タイプ
レポート
プロジェクト
日付
2012/2/23

日中政策勉強会レポート「中国の農村と都市の格差」

毎月開催している日中政策勉強会では、11月30日に阿古智子・早稲田大学国際教養学術院准教授を招き、中国社会の格差問題を主に土地制度と戸籍制度の問題からご講演いただいた。日本でも昨今、「格差社会」が様々なところで論じられているが、その実態についての所見は曖昧だ。中国においては、日本とは異なる土地制度、戸籍制度によって格差が生じており、格差の質が根本的に異なる。経済成長著しい中国においてそれを高度経済成長期の日本と同じ見方で捉えると見誤ることもあるだろう。阿古准教授の講演後は、中国社会の深層をどう捉えるか、高原明生上席研究員をはじめ行政関係者、党スタッフ、議員秘書等が積極的に意見交換を行った。研究会での講演概要は以下のとおり。(文責:東京財団研究員 大沼瑞穂)


1.中国における格差の特異性

時に、格差というものは、どこの国でもあるものなのに、ことさら中国の格差をひどいと言うのはおかしいと言う中国からの留学生がいます。どこの国にも格差はある。その通りです。しかし、他の国にはない、中国における格差の特異性というのは、それが土地と戸籍制度を理解しないと分からないというところにあります。中国の土地・戸籍制度は、中国という人口が多く、国土が広い巨大な国を統治していく上でこれまで、大変よく機能するツールでした。ただ今は経済が自由化していく中で、土地制度や戸籍制度がそのままで経済だけが自由に動くというわけにはいかないために、大きな矛盾が生じていて、政府もどうしたら処理できるのかすごく悩んでいるところであると思います。中国は地域によってすごく差があり、分析をする際にクリアな答えがなかなか出しにくいのです。そうした状況をあらかじめ理解した上で、今日は土地と戸籍にフォーカスをしてみたいと思います。

2.土地制度の問題

(1)農業税の撤廃
まず土地についてですが、私がフィールドで過去8年くらい遡って見ている村があります。湖北省沙洋県新賀村というところです。8年間、年によっては3,4回行き、集中的に観測してきたところです。中国の農村を比較する時にこの村と比較してどうなのかという基準になっている村です。私がこの村を基準にしたのは、ここが中国の特に中部地域の平均的な村と見ることができるからです。第一の特徴としては、農業が主体で、農業以外の産業があまり発達していない。もう一つは出稼ぎに行ってしまう若者が多い。さらに1家族あたりが耕している面積が少ない。農業従事者はもともと所有している面積がすごく少ない上、出稼ぎに行っている人達の土地を請け負ってなんとか暮らしていけるという状況の村です。

90年代は税金がかなり高かったので、土地を持っている方が不利でした。耕作放棄も深刻だったのですが、2002年に税制改革が始まって、2006年に農業税が撤廃され、さらに食糧補助金として、食糧を生産している農家に補助金が出るようになりました。この頃から土地を巡る争いが増えました。

(2)土地を巡る争いの背景
土地を巡る争いの背景には、党組織、行政組織の機能低下があります。アメリカのように平原が広がっていれば簡単ですが、アジア型の農業は細かく散らばっていて、高低の差がかなりあります。低いところと高いところの離れた土地を合わせて調整するというのは、すごく難しく、複雑な権利関係を調整していく仲介者が必要です。これまでは、こうしたことを調整するための村の書記・組長といった党組織や行政が機能してきましたが、現在は機能していません。新賀村では、村の組長自らが田んぼの排水のため公共道路を深く掘ってしまっているような状況です。税金を集めなくなった行政がしている仕事は計画出産の管理くらいで土地や水利の争いでは、行政でも警察でもなく、ヤクザを巻き込んだ闘争事件へと発展しています。行政は税金も取らないが、自分たちのことは自分たちでやってくれ、コミュニティ内で解決してくれというような風潮になっています。

(3)小産権問題
中国の場合、農村と都市で、土地の登記が全く異なります。都市は所有権が国にあり、「使用権」で土地の売り買いができます。実質的に使用権は日本の所有権とほとんど変わりません。住宅だと50年。もちろん更新しないといけないわけですが、まずその更新時に土地を奪われるということはありません。一方、農村の場合、所有権が国ではなく村にあります。村が所有権を各農家に請負権として渡し、農業税を徴収している時は、農家は村から生産を請負い、生産の何パーセントかを上納します。請負権は各農家が持っていますが、その下に「使用権」があってそれを貸し借りして、出稼ぎに行っている時に耕してもらうということができます。

さらに、農村と都市では、土地の持つ性質が全く異なります。農業用地は簡単には用途を変更できないことになっています。商業用地に変えたい場合は国有化しないといけません。都市と同じような形態で登記し直さないといけない。しかし複雑な手続きがありますし、何重にも許可を取らないといけないので、勝手に許可を持たないまま用途を変えてしまうということが増えていて、そうした土地が小さな財産権、すなわち「小産権」と呼ばれています。土地の登記簿に書いてあるのは、農業用地。でも実際にはビルが建っているという土地です。都市化の中でこうした「小産権」がものすごい勢いで増えていて、これは違法ですが、政府としてもすでに購入した人に対しては強くものを言えないという状況になっています。北京などでは新しくこうした農地に勝手に商業施設を建てないよう措置が図られていますが、他の地方では野放し状態が続いています。

