タイプ
論考
プロジェクト
日付
2014/10/29

【Views on China】環境問題を通して考える中国の市民社会と政府との関係


東京大学総合文化研究科准教授
阿古 智子



 国土も人口も規模が大きい中国は、次の3つの点において特徴的な統治構造を有している。1つには、中央―地方―基層という行政、自治組織に加えて、共産党組織や統一戦線組織が縦横に組織され、それぞれが異なる関心をもって政策の決定と実施のプロセスに関わっていることから、中央の指示や意図が各地方や団体に統一的に届かず、部門間での調整がうまくいかないことも多い。2つ目には、公有制を維持する社会主義国であり、民間セクターに比べて、政府系セクターが優先されており、その上、役人が特権を濫用する風潮の下で、賄賂や口利きといった非合法的な制度外の活動が浸透している。そして3つ目には、権力を分立しない政治制度を有しており、権力が十分に監視も制御もされていないため、司法、警察、行政の癒着が著しい。

 こうした構造に加えて、社会階層間、地域間の経済格差の大きさも中国を見る上で重要な要素である。社会保障の水準や内容、加入状況が地域によって異なるため、問題が生じた際にも被害者の救済の内容に大きな差が生じる。このように国民に対する権利が平等かつ公正に保障されていない一方、国民の側も、国民として果たすべき義務や社会的責任についての認識が希薄で、制度に依存するだけでは自分の権利や利益を守ることができないと考え、暴力や超法規的な手段に訴える人が少なくない。

 昨今、高まりを見せる社会的緊張の要因や背景を理解する際には、このような中国の特殊な政治体制と社会状況を考慮する必要がある。中国社会は一枚岩ではない。さまざまなバックグラウンドをもったアクターが異なる利害をめぐって衝突し、利益調整を図っている。さらに、高度な情報化を背景に、インターネットが世論形成に与える影響も大きい。政策や法の決定と執行において、何がどう選択され、どのような要素がどう作用しているのかを的確に判断できなければ、中国当局はもちろんのこと、中国と関わりをもつ海外の企業や組織も、社会的、経済的に大きなリスクを抱えることになる。

 環境問題への配慮は、経済発展や社会政策を推進する上で必要不可欠である。如何なる開発事業であれ、それによって直接、間接の影響を受ける住民や関係者が、如何に実質的かつ効果的に環境影響評価のプロセスなどに参加できるかが、その事業の成否を分けることになる。本論は、化学品原料のパラキシレン(略称PX)生産工場の建設反対運動を事例に、異なるアクターがどのように利害を表出しようとしているのかを考察し、市民社会と政府との対話の難しさについて論じる。

1.環境問題に関する大規模抗議活動

 大規模な抗議活動に屈して、事業を停止したり、別の場所に移転させたりするということが、近年、中国で頻発している。特に、PX生産工場の建設反対運動は全国各地で起こっている。以下、厦門市、大連市、四川省什邡市、寧波市鎮海区の事例を通して、党及び政府、企業、専門家、一般市民との間でどのようなコミュニケーションが行われていたのかを見てみよう。

(1)PX反対運動の先駆け―厦門市のケース*1

 中国で初めてのPX工場の建設反対運動は福建省厦門市で起こった。2004年2月、厦門市では台湾資本の騰龍グループ(Dragon Group)が国務院の批准を得て、PX生産工場の建設準備を進めていた。しかし、建設予定地は市中心部の海滄区、5000名の学生を抱える厦門外国語学校や北京師範大学厦門海滄付属学校、開発中の住宅地「未来海岸」から4キロのところに位置していた。 2006年11月から12月にかけて、PX工場の建設は周辺の環境に与える影響が大きいとして、厦門大学の趙玉芬教授をはじめとする専門家が、工場建設の停止と場所の移転を求める書状を厦門市と福建省の共産党委員会に送った。市民も行動を開始し、「未来海岸」の業主らが「厦門611環境保護ボランティア連盟」を組織し、工場建設の停止を働きかけた。PXプロジェクトに関する『中国経営報』の報道が多くの市民の注目を集めると、続いて、厦門市民が愛用するインターネットサイト「小魚社区」(www.xmfish.com)や厦門大学ホームページの掲示板で活発に討論が行われ、著名なコラムニストの連岳も文章を発表した。また、携帯電話のショートメッセージでデモ参加が呼びかけられ、2007年6月1日、厦門市民は「PXプロジェクトに抵抗する」「市民の健康を守り、厦門の環境を守る」といったスローガンを口々に叫びながらデモを実施し、デモの進行状況をライブで発信した。全国のインターネットサイト上にも、その内容が伝えられた。

