時の英独関係が経済的相互依存関係にありながら戦争に突入したことに触れ、「質問のようなこと」が起きるのは日中と世界にとり大きな損失になると答えたという。安倍首相は戦争回避の努力にも言及したが、現在の日中関係を第一次世界大戦当時の英独関係に喩えたことが聴衆や欧米メディアに驚きをもって受け止められた*5

2.中国による第一次世界大戦アナロジーの否定

 中国の指導者および公式メディアは、台頭する中国が第一次世界大戦時のドイツにたとえられるというアナロジーを否定している。例えば、サラエボでのオーストリア皇太子夫妻暗殺事件から100周年となる2014年7月28日、新華社の記事は、西側メディアが今の日中関係を第一次世界大戦時の英独関係になぞらえ、当時のドイツに言及することで今日の中国の台頭が国際構造を変えると暗示するのは遺憾だと述べた*6。より反論の色合いの強いものには、「新興大国が既成大国に挑戦する」とみることは新興国に汚名を着せている、列強間の勢力均衡のロジックで新興国の台頭を制約することは出来ない、との主張もあった*7
 中国の指導者は、第一次世界大戦アナロジーの否定にとどまらず、中国の平和的台頭を強調しつつ「毅然」とした姿勢を表明していた。2014年3月の全人代において、王毅外相は、「現在の中日関係を第一次世界大戦前の英独関係と関連付ける者もいるようだが」と前置きしたうえで、「2014年は1914年ではなく、まして1894年でもないと強調したい」と述べた。同年3月のベルリンにおける習近平の講演は、王毅の短い言葉を敷衍するような内容であった。すなわち、「日本軍国主義の侵略戦争は中国人の骨に刻まれた記憶」であるが中国は平和的に発展する、しかし中国は自らの主権、安全、発展利益を断固守る、と語ったのである*8。この習近平講話を称賛した『人民日報』の論説は、平和発展の道は中国だけでなく「当然各国が共同遵守すべきものだ」と締めくくられていた*9
 これらの言説にみられるように、中国政府は、第一世界大戦のアナロジーを自らの台頭への制約とみなして否定し、平和発展を強調することで反論してきた。これは胡錦濤政権期以来の構図である。習近平政権の言説に新味があるとすれば、中国の平和的台頭は、かつての清朝とは異なり中国の利益を損なうものではない、との意思表明を伴っていることであろう。とはいえ前述した2014年7月28日の新華社の報道記事は、日本に直接言及せず、第一次世界大戦の教訓を相互協力とすることで、よりソフトな印象も残した*10
 

3.対日批判で近代戦争アナロジーを利用する中国

 他方で2014年上半期において、中国政府は、安倍政権を批判するときに進んで近代戦争の歴史を引き合いに出してきた。典型例の1つは、ダボス会議での安倍首相の発言について問われた外交部の秦剛報道官の回答であろう。秦剛報道官は「中華民族の偉大な復興のプロセスで中国は平和発展、協力とウィン・ウィンの道を行く」と述べたうえで、第一次世界大戦前の独英の関係に言及するより、甲午戦争、朝鮮半島の植民地統治、第2次世界大戦を反省することを日本に求めていた*11
 安倍首相による第一次世界大戦のアナロジーに対し、中国政府は2014年3月の全人代における李克強首相の政府工作報告においても反応した。名指しはしなかったものの、日本を念頭に「第2次世界大戦後の勝利の成果と戦後国際秩序を護持し、歴史を覆すことは決して許されない」、との表現が用いられたのである*12。ここで言われている「戦後国際秩序」とは、カイロ宣言、ポツダム宣言、そして国連憲章を指すようだ*13
 この時期の中国共産党の理論誌『求是』などでは、日本は第一次世界大戦後のドイツに似ている、とする論考が複数みられた。すなわち、第一次世界大戦後の経済的停滞に対する社会不安を背景にヒトラーが登場し、強硬な対外政策をとった当時のドイツと、安倍晋三首相が登場した今日の日本が似ている、と警鐘を鳴らしていた*14
 サラエボでのオーストリア皇太子夫妻暗殺事件から100周年の2014年7月28日も、第一次世界大戦100周年と現在の日本を関連づける新華社の記事があった。しかし、この記事はタイトルこそ第一次世界大戦の回顧に関連していたが、第一次世界大戦ではなく第二次世界大戦の日本を扱っていた。例えば、安倍政権は経済低迷を背景に、極端なナショナリズムを政治資本として軍拡に取り組み平和秩序に挑戦している、これは第二次世界大戦前の日本に似ている、との主張があった*15
 以上の言説にみられるように、中国の公式メディアが日本を批判する際に用いる戦争のアナロジーでは、第一次世界大戦と第二次世界大戦が混在している。これは、戦前の日本は一貫して対中侵略の道をひた走った、との見方が中国で一般的であることに関係しているのかもしれない。しかし、本節で取り上げた中国公式メディアの言説には論理の飛躍があり、中国側は日本に関する歴史的アナロジーを便宜的に用いていると言わざるを得ない。

