タイプ
レポート
プロジェクト
日付
2011/6/30

マンスフィールド財団との意見交換会レポート

日本人の対中観と日中関係


先週ワシントンで開催された日米政府による安全保障協議委員会(2+2)では、日米が共通戦略目標を掲げ、中国への対応を同盟の役割として位置づけた。それに先立つ6月13日、マイケル・グリーン元NSC上級アジア部長が顧問を務めるマンスフィールド財団がアメリカの若手日本研究者を率いて、東京財団を訪れ、日中政策勉強会メンバーとの意見交換会を実施。その中で、グリーン氏は「日米同盟関係があるから大丈夫という受け身ではなく、同盟関係を生かし中国をいい方向にいかに導いていくかが重要だ」と述べ、日米同盟の中での日本の積極的な役割への期待を表明した。

意見交換会では、冒頭、高原明生 上席研究員が「日本人の対中観」について説明し、その後アメリカ側からの質問を受ける形でフリーディスカッションを行った。渡部恒雄 上席研究員がモデレーターを務め、財団研究員及び日中政策勉強会メンバーである外務省、経済産業省、財務省等各省庁職員が研究会に参加し、活発な意見交換が行われた。高原上席研究員の説明概要と意見交換で出された視点は次のとおり。



1. 日本人の対中観

最初に日本人の対中観について言うと、以下の四点に集約される。

(1) 日本の中国観は多種多様である

冷戦の時代、日本では左翼的な考えにシンパが多かった。また、戦前からイデオロギー的な潮流としてアジア主義があった。アジア人は結束すべきである、そして欧米の侵略に抗していかなければならないといった考え方があった。その一方、昔から反共主義もあった。とくに文化大革命の際、中国では革命を輸出しようという気運が高まり、日本にはそれを警戒する向きがあった。また中国には自らを世界の中心と考える中華主義の伝統があって、それを嫌う人々もいた。しかし全体として、基本的には、1970年代から1989年までかなり高い割合の日本国民が中国に親しみを感じていた。

(2) 最近は中国に対する反感が高まっている

1989年の天安門事件以降、95年、96年の台湾へのミサイル実験や核実験などを受け、日本人の親近感はその都度下がった。しかし、一貫して下降傾向が続いたように言われるが、実はそうではなく、2004年以前の最低点は96年に記録されている。2004年はアジア杯での反日ブーイングや暴力行為があり、2005年には反日デモが多発した。その後安倍政権時代には少し改善し、2008年の毒入り餃子事件で再び下がった。日本では中国に比べると民族主義的な傾向は弱い。日本社会はいわゆるポストモダンの時代に入っており、イデオロギーや国家よりも日常生活にかかわる問題が対中観にも反映されることになっている。

(3) 日本人の大半は中国とよい関係を持たなければならないことを理解している

経済的に中国が台頭してきたことによって、われわれも経済的利益を享受している。感情的な反発が強まる一方で、利益の観点からは、多くの国民は中国といい関係を持ちたいと思っている。安倍元総理はイデオロギー的には小泉元総理よりも右寄りではあるが、小泉内閣時代に傷んだ外交関係を修復しようと考え、中国に出向いた。安倍元総理は、日本国民が中国や韓国とのいい関係を求めていることを理解していた。

(4) 文化的な絆を過小評価してはならない

時にアメリカやヨーロッパの人々が過小評価しがちな点が日中の文化的なつながりである。日本人は国語の授業で漢詩を学ぶ。漢詩が日本語の一部になっている。日本・中国の文化というのは密接に結びついている。小泉氏が総理だった時、中国側からは靖国神社を訪問したということでいつも抗議があった。日本側でもそれに対する反発があった。しかし、当時たとえば日本の博物館で中国の文明展をやっていると、観客が押し寄せて展示物がよく見えないという状態だった。また中国側でも日本のポップカルチャーに対する強い関心があり、親近感が中国の若者の間に広がっている。

2. 多方面からの情報収集が重要


2004年、2005年に様々な事件が起こり、その結果中国の若者で日本のことを嫌う割合は増えてきた。しかしそれと同時に、中国の若者の中で日本のことを好きになった人も増えた。このように相反することが2つ同時に起こっている。実際調査を行い、反日デモの前と後を比べると、広州の若者の間では日本が好きな人の割合が増えていた。中国は、全然違ったことが同時に起こり得る国だ。