その後、「小魚社区」は閉鎖され、デモを報じた『鳳凰週刊』(256期)の販売も禁止された。市当局はこのデモを「違法集会」であり、「社会公共秩序を激しく攪乱させた」としたが、デモ組織者は「デモ(遊行)」ではなく、「散歩」であると説明した*2。結局、デモ組織者は逮捕されたが、この集会を通じて厦門市民の結束は一層強くなり、報道の広がりによって全国的に大きな反響を呼んだこともあって、厦門市政府は市民の要求を無視できない状況に追い込まれていった。

その結果、12月13日に市民座談会が開催され、参加した106名の市民のうち約9割が、また15名の人代代表と政治協商委員会委員のうち14人が、PXプロジェクトに反対を表明した。そしてついに12月16日、福建省共産党常務委員会のメンバー全員が出席する会議において、工場建設地を福建省南部の漳州市漳浦県古雷港に変更することが決議された。

(2)法を無視して早期解決を図った大連市のケース

 厦門市のケースは、ソーシャルメディアを活用して起こされた社会運動であり、専門家と近隣住民が環境影響調査や市民座談会にも積極的に参加したとして、前向きに評価されることが多い。しかし、近年中国各地で展開されるPX反対運動の背景にはさまざまな複雑な事情があり、それらを詳しく分析することが重要だ。

 次に紹介する大連福佳大化石油化学工業の工場は、2011年8月8日、大型台風に直撃されて防波堤が破壊、海水がPXを貯蔵するタンクの下まで流れ込んだことが、付近の住民による抗議デモにつながった。8月14日には市政府前の広場に集まった3万人ともいわれる人々を前に、大連市共産党委員会及び市政府が工場の即時操業停止と移転を約束した。

 このように大連市当局が早期に騒ぎの収束を図ろうとしたのには理由がありそうだ。華南師範大学准教授の唐昊は、大連福佳大化の事例は三段階にわたる「無規則互動」(interaction without rules)だと指摘する*3。すなわち、第一段階で地元の利益集団が地方政府と結託して法律に違反し、第二段階で近隣住民が政策や法律に違反する形で抗議活動を起こし、第三段階で抗議活動が社会の安定を脅かし、地方政府が政策や法律に違反する形で事業の停止を発表するという具合に、全ての段階において規則を軽視、無視する行為が連動する形で積み重ねられた結果だというのだ。

 中国でも最大規模を誇るPX生産施設の大連福佳大化は、環境基準を満たしていないにも関わらず、地元政府によりその生産活動を黙認されていたという。市中心部から20キロしか離れていない場所に工場がつくられた上、その貯蔵タンクは風雨の影響を受けやすい場所にあった。大連福佳大化の工場は、行政側が市民の健康や生活に害を及ぼす可能性があると知りながら、市民の監視の目をすり抜けてこっそりと営業していたと、唐教授は批判する。工場を別の場所に移転することも、市民の不満をそらす為にデモ発生後、突然発表されたのであり、合法的な手続きをまったく取らないまま政府が暴走してしまった。

(3)環境汚染への抗議は名目上の理由?:四川什邡、寧波鎮海のケース

 最後に紹介する四川什邡と寧波鎮海のケースは、事前に環境対策を行っていたにも関わらず、住民の反対運動によって事業が停止に追い込まれた。専門家は、環境汚染への抗議は名目的なもので、住民側には反対する理由がほかにもあったと指摘する。

 四川省什邡市の亜鉛精錬大手、四川宏達グループによるモリブデン及び銅精錬工場の建設計画への抗議は、2012年7月1日、住民2万人が市政府及び党委員会の建物に向かってデモ行進する形で行われた。警官隊が催涙弾を打ち、一部参加者が負傷した。最終的に、什邡市当局は工場建設の中止を発表した。

 モリブデンや銅などの精錬は汚染リスクが高いが、什邡市の工場建設は四川省被災地再建の国家重点事業であり、技術的なバックアップがしっかりしており、環境保護部が汚染物質の総排出量の基準を厳しく設けるなど、環境保護対策にも力を入れていたという。それにも関わらず大規模な抗議デモが行われたのは、新しい工場の建設によって廃業に追い込まれる地元の中小企業の反発があったからだと、環境問題の専門サイト『中外対話』北京オフィスの劉鑑強編集長は指摘する*4。そもそも、工場建設の話が進んだのは、十分に環境対策ができない企業を廃業させるという意図があり、その対象となった企業の関係者たちが不満をもったのだという。

 浙江省寧波市のケースは、2012年10月、同市鎮海地区に中国の石油大手である中国石油化工(シノペック)の子会社である鎮海煉海化工がPXの生産設備を増設する計画を立てたところ、大規模な抗議活動が起こり、拡張工事が中止に追い込まれたというものである。市政府は汚染処理に36億元を投じ、近隣住民の転居を支援することを約束したが、住民側は立ち退きの補償額に満足せず、政府の提案を拒否したという。

