タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/10/9

【Views on China】習近平政権の世論誘導


慶應義塾大学東アジア研究所訪問研究員
江藤 名保子

中国における世論の誘導と管理

 近年中国では、社会のオピニオン・リーダーに対する締め付けが強まっている。例えば2013年5月11日の香港紙、明報で報じられたように、共産党中央は普遍的価値、報道の自由、市民社会、市民の権利等の7項目を「7つの語ってはならないこと(七個不要講)」に指定し、この話題を学生と討論しないよう北京や上海の大学教員に対して「禁令」を出した*1。また2014年6月には、中国で最も権威ある政府系シンクタンクの中国社会科学院で「内鬼」*2 批判がなされた。これは、6月10日に同院近代史研究所で講演を行った張英偉・規律検査組長(社会科学院内に常設された共産党規律検査チームのトップ)が、社会科学院のイデオロギー状況に問題があるとして、(1)学術の隠れみのをまとって煙幕をはる、(2)インターネットを利用して国境を越えた謬論をでっちあげる、(3)敏感な時期になると関連する違法活動を行う、(4)海外勢力の点対点の浸透を受けている*3、の4点を指摘し、社会科学院には「内鬼」がいると提起したものである*4。人権派弁護士の浦志強ら5人が刑事拘留を受けている「五君子事件」など*5、当局による民間人拘束の事例も数多い。

 

   こうした思想、言論の抑圧が懸念される一方で比較的見落とされがちなのが、メディアや知的エリートの論考を介した世論誘導の強化である。そもそも中国共産党の世論対策は誘導と管理の両輪から成り立っており、マスメディアや所属機関での学習会などを通じた世論誘導は同党の伝統的手法といっても過言ではない。このような世論誘導には、特定の議論を繰り返し強調して人心に刷り込む方法と、特定の議論を全く許可しないことにより徐々に人心から消し去っていく方法がある。後者の「語らせない」手法の顕著な例には、1989年に起きた天安門事件の取り扱いが挙げられる。先述の「五君子事件」も天安門事件に関する研究会を開いたことが発端であったとされるように、事件から25年が経つ現在まで共産党は天安門事件に関する言論を厳しく規制してきた。その結果、今や中国では天安門事件そのものをよく知らない若者が増加している。こうした事実からも明らかなように、世論誘導が中長期的に中国社会に与える影響は極めて重大である。

 

    2013年8月の全国宣伝思想工作会議で党中央は社会に対する「イデオロギーの誘導と管理の強化」を打ち出し、講話を行った習近平は、全国人民のための共通の思想的基盤を打ち固めると明言した。これから習近平政権は、どのような世論を形成しようとしているのだろうか。

世論対策としての統一戦線論

 現在の中国世論を特徴づけるキャッチフレーズをご存知だろうか。こう問われれば「愛国主義」、「中華民族の偉大な復興」、「中国の夢」などを挙げる読者が多いだろう。「統一戦線」という言葉を想起した方はおられるだろうか。耳慣れないフレーズと感じられるかもしれないが、実は「統一戦線」は、中華人民共和国建国以前から一貫して、共産党が民衆の団結を促すために用いてきた概念である。本稿ではこの概念を軸として、共産党の世論対策の一端を説明しよう。

 

 統一戦線とは、大まかにいえば、政治運動や労働運動において、諸党派や諸団体がそれぞれの政治目標を変えないまま共通の目的に対して一緒に闘争する形態を指す言葉である。現実には、コミンテルン(1919年から1943年まで存在した、各国の共産党および左派社会民主主義者らによる国際組織)の第3回大会(1921年)および第4回大会(1922年)で定式化された概念で、国際共産主義運動の戦術として論じられていた。中国においては、1935年に共産党が日本の侵略に対抗する「抗日民族統一戦線」を提起し、国民党を含むすべての抗日勢力による共同戦線を提唱した。1939年に毛沢東が、統一戦線、武装闘争、党の建設が中国共産党の「三大法宝」だとする論考を発表したことから*6、現在に至るまで統一戦線は共産党の「三大法宝」の第一とされている。だが中国全体が社会主義イデオロギーから脱していくのに伴い現実的に再解釈され、共産党が党外の人々と共同で何かを行う際に広く用いられるようになった。現在は共産党、民主諸党派、各団体および各界の代表で構成される中国人民政治協商会議が代表的な、そして最も広範な統一戦線組織とされている。

 