4.2014年上半期の中国で語られた第一次世界大戦の「教訓」


 興味深いことに、日本を第一次世界大戦前のドイツに喩える2014年上半期の中国公式メディアの言説は、日本だけを批判していたのではない。むしろ中国側の語る「歴史の教訓」は第三国、あるいは国際社会に向けられていた。
 中国公式メディアでは、第一次世界大戦の「歴史の教訓」とは、「戦争の根源を政治的、思想的に徹底して取り除かず」、ドイツと日本が第二次世界大戦を引き起こす禍根となったことだとされていた。第一次世界大戦後のドイツの軍拡を容認したイギリス、フランスの「宥和政策」が第二位世界大戦の災禍をもたらした、日本にドイツの山東権益を渡したことで日本の対中侵略が加速した、というのである*16
 この第一次世界大戦の戦後処理に関する歴史的アナロジーは、アメリカが「今日の日本の軍拡、『対中包囲網』の構築、戦後国際秩序を否定する行動」を放任し支持すらしている、との批判に転じていた*17。つまり、日本を第一次世界大戦のドイツにたとえる中国当局の批判の矛先は、日本という「虎を養うことで禍をもたらしうる」(湯重南*18)アメリカに向けられているのである。
 以上から、2014年上半期の中国の公式メディアで語られた「歴史の教訓」とは、現在の中国が直面する国際環境に対する不満の表明であると言えるだろう。もっとも、アメリカが日米同盟を通じ日本の「再軍国主義化」を促進している、と中国側が不満を表明することは、特に目新しいものではない*19。また、中国当局が「日本軍国主義」の復活に警鐘を鳴らすことも、何度も繰り返されてきたことである。
 しかし、本稿で扱った2014年上半期の中国政府公式メディアによる近代戦争のアナロジーや「歴史の教訓」の用法を検討することで、中国外交の2つの側面に光を当てることが出来る。第1に、中国政府は、中国が現存する国際秩序の挑戦者になるという国際社会の疑念を抑制しなければならない。このために、第一次世界大戦勃発から100年という歴史の節目に、中国政府は中国の台頭と第一次世界大戦後のドイツを関連づける言説を否定しなければならないのである。ここで、実は中国における第一次世界大戦100周年関連の報道が、2014年7月の甲午戦争120周年のそれに比べてかなり地味である*20ことは興味深い。これはおそらく、第2の点に関連するのであろう。すなわち、台頭中国の国際イメージの管理において、2012年秋以来、中国政府は日本を対象としたネガティブ・キャンペーンにも注力してきたのである。中国政府の語る日本に関する強引な歴史的アナロジーは、尖閣諸島における日本政府の主張が国際的に支持されることを防ぎ、日米同盟の強化を含む日本の安全保障政策の変化を牽制するための手段でもある。
 しかし中国政府は最近になって、安倍首相による靖国神社参拝や尖閣諸島に対する主張を保ちながらも、国際社会に向けて日本を「戦後国際秩序の挑戦者」と糾弾する対外宣伝活動を以前より手控えているように思われる。8月10日にミャンマーで開催されたASEAN外相会議において、非公式の接触であり、日本側の歩み寄りを求めるとしながらも、王毅外相は岸田外相と会見した*21。現在進行中のことで予断は許さないが、中国側も日本との関係改善を探っているのかもしれない。
 ただし、日本こそが「戦後国際秩序の挑戦者」であるとする中国政府の論理は、尖閣諸島に対する中国の主張、そして日米同盟の強化や日本の安全保障政策の変化に対する牽制と密接に関連している以上、簡単に放棄されることはないだろう。しかし、日本の主権と安全保障、そして現存する地域安全保障システムの重大な改変につながる中国政府の論理を、日本政府は受け入れないであろう。日本を対象とする中国政府のネガティブ・キャンペーンは、中国の台頭と日本が依拠する東アジアの安全保障システムとの軋みを浮き彫りにしている。そしてこの軋みは、仮に首脳同士あるいは上級レベルの定期対話が再開しても、容易に解消されるものではない。
 次回は、中国で語られる甲午戦争120周年の「教訓」を扱う。
 これにより中国共産党が国内外に発しているメッセージと中国政治における日本像の現在に迫ってみたい。