 以上見て来たような、近年立て続けに起こっている大規模な抗議活動の多くは、地元政府の中止命令によって早期に収束が図られている。それには、党大会など重要な政治行事を控え、社会の安定を維持したい党及び政府が、市民の懸念や不満を払拭し、平静を取り戻すべく対応するといった「政治的」要因も影響していたと見られる。さらに、「不閙不解決、小閙小解決、大閙大解決」(騒がなければ解決しない、小さく騒げば小さく解決、大きく騒げば大きく解決)と中国でよくいわれるように、公共の利害を省みず、もっぱら自らの利益を最大化するために行動しようとする一部住民にも問題がある。もちろん、事業の開始前から近隣住民や関係者が環境アセスメントや情報公開のプロセスに参加できればよいが、多くの人が知る権利、参加する権利を具体的にどのように行使できるのかを理解していない。

 中国環境科学学会副理事長の楊朝飛は、動員に成功した多くの大規模抗議活動は、環境保護を名目にしながらも、裏ではさまざまな利害が衝突しているとして、次のように指摘する(以下、要旨を筆者が要約)*5。「中国では立ち退き、労働、環境に関する抗議活動が頻発しているが、そのうち環境汚染は人々の健康と生命を脅かす重大な問題であり、加えて、政治と直接関係がなく、体制の権威に挑戦するものでもないため、『政治的に正確』だと主張できる」。

 厦門のケースについても、不動産価格の下落を恐れた近隣住民や不動産会社が、環境保護の名を借りて抗議活動を促した側面があるといわれている。ただ、厦門では、環境保護部門がタイミングよく介入し、環境影響調査を厦門市全区で実施するなど、前向きな施策を迅速に講じたため、大きな衝突が起こることはなかった*6

2.国を挙げてのPX広報と「穏評」(安定維持評価)

 2014年現在、中国におけるPXの輸入依存率は53%で、同年度内に930万から950万トンの供給不足を見込んでいるという*7。PXの生産を加速するために、各地で工場建設に向けた努力が続くが、ほとんどのケースで反対運動が持ち上がり、頓挫する事態に陥っている。共産党中央委員会の機関誌『人民日報』系の『環球時報』は社説で、このような悪循環を断ち切るための短期的な「維穏」(安定維持)に取り組むことを呼びかけた*8

週刊誌『南方週末』は2013年7月25日、「PX国家公関」(国を挙げてのPXの広報活動)という特集を掲載し、PXに関する悪いイメージをよくしようとする中国の国を挙げての取り組みを紹介している*9。その1つは、メディアが化学工業に関する基礎知識の普及を強化するために、さまざまな番組を作り、放送していることだ。同年5月、中央テレビ局はドキュメンタリー番組『焦点訪談』で「PXプロジェクトの真相」を、そしてメインニュース番組の『新聞聯播』で「PX神秘のベールをはがす」を放送した。『人民日報』にも特集記事「PX神秘のベールをはがす」(6月24日)が掲載された。7月には、雲南衛星テレビが「日本の石油精錬とPX産業に注目する」という番組を放送し、東京湾から1キロしか離れていない川崎工業地帯で、PX生産工場が稼働している様子を紹介した。

 同じ頃、共産党中央弁公庁は、厦門市の反対運動の後、工場の移転先となった福建省漳州市が如何に「群衆工作」(一般市民に向けての対策)を行ったかを学ぶよう指示している。同市環境保護局局長の黄建化によると、漳州市は2012年から数多くの地方政府の視察を受け入れ、一般市民に環境アセスメントに参加してもらい、石油化学の専門家による講演会や、幹部による住民への説明会、国内外の石油化学事業の視察を実施しているという。成都市は、2013年2月から各界代表に彭州市の石油化学工場地区を参観させ、その様子を地元メディアに報じさせたほか、石油化学プロジェクトの専門家を招いての懇談会や大規模な宣伝活動、大学などでの講演会を開催し、7-8月には一般市民をシンガポールや韓国の視察に派遣した。

 こうした国を挙げての広報活動に、全国政治協商会議委員で中国工程院院士の曹湘洪や清華大学教授の金湧など、著名な科学者も動員され、テレビなどのメディアに登場し、PX工場と発がん性の関係や海外のPX工場の事例などについて解説している。曹は、「化学工業恐怖症を克服する」という提案書を出し、科学技術教育の普及を目的とした国家特定基金の設立を提案した。