3.戸籍制度の問題

(1)戸籍制度と社会保障
中国には戸籍制度があって生まれながらにして親から受け継ぐ戸籍が農業戸籍だとたとえ都市に住んでいても身分は農民です。都市部で働いていても市民権がない状況です。都市部の市民でない以上、第一に、医療保険などの社会保障の条件が全く異なります。もう一つは教育です。北京や上海の大都市の戸籍を持っていれば、大学に入学できる確率がぐんと上がります。大学入試を受けるには、戸籍のある地方で入試を受けなければならなく、大都市の方が合格する比率が高いとされていて、実際に受けた人の比率を見ると倍ほど違う場合があります。北京戸籍はないけれど、特別に補助金や寄付を払って北京のエリート校に在籍をしている子が、大学入試を地方に戻って受けると、自分よりも成績が下だった子達よりも悪いレベルの大学にしか入れなかったという例が多くあります。

中国の都市化率はまだ低いため、今後都市化は自然と進みますが、医療や教育をどのくらいの数の人達に、どういう条件で与えていくかというのは今後の中国で本当に難しい問題だと思います。例えば成都市、重慶市などでは薄熙来書記が「沿海部の外資に依存して出稼ぎ農民からの搾取をあてにして発展していくモデルは駄目だ」ということで、もっと内陸部の農村の人に市民権を与えて、その人達に市民として生活をしてもらおうと改革を進めています。しかし、そのお金はどこから出すのかという議論があります。重慶市長は、インタビューで一部は政府が出して、一部は企業に出させる。すなわち、重慶市に入ってくる企業に新しく市民になった人達が住むための公的なアパートの建設や医療費の掛け金の何分の1かを負担させるということを言っています。ただ、重慶市が他の都市よりも労働者の質が良くて、重要な企業が生産していく上で他のメリットがあると言えなければ企業も来てくれないと思いますし、企業が来ることを前提に財政を組んでいても上手くいかないのではないかと、言われています。

成都市では、お金を捻出するために土地を売れば良いのではないか、ということが議論されています。農村だったところを都市化すれば土地の価値はぐんと上がるはずだと。農業用地を商業用地にするわけですから、場合によっては何十倍にもなる。その土地を株式化して交易所を通じて株式取引をすればいいのではないかと。しかし、そういうやり方が全国の農村に通用するかというとそうはいきません。土地の価値がものすごく跳ね上がるようなことがなければ上手くいかないですし、そもそも、跳ね上がった利益分を社会保障費に回すことはいいことなのかという議論もあります。土地と社会保障を交換するという考えはおかしい、もともと同じ国民なのだから社会保障というのは平等に与えられるべきだという意見があるのも事実です。

(2)知識民工
最近問題になっているのは「知識民工」と呼ばれる人たちです。「農民工」(民工)のなかには、都市に長く住む人が増えてきて、その中には熟練した技術を持ち、知識の水準が高い人もかなりの数います。そして、その多くは専門学校や大学を卒業したエリートです。彼らには居住証というものが発行されます。しかし、居住証はすごく曖昧な概念で、必ずしも正式な市民と認められていません。正式な市民になるためには例えば、税金はいくら納めていないといけないとか犯罪歴がない、職場から推薦を受けているというポイントを獲得しないといけません。ポイントを達成しても市民になれない人も多くいます。こうした知識層は、農民ではないのに、農民というステイタスがとれないことに大変不満を感じています。特に子供の教育問題に響いてくるからです。北京や上海でも子供の教育をどうにかしてくれと嘆願書を持って行き、場合によっては、小さな規模のデモは起きています。ですからこういう人達が増えてくると社会的には不安定な要素が増えてくると思います。

(3)新世代農民工
一方、ブルーカラーの出稼ぎ労働者の意識も変わりつつあります。一生懸命働いて、父母や子供のために仕送りをするといった考え方は一世代前で、新世代農民工と呼ばれる人たちは、自分のための携帯や洋服を買うようになっています。給料が千元、二千元、日本円で3万、4万円稼いでも、携帯代だけで半分飛んでしまいます。彼らは農村に戻らず都市に住みたいと考えていますが、都市にいても主流にはなれず、ずっと同じ劣悪な環境で働くことになります。例えば市場で働く人たちが住む朝陽区では、違法なクリニックが開設され、女の子だとわかったら中絶をする人も多い。計画出産も、担当職員が地域を離れるとチェックが難しくなります。また床屋やスーパーなど出稼ぎ労働者向けのビジネスも見ることができます。こういう人達もまた都市に住み続けたいけれども、市民にはなれないと不満を持っているのが現状です。

4.まとめ ―意図せざる均衡社会―

中国の格差の問題を解消するためには、それを二元化している構造、すなわち戸籍制度を変えていかなければなりません。戸籍の上では市民の人達がこれまでは既得権益を守ってきたわけです。限られた財政の中で農民の人達を市民にしていくためには既得権益が持っているものを再分配していかなければなりません。ですから、今後中国国内の中でも色々な紛争が起きてくる可能性があります。しかし、中国政府は中で喧嘩してくれていた方がいいと考えています。弱い人達が立ち上がって団結をしていく段階にまだ来ていないですし、そういう声を中間層の既得権益層の人達は潰そうとするわけですから、農民対中間層の争いは政府にとって好都合とも言えます。そういう意味で中国はすごく不健全な形での均衡、意図せざるを得ない均衡状態でまとまってきていると思います。しかし経済が傾いていった時、例えば不動産価格が暴落して中間層が持っている資産が半減するなど今の中間層が不満を持ち始め、政府に対して弱者である農民工などと連携して対抗していくことになれば、不健全な均衡が崩れて、不安定化した社会へと流れていくと思います。