 中国では、統一戦線の対象は社会の多元化に応じて徐々に拡大してきた。1979年の第14回全国統一戦線工作会議では統一戦線の範囲ないし対象として8項目が設定されていたが、81年の第15回会議で10項目、00年の第19回会議では12項目、06年の第20回会議で15項目に増加した*7。こうした拡大に応じて統一戦線の概念そのものも、各トップリーダーのもとで刷新されてきた。鄧小平は1979年6月に「愛国統一戦線」という、毛沢東時代とは異なる概念を提起したが、これは「愛国的」であることを唯一の参加条件とすることで統一戦線の担い手をほぼ全国民に拡大し、近代化への貢献を愛国的行動として奨励する方策であった*8。この「愛国統一戦線」によって人々は、文化大革命によって失脚した人々の社会復帰を肯定し、経済活動に積極的に取り組むための思想的根拠を得ることとなった。続いて江沢民は2000年12月の第19回全国統一戦線工作会議で「新世紀の統一戦線」を打ち出し、2006年7月に同第20回会議で胡錦濤は「新世紀新段階の統一戦線」を提示した。いずれの議論も、私営企業および外資企業の管理技術者などの「新社会層」と呼ばれる階層を対象に加えることで経済発展と社会統合を目指し、共産党を中核として国民の団結を促す論理となっている。

 

 直近の全国統一戦線工作会議は、胡錦濤政権下で開かれた第20回会議である。この会議では、いわゆる「五大関係」とされる①政党関係(共産党と各民主諸党派の関係)、②民族関係(各民族間の関係、特に漢族と少数民族の関係)、③宗教関係(異なる宗教を信ずる一般大衆間の関係)、④階層関係(社会階層間の関係)、⑤国内外の同胞関係(中国大陸の同胞と香港、マカオの同胞、台湾の同胞、海外華僑との関係)を重視することが明示された*9。いずれも中国における極めて敏感な問題であり、統一戦線による世論誘導の重要性がうかがえる。なお共産党の組織において、中国全体の世論対策を担う部署には宣伝部があるが、統一戦線政策を主管する統一戦線工作部が「五大関係」を中心とする専業分野を継続的に担当していると考えられる。

 

 すなわち現代中国における統一戦線とは、多元的な社会を統合するための1つの政治手法である。その特徴は、ある社会情勢の変化や政治方針に対して、社会主義思想に立脚しつつ、共産党独自の解釈を提示して世論を誘導することにある。これを党の支配の正統化のための理論武装と捉えることも可能であろう。いずれにせよ、共産党が人々の情勢認識を操作する方策であることは間違いない。

習近平時代の統一戦線が目指すもの

 習近平時代にはどのような統一戦線論が展開されるだろうか。習近平政権下において全国統一戦線工作会議は未だ開催されていないが、実は既に一定の傾向がみられる*10。キーワードの1つはやはり「中国の夢」である。2013年5月21日から7月末にかけて党中央統一戦線工作部は、公開で「統一戦線と中国の夢」をテーマとする研究論文を募集し*11、この問題の研究を奨励した。なお同発表において統一戦線と「中国の夢」との関係性は、「中国の夢」を民衆の凝集力の源として統一戦線を促進する、と位置付けられている*12。また2012年頃から浮上しているキーワードが、「同心」思想である*13。「同心」思想とは2011年1月に胡錦濤が提起したもので*14、「統一戦線理論の刷新」として頻繁に言及されるようになった。2012年11月の共産党第18回全国代表大会報告には「民主党派と無党派人士との団結と協力を強化し、思想上の同心同徳、目標上の同心同向、行動上の同心同行を促進する」と記載され、多党工作における重要概念であることが明示された*15。「同心」思想が総合的に何を意味するのかは明示的でないが、河南省では「『同心』の実践」として人材育成や産業支援が行われており*16、四川省でも少数民族に対する語学訓練を支援するなど*17、各省レベルでの実施が始まっている。

 

 ここで繰り返しになるが、統一戦線の理論を刷新する世論対策上の狙いは、中国の大きな社会情勢の変化に合わせ、新しい概念を提示して国民統合を強化することにある。その意味において、昨今の「統一戦線」をめぐる論考が、中国の国情にあった発展は西側と異なると主張している点は非常に興味深い。その意図は、経済発展は希求するが、中国が目指すのは西欧型の発展モデルではない、すなわち経済発展の先に民主化があるわけではない、と一線を画すことにあるだろう。また西側による中国の「西化、分化(西洋化と分裂)」を警戒する認識が頻繁に示されることは、冒頭の「7つの語ってはならないこと」で民主主義的な概念の討論が禁止されたことや、「内鬼」批判において「海外勢力」に矛先が向けられたことにも符合する。

 