 正しい知識を普及することは大切だが、イメージ戦略で上辺をつくろうことに傾いてしまっては、実質的な問題の解決にはつながらない。近隣住民や関心をもつ国民に対してしっかりと情報公開を行い、彼らが環境影響評価に参加するルートを確保することが重要だ。だが、前出の劉鑑強は、環境保護部は『環境影響評価公衆参与暫行弁法』(環境影響評価への一般市民の参加に関する暫定規定、2006年3月に施行)*10や『環境保護情報公開条例』(2008年5月に施行)を忠実に実行しておらず、2012年の環境問題をめぐる数々の騒乱に関しても「不作為」だと見られても仕方がないと指摘する。

 劉はまた、近年、中央の環境保護部門は、アセスメントの審査基準を緩め、西部の環境保護地区で大型のプロジェクトを承認しているのではないかと疑念を示し、「環境保護部門の権力は決して大きくはないが、中央政府の環境事業に関する態度を代表する立場にあり、抗議する人々を騒がしい者、扇動者、狡猾な者と見なして圧力をかける地方の役人に対して、環境保護部門が前に出れば、官民の衝突が解消される可能性がある」と中央政府の役割を重く見ている*11

 しかし、中央政府が近年、特に力を入れているのが治安維持への対策だ。2012年、国家発展改革委員会は『重大固定資産投資項目社会維穏風険評価暫行弁法』(重大な固定資産投資事業に関わる社会安定リスク評価の暫定規定)を発布し、「穏評報告」(社会安定に関する評価報告)を行うことを義務づけている*12。その少し前に、環境保護部が同年9月1日以降、環境影響評価の報告書に一般市民が理解しやすいような簡易版を添付するよう指示しており、中央政府が一般市民の環境政策プロセスへの参加を促進しようとしていることもうかがえる。だが、社会矛盾が先鋭化する今の中国にとって、社会安定の維持は何よりも重要であり、政府全体としては常にそちらの優先順位を高く付けているといえる。

 また、環境問題に関するトラブルを解決するには、司法のルートも重要だが、11次5カ年期間(2006年-2010年)中に受け付けた環境問題に関する30万件以上の陳情のうち、裁判を通じて解決にまで決着がついたのは1%にすぎないという*13。関係者による協議や仲裁で解決する問題もあるだろうが、法廷で十分な検証を行うことが適切なケースも少なくないはずである。とはいえ、独立性が担保されていない中国の司法は、党組織や政府と癒着しやすいシステムになっている。今後中国は、司法改革を進めなければならないのはもちろんのこと、市民社会による監視機能を強化する必要がある。そのためにも、党及び政府と市民社会の間で互いに自律しながらも、相互補完的な関係を築く方策を打ち出すことが重要であろう。



*1『維権網』の調査報告「維権実践個案解析与経験借鍳」(2009年10月15日)(http://www.weiquanwang.org/?p=17740)を参照。

*2厦門PX反対運動の後、デモの隠語として「散歩」がよく使われるようになった。

*3唐昊「“无规则互动”的大连PX事件」『中外対話』2011年6月9日、https://www.chinadialogue.net/article/show/single/ch/4511-Public-storm-in-Dalian

*4劉鑑強「環保維穏引発中国動蕩」『中外対話』2013年2月1日、https://www.chinadialogue.net/article/show/single/ch/5561-China-s-new-middle-class-environmental-protests

*5前掲の劉鑑強(2013)が引用している。

*6ただ、移転先となった福建省漳州市の住民たちが割を食っただけではないかという見方もある。自分の住む地域には化学工場や原子力発電所、ゴミ処理施設などを移転して欲しくないという、NIMBY(Not in my back yard自分の裏庭以外なら)といわれる現象は世界各地で見られるが、中国では特に近年、その広がりが加速している。

*7「我国PX供応缺口将進一歩加大」『新華網』、2014年1月23日、http://news.xinhuanet.com/energy/2014-01/23/c_126051913.htm

*8「社評:PX項目、退中呼喚潰堅守点的出現」『環球時報』2014年4月1日、http://opinion.huanqiu.com/editorial/2014-04/4943603.html

*9彭利国・龔君楠「PX国家公関 為昨天的錯誤埋単,為明天的拡産蓄勢」『南方週末』2013年7月25日、https://www.chinadialogue.net/article/show/single/ch/6280-Will-the-Chinese-public-be-persuaded-that-PX-factories-are-safe-

*10環境に深刻な影響を及ぼすと考えられる事業に関して、一般民衆が環境影響評価報告書の作成に参与すると規定している。

*11劉鑑強(2013)前掲論文

*12馮傑・汪韜「環境群体性事件困局求解」『南方週末』2012年11月29日、https://www.chinadialogue.net/article/show/single/ch/5438-Officials-struggling-to-respond-to-China-s-year-of-environment-protests

*13環境保護部の陳情部門によると、行政復議(行政不服審査)が2614件、行政訴訟が980件、刑事訴訟が30件だという。馮傑・汪韜(2012)前掲論文を参照。