*1以下のエッセイで、欧米における第一次世界大戦100周年を意識した歴史的アナロジーをめぐる議論が簡潔に紹介されている。細谷雄一「第一次世界大戦の亡霊:歴史的アナロジーという誘惑」『アステイオン』80号、2014年、123-127ページ。
*2鐘声「日本応停止玩火」『人民日報』
*3“Liu Xiaoming:China and Britain won the war together: Japan’d refusal to face up to its aggressive past is posing a serious threat to global peace”, Telegraph, January 1, 2014.
; ”China risks becoming Asia’s Voldemort: Japan is committed to peace and democracy and a visit to a shrine will not change that”, Telegraph, January 5, 2014.
*4例えば、”Japan-China tensions take center-stage with Abe in Davos”, Reuters, January 22, 2014,
*5“Shinzo Abe’s History Lesson Haunts Davos”, The Wall Street Journal, January 28, 2014. ; “Shinzo Abe and Hassan Rouhani delight Davos”, Financial Times, January 24. 中西寛「再臨、あるいは失われた可能性の時代」『アステイオン』80号、2014年、12-35ページ。
*6「再回首、已是百年身:来自一戦争100周年的警示」『新華網』2014年7月28日
<http://news.xinhuanet.com/world/2014-07/28/c_1111836406.htm>
*7李済平「記念一戦:休要念歪経」『『中国社会科学院網』((『人民日報』海外版からの転載)<http://www.cssn.cn/sjs/sjs_lsjd/201403/t20140304_1009751.shtml>
*8「習近平在徳国科爾伯基金会的演講」『人民網』2014年3月29日
<http://politics.people.com.cn/n/2014/0329/c1024-24772018.html>。
*9「堅定和平発展、歴史啓廸理智」『人民網』2014年3月30日
<http://world.people.com.cn/n/2014/0330/c1002-24772736.html>
*10前掲「再回首、已是百年身」。
*11「2014年1月23日外交部発言人秦剛主持例行記者会」中華人民共和国外交部、
<http://www.fmprc.gov.cn/mfa_chn/wjdt_611265/fyrbt_611275/t1122105.shtml>
*12「李克強作的政府工作報告」『人民日報』2014年3月6日。
*13湯重南「一戦後的徳国与今日的日本」『中国社会科学院網』(『求是』誌からの転載)2014年3月11日<http://www.cssn.cn/sjs/sjs_lsjd/201403/t20140321_1038515.shtml>。銭文栄「駁安倍把中日関係与一戦時徳英関係類比的謬論」『中国社会科学院網』(『紅旗文稿』誌からの転載)2014年3月25日。
<http://www.cssn.cn/zt/zt_xkzt/zt_lsxzt/lsx_yz/yz_tbgz/201403/t20140325_1042057.shtml>。「従一戦到二戦:遺毒不清、貽害無窮」『新華網日本報道』
<http://japan.xinhuanet.com/2014-07/28/c_133514185.htm>。
*14湯、前掲論文。銭、前掲論文。;「一戦百年十問安倍」『新華網』2014年7月28日、
<http://news.xinhuanet.com/world/2014-07/28/c_1111836489.htm>。
*15前掲、「一戦百年、十問問安倍」。
*16銭、前掲論文。前掲「従一戦到二戦」
*17銭、前掲論文。湯、前掲論文。
*18湯重南「一戦後的徳国与今日的日本」。
*19典型的な論文として、Wu Xinbo, "The End of the Silver Lining: A Chinese View of the U.S.-Japanese Alliance", The Washington Quarterly, 29:1,Winter 2005-06, pp.119-130.
*21中国政府機関による情報発信の場として、政府のシンクタンクである中国社会科学院の特集サイト「第一次世界大戦爆発100周年」がある 。ところが、このサイトは、2014年5月末頃を最後に更新されていない(2014年8月14日確認)。これは、甲午戦争120周年については国営メディアの新華社による専門サイト(<http://japan.xinhuanet.com/jwzz120.htm>)が設けられ、頻繁に更新されているのとは対照的である。
*22NHKニュース「中国外相、日本側に歩み寄りを求める立場強調」2014年8月10日。<http://www3.nhk.or.jp/news/html/20140810/k10013707001000.html>



毛利亜樹(筑波大学人文社会系助教)
 同志社大学大学院法学研究科博士後期課程修了、政治学博士(同志社大学)。
専門は現代中国政治と国際関係論。2010年-2013年度同志社大学法学部政治学科助教、2009年~2011年度海洋政策研究財団研究員、2013年4月より現職。
<著書・論文等>「「伝統」と軍事現代化の狭間:草創期の人民解放軍海軍1950-1960年」柴山太編『日米関係史研究の最前線』関西学院大学出版会、2014年、271-306頁。「海洋へ向かう中国:多元化のなかの統制」『東亜』2013年6月号、30-38頁等。