また、一方から出ている情報だけに頼って日中関係を見ると見誤る。日本からだけの情報、あるいは中国から出ている情報だけに頼ると、誤解をする危険性がある。日中関係を理解する上では、日中それぞれから出ている情報にぜひアクセスをしていただきたい。

3. 意見交換で出された視点

(1) 日本が望む中国の姿

中国の安定的な発展を望んでいる。今は近代化の真只中にいるが、できれば早い時期にポストモダンの社会に動いてほしい。現在の中国の価値観はあまりにも狭く画一的である。今はマネーと成長で、大きいことはいいことだという価値観だが、これは日本も60年代、70年代に経験したことだ。日本は石油ショック、公害の問題、バブル崩壊があって、「スモール・イズ・ビューティフル」ということを学んだ。中国についてもこのような価値観の変化が、持続可能な発展のためには必要だと感じる。ただ時間はかかるだろう。

(2) 日本の対中戦略

封じ込めではなく、関与とヘッジの併用政策であると言える。アメリカといい関係を持ちながら、それと同時に中国ともいい関係を持っていきたい。そして徐々に政治的な改革が中国で進展することを望んでいる。中国が民主主義国家となり、より多元主義的な政治体制になることを願っている一方、その変化の過程が暴力的なものになることは望んでいない。9年間、胡錦濤・国家主席のパワーベースがしっかりしていたときは、日本への対応もしっかりしていて基本姿勢は協調だった。日中関係は、中国の権力がどのぐらいしっかりしているかのバロメーターだ。愛国主義に引っ張られる指導者は、しっかりとした権力基盤を持っていないからそうなる。次の指導者が任期の間安定した権力基盤を保持することが日中関係についても重要だ。

(3) 非民主主義国のコスト

中国共産党指導部は、自分たちが国内でどう見られているのかということを常に意識して行動している。権力の維持を図るための民族主義の高揚という誘惑がある一方、愛国主義教育や愛国主義的な社会化を国民に施すことによって結果的に政策オプションを狭めているというジレンマがある。また、中国は情報を非常にタイトにコントロールをしているにもかかわらず、人々はインターネットや携帯電話を使って多くの情報を得ることができるようになり、中国の指導層は国民に対して権力維持のためのパフォーマンスをするようになった。民主主義国家では様々な手段で世論を知ることができるが、中国にはそれがない。権力維持のためのコストは相当なものとなっている。

(4) 海洋資源を巡る緊張と内部対立そして政権の正統性

中国が、海洋において近隣諸国と緊張を高めているのは懸念材料だ。中国共産党が建国して60余年が経過したが、今後も政権の正統性は常に問われざるを得ない。また、海洋資源については、外交部やエネルギー部門のほかに石油会社や沿岸警備隊、海軍、あるいは漁師といった、様々なステークホルダーがいるので中国の指導部にとってもコンセンサスがなかなか得られない状況なのだろう。東シナ海の共同ガス油田開発について、胡錦濤・国家主席は条約の草案づくりをすると決めたが、その後は国内の反対にあって前に進めるのを躊躇している。

(5) 経済・貿易・環境問題における日中関係

以前は、中国への投資は日本やアメリカに対して輸出するためのコストカット手段を得るために行われていたが、ここ2、3年は中国の所得の上昇とともに、カルチャー産業など小さな産業が中国にどんどん出て行っている。それは、中国人自身の購買力が大きくなって日本にとってはチャンスとなってきているからで、国内やアメリカなどでは製品を消費しきれなくなった現状においては、中国市場に行かざるを得ない。経済・貿易での両国の関係は密接になっているし、お互いに合理的な判断をしていると言える。多くの中国人は領土問題などと経済・貿易の問題を「それはそれ、これはこれ」と理解している。それは来日する中国人の数が、尖閣問題後も、そう時期を置かずに回復したことからも現れている。環境については、相互に協力しやすい分野である一方、政治的な問題が起こるとそれに影響される傾向はまだある。日本は環境分野の個別の企業の技術は非常に高いが、まとまりを持って戦略的に中国に進出していこうということがないのは今後の課題である。

(文責:大沼瑞穂 東京財団研究員)