 さらに注意を要するのは、各論考が「西化、分化」に対抗することを主張する、その論じ方である。ある党中央統一戦線工作部幹部は、「アメリカを頭目とする覇権主義と強権政治の存在」という表現を用いて*18、厳しい対米認識を示した。こうした表現がこの幹部の個人的な認識に止まるのか、あるいは今後の公式な統一戦線論に引き継がれるのかは不明であるが、もしも後者であるならば中国の対米世論を悪化させることは間違いない。

 

 習近平政権はどのような世論誘導を目指すのか。この問題については、第21回全国統一戦線工作会議がいつ開催されるかだけでなく、それまでにメディアや知的エリートがどのような統一戦線論を展開していくかを引き続き注意深く観察する必要がある。



*1「禁談新聞自由普世価値 京滬大学遭令七不講」『中国報新聞網』http://www.chinapress.com.my/node/421488

*2中国語の「内鬼」は内部情報を何らかの意図をもって流出させる人を意味する。いわゆるスパイのことである。

*3「点対点」とは、組織を通さずに海外の研究者と交流することを意味している。

*4「学者:社科院个別学者吃里扒外充当内鬼」『21CN新聞』http://news.21cn.com/hot/cn/a/2014/0619/12/27497835.shtml。

*5この事件について詳しくはViews On China(6月6日)の「天安門事件25周年と『五君子事件』」を参照。

*6「中国革命取得成功的“三大法宝”是什麼?」中国人民網ホームページcpc.people.com.cn/GB/64156/64157/4418419.html

*7「如何認識新世紀新階段統一戦線的性質和工作範囲」中共中央統一戦線工作部ホームページ『認真学習 深刻領会 積極貫徹 第二十回全国統戦工作会議精神』http://www.zytzb.org.cn/zytzbwz/ztlm/tongzhan20/wjjd/80200610090001.htm

*8中共中央文献研究室編『鄧小平年譜1975-1997(上)』中央文献出版社、1992年、523-524頁。

*9「胡錦濤在全国統戦工作会議上発表重要講話」中共中央統一戦線工作部ホームページ『認真学習 深刻領会 積極貫徹 第二十回全国統戦工作会議精神』http://www.zytzb.org.cn/zytzbwz/ztlm/tongzhan20/zyxw/80200607130001.htm

*10第20回全国統戦工作会議開催にあたっては、事前に2年に渡る意識調査・研究が行われていた。第19回でも事前に広範な意識調査が行われていた。

*11「“統一戦線与中国夢”征文启事」中共中央統一戦線工作部ホームページ http://zytzb.org.cn/publicfiles/business/htmlfiles/tzb2010/s1843/201306/740337.html

*12詳しい論述として張季「新時期拓展統一戦線工作路径研究」『雲南社会科学院学報』2013年第5期、42-43頁。

*13杜青林「堅持用“同心”思想増進共識、推動実践」中国共産党新聞網、2012年3月28日。http://theory.people.com.cn/GB/49150/49152/17514794.html 「賈慶林:統一戦線要用同心思想凝集共識」新華網、2012年7月3日。http://news.sina.com.cn/c/2012-07-03/175324705936.shtml

*14「同心」とは、心を1つにすることを意味する。成句として「同心同徳」があり、一心同体であることを指す。

*15「用新思想新要求武装頭脳指導工作推動実践」『中国統一戦線』2013年02期、1頁。 周述傑「党的十八大対統一戦線理論的創新和発展」『湖南社院学報』2013年第1期、5-8頁。

*16「河南商統一戦線開展“同心”実践行動紀実」中共中央統一戦線工作部ホームページ, 2014年9月30日掲載。www.zytzb.cn/publicfiles/business/htmlfiles/tzb2010/S1858/201409/762166.html

*17「四川“同心温暖工程”国家通用語言培訓項目启動」中共中央統一戦線工作部ホームページ、2014年9月30日掲載。 www.zytzb.cn/publicfiles/business/htmlfiles/tzb2010/S1858/201409/752171.html

*18呉夢「充分発揮統一戦線在提高党的執政能力建設中的優勢作用」『天津市社会主義学院学報』2014年第1期(総第43期)、4-7頁。著者の肩書は「中共中央統戦部機関服務中心幹部」である。



江藤名保子(えとうなおこ)

慶應義塾大学東アジア研究所訪問研究員。専門は中国政治、日中関係。スタンフォード大学国際政治研究科修士課程および慶應義塾大学法学研究科後期博士課程修了。博士(法学)。大学共同利用機関法人人間文化研究機構地域研究推進センター研究員を経て現職。著書に『日中関係史1972‐2012 Ⅰ政治篇』(共著、東京大学出版会、2012年)、『中国ナショナリズムのなかの日本‐「愛国主義」の変容と歴史認識問題』(単著、勁草書房、2014年)ほか。